欅共和国の激動‎ ―咲く櫻、散る櫻―































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【櫻散る編🌸】菅井友香の陥落物語
1.伝書鳩
「うん…うん…」
 相槌を入れながら報告の電話を受けている松田里奈。
‎ 聞き終えると、
「…分かった。それじゃあ、一旦、戻ってきて」
 と指示し、付け加えるように、
「帰り道、くれぐれも気をつけてね。どこでヤツらが仕掛けてくるか分からないから。ひかるにもそう伝えて」
 と注意喚起を添えた。
 そして受話器を置くと、すかさず、
「天ちゃんからです。例の小林さんの凌辱動画を撮影するのに使われたと思われるS地区の廃倉庫ですが、駆けつけた時には既にもぬけの殻で人っ子ひとり見つからなかった、と」
 と今の報告の内容を菅井友香、守屋茜のツートップに伝えた。
 それを受け、
「またか…」
 溜め息をつく茜。
 仲間の犠牲と引き換えに凌辱現場を割り出すも、ことごとくタッチの差で逃げられることの繰り返し。
「やっぱり、ずっと後手後手じゃ厳しいわね…どうにかこっちが先手を取ることは出来ないかしら?」
 と唇を噛む菅井。
 だが、それは難しいだろう。
 なぜなら、相手が人質をとっているからだ。
 それがなければ、今頃、この国を挙げて殲滅に乗り出し、とっくに粛清している筈だ。
 それが出来ないのは、渡邉理佐、長濱ねる、関有美子、田村保乃、小林由依といった、そうそうたる面々が人質になっているから…。
 大切な仲間…見捨てるワケにもいかない。
 それを甘さと言ってしまえばそれまでだが、それがあるためにどうしても慎重になってしまい、後手に回ってしまうのだ。
 手繰る糸が切れた連中の行方。
 だが、これで雲隠れするような輩ではない。
 物陰に潜み、狡猾な罠を仕掛けて虎視眈々と次の獲物を狙っているに違いない。
(そうならないようにしないといけない…!)
 特に菅井と茜のツートップ。
 どちらが欠けても指揮系統に支障が出るし、何より、他のメンバーでは知り得ない統治神・ヒラテの所在を知っている二人だからだ。
 ヒラテは、この女尊男卑の国「欅共和国」の創始者であり、カリスマ的な存在。



 そのヒラテが、万一、下衆な男たちに凌辱され
、屈服するような事になれば、たちまちこの国のパワーバランスは崩壊し、転覆の一途を辿るだろう。
 よって、ヒラテはもちろんのこと、その所在を知る菅井と茜の二人は絶対に敵の手に落ちてはいけないのだ。
 万一、捕らわれたら、ヤツらは、ヒラテの居場所を聞き出すための過酷な拷問を用意しているだろう。
 もちろん口を割るつもりはさらさらない。
 長らく仕えてきたこの国に自ら引導を渡すようなマネをするぐらいなら舌を噛み切って死んでやる。
 だが…。

(問題は人質になっている五人…五人の命と交換と言われたら、私たちはどうすれば…?)
 
 そして、そんな危惧を抱いた翌日、菅井の不安は見事に的中してしまった…。

 ……

 翌朝。
 欅ハウスに小包が届いた。
 持ってきたのは配達員ではなく、一羽の鳩。
 どこからともなく飛来した伝書鳩の脚にくくりつけられていたのだ。



 発見したのは増本綺良と幸阪茉里乃の二人。
 早朝の見回りの際、中庭に留まる不審なハトに気付いて保護したところ、脚に小包が結ばれており、紐を解いてやると、鳩はそのまま小包だけ残して颯爽と何処かへ飛び去っていったという。
 差出人の名は無く、発送元も不明。
 文字通り“足を付けずに”届けるため、何者かに仕込まれた鳩だったというワケだ。
 増本と幸阪の二人は、すぐさま、その小包を菅井と茜の元へ届けた。
 受け取った二人の顔に走る緊張。
 何とも不穏な重量…もしかすると爆発物の類かもしれない。
「ま、まさかね…」
 と、おそるおそる開封する茜。
 幸い、爆弾ではなく、小包の中に入っていたのはスマートフォンと折り畳まれた便箋だった。
 安心したのは一瞬だけ。
 スッ…と表情を固くして、
(とうとう来たか…)
 という思いで、その便箋を確認する菅井。
 まず目についたのは便箋の余白のところに貼りつけられたセロテープ。
 そこには、長短、色合いがバラバラの髪の毛が五本、留められていた。
 そして肝心の文面…。

