前編
※今話は作者が個人的に好きな昭和仮面ライダーのエピソードのリメイク小説(パクリ)です。
それはある日のことだった。
ヒラガーナの連中がまた何か良からぬことを企んではいないかと、青いカウルの専用バイクを駆って街中のパトロールに出ていた渡邉美穂。

本拠であるヒナタベースを出た時は晴れ間があったのに、たちまち日が陰り、あっという間に不穏な空色になってきた。
当然、嫌な予感がして、
(降るなよ…降るなよ…)
と思いながら走っていた美穂だが、案の定、周囲のアスファルトに点々がつき始め、やがてポツポツと雨が降り出した。
信号待ちで停まったタイミングで、
「何だよぉ…昼から雨なんて言ってなかったじゃん。これじゃ、騙し打ちもいいところだよ、まったく…」
と朝に見た天気予報に対する愚痴をこぼす美穂。
こうなればパトロールは一旦中断し、ヒナタベースに戻る方が得策。
来た道をUターンし、雨粒が目に入らないように、そして濡れた路面にタイヤをとられてスリップしないように注意しながら帰路につく。
ふと、遠くの空でゴロゴロと雷の音がした。
それを聞いて、
(こりゃ、ますます強くなるな。ずぶ濡れになる前に帰れればいいんだけど…)
じっとりとした雨の湿気を払いのけるように走っていた美穂だが、ふいに流れ行く街並みの陰に目が留まり、咄嗟にブレーキをかけた。
そこは経営不振で閉店し、取り壊し待ちとなった廃レストラン。
その入口の屋根の下で女性が一人、雨宿りをしていたのだが、どうも様子が変だ。
うずくまり、しきりにお腹をさすっている。
すかさずバイクを路肩に寄せ、手の平で作った傘を額に当てながら駆け寄る美穂。
「どうしたんですか?具合でも悪いですか?」
と声をかけると、その女性はスッと顔を上げ、
「く、苦しい…苦しいんです…」
「苦しい?過呼吸か何かですか?」
慌てて寄り添い、自然と背中に手を添えた美穂だが、女性は首を振り、
「…う、生まれる…生まれるのかも…」
「えッ!?生まれるッ!?」
ぎょっとしながら改めて目をやると、なるほど、確かにお腹がボコッと膨れて大きい…いわゆる妊婦だった。
なおも苦しそうにお腹をさすり、その場から動けそうにないその妊婦。
善意で手を差し伸べた手前、放置して立ち去るワケにもいかなくなり、ひとまず近くの病院に連絡し、救急車を手配した美穂。
そして数分、降りしきる雨の中、サイレンを鳴らして救急車が到着。
ストレッチャーに乗せられて救急車に乗せられるのを見守った美穂だが、隊員から、
「あなたも一緒に乗りますか?」
と聞かれ、一瞬、
(私は通りすがりなので、その妊婦さんとは何も関係ないです)
と言いかけたが、ここで出会ったのも何かの縁…その妊婦の容態が気になったので一緒に病院に向かうことにした。
走りだした後もずっと額に脂汗を浮かべて苦しそうな妊婦。
隊員から、
「何か気を紛らせるような会話をしてあげてください。それをすることで痛みを忘れられますから」
と言われ、
(会話って言われても…知り合いでも何でもないんだけどな…)
と思いつつ、
「お住まいはどこですか?」
とか、
「出産は初めてですか?」
などと、とにかく質問攻めで会話を投げる美穂。
その結果、彼女はケイコという名で、東街区に住んでいることを知った。
両親とは既に死別しており、さらに、妊娠してすぐ、お腹の子の父となる筈だった男が理由も告げずに姿を消してしまい、天涯孤独…頼れる者が誰もおらず、一人ぼっちだとも言った。
それを聞いて少し気まずくなり、
「そうですか…それは…大変ですね…」
と、そんなことしか言えなかった美穂だが、すぐにケイコの手を握り、
「でも、もうすぐあなたの子供が生まれます。もう一人ぼっちではなくなりますから、あと少しの辛抱ですよ。頑張って!」
陣痛で震える手を包み込むようにしてエールを送ると、ケイコは苦しみながらも笑顔を見せて、
「あ、ありがとうございます…救急車まで手配してくださって…何とお礼を言えばいいか…」
「お礼なんていいんです。私は、ただ、人として当然のことをしたまでです」
と、少しカッコつけたことを言ってしまい、言った後に自分で照れてしまう美穂。
