前編
日向星の約7割を占めているのが海。
そのうち、北半球に広がる海は日向海と呼ばれ、その透き通った青さが特徴。
特に晴れた日には水鏡となった海面が日光を反射し、宝石が散りばめられたようにキラキラと煌めく。
そんなキレイな海だから、沿岸部では海水浴やマリンスポーツ、沖合30キロあたりでは近海漁業が盛んだが、そのさらに先、100キロ以上のところまでいくと、さすがに船の一隻も見当たらず、海面の色もだんだん色濃くなって、時には大きく荒れる。
そして、そんな誰も近寄らない沖合120キロのところに人知れず停留している一隻の巨大な戦艦。
その船の迫力、威圧感に拍車をかけるようにどす黒い空…そこに突然、
…ズバァァァァン…!

水上爆発のようにド派手な飛沫を飛び散らせて落ちた野太い稲妻。
天気の仕業ではない。
その戦艦の中にいる一人の女の憤怒が雷雲をも呼び寄せ、その怒りのボルテージを示すようにイカヅチを降らせたのだ。
その激しい轟音とともに、艦内の一室からは、
「も、申し訳ございませんッ!ネルネル様…!お、お許しをッ…!」
慌てて取り繕うように声を上げるイグチ魔女だが、その怒りの主、船長ネルネルの表情は変わらず、
「こん愚か者ッ!事あるごとにヒナタレンジャーに邪魔ばされて失敗ばっかり!何度、おんなじことを繰り返せば気が済むとッ!?」
キッと睨みつけた眼光とともに、再び窓の外に、
…ズバァァァァン…!
「ひ、ひぃぃッ!」
窓からフラッシュのような眩しい光とともに轟音…その雷撃によって生じた大波で戦艦が揺れだし、怯えるとともに思わずよろけてしまうイグチ魔女。
そしてネルネルは、スッと一本指を立ててイグチ魔女に突き出し、
「次がラストチャンス…今度、失敗したら、アンタはもう用済み。私の前から消えてもらうけんッ!」
「そ、そんな…!ネルネル様ッ!それだけは…!」
「お黙りッ!」
艦内に響き渡るような声で一喝し、
「あの稲妻に打たれて丸焦げになりとうなかったら、死ぬ物狂いで成果を挙げることッ!ヒナタレンジャーを討ち取って、連中の首をここにズラリと並べるぐらいしてみんねッ!」
最後は愛飲している生き血のグラスまで放り投げられ、ガラスの砕ける音とともに船長室から追い出されたイグチ魔女。
さすがに不憫に思ったガーナ兵の一人が心配そうに駆け寄り、よろけた身体に手を差し伸べるも、
「えぇい!私に触るなッ!」
ビシィィィ!
「イーッ…!」
八つ当たりの裏拳をモロに喰らい、廊下の壁に叩きつけられて倒れるガーナ兵。
その崩れ落ちた姿には見向きもせず、
(おのれ…おのれ、おのれ…おのれぇぇぇッ!)
悔しさと怒りのあまり、廊下の絨毯を踏みつけて歩くような足取り…そして、その足でイグチ魔女が向かった先は、ヒラガーナが誇る天才科学者、Dr.アモンが入り浸る科学実験室。
入口の自動ドアを蹴破るように入室し、アモンの姿を見つけるや、
「アモン!頼みがある!大至急、引き受けてちょうだい!」
「な、何だね?急に…」
と、さすがのアモンも引き気味で、
「あいにく、今はメミーに頼まれた新しいモンスターの開発に追われていて、君に手を割いてる余裕は…」
「そんなのはどうでもいいッ!」
と、恫喝するようにアモンの返事を遮り、
「とにかくッ!この私の命運がかかっている…あの憎たらしい小娘の頼みなど後回しにして、私の言う通りにしなさいッ!さもないと…!」
脅しではなく本気…火球を飛ばせる愛用のステッキを突きつけられると、さすがのアモンも、
「よ、よせ…わ、分かった…とにかく話を聞こう…」
そう言わずにはいられないほどの剣幕。
そして、そこで打倒ヒナタレンジャーのための発注をアモンに伝えたイグチ魔女。
鬼気迫る口ぶりなのも当然。
失敗したらもう後がない…次の作戦でヒナタレンジャーを一網打尽にしてくる以外に彼女が生き残る道は残されていないのだ。
……
その翌日の午後。
