1.裏切りの餌食
「…うぅっ…」
全体重がかけられた手首の鈍痛で目を覚ました小池美波。
ぼんやりと開いた目から見えた光景は、まったく身に覚えのない無機質で薄暗い部屋…。
そして何より、
(ちょっ…!な、何なん?これ…!)
ピンと背筋が伸び、必然的につま先立ちを強いられた身体の位置。
見上げると麻縄で束ねられて頭上に上げられた両手首が見え、そこでようやく自分が両手吊りの棒立ち状態で拘束されていることに気付く。
「な、何これ…!どういうこと…!」
と戸惑いを次は声に出したところで、ふいに背後から、
「目が覚めたか?」
と男の声がして、ぎょっとした。
吊られた身体ごと捻るようにして振り向くと、そこにいたのは、現在、欅共和国内で最重要指名手配犯となっている復讐兵団の首領・鮫島…!
そして、その因縁の彼の隣にいるのは、なんと…。
「ね、ねる…ちゃん…!」
思わず目を見開いて絶句する美波に対し、ニコニコとして柔和な笑みで、
「みぃちゃん。目覚めの気分はいかが?」
と問いかける、自身と同じこの国の統治メンバーの一員である筈の長濱ねる。

「ね、ねるちゃん…何でそいつと一緒に…?こ、これはいったい…?」
見つけ次第ただちに粛清せよ、と周知されている筈の男の横に丸腰でいることもそうだし、なぜその二人の前で自分が拘束されているのかも分からず、混乱する美波だが、だんだん頭が冴えてくるにつれ、ぼやけていた記憶が鮮明に蘇ってくる。
(そ、そうや…確か、ポムと遊んでたところにねるちゃんが来て…)
……
それはほんの数時間前、欅ハウスの広大な敷地内の一角にあるメンバーの憩いの場、自然庭園でのこと。