そして、
「せ、せめて、お名前だけでも…」
と言われたので、
「私は渡邉美穂といいます」
「美穂さん…ぜひ、また後日、改めてお礼をさせてください…連絡先を…」
「…あ!病院が見えてきました!もうすぐですよ!」
照れくさいので辞退するという意味でも、話を遮って窓の外に病院の建物が見えたことをケイコに伝えた美穂。
そして到着後、救急搬送口には産婦人科の医師が待機していて、ケイコの様子をちょっと診ただけで、
「これはいかん。今すぐ始めましょう」
途端に慌ただしくなり、バタバタと分娩室へ運ばれていったケイコ。
結局、そこでも離れるタイミングを逸した美穂は、一緒に病院に入り、手術室の前で吉報を待つことになった。
廊下の長椅子に腰掛け、ドアの上で「手術中」と灯る赤いランプをじっと見つめる美穂。
ドラマなどでよくあるシーンを初体験しながら、
(無事に生まれるといいんだけど…)
と、ケイコの出産に成功を祈る。
そして、手術開始から一時間が経過した頃。
フッと赤いランプが消え、それと同時にドアの奥から、
「オギャー…!オギャー…!」
と、かすかに声が聞こえてきた。
その瞬間、腰掛けていた長椅子から立ち上がり、思わず、
「生まれた…!」
と声を上げた美穂。…だが、感動を覚えたのも束の間、すかさず看護師が寄ってきて、
「出産後の用意はありますか?」
「よ、用意…ですか…?」
キョトンとする美穂に、
「はい。いろいろと必要ですよ。産後入院となりますから。お願いしますね」
「い、いや…あの…私は…」
と美穂の弁明を聞くヒマもなく、立ち去っていった看護師。
(お、お願いしますって言われても…)
今の看護婦の口ぶりでは、どうやら完全に美穂のことをケイコの親族だと思っているようだ。
それだけに、ここで急に素知らぬ顔をして立ち去るというのは気が引ける。
乗りかかった船という言葉があるが、まさにその状態といえるだろう。…が、そうはいっても、美穂自身、出産経験があるワケでもないため、右も左も分からない。
(ど、どうすれば…?)
と悩んだ結果、ひとまずヒナタベースに応援を求めることにした美穂だが、それも説明が非常に難しい。
とりあえず連絡を取り、
「…はい。こちらヒナタベース、高橋未来虹です。美穂さん、どうされましたか?」
「あ、未来虹?えっと…その…変なことを言うようなんだけど…こ、子供が生まれてさ…」
「…は?」
今の説明では、未来虹の反応が正解だろう。
「誰の子供ですか?美穂さんって結婚してたんですか?」
「あ、いや、私の子供じゃないよ?生んだのは別の人なんだけど、実は…」
変な誤解をされていそうなので慌てて早口で訂正し、ここまでの経緯を説明する美穂。
「それでいろいろ必要なものが出来ちゃってさ。悪いんだけど、何人かこっちに寄越してくれないかな?」
「…分かりました。ひとまず、そのまま久美さんに伝えますね」
「うん。それと、出来れば、来る時に必要なものも、一式、買ってきてほしいんだ。私も今、入院手続きとかいろいろ頼まれちゃってさ。動けそうにないから…」
「分かりました。それも込みで久美さんに伝えます」
「うん。お願いね」
そして連絡を終えて、ふぅ…と溜め息をついた美穂。
全ての発端はパトロール中のふとした善意…だが、これが、のちに大きな事件へと発展していくことを、この時の美穂はまだ気付けていなかった。
……
一時間ほどして、再び病院が騒がしくなった。
各自、両手におしめや乳児用品を大量に抱え、ゾロゾロと現れた仲間たち。
「えっと…産婦人科…産婦人科…」
「あっちちゃう?ほら、あっちって書いてるわ」
と案内標を頼りに先頭を歩く菜緒や好花はともかく、その後ろにいる鈴花、ひより、美玖らは好奇心でついてきただけの野次馬にも見える。
そして、その一団を見つけた美穂は、その輪の中に久美もいることに少し安堵しながら、
「みんな!こっち、こっち!」
と手招き。
そこでは、ちょうどガラス窓を隔てた向こうで、生まれたばかりの赤ん坊が助産師に身体を拭かれているところだった。
そこに続々と寄ってきては、
「わぁ、可愛い♪」