ヒナタベースに所属する一般隊員の平尾帆夏と平岡美月は、電動自転車を駆って街のパトロールに出ていた。
今日の二人の担当は西街区。
いくら心地よい風が当たるといっても、室内から外に出るだけで汗が噴き出る真夏の快晴。
「…アカン。ホンマ暑いわ。ヤバない?今日の陽射し…」
「いや、ホントに。熱中症に気をつけなきゃね…」
そして、信号待ちで停まったタイミングで、すかさずマイボトルを手に取り、ゴクゴクと水分補給をする二人。
あいにく、ここの交差点の信号は引っかかるとやたら長く、水分補給を終えてもまだ赤信号のまま。
それもあってか、平岡が、
「そういえばさ。辞令、見た?」
「うん、見たよ。来月から陽子と希来里がメカニック、すみれが通信係に転属だっけ?」
「そう。ほんで未来虹さんが私たち一般隊員のリーダーで、副リーダーが茉莉さんと陽世さん」
「みっちゃん的にはどう?そのへん」
「いや、楽しみやで。普通に。…ただ、まぁ、陽世さんに指示出されたらちょっと笑ってしまうかもしれんけど」
「あぁ、確かに…」
と同調した平尾は、なおも信号が変わらないので会話を続けて、
「そういえば、新しく入ってきた後輩ちゃん、誰か喋った?」
「私、けっこう喋ってるで。衣珠季ちゃんとか桜ちゃんとか」
と少し自慢げな平岡だが、返す刀で、
「何かさ。後輩から『先生』って呼ばれてない?」
「そうなの。いつの間にか『平尾先生』で定着しちゃって、みんな、そう呼んでくれるの」
と満更でもなさそうに話す平尾に対し、
「隊長おってリーダーおって先生もおったら、誰の言うこと聞いたらええかよう分からんなぁ…」
と平岡が苦笑いをしたところでようやく信号が変わり、再びペダルを漕ぎ出す二人。
そして、しばらく走ったところで、ふいに前方から、
「きゃぁぁッ…!」
(…!)
前を走っていた平岡が振り返ると、平尾も確かに聞こえたと目で合図。
そして、その悲鳴の聞こえた先へ向かうと、そこは公園。
キィィ…と音を立ててブレーキをかけ、
「みっちゃん!アレっ!」
「ヒラガーナや!」
二人が目にしたのは、白昼堂々、公園内で人間狩りを行っているガーナ兵の群れ。
地引網のような大きな網を広げ、公園で過ごしていた親子連れや少年たちを手当たり次第に捕らえては何処かへ連れ去ろうとする光景を目の当たりにするや、すかさず無線機を手に取り、
「こちら平岡ッ!西街区、三丁目の中央公園にヒラガーナ出現ッ!」
と、まずは本部へ報告。
そして次々に自転車から飛び降りると、さすがは一般隊員、臆することなく公園へ駆け込む二人。
走りながら護身用の光線銃を抜き、
「ヒラガーナ!その人たちを離しなさい!」
「悪事は許さない!」
次々に光線を発射し、網を手にしたガーナ兵たちを撃ち抜いていく二人。
「イーッ…」
ガーナ兵が倒れるとともに、親子連れに掛けられた捕獲用の網を捲り上げ、
「さぁ、早く逃げてッ!」
と、この公園から離れるように指示する平岡。
そして、なおも次々にガーナ兵を射抜いていた平尾だが、そこで、ふと、
(…後ろッ!)
背後に何か気配を感じ、光線銃を構えたまま振り返ると、その瞬間、
…パァン!
「きゃッ…!」
どこからともなく飛んできたテニスボール大の白球が目の前で破裂し、その瞬間、中からぶわっと飛び出したネットが、たちまち平尾の身体を雁字搦めに。
「くっ…な、何これ…!」
やたらと粘着質なそのネット…身体にへばりついて離れない”まるで蜘蛛の巣のような“網目に苦戦する平尾。
すかさず、
「大丈夫!?」
相棒のピンチに駆け寄り、そのネットを取り去ろうと手を伸ばした平岡に対し、
「待って!みっちゃん!触っちゃダメっ!」
と慌てて声を上げた平尾だが、わずかに遅し。
「ちょ、待って…!めっちゃベタベタするッ!」
まるでトリモチのような粘り気…助けるどころか、触れた自身の指までも一緒に絡め取られ、そして、
…パァン!
