後編
背後で轟く久美の怒声を聞きもせず、地下のメカニックルーム、マシンピットに飛び込んだ美穂。
平和ボケ全開で楽しげに雑談していた森本茉莉と山口陽世が、
「あ…ヤ、ヤバっ…!」
「お、お疲れ様です…!」
と慌てて立ち上がって迎えた様子には構うことなく、
「子供用のメット貸してッ!」
と声を上げ、受け取ったヘルメットをハルに被せるや、愛車のブルーバイクに跨がり、ハルの背中に乗せ、
「しっかり掴まっててね、ハル」
アクセルを蒸かして急発進。
轟音を唸らせ、疾風の如く街へ飛び出していった美穂の姿に、残されたメカニック二人も思わずポカーン…。
封筒に同封されていた地図の場所へ一目散の美穂は、走行音に紛れながら、
「ハル…今から本当のママのところへ連れて行くわ。私とはそこでお別れ…その後は、もしかしたら戦うことになるかもしれない…でも、この数日間、本当に自分の子供が出来たみたいで楽しかった。ママって呼んでくれてありがとね、ハル…」
おそらく背後のハルの耳には聞こえなかっただろう。
そしてバイクを駆りながら、ぎゅっと腰にしがみつくハルの感触を記憶に刻む美穂。
日数にしたらたったの数日間…だが、それでも走馬灯のように思い出を頭に浮かべれば、それはなかなか濃密なものである。
……
ヒナタベースを飛び出して数十分。
やがて周囲に人家や建物がなくなり、路面もアスファルトからオフロードに。
そして、
(まもなく地図に示されていた場所だけど…)
と思ったところで、一旦、スピードを落として一時停止。
一度、大きく息を吸い、無人の荒野に向かって、
「ケイコさーんッ!美穂ですッ!いたら出てきてくださーいッ!」
大声バトルならなかなかの高得点だったかもしれない絶叫も、返ってくるのはこだまだけで少し虚しい…。
何の音沙汰もないので、
(…もう少し進むか)
と、再びアクセルを蒸かして発進。
その後も、少し走っては止まって叫び、また少し走っては止まって叫び…を繰り返す美穂。
そして、またあるところで同じように、
「ケイコさーんッ!いたら出てきて…」
出てきてくださいと言いかけたその時。
ふいに周囲の土がボコボコと盛り上がり、
「イーッ!」
地中から飛び出し、美穂を取り囲むようにして現れた連中に対し、
「出たわね、ガーナ兵!」
臆することもなく、キッとした目を向ける美穂。
ひょいとバイクから降り立つと、
「ママ、この人たち、誰…?怖い…!」
と怯えるハルに、
「ママの傍から離れないでね、ハル…!」
とだけ伝え、襲いかかってくるガーナ兵たちと交戦開始。
まずは振り下ろしてくるチョップを軽く受け止め、その手を引き込んで背負投げ。
そして背後にチラついたガーナ兵に向けて間合いピッタリのバックナックルで打ち払うと、自慢の重量感たっぷりとボクシングパンチでさらに2体を難なく退治。
続いてキックでもう1体を片付け、最後の1体を腕を固めて地面に押しつけ、
「ケイコさんは何処!?答えなさいッ!」
固めた腕に徐々に力を加えていくと、
「イーッ!イーッ!」
ジタバタと身体の下で暴れるガーナ兵は、たまらず、
「お、女は…この先にある我々の砦で幽閉している…ろ、牢の中だ…」
「てやぁッ!」
必要なことを聞き出せたところでとどめの頚椎チョップ。
さすがは美穂…計6体もいたガーナ兵を無傷で一掃。
そして振り返って、
「ハル、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
それを聞いて一安心した美穂。
再びハルを背後に乗せてバイクに跨がり、この先にあるその砦とやらを目指してバイクを再発進。
依然と続く荒れ果てた荒野。
(鈴花なら、バイクの腕を磨くのにちょうどいい、とか言って走り回るんだろうな)
なんてことも思いつつ、土を巻き上げて疾走する美穂。
そしてようやく、前方にうっすらと建物が見えてきた。…と、その時だ。
(…くッ!)
走りながら、ふいに視界に入った不自然な配置の石。
まずいと思いつつ、咄嗟のブレーキが間に合わなかったその瞬間、
ドゴォォン…ドゴォォン…!
