前編2
駅前広場を出発して15分。
だんだん坂道になってくると同時に沿道からは次第に商店が消え、代わりに木々が並び始めた。
「いよいよ山に入ったね…」
「ここからだよね。気をつけるのは…」
足を進めながら注意深く周囲を見渡す二人。
先日の影山の推理を信用し、
(絶対に何か秘密がある筈…)
という先入観があるせいで、ちょっと風が吹いて頭上の木が揺れ、木の葉がカサカサ音が立てただけでも敏感に目をやる。
「…なんだ。風かぁ…」
と安堵する史帆と、かたや、
「ねーえッ!驚かさないでよっ!ビックリするじゃんっ!」
と文句を言う紗理菜だが、史帆以上に大きなリアクションをとっていたのは彼女の方。
そうやって、終始、気を張って歩くせいか、最初の休憩ポイントに着いた時点で早くも気疲れしてしまった二人。
ひとまずヒナタベースには、
「今のところ異常なし。引き続き調査継続します」
と報告を入れたものの、周りのハイカーたちより明らかに疲労度が高い二人。
ハイキングの行程でいうと、駅からこの第一ポイントまでなんて、いわば準備運動のようなモノで、これから登山本番にもかかわらず、傍らの腰掛け石からなかなか立ち上がらない二人。
そして、
「では、皆さん、再開しますよー!次の休憩ポイントまでは30分ほどですかね。なだらかな坂が続きまーす!運が良ければリスに出会えるかもしれませんので周囲の景色も合わせてお楽しみくださーい!」
声を張り上げるサトミツさんに対し、
「リスで済んだら平和だよっ…」
と、ボソボソ苦笑しつつ、足腰に鞭を打って腰を上げ、ハイキング再開。
「なっちょ、右側担当ね。私、左側」
「オッケー」
ここからは視野を分担することにし、隊の最後尾で歩く二人。
すると、少し進んだところで、対向のハイカーとすれ違った。
「おはようございます」
「おはようございまーす♪」
と、知らない人でも挨拶を交わすのが山での流儀。
そして二人は、その下山していくハイカーの方を数歩進んでから振り返り、
「今の人…上から下りてきたってことは、もう帰るってことかな?」
「今日、何時から登ってたんだろうね?」
そんなどうでもいい疑問を交わしながら、なおも登山。
何も気にすることがなければ、今日は絶好の登山日和だし、充分いい運動になっているだろう。
そして、ここでもまだ何も不審なことが無いまま、次の休憩ポイントへ到着。
山頂への道のりでいうと今でちょうど半分。
それもあってか、この広場はさっきの第一ポイントの広場よりさらに大きく開けていてベンチが点々と並び、公衆トイレもある。
そして、なんと、飲み物の自販機もある。
登山道の中腹ということもあり、少し割高なのは致し方ないが、それにしても、
「こんなところにある自販機、どうやって中の飲み物、補充してるんだろ?」
「さぁ…?業者さんも登山して入れに来てるんじゃない?」
と、ここでもそんなどうでもいい疑問を口にし合う二人。
すると、ふいに、どこからともなく
「きゃあぁッ!!」
(…!?)
突如、広場に轟いた女性の悲鳴。
反射的に腰を上げ、顔を見合わせるや、声のした方に駆け出した二人。
その視線の先に捉えた腰を抜かして地面に尻もちをついている女性に駆け寄り、
「大丈夫!?」
「どうしたの!?」
と抱え起こすと、その女性は前を指差し、
「ヘ、ヘビっ…あそこにヘビが…!」
「ヘビ…?」
女性の指の先を見ると、確かにそこにはとぐろを巻いたヘビがいた。
「わッ…ホントだ!ヘビだ…!」」
と驚きはした史帆だが、内心、
(でも、あの模様…マムシじゃなさそうだから、そっとしておけば別に…)
マムシだと毒があるので注意が必要だが、ひとまずそれではなさそう。
「大丈夫。ヘタに触ろうとしなければ噛まれることもないから」
と女性の肩を抱き、そっとヘビの視界から離れようとした史帆だが、続いて別のところからも、
「うおぉッ…!ヘビだッ!」
「待って!無理ッ!私、爬虫類ホント無理ッ!」
「き、気持ち悪いッ…!
