前編
とある快晴の休日。
真っ青な水平線が美しい日向湾に浮かぶボートには、ウェットスーツに着替えた若者たちが乗っていた。
空が青ければ海も青い。
それはつまり、今日が絶好のスキューバ日和ということだ。
「いやー、楽しみだなぁ」
「久々だな、このメンツで来れるのは」
「晴れてわかったよ、ホントに」
などと甲板で談笑し合う彼らはスキューバダイビングという共通の趣味で繋がる、こよなく海を愛する男たち。
チャーターしたボートで珊瑚礁がキレイに見えるといわれているポイントに着くと、早速、ボンベを背負い、次々に海へ飛び込んでいく三人組。
水質の良い日向湾の海中は自然そのもの。
まるで水族館の巨大水槽の中にいるかのように身体の周りを様々な魚が行き交い、そして深く潜っていくと、海底には様々な色に輝く珊瑚礁が並んでいる。

まるで水中イルミネーション。
この光景を見るだけで、日々の疲れもストレスも全て飛んでいく。
ハンドサインで、
(おい。写真撮ってくれよ)
と首に掛けてきた水中カメラを仲間に手渡し、色とりどりの珊瑚礁の真ん中でピース。
それを交代しながら仲良く三人で思い出になる写真を収め、なおも海底を散歩。
すると、ふいに先頭を歩いていた一人がハンドサインで、
(見ろ。何かいるぞ)
と足元を指差し、そこに目をやる三人。
海底の砂が波打っている。
カレイかヒラメか、はたまたエビか…。
そんなことを思って、それぞれが微笑ましく眺めていた次の瞬間、
ビュッ…!
(…!?)
海底からものすごいスピードで赤い触手が三本、飛び出してきて、息をつく間もなく三人の首に巻きついた。
(な、何だ…!)
慌てて逃れようとするが、その触手はすごい筋肉を持っていて、まるでプロレスラーにヘッドロックをされたように三人とも動けない。
そして海底に引っ張る力が加えられると、もがく三人は為す術もなく、そのまま海底の砂の中にズルズルと引きずり込まれていった…。
……
翌日。
スキューバダイビングのためにボートをチャーターした三人組が船ごと帰らないという知らせを聞きつけ、調査に足を運んだ小坂菜緒、金村美玖、丹生明里、濱岸ひより、河田陽菜の五人。
というのも、ここ最近、似たような事件が続出している。
その原因を突き止め、解決するようにと隊長の佐々木久美からも厳命されている。
早速、自分たちもボートを借り、海へ出て進むこと数分。
まず消えた若者たちがチャーターしたボートが無人で漂っているのを発見。
早速、横につけ、濱岸と河田が飛び移って調べる。
船室にあったのは若者たちの脱いだ服と持ち物が三人分。
しかし、
「ねぇ、中に誰かいるーっ?」
と丹生が隣のボートから声を張り上げて聞くと、
「誰もいなーい!」
「もぬけの殻ぁー!」
と返ってきた。
念の為、遺書がないかも調べたが見つからず、水死体も見つかっていないことから入水心中とは考え難い。
「となると…」
「ダイビング中にどこかに消えたってこと…?」
顔を見合わせ、首を傾げる菜緒と美玖。
結局、漂う無人ボートは濱岸と河田でひとまず岸まで戻すとして湾上で別れ、残る菜緒、美玖、丹生の三人で、引き続き、湾内を巡視することに。
そして半時間。
ふいに美玖が、
「ストツプっ!海面に何か浮いてるッ!」
と声を上げたので目を凝らすと、それはネックストラップのついた水中カメラだった。
「落ちないでよ?丹生ちゃん…」
と菜緒が心配する中、グラグラになりながら、どうにか網でカメラを掬い上げた丹生。
そのカメラを手にジロジロと眺め、
「んー…損傷はなさそうだね…」
と丹生が言い、菜緒は、
「もしかしたら、消えた三人組の使っていた水中カメラかもしれない…!」
と推察した。
だとすれば、このカメラに撮影された写真を確認すれば何か手がかりになるものが映っているかもしれない。
早速、一足先に岸に戻った濱岸と河田に無線で連絡を取り、帰港次第、すぐに確認できるようにと用意を頼んでおいて、そのカメラを持って陸に戻る三人。
この日も晴れやかな空だったが、今はまだ、綺麗で穏やかな日向湾のクルージングを楽しむ気にはなれない。
……
陸に戻ると、ちょうど、先日、解析班として新たに仲間に加わった新顔、正源司陽子が派遣されて駆けつけたところだった。