まるで地雷原…石に似せて置かれていた地雷が次々に周囲で爆発。
その爆風でハンドルを取られ、
「わぁッ…!」
バランスを崩したところで新たな爆発が起き、その爆風に飛ばされる形で宙に投げ出された美穂。
反射的に自分の身よりも先に、
「ハ、ハルっ…!」
一緒に飛ばされたハルの身体をくるむように宙で抱きしめ、そのまま吹っ飛ばされる形で荒野の土の上に落下。
幸い、戦士の瞬発力で瞬時に受け身を取り、身体を打ちつけた瞬間の痛みこそあったものの、大きなダメージは無し。
そして、なおも続く爆発を、ハルもろとも地に伏せるような形で凌ぐ美穂。
やがて爆煙が晴れ、連続していた爆発が収まったところで、
「…ふぅ。まったく、ヒラガーナのヤツらめ」
安全を確認してようやく、舌打ちをして起き上がる美穂。
そして、ここでも、
「ハル、大丈夫?」
「うん、大丈夫…」
と答えたハルだが、引き上げるように立たせると、
「痛いッ…!」
「痛い?どこが?」
立たせたハルの身体を見ると、膝のあたりから出血しているのに気がついた。

美穂としては身を挺して守ったつもりだったが、どうやら打ちつけられた拍子に擦りむいたらしい。
ひとまずポケットから取り出したハンカチで、その膝の血を拭いてやる美穂。
そして手を引いて歩かせると、ひょこひょことその右足を引きずっているハル。
「足、痛いの?」
「…うん。ちょっと痛い…」
「そっか…くじいちゃったのかもね…」
もう少ししっかり抱きしめて守ってやればよかったと反省する美穂。
さらに、
「あー、クソっ…バイクが…」
晴れた土埃の中心部に見えてきたブルーバイクはシャフトが歪み、前輪も外れていた。
「ちぇっ…ここからは歩くしかないか」
とはいえ、ハルは足を負傷している。
仕方なく、
「じゃあ、ハル。ここに乗って」
と身を屈め、背中を差し出す美穂。
仲間内では力自慢として名を馳せているだけあって、子供のおんぶなど朝飯前。
そして背中に組みつくように乗ってきたハルの身体をひょいと持ち上げ、ここからはおんぶをしながら歩いて進むことにした美穂。
依然、前方にうっすらと見える建物を見据え
(待っててください、ケイコさん…!今、助けに行きます…ハルと一緒に…!)
……
一方その頃。
久美の制止も聞かずに飛び出していった美穂が走った道を少し遅れて追跡する菜緒、美玖、鈴花。
それほど大きなタイムラグもなくヒナタベースを飛び出した筈なのに一向に追いつけず、
(美穂…さては、相当、飛ばしたな…?まったく、私じゃあるまいし…)
と走りながら一人で苦笑いする鈴花。
そしてさらに進み、計器類が並ぶ眼下をチラチラと見ていた菜緒が、ふいに、
「…みんな!この先3キロのところで美穂の動きが止まったわ!」
美穂の…いや、正確には美穂が乗っていったブルーバイクの位置情報を示していたレーダーが、ここにきて、あるポイントから動かなくなった。
なおも並走しながら、
「つまり、そこがヤツらのアジトってこと?」
「もしくは、そこで足止めを食らって立ち往生してるかのどっちかじゃない?」
「どちらにしても、もうすぐ追いつく…!待ってて、美穂…!」
と口にした菜緒だが、あいにく、そう上手くはいかないのが有事の常。
(…!)
ふと、並走する三人のバイクを追い抜くように背後から現れた火の玉。
そして、それが三人の進路を阻むように漂うのを見て一斉に急ブレーキを踏んだ三人。
「何?あれ…」
「火の玉…?」
首を傾げる美玖と鈴花だが、菜緒は止めたバイクから飛び降りると、
「火の玉といえば…イグチ魔女…!」
菜緒の予想を合図に、徐々に膨らみ始めたその火の玉。
そしてそれが弾け飛ぶとともに、
「フフフ…ご名答。なかなか鋭いわね、小坂菜緒」
不敵な笑みとともに姿を見せたイグチ魔女は、続いて、
「悪いけど、ここから先は我々ヒラガーナの占有地…関係者以外はお引取り願おうかしら」
その打診に、やれやれというリアクションで肩をすくめた三人は、
「あいにく、私たちの仲間が既に先に行ってるわ」
「ヒラガーナの占有地かどうかなんて知ったこっちゃないわね」
「道を空けなさい!イグチ魔女!」
すると、だんだんイグチ魔女も笑顔が消え、
「チッ…相変わらず物分かりの悪い連中ね。それで死んでも文句は言いっこなしよ?」
愛用のステッキを取り出し、戦闘体勢に入ったイグチ魔女を見て、同じく戦闘態勢に入る菜緒たち。
横並びで声を揃えて、
「ハッピー…オーラっ!」
腕のクロスとともに、赤、黄、紫の光が放たれ、菜緒はヒナタレッドに、美玖はヒナタイエローに、そして鈴花はヒナタパープルにそれぞれ変身完了。
そして、
「ふんっ…こざかしいッ!」
と挨拶代わりに得意の火球を飛ばすイグチ魔女。
それがレッドの足元に着弾し、
ドゴォォン…!