散り散りに小休止していたハイカーたちから続けざまに悲鳴が上がり、その現れたヘビから距離を取るように続々と広場中央に集まる。
そして、それを追うように地を這うヘビの群れ。
たちまち、史帆と紗理菜も含め、ハイカーたちはヘビの群れに周囲を取り囲まれた格好となった。
「ど、どういうこと…?何でこんないきなり大量のヘビが…?」
囲まれた周囲を見渡し、焦る紗理菜。
さすがに史帆も困惑の色が浮かんだが、そんな中で、一匹…他と比べて一匹だけ色が違うヘビとバチッと目が合い、さらに、そのヘビの目が不気味に光ったのを見た。
すると、その光を合図に、ハイカーたちを取り囲むヘビの群れが一斉にコブラのように頭を起こし、徐々に巨大化。
さらに手が生え、足が生え、みるみるヒト型に…そして、
「イーっ!」
(…!)
その人間体になった出で立ちと奇声は、紛れもなく、ヒラガーナの雑兵、ガーナ兵だ…!
1…2…3…4…5…計6体…!
それを確認した瞬間、
「なっちょ!みんなをッ…!」
と声をかけ、果敢に前に出る史帆。
襲いかかってくるガーナ兵を相手に交戦開始だ。
「やぁッ!やぁッ!」
昔取った杵柄…というワケでもないが、ヒナタレンジャーの後輩たちに見劣りしない華麗な身のこなしを見せる史帆。
掴みかかってくるガーナ兵の手をかわし、逆にその手を掴んで豪快に背負い投げ。
なおもチョップにキックと奮闘するが、その心のどこかで、
(久美に…久美に連絡しなきゃ…!)
ポケットの中の無線機を手に取り、ヒラガーナの出現を本部に伝えたい。…が、複数で次々にかかってくるガーナ兵のせいでポケットに手を入れる隙がない。
一方、史帆の対角線では紗理菜も奮闘中。
現れた6体のうち、史帆が4体を受け持ってくれているので紗理菜めがけて襲いかかってくるのは2体。
突然の奇怪な戦闘員の出現に動揺するハイカーたちを背後に従え、こちらも交戦。
力強いチョップが決まる史帆に対し、紗理菜が繰り出すのは鋭いビンタ。
パシィィっ!パシィィっ!
押しのけるように前の2体を払い除け、
「みんな!こっちへッ!」
と開けた退路に誘導するも、その行く先にスルスルと素早く這ってきて通せんぼするように陣取る、一匹だけまだ擬態を解かないヘビ…先ほど史帆と目が合った色違いのヘビだ。
そのヘビの目がまた光った。
それを見て、とっさに嫌な予感を感じた紗理菜。
駆け出す足を急停止させて手を広げ、後ろに従える人たちを、
「みんな、ストップっ…!」
と止める。
すると、次の瞬間、とうとうそのヘビも頭を持ち上げ、擬態を解く。
(なッ…!)
巨大化し、最初の手が生えた時点でガーナ兵たちとは明らかに形が違う。
続いて足が生え、さらにガーナ兵たちには無かったシッポも…!
そして頭からも二対の角がニョキニョキと伸び、
「シャァァァっ!」
と威嚇の声を上げて立ちはだかったのはヒラガーナの新手のモンスター、スネーク…!
左腕の先にあるインパクト抜群のヘビの頭、スネークアームの口をパクパクさせて、
「ヒヒヒ…逃がさないよ、お前たちッ!」
その声色はしゃがれた女声だった。
「くっ…!」
反射的にファイティングポーズを取る紗理菜だが、変身能力を失った今、生身の身体でモンスターとの対峙…それも1対1なんて圧倒的に分が悪い。…が、背後には逃がさないといけないハイカーたちがいる。
少なくとも、今、この場でこの者たちを守れるのは自分と史帆しかいない。
「…行くわよッ!」
果敢に駆け出し、臆せずその不気味な顔面めがけて得意のビンタを繰り出す。…が、さっきのガーナ兵と違って、ぶたれてもノーダメージのスネーク。
手加減せずのフルスイングでも首の角度が1ミリもブレず、逆に、
「こざかしい小娘めッ!くらえッ!」
パシャッ…!
「…なッ…!」
ふいにスネークの目から赤いフラッシュのような光が放たれたと思った矢先、それまで動いていた潮紗理菜の手足が突然、金縛りに遭ったように全く動かなくなった。
(な、何これ…!何で急に…!)
