第一章【僕は一人】
01
人より小さく、人より臆病な僕は、昔からイジメの対象にされていた。
下駄箱の靴を隠されたり、教科書やノートを隠されるのは当たり前。ある時はそれらを、切り刻まれたりしていた。
毎日、意味もなく数人に殴られ、蹴られ、貶され。いつしかそれが、日課になっていた。
何もされない日に、恐怖を感じている。後日、やられなかった分も加算され、いつも以上に酷い仕打ちを受けるのではないかと……。


「キモいんだよっ!!」


この日も、昼休みに呼び出され、誰もいない中庭で、数人に殴られていた。彼らは遊び感覚で、僕を殴っている。
人間キャッチボール。彼らの遊びだ。僕は、その球にされている……。
遊びに満足した彼らは、高笑いをあげながら、校舎内へと戻って行く。

いつものように、花壇の前にしゃがみ込み、悔し涙を流しながら、制服の袖で口元を拭った。
袖には、これまでの血が付着している。そして今日も、新たな血が付いた。
重い足を運び、教室へと戻った。
机と椅子には、マジックで落書きをされている。油性だ。書いた人達は、消えないのを知っていながら、書いたに違いない。
机一面に書かれている落書きは、今日だけで書かれた訳ではない。
椅子に座ると、聞こえてくるのは笑い声。周りからの、冷たい視線だ。

学校が終わっても、憂鬱な時間は続く。下校する直前に、また別の集団に呼び出され、財布の中身を集られる。これまでに、いくら取られたのか何て、分からない。
この日も、所持金を全部、持って行かれた。もしも今朝、このお金を貰っていなかったら、僕の身体に傷が増えていたのは、断言できる。
何も悪い事はしていない。だけど、あえて言う。彼らに見逃された。
空っぽになった財布を、地面にしゃがんで拾い、ポケットに入れた。
カバンには、[キモ男]と、カッターで刻まれている。何日か前に、やられたようだ。
俯きながら歩き出し、家へと向かった。
歩きながら考えているのは、いつも同じ。
明日は、誰に殴られるのだろう。何をされるのだろう。何を言われるのだろう……。

家に帰る前は、近くの公園に寄る。電柱の下にある水道で、制服の埃や汚れを、できる限り落とす。
顔の傷は、マスクで誤魔化す。
家の門を開き、玄関に入った。
出迎えなんて、誰もしてくれない。
リビングの机には、置き手紙と共に、出前の寿司が置いてある。
そんな物には目もくれず、二階へと上がった。自室に入り、着替えを済ませた。
家具は一通り揃っている。不自由のない部屋。家計も不自由はしていない。
けど、自分の人生は不自由だ。憂鬱だ。面倒だ……。
部屋に入って、やることは一つ。勉強机の灯りをつけ、引き出しからカッターを取り出し、自分の手首に当てること。
深い傷は切れない。自分は臆病だから……。
この日もそうだった。カッターを引き出しの中へしまい、本棚に置いてある、漫画を手に取った。
現実は漫画のように、上手くいかない。主人公が強い。不幸な主人公に訪れた、突然の転機。出来るのであれば、自分の人生も、そうしてほしい……。
今日も、現実ではあり得ない主人公が出る、学園物の漫画を読み、現実逃避をしていた。
誰かが帰ってきた。僕の名前を呼んでいる。マスクを付け、階段を降りた。


「帰ってたんだ。ただいま」


自分とは対照的で、明るい性格の姉。2つ上で、今は都内の大学に通っている一年生だ。


「おかえり……」


周りの男子に比べて、トーンが高い声。これも虐められる原因だ。
女のようだと言われる。


「あんた、まだ風邪引いてるの?」


季節は冬。マスクで傷を隠すのは、この季節だけしか通用しない。
長い髪を、一本に束ねた姉は、キッチンで手を洗い、ガスの火を付けた。


「ご飯は食べたの?」


食べてはいないが、お腹が一杯だった。食欲がないのだ。


「うん。食べた……」


姉は、机の上に置いてある、2つの寿司桶を見た。
何も言わず、ソファーに座っている僕は、背中に視線を感じた。


「來斗。学校は楽しい?」


聞かれたくない事だ。嘘をつきたくないから……。


「うん。楽しいよ……」


「そぅ。私お風呂いってくるね」


「うん……」


テレビ画面に映っているのは、バラエティー番組だ。出演者は皆、楽しそうに笑っている。笑顔など、もう何年もしていない気がする……。

■筆者メッセージ
主人公の姉役は、まだ決めていません。
そのうち決めるので、それまでは、好きなキャラを頭の中で思い浮かべてください(笑)
黄金騎士 ( 2014/04/18(金) 05:08 )