爆発とともに、
「とぉッ!」
すんでのところで回避し、土煙の中から飛び出した三色の戦士だが、さらに続けて、
「ほらほら…早く逃げないと丸焦げよぉッ!そぉらッ!そぉらッ!」
ドゴォォン…ドゴォォン…!
次々に火球を生み出しては投げつけ、破裂させるイグチ魔女。
ワンパターンな戦法といえばそれまでだが、それでも足止めをされていることは事実。
(こんなところで時間を食ってる場合じゃない…!)
と、火球攻撃を避けながら、各々、口にはせずとも阿吽の呼吸で打開策を協議。
そして、次なる爆炎の中から、ふと、
「イエローフリスビーっ!」
イエローの声とともに、煙の中から黄色い円盤が飛び出てきたのを、
「ふんッ!こんなもの!」
ガキィィン…!と音を立て、手に持ったステッキであっさり打ち払ったイグチ魔女だが、その隙に、
「とぉッ!」
「やぁッ!」
煙の中からジャンプで飛び出したレッドとパープルが華麗な宙返りでイグチ魔女の上を通過。
「あッ!くそッ!」
意気揚々とイエローフリスビーに気を取られている隙に、まんまと頭上を突破されたイグチ魔女。
そしてレッドは、着地とともに隣のパープルに、
「鈴花!ここは私と美玖に任せて早く美穂のところへ!」
「オッケー!」
グッドサインを作って背を向けるパープルに、
「行かせないって言ってるでしょ!そぉらッ!」
また新たな火球をステッキの先端に生み出し、それを駆け出したパープルに向かって投げつけるイグチ魔女。…だが、その火球を、
「レッドスピアっ!」
専用武器の真紅の槍を手にしたレッドが目の前で大車輪を繰り出して完全ガード。
大車輪に弾かれた火球はあらぬ方向へと軌道を変え、無人の丘の上で爆発。
そして、
「パープルチェイサーっ!」
というパープルの掛け声で停めていた鈴花のマシンが瞬時に変形。
そして自動発進で晴れた煙の中から高速で飛び出し、
「くッ…!」
その凄まじい加速での接近に、たまらず身を翻すイグチ魔女。
パープルチェイサーはさらにレッドの脇もすり抜け、そして、
「とぉッ!」
飛び上がったパープルがシートに着座し、アクセルを蒸かすとマフラーから火を噴いてさらに加速。
「ま、待ちなさいッ!このぉッ…!」
とか何とか言っているイグチ魔女を背に、みるみるその場から脱して美穂の追跡を再開したパープル。
走りにくいオフロードもパープルのライディングテクニックをもってすれば朝飯前。
いくら相手がイグチ魔女とはいえ、レッドとイエローの心配はあまりしていない。
それよりも、
(美穂…!せめて私が着くまでは無事にいて…!)
盟友であると同時に普段から仲も良い美穂。
そんな親友の危機を救うため、今一度、追跡再開だ…!
