太陽戦隊ヒナタレンジャー ―虹色の戦士たち―












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episode-9 『恐怖の蟻地獄!地底への招待状!』
前編
 それは、とある日のこと。
 この星を悪の魔の手から守り戦う戦士たち・ヒナタレンジャーの本拠地であるヒナタベース、そこに一般隊員として従事している竹内希来里は、非番の日を利用し、愛犬の散歩に出かけていた。



 向かったのはドッグランを併設した広大な市民公園、日向公園。
 大の犬好きで知られる希来里。
 そこで愛犬の「そら」を遊ばせ、無邪気に戯れては束の間の癒やしを得る。
 そして、いい汗をかいたところで、日陰に入り、ベンチで休んでいたところ、ふいにそらが、

「ワンっ!ワンっ!」

「ん?どうしたの?そら…」
 普段あまり聞かない吠え方に首を傾げる希来里。…と、次の瞬間、

 ゴゴゴゴゴっ…!

(…!)
 突然の地面の揺れ…地震だ。
「そ、そらッ…!」
 ふらつきながらも、とっさにそらを抱き上げて懐に守り、腰掛けていたベンチで伏せる希来里。
 なかなか大きな揺れ…。
 チラッと周囲に目をやると、ジョギング中だった人や、芝生広場でボール遊びをしていた親子連れ、カップルも慌てふためいている。
 なおも希来里の胸の中で鳴き続けるそら。
 そんな愛犬を守るように抱きしめながら、
「そら、大丈夫っ…!怖くない…怖くないよ…!」
 と安心させるように繰り返していた希来里だったが、そんな彼女も、ある一点で視線を留めて愕然としてしまった。
 なんと、この公園のシンボルでもある高さ5メートルほどの時計塔がゆらゆらと傾き、そしてゆっくりと地面に沈んでいくではないか。
(ど、どういうこと…?)
 やがて揺れは収まり、
「…ふぅ…」
 と安堵の溜め息をついたのも束の間、すぐさま視界から消えた時計塔へ駆け寄る希来里。
 すると、
「え…!な、何これ…!」
 ついさっきまで愛犬を走らせていた平坦な地形に出来たすり鉢状の穴。



そして、おそるおそるその穴の中を覗き込むと、その底には針の止まった時計塔の上部だけがひょこっと顔を出して土に埋まっていた。
(ど、とういうこと…?地盤沈下…?)
 困惑のあまり、さらにもう一歩、足を踏み出して覗き込もうとしたところで、すかさず足元のそらにスカートを咥えられて引き戻された希来里。
 それで我に返り、
「そ、そっか…こんな穴、滑って落ちたりしたら大変だもんね…」
 慌てて一歩下がり、少し考えた結果、ひとまずヒナタベースに報告することにした希来里。
 受けてくれたのは通信係の高橋未来虹で、
「…ちょっと一旦そのまま待っててね」
 と、なぜか神妙な口調で待たされ、電話口の向こうで、二三、やり取りがあった後、
「…お待たせ。至急、先輩たちに向かってもらうから、そのままそこで待機してて」
「はい、分かりました」
 と返事をした希来里。
 それから、足元のそらの頭を撫でたり、抱き上げたりして時間を潰していたが、そのまま10分が経過して、ふと、
(…先輩たち、来るの遅くない?)
 と首を傾げた。
 ヒナタベースからこの日向公園までは歩いても10分程度の距離。
 マシンで駆けつけるならもっと早く着くだろうに、なかなか姿が見えない。
 そして、それからさらに10分、報告を入れてから20分してようやく、松田好花と河田陽菜、そして何やらトランクケースを提げた高瀬愛奈の三人が現場に到着。 
 駆け寄ってくる三人の姿が見えると同時に、
「先輩!こっちでーす!」
 と手を上げて誘導する希来里。
 出会い頭は普段の優しい先輩の顔つきだった好花と陽菜だが、問題の穴に近づくにつれ、徐々に真剣な眼差しになっていく。
 そして、その後ろで提げていたトランクケースを開け、中に詰めていたドローンを操作して空に飛ばす高瀬。
 巧みな操作で大穴の上空にホバリングさせ、積載したカメラで穴を空撮。
 それで撮れた映像は、同じくトランクケースに詰めてきたタブレットで見ることができる。
「…どない?」
 とドローンを操作しながら問う高瀬に対し、タブレットに映るその映像を左右から頬をくっつけるようにして覗き込んでいた好花と陽菜が声を揃えて、