動揺する紗理菜に、
「ヒーッヒッヒッ!驚いたかい?これがアタシの特殊能力『ヘビにらみ』さ!目が合った者は動けなくなるんだよッ!」
「く、くぅぅ…」
確かにスネークの言う通り…いくら力を込めても手足が全く動かない。
すると、無様にフリーズした紗理菜に近寄り、
「ヒヒヒ…ヘビに睨まれたカエルになった気分はどうだい?ついでに、さっきのお返しをしてやろうかねぇ!そぉらッ!」
バシィィっ…!
「あぅぅッ…」
そのウロコだらけの醜い手で張り倒され、受け身もとれずに尻餅をついて地面に転がる紗理菜。
その悲鳴を聞いて、
「な、なっちょ…!」
ガーナ兵との交戦を中断し、加勢に駆け出す史帆。…だが、その向かってくる史帆に対し、地に倒れた紗理菜は、
「し、史帆ッ…このバケモノの目を見ちゃダメっ…!」
とにかく知らせないと思い、すぐに、声を大にして叫んだつもりだったが、遅かった。
同じように周囲に赤色のフラッシュが光ると、紗理菜と同様、史帆も、
「くっ…な、何これ…!か、身体が…」
「ヒーッヒッヒッ!一丁のみならず、これで二丁上がりだねぇ♪」
まるで場末のスナックのママのようなしゃがれ声で高笑いのスネーク。
そして地面に這いつくばる紗理菜が悔やむのは、自分と史帆がともにヘビにらみで動きを封じられたことで、ポケットの無線機を取り出させなくなったこと。
そしてスネークは、まず、
「お前たちッ!そいつらをアジトへ連れてお行き!」
立ちすくむハイカーたちの拉致をガーナ兵に任せ、そして、目の前でフリーズする史帆、そして眼下の紗理菜を見比べ、
「生身の人間にもかかわらず、アタシのこの姿を見てもなお向かってくるとはなかなか気の強い二人だ。しかし、さすがに相手が悪かったねぇ。ヒーッヒッヒッ…♪」
そして、
「そぉらッ!」
ドゴッ…!
「ぐっ…!」
棒立ちで隙だらけの土手っ腹にパンチを貰い、一撃で失神させられた史帆。
失神と同時にヘビにらみが解け、そのまま地べたの紗理菜の上に重なるように倒れ込むと、その史帆の背中を下敷きの紗理菜もろとも踏んづけ、高笑いのスネーク。
上からグリグリ圧をかけられながら、
「史帆ッ…!史帆ぉッ…!」
と必死に呼びかける紗理菜の高い声が、気付けば一緒に登ってきたハイカーたちは一人残らず連れ去られ、無人となった広場に虚しく響く…。
……
そして夕方。
「ただいまぁ…!」
ツアーの参加賞で貰ったタオルを手に、史帆と紗理菜が“何事もなかったような顔で”ヒナタベースに帰還した。
それを、
「あー、さりちゃんだ!」
と言って迎えたのは、いつも、このヒナタベースを遊び場にして入り浸る近所の子供たち。
以前まで、子守役はヒナタレンジャーの面々しかいなかったのが、先日、新たに面倒を見てくれるお姉さんが増えたことで、子供たちも前まで以上に遊びに来るようになり、実際に今日も昼過ぎから三人の子供が遊びに来ていた。
中でも頻繁に遊びに来るのがマサヤス少年。
すっかりヒナタベースの面々と親しくなっているマサヤスは、史帆の元に駆け寄ると、馴れ馴れしく、
「ねぇ、かとしー!そんなカッコしてどこ行ってたのぉ?」
と、普段は見ないハイキングルックに食いつくマサヤスに、
「かとしはねぇ。今日、朝から山登りに行ってたの…♪」
と、保母さんのように優しく答えてあげる史帆。
そして、子供たちをあやすのもほどほどに、
「二人とも、おかえり。…で、どうだった?」
と久美が聞くと、二人は揃って首を振り、
「駅からずっと、なっちょと警戒しながら登ってたんだけど、何もなかった」
「おかげで、ただ、ハイキングをしてきただけ」
