島崎遥香 W
見上げた空には、オレンジの三日月。
もう夜なのか、と島崎遥香は気づく。
横山由依の家を怒りのまま飛び出して、行くあてもないまま街をさまよっていた。
どうして上手くいかないんだろう?
こんなはずじゃなかったのに……
濁流のような感情が胸の中でぐるぐると渦巻いている。
こんな気持ちを味わうなんて思わなかった。
こんなにせつなくなってしまう自分がいるなんて思わなかった。
恋愛に心を奪われる人を愚かだと笑っていた。
そんな一時の感情に振り回されるなんて、人間が出来ていないだけだと思っていた。
だけど……
「由依……」
彼女の名前をつぶやく。
胸がしめつけられる。
今頃、わたし以外の女の子と何をしているんだろうか?
抱き合ったり、キスしたり、それ以上のことをしているのだろうか……
想像したくない。
わたし以外に笑顔を向ける由依なんていないでほしい。
ほかの子と遊ばないで、と言えばよかったのかな?
そうかもしれない。
だけど、そんな台詞は口が裂けたって言いたくない。
わたしのプライドが許さない。
くだらないプライドだけど、それを喪ったら、わたしじゃなくなってしまう気がする。
でも、やはり考えてしまう。
もし素直に気持ちを言えたら……
もし由依がそれに応えてくれたら……
自分を見失ってしまいそうで怖い。
こんなことを考える自分なんていなかったのに……
どうして、こんなに好きになったんだろう?
これは誰の仕業?
遥香はスマホを取り出して電話を掛ける。
数コールで出た相手に対して言う。
「全部指原さんのせいだからね」
『え?ぱるる、急になに?』
「指原さんのせいで、由依にアレが生えて、わたしが苦しんでるの!」
『ちょっ!どうしたの?アレうまくいかなかったの?』
「最悪だよ。由依はいろんな子で遊びまくってるんだから」
『あらら、そうなっちゃった?』
「責任とってくださいね!」
『あ。いまから収録だから。また今度ね』
「ちょっと!」
ツーツーと電子音しか聞こえなくなる。
「もうっ!!」
遥香は歩道の空き缶を蹴り飛ばした。