前編
カラッとした快晴、スポーツ日和。
中央街区にある河川敷の公園では週末に大会を控えた野球チームが練習に来ていた。
目下、ヒラガーナ海賊団に目をつけられている日向星だが、ヤツらが表立った動きをしないうちは、これまで通り、平和な星の日常的な午後として時は進む。
「よーし、ノック行くぞぉ!」
照りつける太陽の下、コーチが声を張り上げ、守備位置に散った選手たちに次々に打球を放つ。
レフトの定位置に就くのはチームのキャプテン、矢野ケンジ。
今大会でもチームを牽引する活躍が期待される身体能力抜群の主砲だ。
カキーン!
「あーっ!ケンジすまーん!」
ライト、センターへは上手く定位置付近にフライを打ち上げていたコーチだが、ケンジへのフライにかぎって打ち損じがあられもない方向へ飛んでった。
その打球はワンバン、ツーバンと弾み、そのまま奥の草むらの中へ。
(うわぁ、けっこう行っちゃったじゃん。マジかよー…)
と肩をすくめ、消えたボールを探しに草むらに入るケンジ。
まるで骨のオモチャを投げられた犬のように、草むらの中を右往左往して探し回り、やっと転がっているボールを見つけた。
(まったく…しっかり頼むぜ、コーチ)
とボールを拾い、守備位置に戻ろうとするケンジだが、ふと駆け出す自身の足元に網目状の影がフワっと現れ…。
……
同じ日の夕刻。
北街区にある名門校、フリージア学園のバドミントン部キャプテン、久保史緒里は、練習を終えて同じバドミントン部の仲間たちと帰路についていた。
スポーツ強豪校で知られるフリージア学園。
ご多分に漏れずバドミントン部も古豪として知られ、それゆえに毎日の練習も長く、特にこの時期は練習を終えて学校を出る時点で既に夕陽が山に隠れ、もう真っ暗。
毎日が部活漬けの史緒里たちは、もはや下校途中に寄り道をする気力など残っておらず、健全に、まっすぐ家路につく。
「じゃあ、また明日ね」
「バイバーイ」
いつもの交差点で友達と別れ、ここからは自宅まで一人ぼっちの史緒里。
閑静な住宅街をトボトボと歩く。
点々と続く街灯の光に照らされ、足元の影が伸びては縮み、伸びては縮み…を繰り返す中、次の街灯に迫って影が縮んできた瞬間、ふと、網目状の影がフワッと現れた。
それに気付いた史緒里が、
(な、なに…!?)
と目を見開いた瞬間、その網目の影は史緒里の影と同化するように重なって…。
……
翌日。
ヒナタベースではメインルームに戦士たちを集めた久美が、開口一番、
「ヒラガーナの仕業と思われる事件が起きたわ」
と切り出し、ここ数日、スポーツに秀でた若者たちが次々に蒸発している事件について説明した。
昨日、新たに姿を消したのは、野球チームの主砲・矢野ケンジ、そしてフリージア学園のバドミントン部キャプテン・久保史緒里の二人。
矢野ケンジは逸れたノックのボールを拾いに行ったっきり帰ってこなくなったとチームメイトとコーチが証言。
一方、久保史緒里も、いつもなら帰ってきている筈の時間になっても一向に帰ってこず、心配になった母親が同じバドミントン部の同級生に連絡を取ると、その子から「いつもの交差点でいつもの時間に別れた」と言われたらしい。
他にも、ここ最近、似たような話で若者の失踪が相次いでいることから、
「なるほど…確かに怪しいですね」
と、ヒラガーナの仕業という説に賛同する小坂菜緒。
消えた若者たちの共通点は、みんな、スポーツをしている若者だということ。
矢野ケンジは野球だし、久保史緒里はバドミントン。
他にもサッカー、バスケ、水泳と、スポーツをしている若者が、ここ数日、次々に姿を消している。
(誰一人、目撃者のいない神隠しのような失踪…それが気になる…)
と正義の火が宿る真剣な眼で宙を見据える菜緒。
思い立ったら吉日…疑いを持ったメンバーたちは、早速、調査に動いた。
……
その日の夜。
アルバイトを終えて帰路につく梅澤美波。
細身ながら長身で、なおかつ学生時代は空手部で鳴らしたこともあり、独り歩きでも威風堂々とした佇まい。
夜道で痴漢が獲物にしようにもそれなりの勇気が必要だが、そんな彼女をも臆することなくつけ狙う不気味な影…。
そんなこととは露知らず、黙々と自宅を目指す美波。
道を進むと、やがて右手に現れる中規模な市民公園。
真ん中に大きな池があり、その池を囲むように並木道が整備された市民の憩いの場であるとともに、この公園を突っ切るのが美波にとっては帰宅の近道だ。
時折、ジョギングをしている男性とすれ違いながら、足早に並木道を抜けていく美波。
チラッと腕時計を見て、
(ヤバいっ、ドラマ始まっちゃう…!最終回だから絶対に見たい…!)
