山下美月
ズルい女
 不意に鳴ったインターホンに意識を呼び戻させられる。
どれほど眠ったのだろうか。ベッドの上で半身を反転さ せ、時計を仰ぎ見ると、針は午後七時を指している。
 ー秒ー秒右回りに動く秒針を見ていると、まるで催眠術にかけられているように再び眠気が襲ってくる。
二度目のインターホンが鳴る。それは知らせるというよりは、早く開けてくれと訴えかけるようなこちらを焦らせる押し方だった。



 僕は面倒に思いながらも起き抜けの体を起こし、玄関へと向かう。ひんやりとしたフローリングの冷気が足先から伝わってくる。
 この時期は生活範囲から一歩でも脱してしまえば、極寒の空気が墓延っている。まるで部屋から出るのを制止するかのように。
玄関へと向かう最中、三度目のインターホンが鳴った。



「はいはい、今出ますよ」



 返事も返ってこない独り言を呟き、ドアの調き穴から来客の姿を確認する。結露の水滴が頬に付く。暗い外の風景にポツンと一人の女の子が立っていた。
 片手にコンビニ袋を提げ、マフラーに顔を埋めて寒そうにして身を震わせている。紺色のPコートに時期に似合わない生足での黒のミニスカートを履き、惜しげもなくその 白く美しい美脚を露出させている。



 "またか"。このまま見なかったことにしようとも思ったが、部屋の電気が点いているのは外からでも見て分かる。観念した ように息を吐いた僕は渋々ドアのチェーンと鍵を外した。
 すると、すぐさまドアは開き、開いた反動で外の冷気を 纏った突風が部屋の中に流れ込む。
 と、同時に来客は 転がり込むかのようにして玄関に入ってきた。



「あー 寒かった! 開けてくれなかったら死んでたよ !」
「そんな大裂義な」
「オーバーリアクションじゃありませーん」
「何の用だよ、美月」



 僕の部屋に転がり込んできたのは大学の友人の山下美月。
 勾論、恋人ではない。ただの友人であり、それ以上でもそれ以下でもない、ごく普通の関係である。少し掘り下げて言えば、ただ昔少しの間だけ付き合っていたことがある程度だ。
それに美月には今彼氏がいる。



「何の用だよ、とは何よ! せっかく会いに来たんだから、素直に嬉しいの一言くらい言いなさいよ〜」



 そんな御託を並べながら君は部屋に上がり込んでくる。
 まだ僕は"入っていい"などとは言っていないのだけれど。と、文句をぶつけたくなるが時は既に遅く、文句を 言う隙も与えない速さで君は居間へと向かっていた。



 手に持っていたコンビニ袋、透けて見えたのは数本の缶ビールであった。あの様子では簡単には帰ってくれない だろう。諦めにも似たため息を漏らし、君の後を追って 居間へと向かった。
 君は居間に入るなり、乱雑にコンビニ袋をテーブルに置き、バタンとベッドに倒れ込んだ。ミニスカートの先にある布地が見えるのなんてお構いなく、飛び込んだ君に 思わず反射的に目を逸らしてしまう。それは差恥からくるものではない、見たことがバレてしまえばそれを皮切りに弄られてしまうからだ



「何のことだよ」
「うわ、嘘つくんだ〜。まあいいや、それよりもお酒買ってきたから付き合ってよ」
「明日仕事あるし」
「いいじゃん、一缶でいいからさ」



 またしても君は僕の同意なんて求めずに起き上がってコ ンビニ袋から缶ビールを二つ取り出し、一つを僕に近い テーブルの端に置き、もう一つを開けて喉を鳴らして飲 み始めた。
 一通り気持ちよく飲むと、「こっちきなよ」と家主のような態度で隣をポンポンと叩いた。
 自分の家なのに立ち尽くしているのもおかしな話だ。 渋々君の隣に腰掛け缶ビールを開けた。反酸が弾ける音と共に麦の匂いが鼻腔をかすめる。
 だが、缶ビールを飲むのを露躍してしまう。
 飲み始めたら上まらない性格というのを自分がー番理解しているのだ。



「なに、飲まないの?」
「別に飲むタイミングくらい自由だろ」
「いつもに増してツンケンしないでよ〜。お仕置きだね」



 君は口を尖らせ、ビールを一口飲むと僕の太腿に手を置き距離を縮めてきた。
 僕は少しだけ仰け反るが、さらに 体重をかけて君は唇を重ねてきた。



 まるで睡液の交換をするかのように口に含んだビールを 流し込んできた。僕を逃がさまいと頭の後ろに手を回し、さらに唇を押し 付けてきた。逃げることができない僕は口内に流れてくるビールを受け入れるしかなかった。
 そのままの勢いでベッドに押し倒され、馬乗りの体勢で抱きつかれる。サラッと揺れた艶色の黒髪から女性特有 の甘い匂いが香ってきた。



「彼氏と別れたんだ」
「"またかよ" ……
「だから……さ。ちょっと付き合ってよ」



 そう言って、三度同意を取らず首筋に小鳥のようなキスを矢継ぎ早に繰り出した。  いつもそうだ。僕の意見なんて一つも聞かずに自分のペースでやりたいようにやる。
彼氏が居ようが居まいが気が向いた時にふらっと僕の前に現れる気ままな猫のような存在。今日もまた反抗もできず君の掌の上で転がされている。



 どうせ今日もまた行為が終わり眠りにつけば、ベッドに残されるのは僕一人だけだろう。夜空に煌々と輝く“美”しい"月"も散りばめられた星たちも、僕に覆い被さる君も一夜だけの幻想なのだ。
 朝が夜を連れて帰るように、朝方には君の姿はないのだろう。




 君はズルい女だ

阿吽 ( 2017/12/27(水) 18:17 )