「…似てますね。さっきのところと」
「同じ現象だと思います」

「さ、さっきの…?同じ現象…?」
 きょとんとする希来里に対し、好花が、
「実はな。この不審な穴…今日で三個目やねん」
「さ、三個目…?じゃあ、他の場所でも同じことが…?」
 驚く希来里に対し、頷いて返す好花。
 そして陽菜が、
「1つ目は今から二時間ほど前、北街区の空き地に、突然、穴が空いて放置されていた土管が沈んだ。そして2つ目は一時間前、東街区の児童公園にも穴が出来て、遊具のブランコが沈んだ。そして、そこを調査している最中、ここでも穴が出来たと聞いて、飛んできたの」
 なるほど…だから到着するまで時間がかかったというワケか。
 そして、この短い頻度で相次いで発生した不審な地震とすり鉢状の穴…ここまでくると自然に、

(これは、もしや…)
(ヒラガーナの連中の仕業では…?)

 という予感とともに目を見合わせる好花と陽菜。
 すると、そこで高瀬のケータイが鳴り、
「はい、もしもし。…え?次は西街区…?場所は?うん…うん…西小学校の校庭ね。了解。今すぐ、このちゃんと陽菜と向かうわ」
 と、また新たに別の場所にも同様の穴が出来た模様。
 おそらく希来里の報告も、このような感じで連絡がいってたのだろう。
 結局、この日は、一日で四ヶ所、地震とともに地面にすり鉢状の大きな穴が出来た。
 調査に追われた高瀬たちの見立てでは、その四ヶ所の穴に関連性は大いにあると断定。
 怪事件の陰にはヒラガーナの姿あり…また連中が、何か良からぬことを企んでいる可能性が高い。


 その日の夜。
 早速、ヒナタベース内にて対策会議が開かれた。
 ホワイトボードに貼られた4枚の写真…高瀬が操縦したドローンからの空撮写真の引き伸ばしを比較するかぎり、どれも形がすり鉢状で酷似しており、誰がどう見ても同一犯の仕業。
 それを踏まえて、
「ヒラガーナの連中以外にこんなことが出来る者はいないと思います」
 と改めて断定した好花は、さらに続けて、
「幸い、今日のところはまだ人的な被害は出ていません。が、これが明日以降も頻発すると、そのうち、人が穴に転落して怪我をしたり、さらには穴の底に飲み込まれてしまうなんてこともありえます」
「飲み込まれる…?その危険があるということ…?」
 と問う金村美玖に対し、目を移して頷き、
「現に、土管やブランコ、日向公園の時計塔が埋没した。だから、たとえば地震が起きて、この不審な穴が出来る瞬間、ちょうどその上に人が立っていたとすると…」
「なるほど。そのまま穴の底に引きずり込まれるってことね」
 と理解したのは隊長の佐々木久美。
 さらに久美は、ホワイトボードを見据えるように視線をやり、
「この四ヶ所の穴…時系列順に見ていくと、まずは北街区の空き地で土管が埋没…次に東街区の児童公園でブランコ、日向公園で時計塔…4つ目の西街区の小学校の校庭では埋没したものはなかったけど、そのぶん、前の3つに比べると円周が少し大きい…これはつまり…」

「何かに向けて着々とテストしている段階という感じがありますね」

 と、結論を奪うようにして口にしたのはリーダーの小坂菜緒。
 その意見に久美も頷き、さらに、
「今日の4つは、空き地に公園、校庭と、どれも地面が土のところに出来ている。でも、これがもし、アスファルトやコンクリートの地面にも同じように穴を作れるとしたら…」
 作りだす穴の直径次第では一軒家、ビルなど、建物ごと穴に沈めることも可能かもしれない。
 そんな大惨事を、各自、頭で想像したことで、おのずとシーン…となってしまった会議室。
 そして、その沈黙を切り裂くように、
「とにかく…一刻も早く連中のシッポを掴んで、ヤツらの野望を阻止するしかないわ。これ以上、被害が大きくなる前に…」
 と結論を出す久美。
 まだ今はそれぐいのことしか言えない。
 十中八九、ヒラガーナの仕業だろうが、実際に誰が実行犯かも分からなければ、あんな穴を作りだした仕組みすらも分かっていない。
 現状、分かっているのは、ただ一つ…これで終わりの筈がないという嫌な予感だけだ。