「わッ!」
続けて飛んできた白球が今度は平岡の頭の上で破裂。
同じように中から飛び出た粘着のネットが降ってきて、あえなく平岡も確保…。
「くっ…くっ…」
「ぬ、抜け出されへん…!」
そして、懸命にもがく二人の頭上…植樹の枝から枝へと移動した黒い影によって木の葉がパラパラと落ちてきて…。
……
それから数分後。
ブゥゥゥン…!
バイクの音とともに公園に駆けつけたのは小坂菜緒と宮田愛萌。…だが、
「…おかしいな。確かに三丁目の中央公園って言ってたんだけど」
「誰もいない…?」
ヒラガーナが人間狩りを行っているという知らせで飛んできたが、既に公園内に人の気配はなし…。
さらに、
「みっちゃーん…!ひらほー…!」
無線を飛ばしてきたパトロール中の二人の名を呼んでも返事がない。
念のため、一旦、公園の外を見に行くと、そこには一般隊員に貸与されている電動自転車が二台、乗り捨てられたように停まっていた。…が、肝心の二人の姿は見当たらず、こうなると、
「もしかしたら二人も一緒に連中に捕らわれてしまったのかも…」
だとしたら、当然、助け出さないといけない。
そのための手がかりを求め、早速、公園内を歩いてみる二人。
もちろん連中が急襲の機を窺って物陰に潜んでいることを第一に警戒しながらだが、今のところ、そんな様子もない。
そして並木道の途中まで来たところで、ふと菜緒が、
「…わッ…」
「何?どうしたの?」
「いや…今、何かに足をとられた気がして…」
立ち止まって振り返り、つまずきかけたところに再び足を置いた菜緒は、
「何か…ベタベタしてる…」
「ベタベタ…?ガムでも踏んだんじゃないの?」
「違うよ。私の靴じゃなくて、地面がベタベタしてるの」
と指摘する菜緒につられて、愛萌も足を置いて、
「ホントだ。確かにベタベタしてる」
…とは言ったものの、だから何だという話なのだが。
結局、その後も公園内を隈なく歩き回った二人だが、いくら探しても公園内やその周辺に平尾と平岡の姿は見当たらなかった。
……
それとほぼ同時刻。
平尾&平岡ペアと同様、電動自転車を駆ってパトロールに繰り出していた山下葉留花と正源司陽子のペア。
こちらは東街区の担当で、同じように軽快にペダルを漕ぎながら、ヒラガーナの悪事を求めて駆け回っていた。
都会的な西街区に比べ、どちらかと自然が多く残っている東街区。
少し行けば田園風景が見え始め、さらに行くと一級河川の日向川にぶつかる。
このあたりは下流なので、川の流れも穏やか。
浅瀬のところでは、休日のたび、キャンプやバーベキューをしに来る人たちで賑わうのだが、そんな日向川に架かる橋に差し掛かったところで、ふと、後ろを走る陽子が、
「ねぇ、はるはるー!見てー!」
「えー?何ー?」
振り返ると、橋の欄干に寄りかかる形で漕ぐのをやめた陽子が日向川を見下ろしている。
それで葉留花も同じように漕ぐのをやめ、橋から乗り出して見下ろしてみると、子供が一人、膝から下を川に浸け、魚捕りの網を手にして何かを狙っていた。
その光景を眺めて、
「いいなぁ…こんな暑い日に川遊びなんて最高だよ。絶対に楽しい…」
と羨ましそうに口にした陽子。
聞くところによると、陽子もこの東街区出身で、それこそ子供の頃はよく従姉妹と一緒に、まさに眼下の子供たちのように川で泳いだり、魚を捕まえたりしていたという。
それを聞いた葉留花が、
「じゃあ、あの子に助太刀してきたら?久美さんには内緒にしといてあげるよ」
「やだよ。濡れるもん」
と返した陽子。
昔なら川に来て濡れることなど何とも思っていなかった陽子も、歳月を経て大人になったということだ。
そして、それをずっと見ていても仕方ないので、
「おーい、そこの僕ー!川遊びするのはいいけど浅いところでねー!」
「あまり深いところへは行っちゃダメだよー!気をつけてねー!」
橋の上から二人で声をかけると、その子供も愛想よく、
「はーい!」
と下から元気に返事。
それで少しいい気分になって、
「よし、行こ♪」
とパトロール再開で、再びペダルを漕ぎだす二人。
そして、そのまま橋を渡りきり、左を折れて川沿いを北上しようとしたところで、ふと、
「…わぁぁッ!」
(…!)