早速、持ち帰ったカメラを陽子に手渡し、撮影された写真を見せてもらう。
「…出ました」
と接続したノートパソコンのディスプレイを五人に示す陽子。
まずは、今しがた見てきたのと同じ、晴れやかな空と日向湾の水平線。
特に異変がないことを確かめては、
「次…次…」
と、陽子に、次のファイルに行くクリックを指示する丹生。
続いて若者たち三人組が甲板の上でおどけている写真が出ると、そこで美玖が、
「ストップ!」
とスライドショーを止め、チャーターボートを貸した事務所から借りてきた、契約の際に提出された問題の若者たちの免許証のコピーと顔を照らし合わせる。
「…間違いない。消えた三人だ」
顔が一致したことで、やはり菜緒が推察した通り、このカメラは消えた三人組のものだった。
さらに撮られたファイルをスライドショーで見ていくと、飛来したウミネコに笑顔で餌をやっている写真や、ウェットスーツに着替えようと半裸になったところを写して、
「やめろよ!こんなところ撮るなよ!」
などと言っていそうな顔で苦笑している写真もあったりして、その微笑ましい光景を見るかぎり、この後、連絡を絶って失踪してしまうような顔には見えない。
「次…次…」
と言ってるうちに、いよいよスキューバダイビングが始まり、場面が海中へ。
透き通るような水中の写真は美しく、つい見とれてしまう。
行き交う魚、そして、色とりどりの珊瑚礁の真ん中で一人ずつポーズをとっている写真と続き、特に不思議な点はない。
そして、それまでキーボードを叩いていた陽子が、
「次ので最後です」
と言ってディスプレイに映し出された写真を見て、一同は首を傾げた。
「これは…?」
「海底…?」
最後に撮影された写真は、どういうワケか、ただ海底で足元の砂を写したものだった。
「拡大して」
「はい」
菜緒に言われて陽子がズームすると、いいカメラだったこともあり、きめ細やかな砂質まで鮮明に映る。
やがて、
「これがズームの限界です」
と陽子が言ったところで、また五人が一斉に首を傾げた。
「これは…?」
「なに…?」
砂の中から、何やら赤い物体が出てこようかというところ。
「ウナギかな?」
「いや、こんな鮮やかな色のウナギいないでしょ」
「じゃあ、ウミヘビ…?」
「いや、ウミヘビでもこんな色のはいないんじゃ…」
と言い合う中、ぼそっと一言、
「タコじゃない?」
と口にしたのは濱岸。
「あー、なるほど」
「確かに、そう言われたらタコの足に見えるかも」
と感心する丹生と河田だが、
「…で?これがタコだとして、それがいったい何だっていうの?」
という美玖の真っ当な一言に押し黙る面々。
とはいえ、これが失踪直前、最後に撮られた写真なのも事実。
それを踏まえて、
「一応、念の為、この写真が撮られた海底も調べてみよう」
というのが五人の出した結論で、すぐにダイビングのアイテム一式が用意され、再び日向湾に出航。
幸い、写真に写っていた珊瑚礁のところは有名なダイビングスポットになっているので、そこまでは迷わずに行ける。
船上での協議の結果、海底を調べるのは菜緒、美玖、濱岸の三人に決まり、せっせと背中にボンベを背負い、足先にフィンを装着する三人。
そしてポイントに到着。
念の為、緊急用の水中ブザーを携帯し、いざ、海中へ潜っていく三人。
三人を取り巻くキレイな景色。
さっき見た写真のような魚の群れが、今、実際に目の前を横切る。
そのまま珊瑚礁が並ぶ水底に降り立ち、
(手分けして調べよう)
とハンドサインを出す美玖。
海底で三方向に散らばり、スイスイと移動する三人。
中でも濱岸はそのスラリとした長身が映え、バタフライで泳ぐ姿はまるで人魚のごとく華麗で優雅。

そのまま、どんどん岩陰に入っていく濱岸だが、ふと、そこで頭上に気配を感じた。
(…?)
見上げると、ゴーグル越しに、奇妙に色をしたフグが計六匹、群れをなして泳いでいるのが目についた。
(なんだ、フグか…)
と思ったのも束の間、その奇妙なフグの群れはフワフワと濱岸の目の前に下りてきて、心なしか身の回りを包囲されたように見えた。
(え…?な、なに…?)
と思った次の瞬間、そのフグの群れは一斉にぷくっと大きく膨らみ、破裂すると同時に、
(なっ!?)
