前編
日向星を侵略せんとする邪悪な宇宙海賊団「ヒラガーナ」。
そして、その魔の手に敢然と立ち向かい、日向星を護る戦士たち「ヒナタレンジャー」。
この対立構造が出来て早くも一ヶ月。
その間、ヒラガーナの連中は、雑兵のガーナ兵たちを街に放っての人間狩りや、怪人を生み出して悪巧みをはたらいてきた。
それを、ことあるごとに出動、阻止してきた戦士たちだが、そんな彼女たちも少し戦いから離れれば若い女性の集団。
その証拠に、ここ数日、基地であるヒナタベース内では、メンバーたちの、
「はぁ…たまには心置きなく一日ショッピングとかしたいなぁ」
「分かる。で、お昼は少しオシャレなカフェでランチとかしてさ」
「もう久しくやってないよ。そういう心から休める休日の過ごし方」
「ヒラガーナの連中も、一日ぐらい、悪事を休んでくれないかなぁ…」
といったいかにも女子の会話も、ちらほらと隊長の佐々木久美の耳にも入ってきたし、それを聞いて久美も、
(確かに…ここ最近、出動命令を出してばかり…みんな、少なからずフラストレーションが溜まっているのかも…)
自分も元・戦士…彼女たちの漏らす本音について、その気持ちはよく分かる。
それもあって、ひなた暦でいう〇月〇日。
突然、思い立ったように久美は「息抜き」と称して、まるで遠足の引率する教師のように、戦士たちを街へと連れ出した。…といっても、ヒラガーナの連中が同じように今日を息抜きの日に設定している筈がないので、
「もし何か出動するようなことがあったら無線で連絡する。その時には申し訳ないけど現実に戻って」
という条件付き。
それでも戦士たちは、それぞれ肩の荷が下りたような顔をして、久々の休日に喜びを隠せないでいた。
「ねぇ、丹生ちゃん。バッグ見に行こうよ。私、欲しいバッグあるんだ♪」
と仲良しの丹生明里の腕を引いてショッピングに誘う金村美玖や、かたや、
「ねぇ、一緒にドーナツ食べに行かない?」
「あ、いいねぇ♪」
と意気投合している松田好花と宮田愛萌。
そこに、
「え、なになに?二人だけずるいー!私も連れてってよぉ♪」
と、くっついて同行する渡邉美穂。
そして、そんな微笑ましい光景を見ている間に、ヒナタベースを出た時からずっと行きたいお店をピックアップし合って、とりわけこの外出を楽しみにしていた河田陽菜と濱岸ひよりの姿は既になかった。
そして久美は、どこに混じろうか迷っているうちにタイミングを失い、突っ立ってる富田鈴花にも、
「ほら、鈴花ッ!ぼーっとしてないで追いかけて美穂たちと一緒にドーナツ食べに行ってきなよッ!メンバー相手に今更なに人見知りしてんのッ!」
と、やや強引に背中を押し出し、追いかけさせる。
その振る舞い…まるで大家族の母親のようだ。
結果、ものの数秒で蜘蛛の子を散らしたように人混みに消えていった戦士たち。
そして久美は、一人、最後まで隣に残る菜緒にも、
「菜緒も一緒にドーナツ行ってきたら?今ならまだ追いかけたら間に合うよ」
と声をかけたが、菜緒は首を振り、
「私は…せっかくだから久美さんとお茶したいです…♪」
「私と…?」
「はい。戦士としての心得とか、まだまだ見習いたいところがたくさんあるので、そういう話が聞きたくて…」
と、相変わらずこんな時でもハメを外すことなく生真面目な菜緒。
当の久美も、それを言われて少し気恥ずかしい。…が、決して悪い気はしない。
なので、一度、照れ隠しの咳払いをして、
「じゃあ…どこか、落ち着けそうな雰囲気のカフェでも探す…?」
「はい♪お願いします♪」