悲鳴のような声を聞き、慌てて急ブレーキをかけた二人。
再び日向川に目を見ると、たった今、注意喚起したばかりのあの子供が川の中でバシャバシャともがいている。
手から離れて流れていく魚捕りの網。
それで溺れていると認識した葉留花は、
「ほら、言わんこっちゃないッ!」
と慌てて自転車を飛び降り、草むらを掻き分けて浅瀬へ。
すぐ背後に陽子も続くが、駆けながら、
(上流ならまだしも、このへんってそんな溺れるぐらい深かったかな…?)
首を傾げつつも、葉留花に続く陽子。
そして浅瀬に下りると、顔を見合わせ、
「引き揚げるよ!」
「オッケー!」
人命救助は一般隊員の責務。
隊員服のままだろうと構わず、意を決して川に飛び込もうとした二人。…だが、そんな二人を迎えるように、突如、川の中から、
…シュルルルっ!
「わッ!」
「な、何ッ…!」
不意打ちのように伸びてきた“真っ赤な触手“は、瞬く間に二人の身体を絡め取り、そのまま、
…グイっ!
「きゃッ…!」
その触手に加わった強い力によって、宙を飛ぶようにして、
ザバァァン…!
まるで飛び込み競技のように勢い良く川の中へと消えていった葉留花と陽子。
「…ぷはぁッ!」
懸命にもがいて、どうにか一度、顔だけ水面に出して息継ぎをした陽子だが、すかさず、また、
「きゃッ!」
身体に巻きついた触手によって、再び川の中へと引き込まれる。
水中でガシガシとぶつかるのは、おそらく葉留花の身体。
そして今度は葉留花が、
「…ぷはッ!」
水面から顔を出すや、
「だ、誰かッ…た、助けてッ…!」
と必死に張り上げた声はバシャバシャとうるさい水飛沫にかき消されて誰にも届かず…そして陽子と同様、さらに強い力で再び水の中へと戻される。
間一髪、膨れっ面をして何とか酸素を確保するも、こんなのはスズメの涙…暴れながらも薄目を開けると、自身の身体に巻きつく赤い触手が水底から生えるように出ていることが分かり、
(か、川底に何かいるッ…!)
しかし、それを察したところで、こうも身体の自由を奪われてはどうすることも出来ず。
陽子にしても、幼少期の川遊びで培った水掻きすらまるで歯が立たない。
バシャバシャともがく二人の手が水面に出ては沈み、出ては沈み…。
やがて、最後の力を振り絞ったように水面に高く突き出された細い腕…そのスラリとしたラインからおそらく葉留花の右手だと思われるが、それも、追うように水面から出てきた赤い触手に難なく巻きつかれ、ズルズルと水中へと引きずり込まれていったのを最後に水音も波紋もピタリと止んでしまった…。
……
それから一時間もしないうち。
別のコースをパトロールをしていた藤嶌果歩と石塚瑶希。
幸い、割り当てられたコース内ではヒラガーナの悪行に遭遇せず。
運動がてらのサイクリングとなったその帰りがけ、
「ねぇねぇ。藤嶌忍者ー!」
「なにー?石塚忍者ー!」
と、何やら二人の間だけの変な呼び方で声をかけ、
「今日、いい天気だからさぁ。あっちの日向川の方から帰ろうよ」
「あ、いいね♪あの川沿いの道、気持ちいいもんね♪」
ということで、最短の帰路から少し膨らみ、川沿いのサイクリングロードを選んで帰ることにした二人。
思った通り、顔に当たる風が心地よく、信号もないので爽快。
そして、しばらく走ったところで、ふと、
「石塚忍者!ストップ!」
と前を走る果歩がブレーキをかけたので、つられてブレーキをかけた瑶季。
「なに?どうしたの?」
と聞くと、果歩は日向川を指差し、
「見て。人だかり…」
そう言われて目をやると、確かに浅瀬のところに人だかり…といっても五、六人だが、何やら物々しい様子で、さらによく目を凝らすと、その輪の中心に子供が横たわっているのが見えた。
それで二人とも一気に真顔になり、
「行ってみよう!」
「うん!」
自転車を端に寄せ、小走りで浅瀬へ降りていく二人。
輪に近づいていって、
「すいませーん!」
「どうしたんですかー?」
と聞くと、二人に振り返った人たちが、口々に、
「橋の上から子供が倒れてるのが見えてね」
「どうやら川遊びをしていて溺れたらしい」
「溺れた?それは大変!」
輪の中に割って入った二人。
入隊時に受けた机上教育の賜物か、せっせと救助活動に入る二人。
幸い、腹部を軽く押し込んだだけで少年の口から水が吐き出され、
「…けほッ…けほッ…」
むせたということは息があるということ。
「ほっ…よかった…」
と安堵した瑶季だが、一方の果歩は、
(溺れたんだとして、何で浅瀬で倒れてたんだろう…?)