「男の子?女の子?」
と、まるで動物園でパンダでも見ているようにガラスにへばりつく一同。
そんな中、久美と菜緒は赤ん坊の観察もほどほどに、美穂の方へ寄ってきて、
「もう…ビックリするじゃないの」
「いきなり子供が生まれたなんて言われて、未来虹も困ってたよ?」
「ごめん、ごめん。私もテンパっちゃってさ」
と苦笑いの美穂。
「それで、出産された方は…?」
と聞いた久美に、
「病院に到着して一時間足らずという安産だったんですが、それで少し衰弱してしまったので、現在、眠っているとのことです。命に別状はありません」
と説明。
それもあって、入院の手続きなどは全て美穂が代わりにこなした。
分からないところは久美とも相談しながら、だ。
そして再び仲間たちの元へ戻ってきた美穂は、
「ケイコさんと会って話が出来るのは明日になるそうです。なので…」
「じゃあ、一旦、ヒナタベースに戻って、明日また来よう」
「すいません。ただ、おつかいを頼んだだけになっちゃって」
「全然、大丈夫。幸い、今日はヒラガーナの連中も特に動きはないから」
と意に介さずといった様子の久美。
依然、ガラス窓の向こうで行われている計量などの様子を眺め、手を振ったりしている鈴花たちに、
「さぁ、帰るわよ。いつまでも大勢で見てたら助産師さんも気が散るでしょ。動物園じゃあるまいし。続きは明日にしなさい」
と、すっかり大家族の母親のようになっている久美。
それを言われて、
「はーい」
と従順な鈴花たち。
こうして、産後のケイコとの面会は明日に出直しとなった美穂たち。
この時点でもまだ、この出産劇がのちに大事件に発展していくとは、美穂をはじめ、仲間たちは誰も考えていなかった。
……
そして翌日の昼前。
前日の雨とは打って変わり、雲ひとつない快晴となった空の下、改めて病院に駆けつけた美穂たち。
再びガラス窓のところへ行き、
「あ、いるじゃん。あの子だよ、ほら」
「寝てるじゃん」
「可愛すぎるんだけど…♪」
と、相変わらず動物園に来たのと同じ感覚でいるミーハー組の鈴花、ひより、美玖。
「もぉ、やめなって。そんな騒がしくしてたら起きちゃうよ」
と言いつつ美穂も三人の隙間からチラッと覗いて、
(とにかく無事に生まれてきてよかった。ケイコさんも嬉しいだろうな)
それを考えただけで自然と美穂も温かい気持ちになれた。…が、そんな美穂を見つけた看護師が一人、小走りに寄ってきて、
「渡邉さんッ!」
何事かという顔で目をやった美穂に、
「ちょうど今、お電話を差し上げようと思っていたところなんです。ケイコさんがいなくなってしまいました」
「いなくなった…?」
それまで浮かべていた柔和な表情から一転、眉をひそめて聞き返す美穂。
それを横で聞いていた久美、菜緒も同様に眉をひそめて目を向けると、その看護師は一枚の便箋を取り出し、
「おそらく朝の回診が終わった後だと思うんですけど、この書き置きをベッドの上に残してどこかへ…」
「……」
差し出された便箋を受け取り、目を通す美穂。
横から菜緒も覗き込むと、その便箋には、
<美穂さんへ
事情があって、しばらく身を隠します。
生まれたばかりの私の子供をよろしくお願いします。
名前はハルです。 ケイコ>
読み終えた美穂は、その便箋を次に久美に手渡すや、
「とにかく探してきます!」
病院を飛び出し、颯爽をバイクを駆って走り出した美穂。
手がかりは全くのゼロ…それでも昨日のケイコの出で立ちを頭で思い出しながら、とにかくアテもなく走り回る。
時折、似た背格好の人を見かけて注視するも、ケイコとは別人…そんなことも、四、五回あった。
さらに、昨日、救急車の中で聞きだしたのを思い出し、東街区の住まいの方へも回ってみた美穂だが、インターホンも音沙汰なし…。
(参ったな…どこへ行っちゃったんだろう。ケイコさん…)
再びアテもなく走り出した美穂。
そして、東街区から北街区への区境あたりに差し掛かったところで信号に引っかかり、バイクを止めた美穂は、ふと、ミラーに映り込んだ人影に目を留めた。
チラッとこちらを振り返ったその顔は、間違いなく、昨日、自分が介抱したケイコ…!
