後編
「このバカっ!ヒナタレンジャーに嗅ぎつけられるなんて大失態よッ!」
アジトに響き渡るヒステリックな罵声。
どうにか逃げ帰ってこれたのも束の間、イグチ魔女に怒鳴りつけられ、
「ははぁッ…お、お許しを…!」
と図体のわりに平謝りのスパイダー。
それもその筈。
幹部のイグチ魔女と新たに生み出されたモンスターでは、いわば上司と新入社員のような間柄。
新入りらしく梅澤美波の捕獲失敗と撤退してきた理由をちゃんと「ほうれんそう」で報告したスパイダーだが、完璧主義で傲慢なイグチ魔女には温情など一切なく、ただ怒りを買っただけ。
イグチ魔女は大きく肩をすくめて、
「どうするのよ?ネルネル様には計画はいたって順調に進行中ですって大見得を切ったところよ?もし、ヒナタレンジャーに気付かれて邪魔されたなんてことが知れたら…」
「け、計画には滞りのないようにいたしますので…ど、どうかネルネル様には内密に…」
「当たり前でしょ!うなだれてるヒマがあったらさっさと次に取りかかりなさい!」
「は、はいぃッ!」
慌てて挽回へと飛び出していったスパイダー。
スパイダーに与えられた使命…よりスペックの高いガーナ兵を生み出すため、スポーツ経験があって身体能力に秀でている人間たちを誘拐してくること。
有能な調査班によって、強豪野球チームで主軸を張る矢野ケンジ、スポーツ校の古豪バドミントン部でキャプテンを務める久保史緒里、空手の有段者で長身の梅澤美波など、狙い目のターゲットがリスト化され、それに基づいて暗躍してきたスパイダー。
当初は上手く進んでいたが、ここにきて運悪くヒナタイエローに誘拐の現場を見つかってしまい、邪魔をされてしまった。
(お、おのれ、ヒナタレンジャー…!)
さっきの交戦で、何か良からぬことを企んでいるに違いないと怪しまれたことは間違いない。が、かといってここで計画を中止すれば、次は賊を束ねる女船長ネルネルの怒りを買うことになる。
あのイグチ魔女が平身低頭になるほどの力を持つネルネル…役立たずは処刑、失態を犯したものは身をもって償うのがヒラガーナの掟である以上、スパイダーにとっても、もう失敗は許されない。
……
翌朝。
「スパイダー様」
偵察に出した配下のガーナ兵は戻ってくるなり肩をすくめ、
「梅澤美波ですが、昨夜のこともあり、今朝から金村美玖と松田好花の二人がべったり張りついています。あの様子では、もう一度、梅澤美波を狙うというのは少し難しいかと…」
「だろうな。くそっ」
不貞腐れた様子で返事もそっけないスパイダー。
こうなると邪魔が入ると分かりながら梅澤美波を狙うより、こちらでターゲットを変えた方が得策だろう。
幸い、調査班の作った捕獲予定リストは必要数より多く記載されているので、逃した獲物にそこまでこだわる理由もない。
(ククク…ヒナタレンジャー。そのままずっと、的外れな護衛に時間を割いているがいい!その方が俺にとっても好都合だ!)
こうして、連中の裏をかく形で、一人、また一人と姿を消すアスリートたち…。
ヒナタレンジャーの連中が何とかの一つ覚えで梅澤美波を護衛している間はずっと入れ食い状態だ。
そして次なる獲物の選定。
リストを見つめ、
「…よし、次はコイツにしよう」
とスパイダーが選んだのは、現在、東街区の某中学校にてバレーボール部のコーチをしている田村保乃という女。
当然、彼女自身もバレーボール経験者で、そこで培われた筋力と瞬発力には眼を見張るものがあると記載があり、条件は充分に満たしている。
……
その日の夜。
中学生へのコーチを終え、今夜もスポーツジャージ姿のまま帰宅した田村保乃。
彼女が住むのは閑静な住宅街に建つハイツ。
そして、その屋根の上には彼女の帰宅を待ち構えていた大きな蜘蛛の影が…。
バッグを肩に提げ、足早に入口の小階段を上がろうとしたところで、周囲の暗さも相まって目にも止まらぬ速さで頭上から伸びてきた蜘蛛の糸。
まんまと上半身を絡め取られ、驚いて声も出ないまま、ゆっくり宙を浮き、ハイツの屋根へと引っ張り上げられていく保乃。
それは、ほんの20秒ほどの出来事。