仮に激流の川なら打ち上げられることもあるかもしれないが、この日向川はそこまで流れは速くはなく、現にチラッと少年の身体に目を向けても、これといってアザのようなものも見当たらない。
(まぁ、そのまま下流まで流されなかっただけでも…)
と瑶季に続いて安堵しかけた果歩だったが、ふと、川面に目をやった瞬間、再び真顔になり、
「石塚忍者!…じゃなかった。瑶季!」
二人の間ならともかく、人前では少し恥ずかしさを覚えたので言い直し、
「見て!」
と指差した先は、川面に点在する岩。
そして、その中の一つに見覚えのある隊員服の上着が引っかかっているではないか。
すぐさま二人で協力し、何とかその隊員服を引き揚げた二人。
服に見えて手繰り寄せてみたら実はただのポリ袋…なんてことはよくある話だが、これは間違いなく、今、自分たちが着ているのと同じ、ヒナタベースに従事する一般隊員のコスチューム。
そして、そのびしょ濡れの隊員服の内側のネームを確認すると、そこには、
<H.Yamashita>
「はるはるのだッ!」
「でも何で、はるはるの隊員服が川の中に…?」
顔を見合わせる二人。
さらに、その後、浅瀬への別の降り口のところに停められた二台の自転車も発見。
一台は葉留花のもので、横に並んでいたもう一台は陽子のもの。
自転車はあるものの、肝心の二人は見当たらない…。
……
さらに同時刻。
同じように電動自転車を連ねて南街区のパトロールをしていた小西夏菜実と清水理央のコンビ。
少し走っては、
「もぉ!待ってって!何でそんな漕ぐん早いん?置いていかんといてよ!」
「だーかーらー!小西が漕ぐの遅いんだってば!」
と、すぐ言い合いになる二人。
「だいたい電動なのに何でそんな遅いの?」
「知らんやん。普通に漕いでるから!」
と両者スネたような表情をするも、喧嘩するほど仲が良いということわざの通り、少し走れば何事もなかったかのように、
「それにしても、今日、ホンマ天気いいよなぁ」
「いや、良すぎだよ。暑すぎて死んじゃう…」
とヘバったような顔をした理央は、ふと前に見えてきたコンビニを看板を示し、
「ねぇ、小西。アイス買わない?」
「えー?怒られへんかなぁ…」
と、すぐには乗らない小西だが、
「大丈夫だって。買ってすぐ食べきっちゃえばバレないし、あくまでも熱中症対策の一環だから」
「なるほど。確かに…熱中症対策は大事やもんな」
口の上手い理央に乗せられ、
「オッケー。じゃあ、私も買おっ♪」
と、あっさり翻意した小西。
そして二人で、見回りしている教師の目を避ける高校生みたく、自転車をあえてコンビニの裏にコソコソと停め、店内へ。
何かの偶然で前の道を知り合いが通ってもパトロールを中断して買い食いしてることがバレないように…という、いかにも若者らしい悪知恵だ。
そして、
「あー、涼しいッ♪」
冷房の効いた店内で束の間のクールダウン。
そして理央はアイスバーを、小西はアイスモナカをそれぞれ購入。
ニコニコしながら外に出ると、再び強い陽射しに襲われ、
「ヤバッ…秒で溶けちゃいそう」
「早よ食べんと…」
と買ったばかりのアイスをその場で即開封。
それを口にしながら、一足先にコンビニ裏に停めた自転車の元へと歩みを進める理央。…だが、そこで、
「わッ!何これッ!」
「え?何?どうしたん?」
とアイスモナカを頬張っていた小西も、追いつくと同じように、
「え…ちょ…何これ…」
思わず絶句して立ち尽くす二人だが、それもその筈…ついさっきまで軽快に乗っていた二人の自転車が、まるで石膏で固められたように化石化していたからだ。
サドルもタイヤもフレームもハンドルも全て…ペダルまで固まってしまって動かそうとしても動かない。