慌てて振り返ると、完全に目が合ったケイコは気まずそうに目を逸らし、逃げるように傍にあった路地に飛び込む。
その瞬間、
「ケイコさーんッ!」
と声を張り上げ、咄嗟にその場でバイクをUターンさせた美穂。
ちょうど前の信号が青に変わったタイミングだったため、後続車から、
「危ねぇな!バカヤローっ!」
と叱られたことも気にせず、たった今、ケイコが逃げ込んだ路地へ。
狭い路地にも構わず、アクセルを蒸かすと、たちまちケイコの背中がどんどん手繰り寄せたように近づいてくる。
「ケイコさんッ!どうして逃げるんですかッ!止まってくださいッ!」
と叫びながら追跡する美穂。…だが、その時。
ふと背後に大きな気配を感じ、チラッとミラーを目をやって驚愕。
「なっ…!?」
なんと、美穂が駆るバイクの背後から、いつの間にか現れた大きな鉄球が迫ってきているではないか。

慌てて振り返り、改めて目視で確認。
凄まじい勢いで迫ってくる鉄球…このまま追突されたら大ケガ必至…!
そして再び視線を前方に戻したのとほぼ同時に、前を走っていたケイコは傍らの民家に逃げ込むように身を隠した。
「くッ…!」
咄嗟のことでブレーキが遅れ、通り過ぎてしまった美穂。
もっとも、今ここでスピードを緩めたら、背後から迫る鉄球に巻き込まれる…そのため、ケイコが民家の陰に隠れたのを確認しながらも、そのまま、その路地を突っ切ることを余儀なくされた美穂。
そして、さらにスピードを上げてミラーに映らなくなったところでようやくブレーキ。
停めたバイクから降り立つや、
(あんな大きな鉄球…ここで破壊して食い止めなきゃ、…!)
見えてきたらすぐさま腕をクロスしてヒナタブルーに変身、そしてすかさず腰のヒナシューターで射抜いて破壊…と、その一連の動作をしっかり頭でシミュレーションし、それに向けて腕を少し浮かせておく。
その状態で、道の真ん中で立ちはだかるようにして待ち構える美穂だが、一向に鉄球は見えてこない。
そして、1分ほど待ったところで、
「…消えた…?」
浮かせておいた腕を下ろし、首を傾げながら再びバイクに跨がり、警戒しながらも来た道を戻ってみる。
ない…どこにもない…あれだけ勢い良く背後を転がっていた鉄球がどこにも見当たらない。
そして、ケイコが身を隠した民家の陰を探すも、既にそこにケイコの姿はなく、見失ってしまった。
(くそっ…あれがなければ病院に連れ帰れたのに…)
と舌打ちをする一方、いったいどこから出てきた鉄球なのか、そしていったいどこへ消えたのかは分からずじまい。
その後も、付近を日が暮れるまで走り回った美穂だが、結局、ケイコは見つけられなかった。
……
翌日もケイコの捜索は続いた。
菜緒や好花も協力し、手分けして街を走り回るも、一向にケイコは見つからない。
そしてさらに日が経ち、ケイコが蒸発して三日が過ぎると、いよいよ、生まれたばかりの男児「ハル」をどうするかという話になってきた。
いつまでも病院に預けておくワケにもいかないし、実際、病院側からも暗にベッドを空けたいというニュアンスのことを言われた久美。
こうして関わった手前、ここで途端に踵(きびす)を返すワケにもいかず、
(…しばらくヒナタベースで預かるしかないか…)
もちろん手続きは難航した。
ただ、最終的にはケイコの出産に立ち会った美穂が一時預かり人となる形で、どうにかまとまった。
そして退院の時。
「落とさないかな…」
と不安がりながら、熟睡するハルをベッドからそっと抱き上げた美穂。
自身の腕の中で、なおも心地よさそうに眠るハルを見て、
(本当なら、母親のケイコさんが抱いてあげるのが一番なんだけど…)
と思いつつ、その無垢な寝顔にはどこか癒やされるものがある。