……
来た道の向こうでそんな交戦が起きているとも知らず、荒野の真ん中をハルを背負って歩く美穂。
しばらく進んだところで、ふと苦笑いをして、
「ホント重くなったね、ハル。ついこないだまで軽かったのに」
生まれてすぐのあの赤ん坊の頃に抱いた感触を思い出し、今のこの意外とずっしりとある重量感と比べるだけで、成長を実感。
なおも足を進めながら、
「そういえば、今朝、まなふぃさんから聞いたんだけど…昨日、ピーマン残さずに全部食べたんだって?」
「…うん、食べたよ」
「偉いじゃん。これで人参もピーマンもクリア。次は何が食べれるようになるかなぁ?」
と言ってから、ふと、
(…そっか。もしかしたら“次”はもうないのかも…)
そんなことを考えてしまい、遠い目になる美穂。
久美には手に負えなくなる前に倒せと言われた。
もちろん、その言い分もよく分かる。
自分もヒナタレンジャーの一員である以上、時には非情になることも必要だと思っている。…が、この数日間ですっかり情が入ってしまった以上、そこも切り替えは決して容易ではない。
(何か最善の策はないものか…)
背負ったハルと会話をしながらも、そんなことが頭を巡る。
そして、ここで一度、だんだん位置が下がってきたハルを上げ直すため、小さくジャンプした美穂だが、そこで眉をひそめた。
(た、体重が…また一段と…)
このわずか数分間の間で、さらにハルの体重が増えているように感じた。
その証拠に、今さっきまでスタスタとまっすぐ歩けていたのに、だんだんヨタヨタとよろけ始める美穂。
「わっとっと…」
と言いながら慌てて体勢を立て直しては溜め息…。
次第に息が上がり、額に汗が滲み始めた美穂。
その後もしばらくは痩せ我慢をして歩いてみたが、やがて、たまらず、
「ハ、ハル…ちょっと一回、降りて…ママ、休憩…」
立ち止まり、降りやすいように身をかがめる美穂。…だが、なぜかハルは降りようとせず、むしろ、
…ぎゅッ…!
「…ちょ、ちょっと。ハルっ…!」
肩から首に回した両手に力が入り、首元の圧迫が強まる。
再度、
「ハル…ちょっとだけ…ちょっと一回だけ降りて。またすぐにしてあげるから…そ、そんなに強くしがみついたら、ママ、息が出来なくなっちゃう…ハ、ハルってば…」
懸命に背後のハルに訴えかけるも、なぜか急に美穂に対して返事をしなくなったハル。
そしてまたさらに、
ぎゅぅぅぅッ…!
「く、くぅッ…く、苦しい…ハ、ハルっ…!」
だんだんチョークスリーパーのように頸部が圧迫され始め、苦悶し始める美穂。
どうにか歩けていた足も完全に停止し、その場でふらつく。
そして、そんな最中(さなか)、ふいに右手のなだらかな斜面の上から、
ゴゴゴゴゴっ…!
(…!?)
地響きとともに現れたのは何やら見覚えのある鉄球…。
そして、それが斜面をずり落ちるように傾くや、みるみるスピードをまとって美穂の方へ転がってくる…!
「くっ…ハ、ハルっ…!」
降りろと言ってもなぜか聞かないハル。
説得よりも回避が先決と判断し、ハルを背負ったまま身を翻してかわした美穂。…だが、かわしたその鉄球はふいに大きく跳ね上がり、再び斜面の上に戻ると、再度、美穂めがけて転がってくる。
「くっ…!」
さっきとまた違う角度からの急襲…たまらず、戦士の跳躍で飛び上がって回避しようとした美穂だが、足を揃えてジャンプしようとした瞬間、
(…くっ!ハ、ハルが重すぎて…上手く飛べないッ…!)
中途半端にジャンプするのはかえって危ないと瞬時に判断を変更。
慌てて身をかわした美穂だが、それももはや紙一重。
再び跳ね上がり、また斜面の上へと戻った鉄球から視線を切らないまま、
「ハルっ!お願いだから降りてッ!このままじゃ、二人ともあの鉄球の餌食…!ハルっ!ハルってばッ!」
これまでよりもやや強い口調で訴えるも、依然として無視のハル…。
そして鉄球も、今度はすぐには転がってはこず、その場でクルクルとコマのように回転を始めた。
それによって舞い上がる土…やがて鉄球は、それまでキレイな真ん丸だったのがゴツゴツとした岩石状に変化し、さらにその岩石から、
「グワァゴォォ…!」
怪獣のような呻き声とともに、ニョキニョキと手が、足が…そして頂点の部分からは首が飛び出し、人外のバケモノへと姿を変えた。

ハルに絞め上げられて息苦しい中、その出で立ちを一目見るや、
「ヒ、ヒラガーナの新手のモンスター…!」
そう口にした美穂に対し、
「グフフ…そうとも!ゾウガメの遺伝子によって生み出された超重量級怪人、タートル様だ!」
「ちょ、超重量級怪人…?」
何やら不穏な肩書きだが、そんなことよりも今は背後のハル…。
「ハ、ハル…お願い、降りて…このままじゃ…た、戦えない…」
息苦しい中で懸命に声を絞り出す美穂だが、それも何故かハルの耳には響かず…いや、それどころか、
「グフフ…いいぞ、その調子だ!さぁ、我が息子よ!その小娘の首をもっと強く絞め上げてやれッ!」
(わ、我が息子…?)