 ……

 翌日。
 早速、久美の懸念したことが現実となった。
 街にまた新たに出来たすり鉢状の穴…そこに今度は電信柱が埋没し、電線が切れたことで約80戸で停電が起きた。
 その一報を受け、マシンを駆って現場に急行した小坂菜緒と渡邉美穂。
 昨日と同様、すり鉢状の穴の底に埋まった電柱を見て、
「くそっ…!ヒラガーナのヤツら…!」
 と舌打ちをする美穂だが、すぐさま、
「危ないので下がってくださーい!」
 と、ヘルメットを被った作業員に下げられてしまった。
 そして、その去り際にチラッと穴の方を振り返って、
「まずいよ、美穂…見て」
 菜緒が指差したのは地面。
 昨夜、久美が指摘していた通り、いよいよ土だけでなく、アスファルトの下からでも穴を空けられてしまった。
「あの穴は、多分、アスファルトの下からでも穴を空けられるかどうか試したんだ」
「で、成功した。そうすると、またさらに味を占める可能性があるね」
「こうなると、もう、見えるもの全てがヤツらの標的ね」
「突然、地面が割れて穴が出来る上、肝心の狙いが何かも分からないんじゃ、防ぎようないじゃんッ…!」
 と、お手上げ状態で苛立つ美穂に対し、菜緒はまだいくらか冷静で、
「あのすり鉢状の穴だけど…形状からして、おそらく下から作り出している筈…となると、作り始めた瞬間は、その術者が穴の底にいるということになる…」
 それを聞いて、
「なるほど…!ってことは、そいつを引っ張り上げて倒せってことか」
 と納得する美穂だが、菜緒はすぐに付け加えて、
「その瞬間に運良く出くわすことが出来れば、だけど…」
 もちろん、それが出来れば苦労はない。


 さらに昼過ぎになって、とうとう恐れていた人的被害まで出てしまった。
 次に穴が出来たのは、裏通りの道路上。
 そこに運悪く、バイクで走っていた青年が滑り落ちてしまったのだ。
 転倒し、まるでアクションスタントのように斜面から転げ落ちるバイク乗りの青年と愛車のオートバイ。
 そのまま穴の底まで転げ落ち、動くなくなった青年の身体は、カウルが大破した愛車もろとも、ゆっくりと地中に沈んでいった。
 すぐさま救助隊が駆けつけたが、その時点でもう穴の底には土砂しか見当たらず、救助活動のしようがなかった。
 そして、同じく知らせを聞いて現場に駆けつけた金村美玖と河田陽菜も、その絶望感が漂う悲痛な空気を感じながら、
「土管にブランコ、時計塔、電柱と来て、いよいよ人間も…」
「次は何が狙われるんだろう…」
 候補が無数にありすぎて、皆目、見当もつかないし、それを先読みすることが出来なければ防ぎようもない…。 


 そして夕方。
 何か糸口を掴むべく、パトロールに精を出す富田鈴花と松田好花。
 ただし、パトロールといっても、あてもなくマシンを駆って街を走るだけで、果たして意味があるかと言われれば微妙なところだが、それでも被害報告が届くまでじっとしていて後手後手に回るよりはマシだ。
 そして西街区を流していた時に無線が入り、一旦、マシンを路肩に寄せた二人。
 報告を聞き終えた好花は肩をすくめ、
「…またや。次は南街区にあるフットサルコートで大穴が発生。そこでフットサルをしていた人たち3名が穴の底に呑み込まれて安否不明…」
「くそー…南街区だったかぁ…」
 ヤマ張り失敗といったところ。
「そのうち、10人、20人と被害者も一気に増えていきそうだね」
 と、そんな物騒なことを真剣な表情で言い、溜め息をつく鈴花。
 これ以上は何とかして食い止めたい…が、あいにく食い止める手段がない。
「…とにかく走ろう。ここでじっと止まっているよりは動いてる方がまだいい」
 と言い、藁にもすがる思いで再び走り出す二人。
 大通りから住宅街まで、まるで新聞配達でもしているかのように走り回るも、依然、自分たちの前では何も起きない。
(こうしてる間にも、連中は次の標的を定め、どこかでまたあの奇妙な穴を作り出す…!)
 そんな焦燥感のせいで、涼しい風を浴びても何ひとつ心地よくない。
 一丁目、二丁目と周回して再び大通りに戻ると、さっきは左に曲がった道を次は右へ。
 理由は特にない。
 とにかくローラー作戦のように街を走り回り、その目の前で何か進展があるようなことが起きないかと淡い期待をしているだけ。
 三丁目、四丁目…そして、五丁目に差し掛かり、前の赤信号で停まったところで、ふと、