これには小西も、
「何なん、これッ!誰のイタズラ?帰られへんやんッ!」
とせっかく買ったアイスのことも忘れて憤慨。…だが、そこでふと何の気なしに足元に目をやった理央は、アスファルトに伸びる建物の影の上に”不気味な何か”がいることを察知。
それと同時に、
「小西!上ッ!」
「上…?」
理央に言われて真上を向いた小西。
すると、なんと、そこにめがけてバケモノが飛びつくように降ってくるではないか。
そうと分かるや、
「きゃッ…!」
慌てて身を翻し、間一髪、下敷きは免れた小西。
「な、何…?」
と、瞬時に状況を把握できずに困惑する小西とは対照的に、
「ヒ、ヒラガーナのモンスター…!」
頭上から降ってきた人外のバケモノに対し、思わず手にしていたアイスバーを放り捨て、果敢にも咄嗟に身構える理央。…だが、一方で、
(あれ…?コ、コイツって…確か、あの時の…)
どこかで見覚えのあるモンスター…以前、罠に落ちた先輩たちの救出任務で旧・ひなた病院に潜入した際、そこで陣頭指揮をとっていたナメクジのモンスターで、確か「スラッグ」と名乗っていた筈。

それを思い出して、
「お前は…あの時の…!」
しかし妙だ。
あの時、スラッグは死んだ筈…ヒナタレンジャーに変身した先輩たちが間違いなく退治した筈だ。
その時の断末魔と爆炎が記憶にあるだけに、
「ま、まだ生きてたのね…!往生際の悪いヤツ…!」
先輩たちさながらに、キッと睨みを利かせる理央に対し、
「ググ…グゴ…ゴ…」
見た目こそ前回と全く同じだが、声にならない呻き声を上げるだけで、なぜか会話は全く成立しないスラッグ。
それがまた、かえって不気味で、
「くっ…」
依然、交戦の構えは取りつつも、先輩たちのように変身能力は有していない理央…生身の人間だけに、体格も戦闘能力も明らかに違う相手に対し、先の先をとって飛びかかるのは相当な度胸が必要。
じりじりと後ずさり…そして機を伺う理央に痺れを切らしたように、ふいに奇形の右手を構えたスラッグ。
そこから、
プシャァァ…!
「くっ…!」
スラッグの右手から発射された白い液体…この液体を浴びると、たちまち化石化させられてしまうことを知っている理央は懸命にかわし、それを知らない小西にも、
「気をつけてッ!あの凝固液…浴びたらその時点でお陀仏だからッ!」
「お、お陀仏って…そんな物騒な…」
と表情が強張った小西が次は標的。
プシャァァァ…
「わッ!わッ!」
屈み、転がり、身を翻して凝固液を回避する小西。
その隙に理央は、無線機を取り出し、
「こちら清水!南街区五丁目のコンビニ付近でヒラガーナのモンスターを発見!ただいま交戦中!」
「了解ッ!至急、先輩たちに行ってもらう!それまで何とか時間を稼いで持ちこたえて!」
と、通信係・橋未来虹の声が返ってきたところで護身用の光線銃を抜いた理央。
それで小西の方を向いているスラッグの背中をひたすら連射するも、与えるダメージは微々たるもの。
むしろ、それで再び視線をこちらへ誘ってしまい、
プシャァァァ…!
「くっ…!」
次は理央が全力回避を強いられる番。
それによって命拾いした小西も、理央と同様、光線銃で応戦するも、ラチがあかない。
そして、
プシャァァァ…!
「あッ…!」
しばらく続いた神回避もここまで。
避けるタイミングがわずかに遅れた小西の脚に凝固液に浴びせられたと同時に、
「きゃッ…!」
自慢の細くて長い脚をコーティングされて動かなくなり、そのまま射的の人形みたく、無様に転倒した小西。
そして、
「小西ッ!くっ…!」
助けに行こうとした理央が次の標的。
固められた自転車を盾にしたり、いろいろ工夫はしたものの、それも時間稼ぎでしかなく、とうとう理央も、
プシャァァァ…!