と聞き捨てならないワードに引っかかったのも束の間、
ぎゅぅぅぅッ!
「ぐッ…がぁぁッ…ハ、ハルっ…!がぁぁッ…!」
それまでも既に相当に絞められていたが、今のタートルの声で、より一層、ハルの絞める力が増したハル。
「くっ…くぅぅッ…」
ハルを背負ったまま、苦悶して千鳥足でよろけだす美穂。
蒸気が上がりそうなほどの発汗…脂汗で額もみるみるテカテカだ。
たまらず首に絡むハルの手を掴み、力ずくで引き剥がそうと美穂だが、
(くっ…す、すごい力…!は、剥がせないッ…!)
力自慢の美穂でもびくともしないハルの腕…おんぶという状況で完全に背後を取られているという体勢も分が悪い。
さらには、
「グフフ…小娘ッ!あれを見るがいいッ!」
(…!?)
タートルが指で示した向こうの丘の上に目を向けた美穂は、苦悶で片目になっていた目を大きく見開いて、
「ケ、ケイコさんッ…!」
なんと、そこには両脇をガーナ兵に抱えられ、首元に短剣をクロスして突きつけられているケイコの姿が…!
そしてタートルが、
「グフフ…貴様の死と引き換えになら、あの女を解放してやってもいいぞ。あの女を助けたければ黙ってオレ様の鉄球アタックを受けるのだ」
「な、何ですって…」
「では、答えを聞く!行くぞぉッ!」
再び、首と手足が甲羅の中に引っ込み、その場でクルクルと回転を始めることで再び鉄球に姿を変えたタートル。
そして、ふらつく美穂めがけて斜面を滑り出すと、たちまちスピードに乗ってゴロゴロと地を揺らしながら一直線。
鉄球化した超重量級怪人の体当たり…もし被弾すれば、2トントラックと正面衝突したぐらいの衝撃を受けるだろう。
無論、いくら戦士としての訓練を受けていようと、生身では美穂も無事では済まない。
転がりながら、
「死ねぇぇいッ!」
と声を上げたタートルに対し、
「…くッ…!」
いくらケイコを盾にされていようと自然とはたらく防衛本能…とはいっても、もはや身を翻す余裕もなく、鉄球の軌道外へ向かって倒れ込むのが精一杯。
そして、その俯せに倒れたつま先の数センチ先を鉄球が通過し、何とか回避できたのも束の間。
「バカめ!まんまとかかったな!」
と、再びカメのバケモノの姿に戻り、意気揚々と声を上げたタートル。
すると、次の瞬間、
ズズズズズ…!
「が、がはぁッ…あぁぁッ…!」
荒野に響く美穂の呻き声
倒れ込んで俯せになったことで背負っていたハルが馬乗りになった途端、ハルの体重がこれまでと比にならないペースで急激に増していく。
「グフフ…最重量級怪人のオレ様の息子だ。まだまだ重くなるぞ!」
とタートルが豪語した通り、その重さ…100キロ…150キロ…200キロ…まだまだ上がっていく…!
たちまち、
「うぎゃぁぁッ…!が、がぁぁッ…!」
断末魔のような悲鳴を上げてジタバタと手足を動かす美穂に、
「さぁ、内臓が潰れるのが先か、それとも背骨が粉々に砕けるのが先か…人間というものは脆くて貧弱だからなぁ…♪」
懸命にもがく美穂の右手をグリグリと踏みつけ、嘲笑うタートルに対し、背骨とお腹を襲う激痛で、踏みつけてくる足を振り払うどころですらない美穂。
やがて、美穂の身体がゆっくりと土の中に沈み始め、内臓破裂、背骨の粉砕に加え、生き埋めという末路も選択肢に加わった。
腹部の張り裂けそうな激痛…バキバキと悲鳴を上げ始める背骨…そして着々と土に埋まっていく身体…。
苦しむ美穂をよそに、その背中にのしかかるハルは依然として無表情かつ無言…。
実の父親であるタートルの声にはハルを服従させる特殊な周波数が含まれており、その声によって、数分前から既にハルはタートルの意のままに動く殺人マシーン…。
「グフフ…さーて、まもなく300キロも超える頃か。これまで面倒を見てきた子供に殺される気分はどうだ?もっとひと思いにやってほしいか?えぇ?」
「が…がぁぁ…」
もはや悲鳴すらもまともに上がらなくなってきた美穂。
今日まで手塩にかけて世話をしてきたハルによって引導を渡されて万事休す…と、その時だ。
いい気味だと残忍な笑みを浮かべるタートルの背後、丘の上を疾走してきた1台のジープ…!
