欅共和国の激動‎ ―咲く櫻、散る櫻―































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【櫻散る編🌸】菅井友香の陥落物語
18.
 ライフルを手に、じりじりと詰め寄る茜に対し、
「くっ…よ、寄るな…!貴様ら、人質がいることを忘れたか!」
 と牽制する鮫島。
 人質というのは、捕らわれて監禁状態の理佐や小林のことだ。
「ちょっとでも俺に手を出してみろ。五人の人質が無事ではすまんぞ!」
 と凄む鮫島に対し、茜は憐れむような笑みを浮かべ、
「アンタ、バカなの?私たちが何の備えもなく乗り込んできたとでも思ってるの?」
「な…に…?」
「この邸の間取りは既に把握してあるわ。一階の大広間の隠し扉が地下室に繋がってることもね。おそらく五人はそこにいるんでしょ?今、別の班が救出に向かってる。万一、五人が洗脳されてアンタの手先になっていても対処できるよう、完全武装したチームでね」
「━━━」
「残念ね。人質さえ返ってくれば、もう気を遣う理由がないわ」
 と茜は涼しげな顔で言うと、
「さぁ、観念しなさい。やられた仲間のぶんを何倍にもして返してあげるから」
 と言って顎で合図をした。
 それを受けて尾関と齋藤がロープを手にして前に出る。
 捕縛して欅ハウスに連行する。
 そして、今しがた言った通り、やられた仲間の仕返しとして、多大なる責め苦を味わわせないと気が済まない。
 追い込み漁のように壁に追い詰めて包囲する女たち。
「お、おのれ…貴様ら…」
 やがて鮫島は、観念したように壁から飛び出た鹿の剥製にもたれるように手をついた。



 しかし、その瞬間、彼が不敵な笑みを浮かべたのを森田は見逃さなかった。
(何か企んでる…!)
 と直感した森田が、咄嗟に、
「…茜さんっ!」
 と声を上げた瞬間、鮫島は、手を置いた鹿の剥製の頭頂部にある隠しスイッチを親指で押し込んだ。

 プシューーーッ!

(…!?)
 剥製の目が光り、鼻から目眩ましの炭ガスが勢いよく噴射すると同時に、鮫島の立っている床が落とし穴のように開き、目の前にいた悪魔の姿がスッと視界から消えた。
 追い詰めたと思った壁際は、なんと、脱出口だったのだ。
「…しまった!」
 ガスを手で払い、慌てて駆け出す茜だが、わずかに早く、鮫島を飲み込んだ穴は再び蓋を閉め、ただの床に姿を戻した。
「くっ…!」
 もう一度、開かせようと、ライフルの台尻で床をガンガン打ちつけるも、手が痛くなるだけ。
‎ すると尾関が、
「これだよ、茜!ここを押せば、もう一回、開く筈!」
 鮫島がしたのと同じように鹿の剥製の頭頂部に手を伸ばすが、ふと嫌な予感がした茜は、
「待って!何か仕掛けがあるかも…!」

 バチバチッ…!

「きゃぁぁっ…!」
 不穏な音とともに、手の平を押さえてうずくまる尾関。
 刺されたような痛み…電流だ。
「尾関っ!大丈夫!?」
 と駆け寄る齋藤。
 痛めた手の平を見ると、スイッチに触れた指先が赤くなり、血が滲んでいる。
 どうやら追っ手を撒くために二度目は電流が流れる巧妙な仕組みになっているようだ。
「くっそぉ、アイツぅ…!」
 と、痛む指先を押さえ、悔しそうに舌打ちする尾関。
 そして、どこからともなく聞こえてくる悪魔の声。

<フハハハハ!残念だったな、諸君!メンバーの中に鷹匠がいたとは見事に一杯食わされた!よくやったと褒めてやりたいところだが、その程度では私を捕らえることは出来んぞ!>