と、歩く速度を少しペースアップしたぶん、やや伏し目がちに。
そしてそのまま、まもなく出口というところで、ふと、頭上から何かが降ってきたような感覚を覚えた。
(…!?)
それに気付き、反射的に顔を上げようとした瞬間、美波はその長身の身体ごと宙を浮いた。
(え…!な、何これっ…!)
もがこうとしても動けない。
美波の身体を絡めとる網目の細かい真っ白いネット。
まるで定置網にかかったサメのようにまんまと捕獲された身体がゆっくりと持ち上げられていく中、ぼそっと頭上から、
「ぐへへ…一丁上がり…♪」
と不気味にドスの利いた声が聞こえた。…と、その時!
シュルルル…!
闇夜を切り裂くように飛んできた黄色い円盤が、捕らえた美波の身体を樹上へ引っ張り上げる糸の根の部分を切断した!
「きゃっ…!」
上昇から一転、支えを失って落下する美波。
その身体を支えるように横から現れ、見事に受け止めた女の姿に、樹上から、
「な、なにィ!?」
と驚く声がしたが、女は構わずに美波を地面に下ろすと、絡みつくネットを剥がしてやって傍に投げ捨て、
「大丈夫ですか!?」
と声をかけ、無事と分かるやいなや、
「逃げてくださいッ!早くッ!」
と促した。
その女の語調に圧倒され、ワケも分からぬまま、走り去る美波。
その後ろ姿を見送り、視線を戻した途端、木から飛び降りてきて姿を現した蜘蛛のバケモノ。
「貴様、よくも邪魔を…何者だ!」
と凄む怪人は、ヒラガーナ海賊団が新たに生み出したモンスター、スパイダーだ。
そんなスパイダーの威嚇に怯むことなく睨み返し、女は拳を握って、
「名は金村美玖っ!お前たちヒラガーナの一味と戦う戦士の一人よ!」
見栄を切るような名乗りとともに身構える美玖に対し、
「カナダかカネムラか知らんが、邪魔をしたことを後悔させてやる!いでよ、ガーナ兵っ!」
スパイダーの声とともにヒラガーナの戦闘員、ガーナ兵が五人、美玖を取り囲むように木の上から降ってきた!
「イーッ!」
「出たわね、ガーナ兵っ!」
奇声とともに襲いかかるガーナ兵たちと、それに応戦する美玖。
「えいッ!やぁッ!」
左右から繰り出してきたチョップを軽々と受け止め、右の者は足を払って転倒させ、左の者はその掴んで腕をひねって投げ飛ばす。
真っ正面から迫る者も華麗なキックでKOし、そして、さっきは捕獲ネットの切断に使った黄色い円盤、美玖の専用武器『イエローフリスビー』を投げつけ、ガーナ兵たちを一網打尽にする。
「ヤ、ヤラレタ〜…」
バタバタと倒れ、まるで空気の抜けた風船のごとく萎んで消滅していくガーナ兵たち。
差し向けた兵が役に立たないと見るや、
「おのれ、小娘!少し腕が立つぐらいで調子に乗るな!俺様が相手だ!」
と見物を止め、自らが出向くスパイダー。
夜の公園、街灯に照らされての交戦。
さすがはいっぱしのモンスター。
雑兵たちとは攻撃の重さが違う。
蜘蛛の遺伝子で造られたモンスターらしく、腕が多いのも厄介だ。
「くっ…!」
組み合いでは分が悪いと後ずさる美玖に、すかさず、
「子蜘蛛爆弾をくらえっ!そりゃっ!」
どこからともなく取り出し、ふいに投げつけられてきた子蜘蛛。
爆弾という単語が聞こえたこともあり、とっさに、
(危ないっ!)
と察し、機敏な前転で横に避けた美玖。
すると次の瞬間、蒔かれた子蜘蛛は地面に落ちると同時に小爆発。
「くっ…!」
「ほぅ、よく避けたな。まだまだ行くぞォ!」
と子蜘蛛爆弾を連投するスパイダー。
ドゴォン!ドゴォン!