そのまま地面に転がるバッグだけを残し、蜘蛛の糸で雁字搦めにされた保乃は、そのまま静かにスパイダーのアジトへと連れ去られていった。
……
「ここに入っていろ!おらっ!」
「きゃっ…!」
アジトに連行され、牢屋に収監された田村保乃。
その中には既に、先に捕らわれた久保史緒里ら女性アスリートが収監されており、さらに一つ隣の牢屋からは同じく捕らわれた男性アスリートたちの声がする。
「た、助けてくれぇ!」
「おーい!誰かぁッ!」
と叫ぶ声を無視して、
「ひぃ、ふぅ、みぃ …えーい!動き回るな!数えられんだろうが!」
と声を荒らげるスパイダー。
それでも順当に捕獲数を伸ばし、何とかネルネルの逆鱗に触れずに済みそうだ。
「よし…では、、俺はイグチ魔女様に経過を報告してくる。その間、しっかり見張っておくんだぞ!」
「イーッ!」
と、お決まりの奇声を上げるガーナ兵を残して牢屋を後にするスパイダー。
部屋を出て角を曲がり、階段を上がり、イグチ魔女のいる部屋へ。
今日もしっかり数を伸ばしたことを報告し、
「あと四、五人ほど攫ってきたら、今回の作戦、ノルマ達成でございます」
「そうよ、その調子でやればいいのよ。そうすれば私だって怒らないし、ネルネル様もきっと褒めてくださる筈ッ♪」
と、不機嫌だった昨夜と違って都合のいいことを言うイグチ魔女だったが、そこでふと地下牢の方から騒がしい物音がした。
「…なに?今の音?」
「さ、さぁ…?何でしょう…?」
心当たりがないスパイダーも首を傾げ、どうも嫌な予感がしたので二人で見に行くことに。
今しがた、上がってきた階段を足早に降りて地下牢へ戻る。
すると、そこには、ついさっき見張りを命じたガーナ兵がノビて倒れていた。
開いた鉄格子…牢の中は男女とも人っ子ひとり残っておらず、もぬけの殻…。
「こ、これはどうしたことだ…!」
と驚くスパイダーだが、それ以上に、
「どうなってるの!?説明しなさいッ!」
とヒステリック再発で怒鳴りつけるイグチ魔女。
「い、いや…そう言われましても、私にも何が何だか…!」
とスパイダーがうろたえているところに、そこに、
「残念だったわね、ヒラガーナ!」
「な、なにやつッ!?」
振り返るイグチ魔女とスパイダーの前にスッと姿を見せた田村保乃…!
「上手くやったつもりみたいだけど、逆に上手くいったのはこっちの方よ!」
「な、何だとっ!?貴様は、いったい…!」
戸惑うスパイダーを見据えてニヤリと笑った保乃は、おもむろに耳元に手をやると、少し浮いた皮膚の端を摘まんで、そのままゆっくりと剥ぎ始めた。
「な、なにっ!?」
まるで爬虫類の脱皮のようにめくれていく皮膚。
愛らしい女の顔の下から、全く系統の違う別人の愛らしい顔が覗くと同時にロングヘアーのカツラも取り去り、現れたのはヒナタレンジャーのリーダー、小坂菜緒だった!
「き、貴様は…!」
驚くスパイダーに、
「まんまとアジトまで案内してくれてありがとう!おかげで誘拐された人たちも、みんな救出できた!感謝するわ!」
「く、くそぉ…貴様、いつから化けていたのだ!?」
と悔しがるスパイダーに、
「蒸発した人たちにはアスリートという共通点があった。その時点で私たちもアンタたちの狙いは分かったわ。となれば、アンタたちが次に狙いそうな女性アスリートに目星をつけ、特殊メイクでなりすましておけば、おのずと罠にかかってくると踏んでいた…!」
「じゃ、じゃあ…ずっと梅澤美波を護衛し続けていたのは…?」
とスパイダーが口にすると、
「そんなの、アンタを油断させるために決まってるでしょ?」
「そこまでアホちゃうで、ウチらも」
と、菜緒の後ろから続けて顔を出す美玖、そして好花。
「くっ…よ、陽動だったのか…!」
ようやく、まんまと一杯食わされていたことに気付いたスパイダーを、
「何やってんの、このバカっ!せっかく捕まえた獲物も一人残らず逃げられて…この責任、どうやって取るつもりッ!?」
「は、はぁ…!お許しを!」
と、また平謝りのスパイダーに、
「ちょっと、ちょっと、お二人さん…許す、許さんは私らが決めるんやで?」
と好花がはんなりした口調で肩をすくめ、美玖も、