 と、息を吹き返したような高笑いの後、

<せっかく大勢の仲間を連れて来てくれたんだ。ここは“どでかい花火”でも上げて、もてなしてやろう!逃げるなら今のうちだぞ!>

 と叫んだ鮫島。
「花火…?」
「花火って、なに?」
 きょとんとする森田と山崎だが、勘のいい茜は一気に血の気が引いた顔で、
「全員、この邸から脱出よ!急いでッ!」
 と叫んで駆け出した。
 その声で瀕死の菅井をおぶって駆け出す土生。
 尾関、齋藤、そして松田も続く。
 そこでようやく、森田と山崎も、鮫島の言った“どでかい花火”が邸ごと吹き飛ばす爆弾を意味することに気付き、青ざめて駆け出す。
 螺旋階段を駆け下りながら、茜は胸元のトランシーバーで、
「こちら守屋…!葵ッ!聞こえる!?」
 と、地下室に捕らわれている人質の救出に向かった別班の原田葵を呼んだ。
「はい、こちら原田。どうかした?」
「五人は!?」
「今、牢屋を開けて連れ出したところ。全員無事だよ。これでやっと気兼ねなく一網打尽に出来るね♪」
 と、こちらの状況を知らず、呑気な原田に、
「急いで脱出よ!建物が爆発する!」
「え!?爆発!?」
「とにかく急いで!」
 と半ば怒鳴り気味に声を上げ、玄関までの廊下を走り抜ける茜。
 ふいに、どこかで爆発音がした。
 建物が揺れる。が、これは始まりに過ぎないだろう。
 ゆくゆくは建物全体が吹き飛ぶような爆発が起きると茜は確信していた。
「みんなは先に外へ!」
 と仲間を行かせ、一階の大広間に飛び込む茜。
 そこでは、ちょうどサイドボードをズラした隠し扉から原田が顔を出したところだった。
 その原田を先頭に、小池美波、上村莉菜、渡辺梨加、武元唯衣、井上梨名、藤吉夏鈴が続々と、捕らわれた仲間たちの肩を抱いて出てきた。
 そんな彼女たちを、
「さぁ、急いで!」
 と急かす茜。
 再び廊下に出たところで、また頭上で爆発が聞こえた。
 今度はさっきよりも大きい。
 シャンデリアが揺れ、剥がれた天井がパラパラと粉末のように降ってきたが、気にしているヒマはない。
「守屋さんっ!」
 と、先に行かせた松田が戻ってきて、
「邸の屋根に火がつきました!崩落も時間の問題です!早くっ!」
 と、救出した仲間に肩を貸すのに加わって駆け出す。
 一団が玄関を飛び出し、麻酔銃で眠らせたドーベルマンが転がる庭を抜けて門のところまで来たところで、

 …ドゴォォォォンっ!!!

 これまでで一番の轟音がした。
 振り返ると、たった今、出てきた建物が見るも無惨に半壊し、茜たちが突入した三階の窓は勢いよく火を噴いている。
 その様を茫然と眺める女王軍団。
 ふと、燃えてちぎれたカーテンが風に舞って飛散した。
「わっ…!わっ…!」
「危ないっ!」
 慌てて避ける井上、武元。
‎ それを見て、
「ここも危険だわ。もっと離れよう」
 と、さらに退却を促す茜。
 そそくさと離れる中、再び背後からものすごい轟音が聞こえ、衝撃波のような突風が来た。
 振り返ると、さらに邸の形が変わり、そしていよいよ火が建物全体を包んで、忌まわしき建物は黒煙を上げて炎上し始めた。



 ……

‎ 二時間後。
 度重なる爆発と猛火により、あれだけ立派に見えた洋館は跡形もなく崩落し、全て炭屑と化した。
 傷ついた菅井と、救出した渡邉理佐、長濱ねる、関有美子、田村保乃、小林由依を欅ハウスへ連れて帰る一方、そこに居残って焼失した洋館跡に足を踏み入れる茜、松田、齋藤。
 案の定、不自然なダクトの残骸を見つけた。
 そして、地下牢とは別の謎の地下室も。
 事前に入手した間取りの図にはない地下室…最近になって新たに造られた地下室だ。
 おそらく鮫島が身を投じた落とし穴はダクトと繋がっていて、シューター(滑り台)のように秘密の地下室へ抜けられるようにしてあったのだ。
 当然、その地下室は既にもぬけの殻。
 爆発騒ぎの間に、さっさと抜け出して姿を消したのだ。
「くそっ…!やられた…!」
 苛立ちのあまり、足元の燃えた残骸を蹴り上げる茜。

 グシャッ…!

 という音とともに、辺りに舞い散る煤(すす)。
(容赦なく撃ち殺しておくべきだった…!)
 と、逃げる隙を与えた選択に後悔が募る。が、ひとまず、粛清のネックとなっていた人質は無事に救出できた。
 菅井も含め、彼女らが復帰すれば再び戦力も潤うだろうし、相手方、復讐兵団の方も痛手を負ったことに変わりはない。
 おそらく、一時的に休戦状態となるだろう。
 その間に、あの男は、兵力の再構築、そして拡大に奔走する筈だ。
(そうなる前に見つけ出して仕留めないと…)
 刈りそびれた厄介な芽は早いうちに摘み取る他ない。
 その日のうちに、復讐兵団の党首・鮫島を欅共和国内で最も注意すべき『最重要A級犯罪者』と認定し、国内指名手配にした。
 今のところ、それが最善、最大限の策だが、果たして実を結ぶかは分からない。
 果たして…。


(つづく…?)

鰹のたたき(塩) ( 2024/07/04(木) 23:52 )