 ゴゴゴゴゴっ…!

(…!)
 咄嗟に地震と察した二人。 
 そして次の瞬間、

 ピシッ…ピシピシッ…!

(…!?)
 二人の停めたマシン手前までアスファルトに亀裂が入り、地割れとともに停止線の最前列で停まっていた乗用車の車体がつんのめるようにして前に傾いた。
 反射的に、

(あ、危ないッ!)
(落ちるッ!)

 と直感した二人。
 それと同時に、
「わぁぁぁッ!」
「きゃぁぁッ!」
 滑り落ちていく乗用車の中から聞こえた車内の夫婦の阿鼻叫喚。
 それと同時に、歩道の歩行者信号で信号待ちをしていた女子高生二人組も、地震の揺れで足をとられたまま、引き込まれるように穴の斜面を滑り落ちていった。
「きゃぁぁッ…!」
「た、助けてぇッ!」
 と、車内の夫婦よりさらに鮮明に聞こえた女子高生たちの甲高い悲鳴。
 その一連が全てスローモーションのように見えた二人だが、さすがは戦士たち。
 立ちすくむこともなく、すかさず腕をクロスし、声を揃えて、

「ハッピー…オーラっ!」

 その掛け声とともに二人のブレスレットから、それぞれ、緑色と紫色の光が煌めき、好花はヒナタグリーンに、鈴花はヒナタパープルに変身完了。
 そしてグリーンは、跨っていたマシンから飛び降りるや、
「グリーンウィップ!」
 と、自身の専用武器である緑色のムチを取り出し、それをカウボーイのように眼下の穴の中へ投じた。
 そのムチが斜面を滑落する女子高生たちの身体に巻きつくと同時に、
「ふんッ…!くっ…!」
 踏ん張るようにして懸命に引き上げるグリーン。
 一方、パープルも、声高らかに、
「パープルチェイサーっ!」
 その掛け声で、跨っていたマシンが紫色の閃光を放つと同時に、ヒナタパープル専用の高性能マシン・パープルチェイサーに変形。
 すかさずドリフトターンで反転し、そこで手元の黄色のスイッチを押せば、マシン後方のマフラーからワイヤーが発射され、それが穴に落ちていく乗用車にスルスルと巻きつく。
 眼下の小さなモニターに「LOCK!」と文字が出たのを見るや、パープルチェイサーのアクセルを全開に回すパープル。

 ブォォォォン…!

「くぅっ…!」
 最高時速300キロオーバーを叩き出す馬力 vs 斜面を滑落していく乗用車の重み。
 強靭な素材で作られたワイヤーがピンと張るほどの一進一退。
 その間にグリーンはどうにか滑落した女子高生たちを地上まで引き上げることに成功し、巻きつけたムチをほどくと、
「すぐにここから離れてッ!早くッ!」
 と避難させる。
 そしてパープルも、さらにもうひと捻り、アクセルを回すと、

 ズズズ…ズズズズズ…!

 まるで牛車のごとく、ゆっくりと斜面を登る乗用車。
 まず後輪が地上に…そして、前輪も地上に上がって車体が平行になったところで、すかさず穴の縁に駆け寄ったグリーン。
 素早く腰のホルスターから光線銃ヒナシューターを抜き、その眼下のすり鉢状の穴の底めがけて、
「シューターっ!」
 放たれた緑色の光線は、穴の底に当たるとともに小爆発を起こし、それと同時に、

