桜の花は、まだ咲かない
02
 廊下で固まる生徒たちを尻目に二階へ降りると、二年生の階よりかは生徒もまばらで少し静かに感じた。一年生のほとんどは下校してしまったのだろうか。
 職員室前に数名の女生徒が集まっていた。あれはきっと、三年生だ。彼女たちは卒業アルバムらしきものを持っているし、寄せ書きを求めて降りてきたのだろう。
 高い笑い声を廊下に響かせながら職員室へと消えてった女生徒たち。
 この時期ならどこにでもあるような風景ーー。中学時代を懐かしむよりも、一年後の姿を想像してしまうのは何故だろうか…。あいつらに無理やり手を引かれながら、職員室の中へと押し込まれるぼくがいた。面倒くさがりながらも、卒アルの最後のページを開き、サインペンを差し出すーー。
 こんなことを思い浮かべているぼくは、やはり、あいつらと過ごす時間が嫌いではないと心のどこか、片隅にそんな気持ちを持っているからなのだろう。来年の今日を迎えるためには、まずーー。
 職員室を背に角を曲がる。
 スマホの小刻みな振動に部活のみんなが痺れを切らしているのが分かった。

「もしーー」 

『先輩、今どこで何してるんですか?』
  
 スマホ同士で電話しているはずなのに、空いている左耳からも直接聞こえてくる後輩の声。
 
「もう着いたよ。前見てみろ」

『へ?』

 体育館前に立つ小さな女の子の背中が岩本だとすぐに分かった。電話なんかしなくても聞こえる声が、ぼくたちの集合場所の方から聞こえていれば尚のこと。
 振り返ると、岩本はすぐに前まで駆けて来た。

「もうー、遅いよ。みんな待ってますよ」

「岩本声でか過ぎ」

「……」

「電話じゃなくてもいいんじゃないかってくらいに」

 廊下の端まで聞こえていたと、少しお袈裟に言ってみる。
 何も言わずに踵を返す岩本の頰が微かに紅潮していることには気づいていた。進級して、岩本が二年生になったって妹のような存在であることに、きっと変わりはないのだろう。
 いじけた背中をちょっぴり可愛いと思ったことは、胸の内にしまっておこう。すぐに調子に乗るお子様だから部活内では末っ子のように可愛がられている。春からは彼女も二年生だ。岩本が一年生から「岩本先輩」と呼ばれている姿を想像するのは、どこか可笑しくも思えたがこれもまた、秘密にしておく。

「せんぱーい、行かないの?」

「ああ」

 スマホを仕舞い歩き出す。
 体育館の中からは笑い声が聞こえていた。そして、壇上の周りに集まる部員たち。そこにはもちろん、彼女の姿もあった。
 






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春風 ( 2021/04/07(水) 23:41 )