その愛弟子からのひたむきな目に、ついついニヤけてしまいそうな嬉しさを噛み締め、先に歩き出す久美。
戦士たちと同様、彼女にとっても今日は久々の休日。
普段、ヒナタベースの司令室が定位置の久美にすれば、こうしてカフェを探して街を軽く散策するだけでも息抜きになる。
そして、少し歩いたところで自分好みの小さな喫茶店を見つけ、菜緒に、
「こことかどう…?あまり若い娘向きではない感じだけど…」
年の差を気にして少し遠慮がちに聞いてみるも、菜緒は意に介さず微笑んで、
「いいですね。ケーキ美味しそう…♪」
と同調。
二人で窓側の席に座り、仲良くケーキセットを頼んで少し優雅にティータイム。
そして皿のケーキを平らげれば、そこから宣言通り、菜緒からの質問責めが始まる。
どうやら最近、戦隊のリーダーの在り方について考えることがあるようで、
「久美さんはリーダーに求められる一番大事なことは何だと思いますか?ご自身は何か心がけていたことはありますか?」
と、生真面目な質問。
「うーん…大事なことかぁ…」
久美からすれば、今のままでも充分、務まっていると思って見ているのだが、本人的はまだまだ至らないところがあるという。
そういう意味では先代レンジャーで同じくリーダーを務めた久美は相談相手にうってつけなのだろう。
「何か、直した方がいいところってありますか?」
「んー…直した方がいいところねぇ…」
特にない。が、しいて挙げるなら、
「リーダーだからってあまり気負わなくていいと思うよ?確かにリーダーと任命したのは私だけど、別に菜緒にだけ余分なプレッシャーを与えたつもりじゃないし、リーダーにしたからって他のみんなより菜緒だけ一人、上にいるとも思ってない。リーダーだって困った時やピンチの時には周りに助けてもらうんだから」
「なるほど…」
それを金言にして胸に刻むとともに、
「じゃあ、久美さんも当時はそういう心境でリーダーを…?」
「もちろん。むしろリーダーといいつつ、周りに助けてもらってばかりだったかも」
と言った久美は、そこからだんだん遠くを見るような目になって、
「昔ね。加藤史帆って娘がいてさ。私がレッドで、この娘がブルーだったんだけど、その娘がとにかく頼りになる娘で…」
「と、過去を回想して昔話。
すると、そのうち、あの忌まわしい敗北についても一緒に思い出してしまうのだが、久美の昔語りは止まらず、
「最後は、その娘が身を挺して私を逃がしてくれた…だから私は今こうして生きている…本来ならそれはリーダーの私がするべきことなのにね…」
「……」
「…ごめん、湿っぽくしちゃったね…」
「いえ…」
少し気まずくなった二人のテーブル…。
それを誤魔化すように、
「…もう一杯だけコーヒーおかわりして出よっか」
と久美が口にすると、察しよく菜緒が、
「すいませーん」
と店員を呼ぶ。
そして菜緒がコーヒーのおかわりの注文をしてくれている間、ふと窓の外に目をやる久美。
あれはもう一年以上も前の話…故国を離れ、流れ着いたこの星にもすっかり馴染んだ。
窓の外は平和…行き交う人はみんな笑顔で、特に小さな子供の笑顔は見ているこっちも気が晴れる。
(これがずっと続けばいいんだけど…)
しかし、この星も、ヒラガーナに目をつけられた今、それは無理な相談…ならば、せめて今日一日はこのまま平和なまま終わってほしいもの。
(せっかくのみんなの休日…このまま何も起きませんように…)
と外を眺めながら願った久美だが、ふと、その視線がある角度で止まった。
その視線の先に捉えたのは足早に歩く一人の女性の後ろ姿。
どこか見覚えのある背格好、髪の長さ、歩き方。
(…史帆…?)