「スパイダー!お前のアスリート誘拐計画も今日で終わりよ!覚悟しなさい!」
と啖呵を決めるとともに二人でアイコンタクト。
「ハッピー…オーラっ!」
カメラのフラッシュのような光とともに、ヒナタイエロー、ヒナタグリーンへと変身。
「行くわよ!とぉッ!」
「やぁッ!」
と、捕虜がいなくなった空きの地下牢で交戦開始。
さらに菜緒も毅然な目をしてイグチ魔女と対峙し、ビシッと指を差して、
「イグチ魔女ッ!あなたの相手は私よ!」
と啖呵を切って腕をクロス。
「ハッピー…オーラっ!」
発光とともにヒナタレッドに変身した菜緒。
それに対し、
「ま、またアンタ!?調子に乗るのもたいがいにしときなさいよ、ホントにっ!」
と、前回同様、まだまだ格が違うと言いたげなイグチ魔女は、勝負に応じる素振りも無く、
「スパイダー!さっさとこの三人をまとめて片付けておしまい!もし万が一、仕留め損ねて帰ってきたら次こそタダじゃ済まないことを肝に銘じて戦うのよッ!」
と発破をかけて消え去る。
「くっ…待てっ!」
と飛びかかるも間に合わず、空気を掴んだだけのレッド。
まんまと取り逃し、真っ赤なマスクの中で唇を噛む菜緒だが、その背後では、なおもイエローとグリーンが交戦中。
「蜘蛛の糸をくらえっ!」
と、蜘蛛の糸を吐き出すスパイダーに、
「くっ…!し、しまった!」
鮮やかにグリーンの身体を絡め取り、身動き出来ないように締め上げるも、すぐさま隣で、
「好花、私に任せてっ!イエローフリスビー!」
とフリスビーを飛ばし、糸を切断して助けるイエロー。
「お、おのれぇ…!」
十八番の蜘蛛の糸も一辺倒では通じなくなってきたところで、反撃の時間。
まず手始めに、
「グリーンウィップ!」
と、専用武器の鞭を構え、空気を切り裂く音とともにスパイダーの身体めがけて放ったグリーン。
しなった鞭は綺麗にスパイダーの身体に巻きつき、雁字搦めにして動きを封じると、今度はそこに専用武器の赤い槍、レッドスピアを構えたレッドの鋭い薙ぎ払いが炸裂。
「ぐっ…!」
ダメージを受けてよろけたスパイダーをグリーンが鞭を振るって投げ飛ばし、鉄格子に叩きつけたところで、
「覚悟しなさい、スパイダー!必殺、イエロースライサーっ!」
技名を叫んで勢いよく投じたイエロー渾身のフリスビーは、これまでの単なる投擲と違い、高速回転によってギザギザの光の刃が生え、スパイダーの複数ある腕を一本、二本と切り落としていった。
「ぐわぁぁっ!」
足元に落ちる腕の数だけ断末魔を上げるスパイダー。
そして最後はその胴体をも真っ二つ…!
力なく後ろに倒れる下半身と、叩きつけられるように床に落下した上半身。
最期は、
「イ、イグチ魔女様…どうかお許しをッ…!」
と叫び、爆発四散したスパイダー。
その派手な爆死により、スパイダーのアジトも見事に崩壊。
ガラガラと崩れ落ちる様子を、一足先に脱出し、小高い岩山の上から眺める菜緒、美玖、好花。
そこに、
「おーい!みんなー!」
と、解放したアスリートたちを安全なところまで送り届け、再び戻ってきた美穂。
三人に並んで倒壊するアジトに目をやって、
「あれ?もしかして終わった感じ?」
「うん、終わったよ」
「遅いって、美穂。もっと早よ来やんと」
と、好花が笑えば、美穂も、
「なんだァ、最後は私が決めてやろうと思ってたのにさ!」
と肩をすくめる。
何はともあれ、これによってヒラガーナのアスリート誘拐計画は潰えた。
再びイチから出直す気力も無いだろうし、イグチ魔女も、さぞかし悔しがっているだろう。
(とはいえ、いつ、また、ろくでもないことを考えて暗躍しだすか分からない…)
彼女たちの戦いは続く。
(つづく)
〜次回予告〜
街を駆ける献血車…。
協力者に美容液をプレゼントという誘い文句をつられ、つい軽い気持ちで協力した美穂と鈴花だったが、それはヒラガーナが送り込んだ新たな刺客、吸血コウモリ怪人の罠であった!
血を吸われ、怪人の超音波で意のままに動く操り人形にされた二人…。
果たして菜緒たちは、二人を正気に戻すことが出来るのか…!
次回、『恐怖の吸血コウモリ!奪われた血が躍る!』に、ご期待ください。