<欅共和国のトップ、菅井友香に告ぐ。
 君のところの可愛い仔猫を五匹、こちらで預かっている。
 無事に返してほしければ同封したスマートフォンで次の連絡を待て。
 なお、君たちの動向は、逐一、監視している。
 妙なマネをすれば預かっている仔猫たちの命がなくなると思え。>

 なるほど…五本の髪は、その五匹の仔猫…捕らわれた渡邉理佐、長濱ねる、関有美子、田村保乃、小林由依のものというワケか。
 菅井は、その便箋を茜にも見せた。
 ポーカーフェイスで読みきった菅井とは対照的に、その眼にみるみる怒気を溜めていく茜。
「やっぱり、そう来たか…!」
 ぐしゃぐしゃと便箋を握り潰し、
「どうする…?」
「その文面にもある通り、ヤツらの今度の狙いはどうやら私…ひとまず連絡を待つしかないわね」
 と菅井は同封されていたスマホを手にして、出方を待つこととした。


 少し焦らされて午前10時。
 それまで、うんともすんともいわなかったスマホが、突然、けたたましく鳴った。
 目を見合わせ、息を飲む二人。
 菅井は、一度、深呼吸をして、
「…もしもし」
「ごきげんよう。ミス菅井」
 と、おどけたような声がして、
「同封した便箋は目を通してくれたかね?」
「…ええ。読んだわ」
「では、まず、その仔猫たちの命をどうするつもりか、それを聞こうか」
 と相手が言う。
 菅井は、少し間を置いて、
「若い命には代えられない。五人を解放しなさい」
 と言うと、電話越しでも相手がニヤリとしたのが分かった。
「そうか。ならば話は早い。では、まず…」
 少し間を置いて、
「まず、隣で聞き耳を立てているおっかない女…守屋茜をどこかへやってもらおうか」
「━━━」
 どうやら、こちらのことはお見通しらしい。
 といっても、この部屋に監視カメラが仕掛けられているとも考えにくい。
(そうか…!理佐…!)
 もしくは小林由依…すっかり気の知れた彼女たちから、こういった場合、こちらサイドがどう動くかを教えてもらっているのだろう。
 菅井は黙って、茜に、一旦、外へ出るように指でサインを出した。
 一瞬、不満げな眼をするも、事情を察し、渋々、部屋を出ていく茜。
 それを見送ってから、
「遠くへやったわ。この部屋には私一人よ」
「では、ウソではないか確認させてもらおう。テレビ電話に切り替えて今いる部屋を、一周、映したまえ」
 と相手が言うので、言われた通り、テレビ電話に切り替える。
 画面の下に相手の顔が映った。が、目出し帽をして顔が分からず、この男が復讐兵団を束ねている首領の鮫島という男かどうかも定かではない。
「さぁ、その場でぐるりと一回転して部屋を映せ。守屋茜は外に出したと言った。部屋に一人だとも言ったぞ。もし怪しい人影でも見えたら嘘をついた罰として人質に危害を加える」
 と言われ、スマホを掲げたまま、ゆっくり一周して部屋の様子を見せる菅井。
「…これでいいかしら?」
「いや、まだだ。身を屈めているだけかもしれん。足元も映せ」
 と言うので、それも全て見せる。
 それでようやく、
「…オッケー。ずる賢い人間じゃなくて安心したよ」
 と納得してもらえた。
 どうやら相手も慎重を期しているらしい。
「五人を返してちょうだい」
 と菅井が言うと、相手はクスクス笑って、
「それは君の態度に懸かっている。これから、こちらが出す指示に素直に従ってくれれば、五人は返してやる。ただし…!」
「分かってる。人命第一、気に障るような小細工は何もしないわ」
 と言って、相手から指示を貰った菅井。
 次第に堅くなる表情。
 戦場に出る女の顔ともいえる。
 欅共和国のリーダー、菅井友香。
 その身に、復讐兵団の地獄へといざなう靴音がゆっくりと近づく…!




(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2024/07/04(木) 23:33 )