「し、しまった…!」
小西と同様、凝固液を浴びて石膏のように固まった脚が重石となり、同じくその場で転倒して万事休す。
「くっ…!」
「脚が…動かへん…!」
そうは言いつつ、まだ上半身が動く以上は諦めず、引き続き、上半身だけ起こして光線銃を撃ち続ける二人。…だが、いくら撃てども追い払うには及ばない。
なおも、
「グ…ググ…オォ…」
と不気味な呻き声を上げるだけのスラッグは、倒れた小西と理央を見比べ、どちらから先に始末するか吟味している様子。
そして決めたように、まず小西の方にのしのしと近寄っていくスラッグに、
「く、来んなよぉ…このぉ…!」
絶体絶命の危機に、光線銃の乱れ撃ちを続けつつも、みるみる強張っていく小西の表情。
一方の理央も、なおも懸命に光線銃を撃ち続けるも効果はなく…。
……
それから数分後。
別のところでの菜緒&愛萌ペアと同様、出動要請を受けて駆けつけた松田好花と金村美玖は、
「うーん…南街区五丁目のコンビニってここやんなぁ…?」
「誰もいないね…」
ヒラガーナのモンスターが見当たらないだけならタッチの差で取り逃がしたと解釈できるが、応援要請をしてきた一般隊員二名、清水理央と小西夏菜実の姿も見えないとなると話は変わってくる。
「清水ー!小西ー!」
と声を上げても周囲からは無反応。
念の為、好花がそのコンビニの店員にも話を聞きに行ったが、すぐに浮かない顔で戻ってきて、
「一時、何か騒がしい物音がしてたのは確かだけど、それもすぐ止んだ。店内で品出しに夢中だったから何が起きていたかは分からない。さしずめ近所の不良がたむろして騒いでいる程度にしか思わなかった。…だって」
「もぉ…ホント、世間の人って実際に目の前に危険が迫るまで無関心なんだから」
と文句を言う美玖だが、それでは手がかりにならない。
「とりあえず、もうちょい探そ。くれぐれも油断禁物な?何かあったらとにかく大声で知らせて」
「はーい。了解」
手分けして周囲の探索を開始した二人。
そして、ほどなくして、
「このちゃんッ!」
と美玖の声が上がったので寄っていくと、それはコンビニの裏からで、
「見て!二人の自転車!」
と指差した美玖の言う通り、そこには横倒しになった電動自転車が二台…どちらもヒナタベースに従事する一般隊員に支給されている型のものだった。
「ってことは、やっぱりこのコンビニだね」
と口にする美玖の傍ら、好花は眉をひそめて倒れた自転車に歩み寄ると、
「美玖。見て、これ…ガッチガチや」
押しても回らないペダル…本来なら爽やかな青色が基調の自転車に不自然にコーティングされた白色の塗装は、おそるおそる触れてみると表面がザラザラしていて化石のよう…。
「イタズラにしては、だいぶ手が込んでるで。これ…」
その後も、引き続き、コンビニの周囲を捜索した二人だが、結局、見つかったのは化石化した自転車二台だけ…少し離れたところまで行っても理央と小西の姿は見当たらなかった。
……
その夜。
当然、ヒナタベースでは緊急会議が開かれ、そこで、
「行方が分からなくなっているのはパトロールに出ていた一般隊員たち、計六名です」
「西街区担当の平尾帆夏と平岡海月、東街区担当の正源司陽子と山下葉留花、南街区担当の小西夏菜実と清水理央…」
「平尾と平岡は西街区三丁目の中央公園、正源司と山下は日向川、小西と清水は南街区五丁目のコンビニを最後に姿を消したと思われます」
「それぞれ無線で呼びかけても応答がありません」
と次々に報告され、ホワイトボードに書き込まれていく。
そして高橋未来虹が、
「そのうち、正源司と山下のペアは何が起きたかちょっと分からないんですけど、平尾と平岡、小西と清水のペアからは、それぞれヒラガーナ出現の通報を受けました」
「つまり、その通報をした後、応援部隊が現場に到着するまでの間に捕らわれ、連れ去られてしまったと考えるしかないわね」
「はい。私もそう思います」
隊長である佐々木久美の出した結論に、大きく頷いて同意する未来虹。
「問題は、ヤツらが何の目的で六人を拉致していったのか…」
連中が定期的に街に繰り出して行う「人間狩り」の獲物にされて捕らわれたのでは?という意見も出たが、それは久美が否定し、さらに頭脳派の先輩、影山優佳も、
「未来虹の話だと、人間狩りの現場に遭遇したのは平尾と平岡だけで、他の四人からは人間狩りが行われているという報告は受けていない。あれば必ず報告していた筈」
さらに加藤史帆も、
「それぞれ別の場所にいた子たちが相次いで巻き込まれたってのも不自然な気がするしねぇ」
こんな時でも相変わらずヘニョヘニョした口調だが、言ってることには一理ある。
そして久美が、
「当然、まずは消えた六人の救出を目指すことになる。なので、その六人が今どこにいるかを掴まないことには…」
と結論を話していた途中で、ふいに、
ウィィン…
会議室の自動ドアが開き、トコトコと現れたのは船医の上村ひなの。

自然と会議に出席している全員の目がそちらに向き、
「ひなの…?」
「どないしたん?何かあったん?」
と高瀬愛奈が聞くも、今日のひなのはなぜか妙に目が据わっていて、そして突然、
「ヒナタレンジャーの戦士諸君…今から私が言うことを耳の穴をかっぽじってよく聞くのだ…」
(…?)