よく「我が子の寝顔を見たら明日の仕事も頑張れる気がする」ということがあるが、その気持ちが少し分かる気がした。
そして、そのままヒナタベースに戻った一行。
すると案の定、帰りを迎えた一般隊員たちから、
「わぁ、可愛い♪」
「お母さんですね。美穂さん♪」
ワイワイと群がってくる一般隊員たちに、
「そんなのはいいから…ちょっと、みんなで手分けしていろいろ買ってきてよ。哺乳瓶とか、ミルクとか…あと、育児本も欲しいかも。それから、何かベビーベッドの代わりになる棚みたいなの、ないかな?誰か見てきて」
それを受け、テキパキと動き回る一般隊員たち。
育児用品店へ走った正源司陽子と藤嶌果歩。
同じく本屋へ走った平岡海月。
そして、下のメカニックルームからベビーベッドの代用となる棚をメカニックの山口陽世と一緒に持って上がってきた山下葉留花と、その棚に毛布を広げることでそれっぽく見せる平尾帆夏。
そこにそっとハルを寝かせ、
「…ふぅ…」
と溜め息をついた美穂。
すると、ちょうどパトロールから戻ってきた丹生が、
「ただいま戻りましたぁ…わッ!なに!?赤ちゃん、いるじゃんッ!」
「しぃーッ!静かにッ!起きちゃうからッ!」
と慌てて人差し指を口に当てる美穂だが、時すでに遅し。
丹生の大声で眠っていた目を開けたハルは、案の定、
「…ぎゃぁぁぁ…!」
ヒナタベースに響き渡る泣き声に、
「わッ!わッ!」
「あやすモノ…!あやすモノ…!」
隊長である久美も含め、全員が育児など未経験で、てんやわんやする一同。
「なっちょ、何とかしてよ」
「え?わ、私ッ…?」
なんとなく母性に溢れているという理由だけで潮紗理菜を指名した加藤史帆。
仕方なく潮が即席ベッドからハルを抱き上げるも、泣き止む気配はない。
「どうしよぉ…泣き止まないよぉ…だ、誰かぁ…」
と困り顔の潮。
その後も、高本彩花、松田好花、影山優佳、清水理央と、その場にいるメンバーでたらい回しのようにしながら抱いてみるも、一向に泣き止まないハル。
やがて、それが美穂にも回ってきて、あたふたする高瀬愛奈からハルを受け取ると、そこでようやく、
「…な、泣き止んだ…?」
美穂の手に渡った瞬間、それまで泣き叫んでいたのが一転、落ち着いたように泣くのをやめたハル。
そして、全員がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、
「んー…こりゃ、しばらく美穂がお母さんやるしかないんじゃない?」
「そうね。美穂が抱いてあげてる時が一番、落ち着くのかも」
そんな久美と史帆の会話に、
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!私だって別に知識があるワケじゃ…」
と反論しかけた美穂だが、そこでまたハルが泣き出し、慌ててゆりかごのように身体を揺らしてあやす。
それをすることで再びハルが泣き止むを見て、
「ほら、やっぱり美穂の腕の中が一番いいんだよ」
「子育て、向いてるんじゃないの?」
と持て囃され、
「大丈夫、大丈夫。もちろん私たちもちゃんとサポートするからさ」
と、上手くやりこめられる形で、なんとなく、美穂が主としてハルの世話をする係に決まりそうな雰囲気。
現に、
「明日のパトロール、私が代わるから安心しな」
と頼んでもないのに当番制のパトロールの代役を鈴花が自ら買って出る始末。
それを受け取り、
「もぉ…みんな、ズルいよぉ…」
と肩をすくめつつ、放っておけない腕の中のハル。
その後も、平岡が買ってきた育児本を教科書にして、陽子と果歩が買ってきた哺乳瓶に、あーでもないこーでもないと言いながらミルクを作る一同。
ひとまずこれ、というものが出来たので持ってきて美穂に手渡すと、美穂も緊張しながら、
「飲んでくれるかな…」