その車内で、
「いたッ!」
「美穂さんも一緒ですッ!」
助手席と後部座席でそれぞれ車窓を注視していた加藤史帆、小西夏菜実が大慌てで声を上げるとともに、ズザァァァ…と土の上を大きく滑りながら急ブレーキをかけたジープの運転席からいの一番に飛び出したのは久美。
眼下で展開される愛弟子の苦境に、
「み、美穂ッ!」
先刻、勝手にしろと怒鳴って突き放したものの、実際はやはり放っておけず、相棒の加藤史帆と、その史帆を慕う小西夏菜実を従えてジープで後を追ってきた模様。
さらに続いてジープから降り立ち、
「な、何でハルくんが美穂さんを…!」
「こ、このままじゃ…美穂さんが死んじゃうッ!
顔面蒼白で慌てふためく二人を横目に、今、この場で出来る最善のアシストを模索する久美は、ふと、その視線の先に、ガーナ兵2体に短剣を突きつけられているケイコを発見。
史帆もそれに気付き、すかさず、
「小西っ!」
「はいッ!」
史帆に名を呼ばれただけでそれに続く言葉を汲み取り、簡易光線銃を手に駆けだす小西。
近寄ってくる二人に気付いたガーナ兵たちを、出会い頭のレーザー光線で撃ち抜き、ヘナヘナと崩れ落ちるケイコを保護。
よほどに脅されていたのか身体が震えている。
それを、
「もう大丈夫ですよ!」
「しっかり!」
と励まして二人で支える史帆と小西。
一方、なおも美穂を助ける術はないかと模索していた久美は、ふと探ったポケットの中に、
(…!)
掴み上げて取り出したのはガムランボール…!
先ほど、後先考えずに飛び出した美穂が放り捨てていったのを回収し、置き場が困ってポケットに入れてそのまま来てしまった。
そして、その握りしめたガムランボールで、
「そ、そうだ…!この音色で…」
ガムランボールを掲げ、それを夢中で振り鳴らした久美。
たちまち、
♪♪♪
心地よい音色が荒野に響き渡ると、
「…ん?何だ?この音色は…?」
タートルも思わず首を傾げる、荒野にはあまりに場違いな癒やし系の音色。
そして、その音色が耳に届いた途端、
(…!)
それまでの死んだ目つきから一転、みるみる、とろんとした目になっていくハル。
やがて、
「…むッ!お、おい…!何をしているッ!どうして立ち上がるのだッ!殺せ!そいつを押し潰すのだッ!」
再び服従させようと声を荒げるタートルだが、あいにく、今のハルにはその声はもう効果がない。
それよりも、車に轢かれたカエルのように突っ伏して虫の息となった美穂に寄り添い、
「ママ…ママ…!しっかりして。ママ…!」
その声に、
「…ハ、ハル…いつものハルに戻ったのね…よ、よかった…」
途切れ途切れに口にしながら、無理して笑みを見せる美穂。
こうなると面白くないのはタートル。
「ぐぬぬ…こ、この役立たずめッ!こうなればオレ様が直々に始末してくれるわッ!とりゃぁッ!」
飛び上がり、久美たちとは反対側の丘の上に移動したタートル。
「鉄球アタックで踏み潰してやる!くらえッ!」
と、みたび鉄球に姿を変えると、突っ伏して動かない美穂めがけて斜面を一直線。
その光景に、
「ま、まずいッ…美穂、逃げてッ!」
と声を上げる久美だが、当の美穂は瀕死状態でろくに動けず…。
そして、その進路に、
「やめろ!ママをいじめるな!」
と言って立ちはだかるハル。
さらに、
「ダ、ダメっ…!今、行っちゃ…!」
「早く戻ってッ…!」
声を上げて斜面を駆け下りてくる史帆と小西の制止を振り切って駆けてきたケイコが、
「ハル!危ないッ!」
美穂の前に立ちはだかるハルのさらに前に立ちはだかるケイコ。
こうして二枚の壁を作るように立ちはだかる二人の背中を地面に突っ伏したまま見上げて、
「ハ、ハルっ…!ケイコさんっ…!ダメっ!逃げてッ!当たればタダじゃ済ま…!」
美穂の声も虚しく、タダじゃ済まない!と言い切る前に、
ドガァァッ…!