依然、逃亡した復讐兵団の首謀者、鮫島の討伐に並々ならぬ意欲を燃やす守屋茜が朝から開いた対策会議が、一旦、一段落し、束の間の昼休み。
美波は息抜きとして愛犬のポムを散歩に連れ出し、そこで優雅なひと時を過ごしていた。
美波が親バカを通り越すほどの愛犬家であることは統治メンバー内でも有名で、今日も、たまたまそこを通りがかった松田里奈と井上梨名を見かけては、わざわざ呼び止め、
「ほら見て、まつりちゃん。今日のポム、一段と可愛くない?なぁ、可愛いやろ?いのり、どう?ほらっ♪」
と抱きかかえたポムを見せびらかして得意の愛犬ハラスメント。
それに対し、すっかり慣れっこの二人も、機嫌を取るように、
「はいはい。昨日も今日も、そして明日もずっと可愛いですよ、ポムちゃんは」
「ホンマ、みーさんはいつもポムにデレデレなんやから…」
と呆れられる始末。
二人が立ち去ってもなお、芝生に放して走り回るポムと戯れて幸せな時間を過ごしていた美波の元に、次はねるが小走りで駆け寄ってきて、そして妙なことを言った。
「実は、私、例のあかねんが血眼になって探してる鮫島ってヤツのことで、一つ、思い出したことがあって…」
つい先日まで鮫島の手に落ちていたねるがわざわざ来て、声をひそめ、そんな思わせぶりな導入から話を始めるものだから、美波が興味を持つのも必然。
「なになに?どんなこと?」
「いや、でも…こんなこと、あかねんに話すべきかどうか…」
と、なぜかもったいぶるねるに、
「何なん、それ。じゃあ、試しにウチに言ってみ?あかねんにも伝えるべきかどうか、ウチが判断したるから」
「うん…実は…」
「え?何て?聞こえへん…」
ねるがボソボソと言うので聞き取ろうと無警戒に耳を寄せに行った瞬間、
プシュッ…!
「んんッ…!な、何これッ…」
完全に油断している中、不意に顔面に浴びせられたスプレー。
そして、そのことに文句を言うヒマもなく、鼻につく激臭とともにだんだん意識が朦朧とし、そのまま、ぐったり膝を折った美波を肩で支えて不敵に微笑んだねる…。
見た目は小柄ながら意外に怪力な彼女は、そのままチラチラ周囲を気にしながら気絶した美波を担ぎ上げ、そっと芝生広場から運び出すと、敷地外で密かに落ち合った鮫島に、まんまと罠にかかったその獲物を引き渡したのだった…。
……
「ね、ねるちゃん…どういうこと…?」
混乱しながら問いただす美波。
それに対し、ねるが何かを言う前に鮫島が、
「ククク…バカなヤツめ。この俺が、いくら急襲されたからといって、何の保険もなく我が物にした女を易々と手放すと思うか?」
「な、何やて…?」
不敵な笑みを浮かべる悪魔の「保険」という一言に血の気が引く美波。
鮫島がご満悦に煙草を咥えると、すかさずポケットから取り出したライターを灯して火を貸すねる。
そんな怨敵に尽くす女と化したねるの姿を見せつけて、
「…どうだ?見たか?こんなこともあろうかとコイツだけは他の女よりも一段とキツめに調教しておいた。おかげで人質を奪い返された今でも、コイツだけは、依然、俺の言いなりだ」
「…ウ、ウソやろ?ねるちゃん…?」
半信半疑で視線を向ける美波に対し、ねるはあっさり、
「ごめんね、みぃちゃん…私、この人としたセックスがずっと忘れられんの。あまりにも気持ちよすぎて、あれを知ったらもう女の尊厳なんかどうでもよくなっちゃって…」
「━━━」
耳を疑うその発言…愕然として絶句する美波に対し、テクニックを褒められて満更でもない表情の鮫島は、旨そうに煙草の煙を吐き出しながら、
「同じく堪能させてもらった渡邉理佐に小林由依、それから田村保乃に関有美子…どれもいい女だった。何なら全員コイツみたいに一段上の調教をして完全に俺の女にしてやってもよかったが、それだとコイツが嫉妬してスネるんでな」
彼の言う通り、横でぷくっと頬を膨らませてヤキモチを妬くねる。
そんなねるの機嫌を取るように、スッと抱き寄せ、頭をナデナデしてやりながら、
「まぁ、遅かれ早かれ、アイツらも、もう一度とっ捕まえて泣かせてやるさ。救出されて我に返ったところで、同じ相手に二回も堕とされちゃ、さすがに身の程をわきまえるだろ。それが本当の屈服…それを味わわせてやるために、あえて逃がしてやったようなもんだ」
「ア、アンタ…!ホンマにクズやな…!許さんで、ホンマ…!」
ふつふつ沸きあがる怒りで、だんだん目つきが鋭くなる美波だが、そんな彼女を恐れるどころか、一歩前に出て、次はその美波の顔めがけて煙を吹きかける鮫島。
「ふぅ〜っ…」
「くっ…や、やめぇやッ…!」
顔をしかめ、慌てて首を振って副流煙から逃げる煙草嫌いの美波。
それを見てニヤつきながら、
「ククク…威勢がいいのは今のうちだ。今しがた名を挙げたアイツらも最初はそうだった。それが一時間もすれば、俺様の快楽責めに参って『お願い、イカせてぇっ♪』とメスの顔を晒して喚くんだ。お前もじきにそうなる」
「ならへんッ!ウチは絶対にそんなこと言わへんわッ!」
「いや、言うさ。言わせてやるよ。その舌っ足らずのアニメ声で淫語を連呼しながら俺のイチモツを欲しがるようにしっかりしつけてやるから楽しみにしてろ。そして、その姿をビデオに撮って菅井友香と守屋茜の元に送りつけてやる。俺様の逆襲劇の最初の生贄はお前なのさ」
「くっ…!」
身体を揺するも、両手首を束ねる麻縄はびくともしない。
そんな無駄な抵抗をする美波をよそに、
「では、ご主人様。私は一旦、ハウスに戻ります。夕方からまた守屋茜が開くうざったい会議の続きがあるので、そこで姿を見せておかないと怪しまれますから」
「うむ、分かった」
と笑顔で見送る鮫島をよそに、
「ね、ねるちゃんッ!ちょっと待ちぃッ…!」
もはや完全に鮫島への内通者となったねるをこのまま何食わぬ顔でハウスに帰すワケにはいかないと声を荒げる美波だが、いくら声を張り上げても吊られた棒立ちの状況は変わらない。
当のねるもクスッと笑って美波の眼前に寄り道すると、
「さぁ…次は誰を攫ってこようかなぁ…?みぃちゃんと仲良しの土生ちゃん…?それとも、後輩として可愛がってるいのりちゃん…?天ちゃんなんか簡単に騙せそうだけどなぁ…♪」
「くっ…!」
「じゃあね、みぃちゃん。次に会う時はどんなスケベな顔になってるか、楽しみにしといてあげる…♪」
と言い残し、背を向けて立ち去るねる。
その姿が完全に暗闇に消え、足音も聞こえなくなったところで、
「ククク…さぁ!では始めようか、小池美波!この女尊男卑の国における貴様の統治力を推し量る快楽調教の時間だ!そんな生意気に金髪を靡かせて、統治メンバーの一員を名乗るのなら眉ひとつ動かさずに耐えて見せるがいいッ!」

(つづく)