被弾した木のベンチが吹っ飛ぶほどの威力。
美玖とて、生身で食らえば無事では済まないだろう。
どうにか右へ左へ避けていた美玖だが、
「とどめだ!」
と次に飛んできたものは横移動では避けきれない。
そうと見るや、
「とぉっ!」
と揃えた足で地を蹴り、鍛えられた華麗な跳躍を見せる美玖。
背後から轟音と爆風。
その風を浴びながら宙で腕をクロスし、
「ハッピー…オーラっ!」
と叫んだ美玖。
街灯の明かりと重なる瞬間、眩しい光を発し、着地する時には黄色い強化スーツに包まれた戦士へと早変わり。
「き、貴様は…!」
と戸惑うスパイダーに対し、
「ヒナタイエロー!」
と決めポーズで名乗って反撃開始。
「やぁッ!やぁッ!」
鋭いチョップの連打と、キレの良いキック。
「ぐっ…お、おのれ…!」
強化スーツのおかげで、生身の時に比べれば、充分、渡り合える。…が、相手は初見のモンスター。
油断は禁物なのだが、
「とぉッ!」
バキィッ!
「ぐわっ…!」
ハイキックがいい感じに決まり、さらにコンボを繋げていこうと不用意に間合いを詰めるイエロー。
初見の相手に対して前に出過ぎるとかえって危険。
「くっ…調子に乗るな、小娘っ!オレ様の蜘蛛の糸を受けてみろっ!」
シュッ…!
(…!?)
スパイダーの口から吐き出された糸がイエローの手首に巻きついた。
「くっ!」
慌てて間合いを取り、叩き切ろうと反対の手でチョップを浴びせるが、切れるどころかその手にも糸が巻きつき、まんまと絡め取られてしまった。
(し、しまった!粘着性っ…!)
と、気付いた時には既に遅し。
イエローがもたつく間も次々に糸を吐き出すスパイダーによって、たちまち上半身全体を絡め取られてしまった。
「どうだ、ヒナタイエロー!動けまい!」
「くっ…!」
「あの世で悔やむがいい!もっと間合いを取るべきだったとなぁッ!」
「きゃっ…!」
糸の先を持ち、力任せに振り回すスパイダー。
「くっ…うぁぁ…!あうぅッ…!」
受け身も取れないまま、次々に周りの木に身体を叩きつけられ、一転、ピンチのイエロー。
どうにか引きちぎろうと両腕に力を込めるも、強力ゴムのように固く締まった糸はどうあがいても切れない。
「うあぁっ!?」
たちまち遠心力を纏い、宙を浮いて、スパイダーの頭上をハンマー投げのようにブンブン振り回されるイエローの華奢な身体。
「とどめだぁッ!砕け散れぇッ!」
と、そのまま大木に頭から叩きつけられるかと覚悟したその瞬間、
「シューターっ!」
と別の女の声とともに、手元に緑色のレーザービームが直撃!
「ぐわっ…!」
小爆発とともにイエローを絡め取った糸を離してしまったスパイダー。
あられもない方へ飛んでいく蜘蛛の糸でグルグル巻きのイエロー。
それを、
「とぉッ!」
と華麗に空中で掠め取って現れた青色の戦士、ヒナタブルー(美穂)と、そのブルーに、
「ナイス、美穂っ!」
と言ったのはレーザー光線で見事にスパイダーを手元を狙撃したヒナタグリーン(好花)。
着地したブルーは、自慢の怪力でイエローの身体に巻きつく蜘蛛の糸を強引に引きちぎり、
「美玖っ!大丈夫!?」
「うんっ!ありがとう、美穂!好花!」
「ぐぬぬ…貴様ら…」
あと一歩でイエローを始末できたというところで思いもよらぬブルーとグリーンの救援。
ピンチだったイエローも蜘蛛の糸がほどけて身体の自由を取り戻すと、3対1であっという間に形勢逆転だ。
「お、おのれ…!」
キョロキョロと自分を取り囲む三人を見渡すスパイダーに、
「やっぱり奇妙な蒸発はアンタたちの仕業だったのね!ヒラガーナ!」
「誘拐した人たちはどこに隠したの!?」
と啖呵を切るブルー、グリーンに対し、
「教えてたまるか!子蜘蛛爆弾をくらえっ!とりゃぁッ!」
と、まるで節分の豆撒きみたく、取り囲む3色の戦士めがけて子蜘蛛を投げまくるスパイダー。
「くっ…!」
「危ないっ!」
ドゴォンっ!ドゴォンっ!
次々に起きる爆発。
三人がそれぞれ右へ、左へ、後ろへと避けている間に、スパイダーは口から吐いた糸を近くの木の枝にくくりつけ、引っ張られたゴムの要領でその枝へと飛び移った。
「し、しまったッ!」
「くそっ…!」
「待てッ!」
と爆炎の中から次々に飛び出してくる戦士たちに、
「今日のところは勝負はお預けだ!」
と吐き捨て、枝から枝へ、自身の吐いた糸を伝って移動して逃走するスパイダー。
最初のうちはまだかろうじて目視で追えていたが、それもたちまち夜の闇に溶け込んでしまい、その後も三人で公園内を探し回ったが、結局、仕留め損ねたモンスターの姿は見当たらなかった。
(つづく)