と呟きながら、ゆっくり哺乳瓶をハルの口元へ。
最初は警戒した目をしたハルだが、おそるおそる先端を口に咥え、そして、
「…飲んでる!ほら、ちゃんと飲んでるよ!少しずつ減ってるじゃん!」
「しぃーッ!丹生ちゃん、声が大きいってばッ!」
「驚かせたら飲まなくなるからッ…!」
と、ドタバタしながらも円になって見守る中、どうにか無事にミルクを飲み始めたハル。
その後も、おしめの変え方、あやし方、抱っこの仕方から寝かせ方まで育児本を常に傍らに置いて、付け焼き刃ながらしっかり学んでいく美穂。
日頃の面倒見の良さの賜物だ。
……
三日後。
依然としてケイコの行方は分からず、日夜、捜索が続いている一方、日を追うごとに着々と育児の要領を掴み、まるで実の子のように違和感なくハルの面倒を見れるようになっていった美穂。
ハルが泣きだせば、その泣き声を聞いただけで、
「おしめかな?ちょっと誰か手伝ってー」
と近くにいる一般隊員を誰か呼び、慣れた手つきでおしめを交換する。
そんなのはもはやお手の物…今ではミルクの分量も頭に入っていて即座に作れるし、適した温度も把握済み。
唯一、苦労したポイントといえば寝かしつける時ぐらいだろうか。
午後のお昼寝、そして夜と、当初はなかなか寝付きの悪かったハルだが、これも最近、先輩の潮紗理菜がオススメしてくれたガムランボールという民族楽器の音が効果的と分かり、枕元でそれを奏でてやれば、2、3分で眠りにつくことがしばしば。

そして今日も、お昼寝の時間となり、耳元でガムランボールの音色を聞かせてやる美穂。
上手に寝かしつけるその様子を見て、
「へぇ…すごいねぇ、美穂。マジでお母さんじゃん」
と感心している史帆だが、続いて怪訝そうな顔にもなって、
「ところでさぁ…また一段と大きくなってる気しない?絶対、昨日より大きいと思うんだけど…」
「━━━」
返答に窮したようにだんまりの美穂。
史帆の言う通り、ここ数日で日に日に急成長を遂げているハル。
引き取ってきた当初は幅に余裕があった即席ベッドも、今ではハルが少し寝返りをしたら落ちてしまうほど。
仲間内でも、ちらほら、
「そんなことある…?」
「いや、聞いたことないけど…」
と議論になるぐらい、とにかく成長が早い。
現に久美がハルの身長と体重を測ると、生後一週間を待たずして、早くも二歳児と同等にまで成長。
「これはもしかして、生後の成長が早い異星人の子なんじゃ…?」
と言い出すのも無理はない。
もっとも、見た目はどこにでもいる人間の子。
「とにかくケイコさんが見つかるまで、私が面倒を見ます」
と、気付けば美穂も自らそう口にしていた
そして、昼寝から目覚めたその日の夕方には、とうとう言葉を喋り始め、まだ舌っ足らずで覚束ないまでも、美穂のことを、
「ママ…ママ…」
と呼び出したハル。
「アハハ♪ママだって!」
「よかったじゃん、美穂!ちゃんと認知してもらってるよ!」
と冷やかす周りに、
「笑い事じゃないってば。あくまで私は仮のママ。この子の本当のママはケイコさんなんだから」
確かにそう…今のところ、育ての親が美穂というだけで、この子の母親はケイコ。
結局、その日もケイコは見つからず、そして翌朝には、とうとうハルは立ち上がり、壁伝いとはいえ二足歩行で自ら歩き出した。
それを、
「気をつけてよ?頭をぶつけたりしないでね?」
戦々恐々としつつも傍で見守る美穂。
そして自分のところまで辿り着いたハルを、
「頑張ったね、偉いよ、ハル」
そう言ってスッとハルの身体を抱き上げた美穂だが、小さく苦笑いをして、
「重くなったね、ハル。これ以上、大きくなったら、もう抱っこ出来ないかも…」
しかし、そんな美穂の懸念をよそに、
「ママ、抱っこ…♪」
とコアラのように美穂の身体にしがみついて離れないハル。