「━━━」
ドガァァッ…!
「わぁぁッ…!」
背筋の凍るような衝突音の二連発とともに上がる二人の悲鳴…弾き飛ばされたように宙を飛んだケイコとハルの身体が次々に地面に叩きつけられる。
それが見えた瞬間、
「くっ…!」
身体の痛みも忘れ、ヨタヨタと起き上がる美穂。
向かって右手に横たわるケイコは既にピクリとも動かず…そして向かって左手に倒れるハルも、ついさっきまでの自分みたく地面に突っ伏して動かず、かすかに指先が震えているだけ。
そこに駆け寄り、
「ハルっ!しっかりしてッ!ハルっ!」
声を張り上げて名を呼ぶも返事はなく、苦しそうに薄目を開けて、
「マ、ママ…ママぁ…」
と小さく口にしただけ…。
やがて、その薄目もゆっくりと瞼が下りていき、それが完全に閉じるとともにそれまでかろうじてピクピク動いていた指先の震えも止まった…。
「ハ、ハル…」
今の凄惨な光景の一部始終を丘の上から見ていた久美も、ガムランボールを手に顔面蒼白…。
そして、
「ハルぅぅッ!お願い、目を開けて!目を開けてよ、ハルぅぅッ!」
荒野に響き渡る美穂の悲痛な絶叫。
そして、その願いは叶わず、返ってきたのは、
「ちッ…役立たずのくせに邪魔だけは一丁前か。まぁ、いい。少し順番が前後しただけだ。あの世ですぐに再会させてやるぞ!」
と、再び怪人の姿に戻ったタートルの冷酷な一言。
すると、それを聞いて、頭の中で何かが切れた美穂…。
それまでの瀕死状態がウソのようにキッと睨みつけるや、スッと立ち上がり、
「タートル…!自分の子供を暗殺の道具に使うなんて…絶対に許せないッ!」
呆然と立ち尽くす陽子と果歩も思わず震え上がった美穂の怒声。
そして、
「ハッピー…オーラっ!」
それまで突っ伏して動けなかったのがウソのように、土だらけの身体で腕を素早くクロスすれば、瞬時に青色の光が煌めき、怒りに震える美穂の身体はたちまち青色の強化スーツを纏った姿に早変わり。
そして、怒りのあまり、
「とぉッ!」
変身完了と同時に飛び上がり、タートルめがけて電光石火の飛び蹴り!
「ふんッ!それがどうした!」
胸部に命中するも、ゾウガメの遺伝子を持つタートルの甲羅は硬く、びくともしない。…が、それでも構わず、着地と同時に、
「うあぁぁぁッ!」
荒野に響き渡る雄叫びとともにボクサーパンチの連打。
甲羅の硬さをもろともしない鬼気迫るラッシュに、
「こざかしいッ!そらッ!」
「ぐっ…!」
体当たりでブルーを突き飛ばしたタートルは、さらに、
「ここがお前の墓場だ!あれを見ろ!」
丘の上を指差したタートル。
そこに現れたのは棍棒を手にした合計十数体のガーナ兵。
起き上がって身構えるブルーに、
「グフフ…もう既に疲労困憊の筈だ。その満身創痍の身体であの人数を相手に出来るかな?」
「くっ…!」
「よし!かかれッ!全員で殴り殺せ!」
と指示を出したタートル。…だが、その時。
ブゥゥゥンッ!
斜面を一斉に駆け下りてこようとするガーナ兵たちの隊列に割り込むように走り込んできたのはパープルチェイサーに跨ったヒナタパープル。
「鈴花ッ!いいところに!」
と久美が声を上げる間に、まず2体ほど撥ね飛ばし、さらにマシンから降りた拍子の回し蹴りでもう1体を始末。
そして、
「美穂ッ!雑魚は私に任せなッ!」
「オッケー!ありがとう、鈴花!」
信頼し合っているからこそ出来る短いやりとり。
「お、おのれ…!」
と少しトーンダウンしたタートルだが、それでもまだ怯む様子はなく、
「何にせよ同じだ!オレ様にこの甲羅がある限り、お前の攻撃など何ひとつ受けつけんぞ!」
豪語するタートルだが、ブルーは構わず、
「ブルーナックルっ!」
と、自身の専用武器であるトゲのついたグローブを両手に装着。
そして再び、怒りに任せて怒涛の連打再開。
ズガガガガガガっ…!