「ぐわぁッ…!」

 と舞い上がった煙の中から野太い呻き声が聞こえた。
 それを聞いて、
(やっぱり底に何かいるッ!この穴を作りだしたのはコイツの仕業だ!)
 と確信したグリーン。
 再び武器をグリーンウィップに持ち替え、その先端を捕獲形態の投げ縄に変えて、再度、穴の中に投じる。
 ムチを持つ手に重みを感じた瞬間、
(よし!掛かった!)
 あとは引っ張り上げて成敗するだけ。…だが、これがなかなか上がってこない。
 重さも、さっきの女子高生たちの比ではなく、
「くっ…くぅッ…」
 アスファルトの上で踏ん張り、懸命にムチを引っ張るグリーン。
 そしてそこにパープルチェイサーから降りてきたパープルも加勢。
「くっ…!」
「お、往生際の悪いヤツっ…!」
 まるで綱引きのように二人がかりで引っ張るグリーンとブラックだが、相手も抵抗しているのか、引いたと思ったら逆に引っ張られて一進一退。
 そんな中、次第に先ほどヒナシューターを当てた際の爆発で舞い上がった煙が晴れ、いよいよ敵の出で立ちが明らかに。
「や、やっぱり…!」
「ヒラガーナのモンスター…!」
 すると、目が合った瞬間、そのバケモノは腕の先に持つハサミで身体に巻きつくムチを、

 …チョキンっ!

「きゃッ!」
「わっとっと…!」
 ムチを切断され、それまで力任せに引いていた勢いあまってバランスを崩し、足を滑らせる二人。
 戦士の反射神経で何とか受け身をとり、無様に背中からアスファルトに叩きつけられて後頭部を強打することは回避。
 そして起き上がった二人は、すぐさま、再び穴の縁に駆け寄って斜面を見下ろすも、底から這い出ていたバケモノは、
「シュワシュワシュワシュワ…」
 と奇妙な鳴き声とともにゆっくりと穴の底に潜っていった。
「ま、待てッ!」
 慌ててヒナシューターを抜き、
「シューターっ!」
 と紫色のレーザー光線を放ったパープル。…だが、時すでに遅し、煙を巻き上げただけでヒットした様子はなく、その煙が晴れた後は、穴の底はもぬけの殻。
「しまった…!」
「逃げられた…!」
 舌打ちをするグリーンとパープル。
 あのまま引き上げて倒していれば…千載一遇のチャンスを逃した二人は、なおも未練たらしくその足元に出来たすり鉢状の穴をしばらく恨めしそうに見つめていた。


 仕留め損ねた悔しさを残したまま、ヒナタベースに帰還した二人は、開口一番、
「誰か、絵に自信ある人ー!」
「ちょっと描いてほしい絵があるんだけどー!」
 と呼びかけた。
 それに対し、
「ん?私、描こっか?」
 と、真っ先に振り返ったのは先輩の影山優佳だが、
「い、いや…カゲさんはちょっと…」
「その…タッチが合わないかもしれないんで…ね…?」
 日頃、ヒナタベースに遊びに来た子供たちとお絵描きで遊んでいる時の彼女の画力を知っているだけに、やんわりと拒否し、代わりに、
「…あ、美玖!ちょうどいいところに!」
「美玖、ちょっと描いてよ」
 と、仲間内でもわりかし絵が上手なイメージの金村美玖に頼んで自分たちの記憶を頼りに絵を描いてもらうことにした。
「えっと…体色は黒っぽくて…目が大きくて…」
「両手の先がハサミのようになっていたようにも見えた。あと、角もあった気が…」
 と、先ほどチラッとだけ見たバケモノの特徴を次々に伝える二人と、それを受けて黙々と絵を描いていく美玖。
 その様子を、久美や菜緒、他の仲間たちも何事かと寄ってきて、じっと見守っている。
 そして半時間ほど費やし、
「こんな感じ…?」



 完成した絵を見せた美玖に、
「そう!そんな感じ!」
「さすが美玖!」
 と納得の二人。
 これが今回の一連の怪事件、次々にすり鉢状の穴を作っている首謀者の姿。
 そして、その出来た絵を仲間たちで回し見し、最後、久美の手に渡ったところで、 
「この外見…どうやらアリジゴクをモチーフにしたモンスターのようね」
「アリジゴク…?」
「うん。すり鉢状の落とし穴を作ることで有名な昆虫の名前よ。えっとね…図鑑、図鑑…」
 と本棚から昆虫図鑑を出してくる久美。
 普段は遊びに来た子供たちに大人気のその図鑑。
 それでアリジゴクのページを開いてテーブルに置き、それを円になって覗き込む戦士たち。
 なるほど、確かに美玖が描いた絵に通ずる見た目をしているし、その習性を踏まえて考えれば、すり鉢状の穴を作るという今回の怪事件も合点がいく。
「次はアリジゴクのモンスターか…」
「手強そうだね…」
 と言い合う美玖と丹生。
 そして何より、

(それにしてもヤツら…こんなモンスターを生み出して、次はいったい何を企んでるの…?)