普段のひなのらしからぬ口調に思わず顔を見合わせる面々。
たまらず、
「ちょっと、ひなの。なに言ってんの?今はそんなふざけてる場合じゃなくて…」
「未来虹!ストップ!」
同期をたしなめようとした未来虹を制止した久美。
普段と柔和な目つきとは別人のようなひなのの顔つきに、何か、ただならぬものを察知したらしい。
そんな久美の声で室内が静まり返ると、ひなのはさらに話を続け、
「お前たちに決闘を申し込む…日時は明日の正午、場所は北街区の山間にある日向採石場だ…応じなければ、現在、我々の監視下にある小娘六人の命はないと思え」
「決闘ですって…?」
と菜緒が怪訝そうな顔をしたのと同時に、話を終えたひなのは急に表情を歪め、まるでノックアウトされたボクサーのようにその場に崩れ落ちてしまった。
すかさず、
「ひなのッ!」
会議テーブルから慌てて立ち上がり、倒れ込んだひなのに駆け寄り、抱き起こす佐々木美玲と富田鈴花。
「容態は?」
と久美が聞くと、美玲は手早くひなのの身体をチェックし、
「大丈夫!気を失ってるだけみたい!」
それで会議室全体がホッとしたのも束の間。
ふと、
「みーぱんさんッ!これッ…!」
一緒に駆け寄った鈴花が何かに気付いてひなのの首筋を指差せば、そこには妙な歯型のような跡がうっすらと残っていた。
その声で他の者もぞろぞろとひなのの元へ歩み寄り、
「何だ、こりゃ…?」
「何かに噛まれた…?」
首を傾げる渡邉美穂と丹生明里をよそに、
「とにかく、ひなのを医務室へ」
と指示を出した久美。
そして傍らの菜緒に、
「今、ひなのが言ってたこと、聞いてた?」
「はい。明日の正午、日向採石場で決闘の申し込み…そう言ってました」
「…どう思った?」
と聞くと、菜緒は、すかさず、
「入ってきた瞬間からひなのの目つきがおかしかったです。まるで何かが取り憑いているような、もしくは誰かに操られているような…」
それを聞き、自分も同じ感想ということにホッとした様子の久美は、すぐに表情を戻し、
「連中の仕業ね」
「えぇ。おそらく」
「…で、どうするの?菜緒」
久美の問いに対し、菜緒は力強く頷き、
「もちろん受けて立ちますよ。それに、応じないと捕らわれた六人の命はないと、ひなのが…いや、ひなのに言わせたヤツも言ってますから」
「でも、罠かもしれないわよ?ヤツらのことだから、本当に正々堂々と決闘を挑んでくるとは限らない」
「分かっています。それも覚悟の上です」
こうなると、おそらく、そのためにパトロール中の一般隊員たちを次々と拉致したに違いない。
この決闘の申し込みを否が応でも呑ませるために、だ。
「大丈夫なのね…?」
「はい。任せてください」
そんな菜緒の言葉に、他の戦士たちも同様に力強く頷く。
その眼差しに改めて頼もしさを感じた久美は、
「…分かった。じゃあ、今夜はゆっくり休んで、明日に備えなさい。絶対に油断しちゃダメよ?」
隊長らしく釘を刺すことも忘れず、明日の決闘に向かう戦士たちをいたわる。
これで六人の失踪はヒラガーナの仕業と確定したし、決闘の誘いを呑ませる条件に使われている以上、少なくとも現時点ではまだ無事だろう。
「その決闘に私たちが勝利して、捕らわれた六人を助けだせばいいだけじゃん。ね?」
と強気な美穂だが、まさにその通り…いや、その通りなのだが、この時にはまだ、翌日の苦闘を予感できていた者はいなかった。
(つづく)