と、なおも傍らで子供たちをあやしながら報告する二人の答えに対し、
「そっかぁ…んー…おかしいなぁ…」
と苦笑いをしたのは自信満々に推理を語っていた影山。
そして、そこに冷たいお茶をグラスに淹れて持ってきた菜緒。
「朝からお疲れ様でした」
と、収穫こそ無かったものの労いの声をかけ、まず史帆に、続いて紗理菜にグラスを手渡す菜緒だが、ふと目を細めて、
「あれ…?なっちょさん…お尻に土が…」
「土…?あれぇ?何だ、これぇッ!」
指摘されて自分の尻を見る紗理菜。
確かに土がたくさんついていた。
「あー!さりちゃんのお尻、ドロドロだぁ!」
と子供たちが一斉に笑いだすと、久美も苦笑して、
「何それ。そんなに土つけて、帰ってくる間、気付かなかったの?」
さらに史帆も、お茶に口つけながら、
「なっちょ、今日、どこかで転んでたっけ‥?」
「いや、そんな派手に転んだ覚えないんだけど…えー?いつの間に…」
「払って落としてきなよ」
と史帆が言うと、それに続いてすかさず、
「ここでしないでよ?子供たちがマネするから。ちゃんと外に行って払ってきてね」
と、母親のように釘を刺す久美。
「はいはい。分かってます、分かってます…」
まだ年端もいかない子供たちの前で叱られ、こっ恥ずかしそうに肩をすくめて、その土を落としに出ていく紗理菜。
その後も影山は、マサヤスがお気に入りの菜緒にちょっかいをかけに行った隙にスッと史帆の隣に来て、
「ねぇ、史帆。ホントに何もおかしなことなかった?」
「ないない。何もないよ」
「ホントに?…ホントに?」
執拗に確認するのは、それだけ自分の推理に自信があったからだろう。
すると、言っても信じてもらえない史帆は苦笑して、
「ホントに何もなかったって。それに、こうやって私となっちょが無事に帰ってきてることが一番の答えじゃん」
「…確かに…」
納得せざるをえない影山。
それを見かねて、
「まぁまぁ…ひとまず今日は、ってことだから…」
とフォローする久美。…と、そこに、突然、
「きゃぁぁッ!」
(…!)
廊下から悲鳴。
その瞬間、さすがは戦士、反射的に
「みんな、この部屋から出ちゃダメよッ!」
と子供たちに声をかける菜緒。
そして一斉にメインルームを飛び出した菜緒、久美、史帆に影山。
四人が廊下を駆けていった先で見たのは、なんと、お尻についた土を払うために外に向かった筈の紗理菜が、このヒナタベースに仕える一般隊員、通りがかりの平尾帆夏に掴みかかっている衝撃の光景だった。
「な、なっちょさんッ!何を…!」
慌てて割って入る菜緒。
どうにか平尾の隊員服を掴む手を引き剥がしたところで、すかさず影山が平尾の手を引いて遠ざける。
なおも鬼の形相で平尾に目を剥き、羽交い締めにして止める菜緒を弾き飛ばす勢いだ。
「よしなさいッ!」
と怒鳴る久美に耳を貸す気配もなく、なぜか異様に興奮している。
「何かしたの?」
と聞く影山に対し、平尾はとんでもないという表情で首を振り、
「いえ、何も…ただ、すれ違ってご挨拶をした瞬間、いきなり掴みかかってこられて…」
そんな、完全に気が動転している平尾をとりあえず遠ざけ、なおも騒然とする廊下。
やがて騒ぎに気付いて渡邉美穂と丹生明里も駆けつけ、
「な、何の騒ぎですか…?」
「わ、分からないの…とにかく、なっちょさんが突然、暴れだして…」
菜緒に加勢して止めに入る美穂と丹生。
血走った目に荒い息…。
普段の紗理菜ではない…いや、もっと言えば、ついさっきまでの紗理菜ではない。
そして、このままでは埒があかないと察した菜緒は、
「な、なっちょさん…ひとまずごめんなさいッ!」
と断り、首元に一発、手刀を叩き込む。
ビシっ…!