どうやら抱っこが好きらしい。
そして美穂が身体を翻すたび、まるで遊園地の乗り物に乗っているように楽しそうに微笑むハル。
「ママ…♪ママ…♪」
と、うわ言のように繰り返すハルに対し、悪い気はしないまでも複雑な表情で、
「ねぇ、ハル…私は本当のママじゃないの。ハルのママは他にいるの。だから、あまり私のことをママと呼ぶのは…」
そんなことを言っても、まだ理解は出来ないハル。
引き続き、美穂のことを、
「ママ…♪」
と呼んでしがみついてくるハル。
どうやら美穂に抱かれてくっついているこの状況が落ち着くらしい。
そして、その後もハルは、引き続きスクスクと急成長していった。
幸い、手の空いている一般隊員たちが遊び相手をしてくれるおかげで、美穂もこれまでほどつきっきりではなくなった。
そして、廊下でバッタリ会った菜緒と好花を呼び止め、
「どう?ケイコさんのこと。何か新しい情報とかあった?」
と聞くと、好花は首を振り、
「それが全然やねん。毎日、駅の監視カメラとかも見せてもらってるんやけど、電車に乗った形跡もないし…」
さらに菜緒も、
「少し不謹慎なことを言うようだけど、今のところ、ケイコさんらしき遺体が見つかったという話もない。だから、ひとまず生きてはいると思うんだけど…」
「━━━」
ケイコが姿を消しているうちに、とうとうハルは赤ん坊という時期を終えてしまった。
今のハルにとって、母親というと美穂のことを指してしまうだろう。
(でも、ハルは私の子じゃない…いずれはケイコさんの元に返さないと…)
その時に妙な情が湧いてしまう前にケイコを連れ戻したい…美穂だけでなく、菜緒たちもそんな思いで、日々、捜索を続けているが、依然、ケイコは消息不明のままだ。
……
そのまま生後一週間が経ち、そして、その翌日を迎えたハル。
このあたりから、だんだんハルのことを持て余すようになってきたヒナタベースの面々。
既に見た目は五歳児ほどになり、もちろん自ら歩くことも可能。
言葉もだいぶ話せるようになっていたが、それ以上に、
「痛い、痛いッ!マジで痛いッ…ねぇ、痛いってばぁッ…!」
「ダメよ、ハルくんッ!やめなさいッ!」
悲鳴を上げる石塚瑶季と、叱り口調の清水理央。
成長に伴い、すっかりわんぱく化したハルが、瑶季の髪を引っ張って離さない。
たまらず、
「だ、誰か…菜緒さん!助けて下さい!」
と清水が近くにいた菜緒に助けを求め、それを聞いて駆けつけた菜緒も一緒になって、
「こら、ハルくんッ!離しなさいッ…!」
と瑶季の髪を掴み上げる手を開こうとするも、
「す、すごい力…くっ…くっ…」
大人の力をもってしても、なかなか引き剥がせないハルの握力。
「な、菜緒さん!早くッ…!髪の毛が…髪の毛が抜けちゃいますよぉッ…!」
と悲鳴を上げてジタバタ暴れる瑶季。
そして、そこに、
「こら、ハルっ!何やってんのッ!」
ちょうどメインルームに戻ってきて、その光景を目の当たりにした美穂。
すかさず駆け寄り、菜緒に加勢する形で、
「やめなさい、ハルっ!」
と鷲掴みの握り拳を開こうとするも、二人がかりでもうまくいかず。
そこでたまらず、数日前まで寝かしつけに使っていたガムランボールを取り出し、音色を奏でる美穂。
♪♪♪
すると、その音色を聞いた途端、とろんとした目になり、掴んでいた瑶季の髪もゆっくりと手放した。
「あー、助かったぁ…」
と、すっかり半泣きの瑶季と、それを見かねたように、
「ヤバいですよ、最近のハルくん。昨日、陽子も同じ目に遭ってました!その時は何とか私と希来里で引き剥がしたんですけど、今日はもう私たちでは手に負えなくて…」
と美穂に訴える清水。
その訴えを聞きながら、なおも音色を奏で続ける美穂。
そしてようやく、ハルが落ち着いたところで、