なんと、破裂したフグの中からヒラガーナの戦闘員、ガーナ兵が現れたではないか。
しかもダイビングスタイルの自分と違ってボンベ不要、元から足がフィン型で生まれた水中活動特化型のガーナ“水兵”だ。
「イーッ!」
と水中でもお決まりの奇声を上げ、一斉に襲いかかってきた!
(くっ…!)
包囲されて逃げ場のない濱岸はガーナ水兵の攻撃に対して防戦一方…身をくねらせて必死に応戦するものの、どうしても地上と違って動きが鈍る。
それに対し、ガーナ水兵たちは水の中でも機敏だ。
そして…。
(し、しまった!)
一瞬の隙をつかれ、背後から羽交い締めにされた濱岸。
動きを封じられたところで浴びせられる連続パンチ…群がって水中リンチの始まりだ。
(くっ…!コ、コイツらが現れたってことは…やっぱり、この一連の事件は連中の仕業…!)
と察するも、それよりまず、この劣勢を脱することが先決。
左右から襲い来る乱打の合間を見切り、グイッと身を屈め、水中で前転をする濱岸。
その遠心力で背後に組みついていたガーナ水兵が剥がれた。
続いて襲いかかるキックを掴んで受け止め、長い腕で裏拳を決める。
見事にクリーンヒット!…だが、陸の上ではこれで一発KOできる筈が、水中では有効打に至らない。
なおも群がるガーナ水兵の群れに、たまらず、携帯していた水中ブザーを鳴らす濱岸。
その後もどうにか応戦していると、やがて、ブザーを聞きつけた菜緒と美玖が必死のバタフライで泳いでくるのが遠目に見え、同時に濱岸もそっちへ向かって逃げ出す。
ゴーグル越しのに目で、
(ひよたんっ!)
(大丈夫っ!?)
と聞く二人に、グッドサインで応える濱岸。
そして三人は横一列になり、一斉に、
(ハッピー…オーラっ!)
水中で交差したブレスレットから発光したような光が放たれ、次の瞬間、菜緒、美玖、濱岸の三人は、それぞれ、ヒナタレッド、ヒナタイエロー、ヒナタブラックの姿に変身した。
生身と違い、鬼才・佐々木久美が造り出した強化スーツは、水中でも多少の抵抗は受けるものの、ある程度は動ける設計。
「よくもやってくれたわね、アンタたちッ!」
と、ヒナタブラック、濱岸にしてみればここから反撃開始だ。
特攻してサッと群れを分断し、それぞれ一人二体のガーナ水兵が相手。
「やぁッ!」
ガーナ水兵の繰り出してきたパンチを受け止めて引き寄せ、その掴んだ手をひねって背中に回し、そのまま岩礁に叩きつけてダメージを与えるレッド。
かたや、
「イエローフリスビーっ!」
と叫んで黄色く光る専用武器の円盤を投げつけ、接近せずに一掃するイエロー。
そしてブラックも、
「ブラックフルーレ!」
と自身の専用武器である刀身の細い漆黒の剣を手に、フェンシングで培った華麗な突きでガーナ兵を寄せつけない。
たちまち形勢は逆転し、次々にノビて消滅していくガーナ水兵。
そして残った一体を海底で取り囲んだ戦士たち三人。
「ヒラガーナっ!ダイビング中の若者が次々に失踪してるのは、やっぱりお前たちの仕業だったのね!」
「今までに攫ったダイバーたちはどこにいる!?」
「言うまで逃さないよ!」
と詰め寄る三人を前に、オロオロするだけのガーナ水兵。…と、その時!
プシュゥゥゥゥゥ…!
(…!?)
不意に海底から猛烈な勢いで黒煙が噴き出し、瞬く間に三人の視界が、キレイな水質から深海のような真っ暗闇へと一変。
(くっ…!)
(こ、これは…!)
(墨…?)
慌てて砂を蹴り、後ずさりでその場を離れる三人。
その黒煙から抜け出たところで、改めて、澄んだ水質の海底に、突如、立ち込めたそのキノコ雲のような巨大な煙幕に唖然とする。
そしてようやく、その黒煙が薄れた頃には、せっかく取り囲んだガーナ水兵は姿を消していた。
「くっ…逃げられた…!」
と口惜しそうなレッド。
海底から思わぬ邪魔が入り、水を差されたが、これで、頻発するスキューバダイビング中の不可解な失踪事件がヒラガーナの仕業だということは分かった。
(つづく)