「うッ…!」
気絶し、崩れ落ちる紗理菜を慌てて三人で支え、
「…ふぅ…」
と安堵の溜め息。
そして、
「ひ、ひとまず医務室で運んで様子を見よう…」
と久美の指示で、美穂と明里がぐったりする紗理菜の両肩を担ぎ、医務室へ運ぶ。
その背中に、
「起きたらまた暴れだすかもしれないから注意するように」
と忠告をしておく久美。
そしてようやく、一同が困惑しながらもメインルームに戻る。
「どうしちゃったんだろ、なっちょ…」
と盟友の突然の奇行に首を傾げる史帆だが、そんな史帆の死角で、影山がスッと久美に近寄り、ボソボソと何かを訴えた。
それを黙って聞いて静かに頷いた久美。
少し間を置いて、
「…菜緒。そろそろ子供たちを帰して」
と隣の菜緒にしか聞こえない小声で指示。
そして、菜緒がそれに従い、
「みんな、ごめーん!お姉ちゃんたち、ちょっと用事が出来ちゃったから、今日はここまでにして、また明日、遊びに来てくれる?」
と子供たちを帰宅を促す。
日頃、優しく接しているおかげで、聞き分けが良い子供たち。
たちまち子供たちが消え、静かになったところで、何やらコソコソと機会を窺う久美と影山…。
そして史帆が何の気なしにソファーに腰かけた瞬間、
「…史帆!ごめん…!」
「え…?ちょ、ちょっとッ…!きゃっ…!」
久美と影山、二人がかりで不意打ちをかけ、史帆をロープで縛り上げる。
「な、何すんの!やめてよ、久美っ!…!」
「カ、カゲさんっ…!何を…!」
困惑する史帆、そして傍観者の菜緒を尻目に縛りつけた史帆の身体を素早く調べ回る影山。
首筋、左右の腕、脚も…そして何もないと見るや、
「史帆ッ…ごめんっ!」
と先に謝り、史帆のシャツのボタンに指を掛ける。
「ちょ、ちょっと!カゲっ!やめてよ、エッチっ…!」
史帆が頬を赤らめながら制するのも無視してボタンを外し、胸元をガバッと開けば、ブラに覆われた史帆の白い乳肉が露わに…!
そして、その瞬間、
「あったッ…!」
と、小さく声を上げ、久美の視線を呼ぶように指を差す影山。
そこにあったもの…それは、史帆のセクシーな胸の谷間を台無しにする、白い乳肉に点々とついた謎の鬱血だった。
……
「み、みんなッ…!何のつもり…!は、外してよぉッ…ちょっとぉッ!」
と叫ぶ史帆を、なおも縛り上げたまま、休養室のベッドに寝かせた久美たち。
見張りを任せる一般隊員の平岡海月と山下葉留花の二人に、
「私が許可するまで、史帆が何を言っても絶対にロープをほどいちゃダメ。分かった?」
「は、はいッ…!」
「了解しましたッ…!
息を呑んで返事をし、敬礼する二人。
あとを任せ、一行が次に向かったのは紗理菜が寝ている医務室。
その廊下を歩きながら、
「私の見立てでは、おそらく、さっきのなっちょみたいに、そのうち史帆も気が触れて暴れだすに違いない…史帆は私たちの中でも特に力が強いから、ああやって先手を打っておかないと暴れだしてからじゃ手がつけられない…」
と、そこでようやく、史帆を拘束した理由を明かした影山は、
「やっぱり、今日、何もなかったなんてのはウソなんだよ。…いや、ごめん。今のは私の言い方が悪いな。ウソというか、正確には、二人とも“今日、日向山で遭遇した何らかの出来事”のところだけ見事に記憶を消されてるんだ」
「記憶を消されてる…?」
首を傾げる菜緒に、
「今回の一連の事件の特徴…暴走事故に通り魔、みんな気が触れたように凶行に走るも、すぐに正気に戻る。そして戻った後は、自分が何故そんなことをしたのか分からない、記憶にないと言う。おそらく、この後、なっちょが目を覚ましても同じことを言うと思う。突然すれ違いざまに平尾隊員に掴みかかったことなんて覚えていないだろうし、覚えがないから必死に否定する筈…」
「━━━」
「私が察するに、おそらく、今回の事件で加害者となってる人たちは、みんな、日向山に登った際に、脳を一時的に狂人化させるクスリか何かを打たれてるんだと思う。…で、打たれた後、その“クスリを盛られた時”の記憶だけをキレイに消して帰される。だから、当人にすれば、ただ何事もなく日向山に登り、そして何事もなく下りてきたという認識でいる」
「だから二人も、さっき、今日は何もなかったと言ってたワケね」
という久美の相槌に、
「そう。そういうこと」
と頷く影山。
その息の合った二人のやりとりに、改めて、先代の盟友という間柄を感じながら、