「…ふぅ…」
と、一同が安堵の溜め息。
そして、その光景を遠巻きに見ていた久美が、とうとう見かねた様子で、
「美穂、菜緒…ちょっと…」
視線で部屋の隅を示し、二人を手招き…。
そして呼びつけた二人に対し、今日こそは言うぞというような表情で、
「美穂…もしかしてハルは、ヒラガーナのモンスターの子供じゃないの?」
「━━━」
思い切ってぶつけたその疑念に対し、美穂の眉がピクッと動いたのを見逃さず、
「その表情…どうやら美穂も薄々は感づいていたようね」
「━━━」
しばらく押し黙っていた美穂だが、やがて隠しきれず、弱りきったような顔になって、
「久美さん…私、どうすればいいんですか?」
すがる美穂に対し、久美は何を今さらという顔になって、
「どうすればって…倒すしかないでしょ!」
「倒すって…ハルはまだ子供ですよッ!」
珍しく久美に反発する美穂だが、久美は冷静に、
「それがヤツらの狙いよ。日に日にハルはすごいスピードで成長し、明らかに凶暴性も増してる。今のうちに手を打たないと大変にことになるわ」
「で、でも…」
確かに美穂にとっては迷って当然の辛い決断。
また少し黙った後、譲歩案を示すように、
「だったら、せめて、ハルが成長しきってから一対一で正々堂々と戦いを…」
「そんな甘いこと言ってる場合じゃないでしょッ!」
と美穂の言葉を遮って一喝した久美は、諭すように、
「あれ以上、大きくなったらどうなると思う?現に、さっきだって、アンタと菜緒の二人がかりでも手に負えなかったじゃないの。断言するわ。あのまま放っておくと、たちまち、あなたたちを脅かす脅威の存在になることは間違いなし…あの怪力で、明日にはあなたたちの首を絞めることになるかもしれないわ。やるなら今しかないの。決断しなさい、美穂」
「━━━」
再び黙り込む美穂。
チラッと目をやると、先ほどの凶暴な姿から一変、ガムランボールの音色で落ち着きを取り戻したハルが、再び、瑶季と清水に遊んでもらっている微笑ましい光景が映る。
無邪気にニコニコしているハル…それを見て、一層、複雑な表情になり、額に脂汗が吹き出るほど困惑するその姿を横目に、
「…どうするの?美穂。決めるのは美穂よ」
あくまで美穂の意見を尊重したいというスタンスを取る菜緒。
そして、重い沈黙が続いていたその時。
慌ただしくメインルームに駆け込んでくる足音が聞こえて、
「美穂さん!これッ!」
現れたのは一般隊員の藤嶌果歩。
その手に一通の封筒を持っていて、
「たった今、これがポストに届きました」
そう言って手渡された封筒の裏には、書き殴りの字で、
<美穂さんへ>
と書かれており、ガサガサと取り出した中身は赤い印のついた地図と一枚の便箋。
そして美穂は、その便箋を音読し、
「私は今ここにいます。ヒラガーナに狙われてます。助けてください。ケイコ。…ケイコさんからの手紙ですッ!」
「バカっ!こんなの罠に決まってるじゃないのッ!」
と叱りつける久美だが、美穂はその同封されていた地図をポケットに突っ込み、
「罠でもいいッ…!ここへ行って、ハルをケイコさんに返してきますッ!」
「あ、こらッ!美穂ッ!待ちなさい!」
拳の中にあったガムランボールを放り捨て、身体を翻すと、
「ハル、私と一緒においでッ!」
ハルの手を取り、駆け足で部屋を飛び出していった美穂。
その背中に、
「このバカっ!分からず屋ッ!もう勝手にしなさいッ!」
珍しく声を荒げ、廊下にまで聞こえる声量を張り上げる久美。
ひと呼吸置くも、まだ言い足りないという様子で、再び、
「その甘さが命取りになるかもしれないのよッ!戦士として非情に徹しなさいッ!」
続けて声を張り上げるも、駆け出していった美穂からの返事は無し…聞こえてくるのは遠のいていく足音だけだ。
(つづく)