一瞬、本気でそう思った。が、すぐに苦笑いが出て、
(ま、まさかね…そっか。昔話をして思い出したせいで、つい…)
他人の空似に違いない…まさか史帆が偶然こんなところを歩いている筈がない…そう言い聞かしているうちに、その女性の後ろ姿はどんどん遠ざかり、やがて店内からは見えなくなった。
……
できれば今日一日、何事もなく…そんな久美の希望を打ち砕くように、〇時〇分、どこからともなく湧いて出たガーナ兵たちが街に現れ、また人間狩りを始めた。
「きゃぁぁッ!」
「や、やめろぉ…!」
「助けてくれぇぇ!」
悲鳴とともに捕らわれ、頭から捕獲用の網をかけられてトラックに積み込まれていく一般市民たち。
このままヒラガーナの基地に連れ去られ、洗脳されて新たなガーナ兵へと転生させられてしまう運命…。
やがて積み込んだ人数が一定数に達し、ガーナ兵が荷台の戸を閉じようとしたところで、突然、
「やぁッ!」
気合いの入った声とともに、取っ手にかけられたガーナ兵の手をめがけて、しなやかなキック一閃。
「イーっ…」
地に伏すガーナ兵。
さらに、その向こうでもガーナ兵を華麗な身のこなしで退治している別の人影。
奇しくも休日の戦士たちが散らばる繁華街にてガーナ兵による人間狩り勃発の一報…それを受け、そのポイントの最も近くにいた濱岸ひよりと河田陽菜が他の仲間たちに先駆けて現場に到着だ。
なおも逃げ惑う一般市民に網をかけようと追い回すガーナ兵の前に立ちはだかるとともに、いつになくムッとした顔で、
「せっかく陽菜と楽しくランチしてたのに…少しは空気読めよ、お前らぁ…!」
と、人間狩り以上に、せっかくの休日をあっさり終了させられたことにお怒りの様子の濱岸。
その怒りに任せ、長身から繰り出すキレのあるキック。
そして陽菜も、その一見おっとりしているように見える見た目から繰り出す鋭いチョップをガーナ兵の頚椎に浴びせ、次々に薙ぎ倒していく。
二人の奮闘により、倒されて横たわったガーナ兵は次々に消滅し、次第に数が減っていく。
なおも戦いながらチラチラ周囲を見渡し、
(よし、あと四体…!)
と目算をつけていた濱岸だが、そこで突然、対峙していたガーナ兵との間に、生身の女が一人、割って入ってきた。
「え…?」
その不意の割り込みに、一瞬、きょとんとした濱岸だが、次の瞬間、その女がガーナ兵に代わる形で襲いかかってきた!
「くッ…!」
繰り出された鋭いパンチを、間一髪、受け止めるも、思わずよろけた濱岸。
すると、そのわずかな隙を見逃さず、大外刈りを仕掛けてきた女によって不覚にも転倒させられてしまった。
思わず、
「痛ッ…!」
と呻きつつ、反射的に受け身を取り、そしてすぐさま起き上がって咄嗟に距離に取った濱岸。
その女を見据え、
「な、何をするの…!あなたは誰…?」
と戸惑いながら問うも、女の返答は無し。
そして、その女の無表情を見た濱岸は、
(な、何?この人…何だか…目が死んでて生気が感じられない…!)
そんな感想を抱いた直後、背後でも交戦の物音が聞こえ、振り返ると、ついさっきまでガーナ兵と戦っていた陽菜も、いつの間にかガーナ兵ではなく、見知らぬ女と組み合っていた。
「く、くぅ…!」
やや力負け…そして宙に放り投げられ、濱岸の方に飛んできた陽菜の身体。
「ひ、陽菜ッ!きゃっ…!」
その身体を受け止めきれず、一緒に倒れる濱岸。
急いで起き上がり、再び戦闘態勢をとるも、倒れている隙に背中合わせの二人は謎の女たちからの挟み撃ちになっていた。
「だ、誰ッ!?あなたたちは…!」
「なぜ私たちと戦うの!?」
当然の疑問を口にする二人だが、謎の女たちはここでも何も答えず、ただ無言で再び攻撃を仕掛けてくる。
しかも、その攻撃はまさに手練(てだれ)のそれ。
ヒナタレンジャーの一員として武術を会得した濱岸や河田に引けを取らず、ほぼ互角。…となれば勝負は必然的に体力の削り合いになり、戸惑いながら戦う濱岸と河田にとっては分が悪い。
「くっ…くっ…」
次第に相手の攻撃のヒットが増えていく。
そして、徐々に劣勢に陥っていく二人が、今、思うこと…。
(な、何で…何でみんな来てくれないの…!無線は届いてる筈なのに…!)
(い、いつまで休日気分なのッ!早く来てよッ!みんなッ!)
(つづく)