 これは久美も含め、その場にいる戦士たち全員共通が抱いた疑問だ。

 ……

 その夜…この惑星某所に作られた秘密のアジトに響くヒールの音。
 通路ですれ違うたび、
「イーッ!」
 と次々に敬礼するガーナ兵たちに道だけ譲ってもらっては目もくれず、ツカツカと傲慢に歩みを進めるのは今回の暗躍で指揮を執るヒラガーナの大幹部、イグチ魔女。
 そして、そのまま、このアジトのメインルームにも足を踏み入れた彼女だが、そこはなぜか無人でもぬけの殻。
「はぁ…」
 肩をすくめ、
「アントリオン!…アントリオンっ!上司の私が来てるのよ!出てらっしゃいッ!」
 と声を上げたのを合図に、

 ゴゴゴゴゴっ…!

「きゃッ…!」
 突然の揺れに足をとられ、思わず尻もちをつくイグチ魔女。
 そして、地面からひょこっと顔を出し、
「ここにおります」
 と這い出てきたアリジゴクのモンスター・アントリオンを、
「もぉッ!出てくるなら普通に出てきなさいよ!尻もちついちゃったじゃないの、このおバカっ!」
 と叱りつけ、
「それより作戦の進捗はどうなの?テストは順調かしら?」
「はい。昨日よりテストを重ね、着実に蟻地獄の精度…円の広さ、作り上げるスピード、そして深さ、どれも増しております」
 と報告するアントリオンに対し、
「アスファルトの下からでも問題ないのね?」
 と念を押すイグチ魔女。
 それに対してもアントリオンは頷き、
「はい。もちろんでございます。アスファルトだろうと地割れで砕き、何もかもを呑み込む巨大蟻地獄を作り上げることが可能です」
「そう。それを聞いて安心したわ」
 と不敵な笑みを浮かべるイグチ魔女。
 ゆっくりと身体を起こし、尻餅の下敷きにしたマントの汚れを払うと、
「これをご覧なさい、アントリオン」
 と差し出したのは、この星の一大工業地帯、ひなたコンビナートの地質の調査図。
 そして、
「その図の丸をつけているところ…そこに大きな蟻地獄を作れば、たちまち、ひなたコンビナートは崩落し、ガスタンクが爆発して一瞬にして火の海よ!この『コンビナート破壊作戦』を、今週末をメドに、必ず成功させなさい!」
「はい!かしこまりました!あと数回、テストをすれば、コンビナートを破壊できるサイズの蟻地獄を確立できることでしょう!それを、この図に示されているところに作り始めたその瞬間、コンビナート破壊作戦の成功が約束されるのです!」
 と威勢よく返事をするアントリオン。
 …そう。
 今回、ヒラガーナが企んでいる計画は、まさに今、イグチ魔女の口から語られた通り、ひなたコンビナートを破壊することだ。
 コンビナートが機能しなくなれば、この星の産業は完全にストップし、たちまち人々はパニックを起こすだろうし、何より、大火で崩れ落ちるコンビナートの一帯は地獄絵図と化し、逃げ惑う人間たちの姿が拝める筈。
「フフフ…絶望して崩れ落ちる人間どもの表情…これが私は好きで好きでたまらないのよ!」
 と性悪な笑みを浮かべて口にするイグチ魔女。
 壁のモニターを点ければ、そこに映しだされる標的のひなたコンビナート。
 今はまだ静か…だが、それを見ながら、
「フフフ…今に、このコンビナート地帯が、今週末には炎に包まれ、ド派手な花火と化す。その日が楽しみだわ。オーッホッホッ♪」
 その高笑いが、薄暗いアジト内にけたたましく響き渡った。


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2024/08/04(日) 02:55 )