「じゃ、じゃあ…実際は、史帆さんとなっちょさんも…?」
「そう。二人も既にクスリを打たれていて、そこの記憶だけ消して帰された。実際、それを裏付けるヒントが一つだけあった」
「ヒント…?何ですか?」
「なっちょのお尻についていた土…地べたに勢いよく尻餅をつくぐらいしないとあんな汚れ方はしない。でも、本人は全く覚えがないと言ったし、ずっと一緒にいた筈の史帆もなっちょのそんな瞬間を見てはいない。つまり、ちょうど、なっちょの服が汚れたぐらいのところからの記憶を二人とも消されてるんだよ」
「━━━」
「おそらく、今日、日向山で二人の身に何かが起きた…なっちょが地面に尻餅をつくようなことがあったんだよ。それでなっちょのお尻が土で汚れた…」
そこで一同が想像するのは一つ…ずばり、戦闘である。
そして、二人が交戦するような相手となると、ヒラガーナの連中しかいない。
「そして二人は、おそらくそこでやられてしまったんだと思う。菜緒たちと違って、私たちはもう変身できないからね。ヒラガーナのモンスターでも現れたら太刀打ちできない…で、やられてしまって二人はクスリを打たれた。そして、その一連の記憶を消され、今日は何も起きていないというまやかしの記憶でここに帰ってきて、そう報告した。あとは、そのうちクスリの効果が現れ、我を忘れて暴れだす…」
「━━━」
現に紗理菜は暴れだした。
そして、まもなく医務室というところで、
「さっき見た史帆の胸の傷…おそらく、あれがその発狂するクスリの注入の痕だと思うんだよね。もし同じのが、なっちょの身体にもあったとしたらビンゴ…」
そう言いながら、一同が、まるで総回診のように医務室に入室。
美穂と丹生が見張り役として枕元にいて、現れた久美たちを見ると、慌てて立ち上がって迎える。
「まだ眠っています」
という報告の通り、先ほどの暴れっぷりがウソのようにスヤスヤと眠っている。…が、ここでも影山は、ガバッと掛け布団をめくると、黙々と紗理菜の服をはだけさせていった。
「きゃッ…!」
突然の影山の行動に、傍らで変な声を上げた丹生をよそに、
「…ほら、あった!やっぱりだ!」
と、史帆と同様、乳房に謎の鬱血の痕。
そして、よく調べると、ちょうどその鬱血の場所と重なるようにシャツにも小さな穴がいくつか空いていた。
まるで何か“牙を持つものに噛みつかれた”かのようだ。
そして、確認が終え、はだけさせた服を元を戻しながら、
「多分、この打ち込んだクスリは実際に症状が出るまでの時間に個人差があるんだと思う。暴走事件の人は日向山に行った次の日に事件を起こしてるからね。一方、なっちょは、代謝が良いのか、それがかなり早く出た。そして、そのうち史帆も暴れだす筈…」
あれだけ頑丈に縛りつけた上、見張りも置いてるから大丈夫だと思うが、それでも少し不安は不安。
そして影山は、久美に、
「二人にかぎらず、今日、二人が参加したハイキングツアーの参加者全員が既にクスリを打たれていると見た方がいい」
「分かった。事務局に問い合わせて、至急、監視する」
と動く久美。
所在を確認した結果、参加者10人から史帆と紗理菜を引いて残り8人…そして、そこに引率を担当した佐藤というガイドを足した計9人を発狂予備軍として監視する必要がある。
すぐに、富田鈴花、松田好花、濱岸ひより、河田陽菜と、そこに先代の高本彩花、東村芽依、高瀬愛奈、佐々木美玲、斉藤京子も加え、散り散りに監視に向かわせた。…が、これでもう、ほぼ手一杯。
(早く解決しないと、街が発狂予備軍だらけになって食い止めようがなくなる…!)
そのためにも、今日、日向山で実際は何があったかを是が非でも知りたい。
やがて、
「…うぅっ…
紗理菜が目を覚ました。…が、すぐに、
「え…な、何これ…」
史帆同様、ロープで身体を縛り上げられていることに困惑する紗理菜。
そして枕元に久美たちの姿を見ると、史帆と同じように、
「な、何よ。これ…ねーえッ!みんなで寄ってたかって悪ふざけしてないで早くほどいてよぉ…!」
その口調は紛れもなく普段の紗理菜…先ほどとの別人だし、この様子だとやはり、発狂時のことは覚えてすらないだろう。
そんな紗理菜を、一同はベッドを取り囲むようにして覗き込み、
「なっちょ。縛り上げた理由はあとで話す。だからその前に、今日一日の朝からの行動を、どんな些細なことでもいいから、覚えてるかぎり、全てを細かく話して」
(つづく)