と荒野に凄まじい打撃音が鳴り響けば、最初こそ、
「グフフ…どうした?そんなものか?」
と得意げだったタートルだが、次第にグローブの先端のトゲが甲羅に小さな亀裂を作り、さらに、その亀裂を上からなおもパンチを打ち込むことで、
ピシッ…ピシピシっ…!
甲羅から砕けるような音がしたところで、ようやくタートルが、
「くっ…き、貴様…!さては最初からずっと、一点だけをめがけて…!」
今さら気付いても時すでに遅し…。
凄まじい連打の中、目くらましのジャブやフックを交えながらもボディブローは常に一点、タートルのみぞおちの部分だけを狙っていた。
そして、衝撃の蓄積で小さな亀裂を作れればあとはこっちのもの。
引き続き、その一点にパンチを打ち込むことで亀裂はどんどん拡大し、たちまちタートルの甲羅の前面は割れたガラスのようにヒビだらけ。
そして、
「はぁぁぁッ!」
これまでで最も振り絞った渾身のボディブローが決まった瞬間、
バラバラバラバラっ…!
「くっ…ま、まさか…そんなことが…!」
粉砕されて剥がれ落ちたタートルの自慢の甲羅。
無論、その絶好の勝機に畳み掛けない筈がなく、
「よくもケイコさんを…!よくもハルを…!」
バキッ、バキィィっ!
「おうぅッ…!」
強烈なワンツーで軽々とノックアウト。
そして、ひっくり返ったタートルの足を脇に抱え、その剛力を振り絞ってとどめのジャイアントスイング。
ガーナ兵を一掃し終え、加勢しようとしたパープルが、
「ちょ、ちょっと…美穂ッ…!」
と後ずさりするぐらいの高速回転…竜巻が起きるほどの遠心力を纏ったまま、
「うあぁぁぁッ!」
咆哮とともに、放り捨てるように手離したタートルの身体。
「ぐわぁぁッ…!」
きりもみ回転しながら、そのまま勢い良く斜面に頭から激突。
鈍い音とともに、
「ぐっ…お…おぉ…おのれぇ…」
大ダメージを負った脳天を押さえながらフラフラ立ち上がったタートルの姿に、すかさず、
「美穂、今よッ!とどめをッ!」
と声を上げた久美。
それを聞かずとも、腰のホルスターから光線銃ヒナシューターを既に抜いていたブルー。
なおも怒りに満ちた声で、
「シューターっ!」
お決まりの掛け声とともに射ち出された青色のレーザー光線がタートルの脳天に命中するや、
「ぐわぁぁッ!」
ドカァァァン…!
断末魔とともに膝から崩れ落ち、突っ伏すとともに爆発四散。
そして、その爆炎を目印に、
「美穂ッ…!」
辛くもイグチ魔女を追い返し、足止めを脱したレッドとイエローも現場に到着。
「ちぇっ…心配して損しちゃったな」
と苦笑して肩をすくめるイエローだが、あいにく、大団円という空気ではなく…。
……
それから一時間。
各々、使い終えたスコップを放り出し、掘った土を埋め直して作り上げた2つのこんもりとした盛り上がりの前に整列する一同。
ジープに積んでいた木材を2つに割り、それぞれに、
<ケイコの墓>
<ハルの墓>
と書き、それをそれぞれ膨らみに立てると、沈痛な表情で一斉に手を合わせる。
そして、その整列の先頭に立つ美穂が、
「さよなら、ハル…これからは本当のお母さんの胸で…安らかに眠ってね…」
そして、合わせた手を下ろしたタイミングで、スッと横から美穂の手に、思い出のガムランボールを持たせた久美。
それを貰った美穂は、ハルと過ごしたここ数日…長いようで短かった時間をグッと噛みしめるようにそのガムランボールを優しく振り鳴らし、そして最後は預けるように墓の上にそっと置いた。
ハルが好きだったこの音色を、美穂は、今後一生、忘れることはないだろう。
(つづく)
次回予告(※当該メンバーの声で脳内再生推奨)
佐々木久美です。
度重なる失敗で、とうとうネルネルから最後通告を受けたイグチ魔女。
失った信頼を取り戻す条件はヒナタレンジャーおよびヒナタベースの殲滅…!
後がないイグチ魔女はこれまで菜緒たちが倒してきたモンスターをさらに強化して一挙に復活させ、私たちに総攻撃をかけてきた。
次回、『イグチ魔女のラストチャンス!再生怪人軍団、総攻撃!』…お楽しみに!