後編1
一方その頃、スタート地点。
てっきり鈴花が一番乗りで再び姿を見せてくれると期待していた久美たちだが、その期待はあっさりと裏切られ、鈴花ではないライダーたちが続々と目の前を駆け抜けて二周目へと入っていった。
それを見送りながら、
「おーい、すずちゃーん…何やってんだよぉ…!」
「全然、戻ってけぇへんなぁ…どうしたんやろ…?」
と、なかなか姿を見せない鈴花に加藤史帆と高瀬愛奈が愚痴りだす始末。
そして、また次のライダーが二周目に入っていったが、これも鈴花ではなかった。
その次も違う。
さらにその次も違って、やがて十台目を越えたあたりで、とうとう久美が、
「…おかしい…鈴花にしては遅すぎる…」
と言い出した。
いわば自身が鍛えた戦士の一人…運転技術に長けているのを知っているし、それがどれほどの腕前かも知っているだけに、さすがに違和感を覚え始めたのだ。
そして、隣の菜緒に、
「出走したのって全部で何人いたか覚えてる?」
と聞くと、菜緒は、
「確か…鈴花を含めて16人だったかと…」
そこでまた次のライダー、鈴花ではないライダーが通過したのをチラッと確認し、
「全部で16人…今ので11人目だから…」
目を細め、向こうの最終コーナーを見据える久美。
次に見えてきたのは連なった三人のライダー。
お世辞にも速いとは言えず、少なくとも上位のライダーとはかなりの技術の差があるように見えたし、もちろん鈴花と比べても数段下だと感じた。
何なら最下位争いぐらいの三名で、
(いくら女でも、鈴花があれより下なんて尚更おかしい…)
と感じた久美。
そして、その後はもう、最終コーナーからは誰も見えてこなくなった。
それを踏まえて、
(やっぱり、さっきの三人がワースト3…となると、鈴花と、あともう一人、まだ帰ってきてない者がいる…!)
妙な胸騒ぎが確信に変わった瞬間、
「菜緒っ!私と一緒に来てッ!」
と声をかけ、応じた菜緒とともに早足で本部のテントへ向かった久美。
着くなり、サングラスを外すのも忘れて、なかなかの剣幕で、
「今やってるレースで、負傷者の情報って入ってませんか?」
「負傷者…?いえ、出ていませんが?」
あっけらかんと答えるスタッフを久美はさらに詰めて、
「このレースって、コース上に道案内みたいなものは設置してあるんですか?出場者が間違った道へ進んでコースアウトするような可能性はありませんか?」
と聞くと、
「それはありません。未舗装のオフロードコースなのでいくつか分岐点ととれるところもありますが、それらの場所にはちゃんと矢印つきの立て看板で今回のコースを示しています」
「━━━」
説明を聞き、考え込む表情で黙り込んだ久美。
その間を埋める形で、続いて菜緒が、
「出場者の一覧みたいなものってありますか?」
「ええ、ありますよ。ちゃんと氏名とゼッケン番号で管理しております」
「それをちょっと見せてもらえませんか?」
「ええ、構いませんよ」
と言ってプリントを綴じたバインダーを差し出すスタッフ。
それを受け取り、目を通す菜緒だが、ふと眉をひそめ、首を傾げて、
「出場者って14人ですか…?」
「ええ。計14名、そちらに載っている方々で、現在、レースを行っています」
「男性ばかりですね?」
「そうです。全員、男性です」
「私の友人の富田鈴花という女性がゼッケンを貰って出場してる筈なんですけど」
「トミタ…?いえ、存じ上げませんね。レースの出場者は、全員、男性です」
とスタッフは言い張り、
「もういいですか、それ」
と取り上げるように名簿も回収されてしまったが、こうなってくると菜緒たちも引き下がれない。
菜緒に代わって再び久美が、
「本戦出場に向けて、事前に予選が行われてましたよね?」
「ええ、予選は確かにしましたよ。実際の走りを見た上で、ある程度、人数を絞ってやらないと事故が起きては困るので」
「予選B組でトップ通過したのは何という名前の方ですか?」
「予選B組…ちょっと待ってくださいね…」
とスタッフは名簿に目をやり、
「予選B組のトップは、キシマナブという方ですね。なかなかの好記録です」
「キシマナブ…?おかしいですね。今言った富田鈴花という女性が、予選B組でトップ通過して本戦出場のゼッケンを貰ったと喜んでいたのを私たちは確かに聞いたし、実際にそのゼッケンも見たんですけど?」
顔色を覗き込むように聞く久美に対し、そのスタッフは少し黙った後、
「…その女性が、本当は予選落ちなのに、あなた方の前でいいカッコをしてハッタリを言ったんじゃないですか?」
「ゼッケンを着けていたのはどう説明します?」
「そんなのはいくらでも偽造できるでしょうに」
と吐き捨てるようにスタッフは言い、そして、
「とにかく、そんな女性は知りませんし、現にレースはこの名簿の14名で行われています。疑われるのなら、まもなく先頭の方から順にゴールされますので帰ってくるライダーの数をご自身で確認してください」
それ以上の押し問答はシャットアウトと言いたげに話を終わらせたスタッフ。
それに対して何か言いかけた菜緒だが、それを止めた久美。
そして最後、
「…分かりました。おっしゃる通り、おそらく帰ってくるのは14名なんでしょう。レースが終わったら、この娘にコース内を調べに行ってもらいますし、私も再度ここに来ます。その時には、我々の仲間が撮影した、その富田鈴花という女性がゼッケンを着用して間違いなくレースに参加していた証拠の写真を持ってきます。食い違いの解決はそれからにしましょう」
と宣戦布告じみたことを口にして、菜緒を促してスッと背を向けた。
あえて振り返りはしなかったが、それでも、そのスタッフの顔が引きつったであろうことは見ずとも分かった。
……
スタート地点の脇に陣取った仲間たちの元に戻った久美と菜緒。
レースの終了にもはや関心はなく、上位三人の表彰式などが行われている傍ら、開口一番、
「このサーキット内でヒラガーナの連中が暗躍している可能性が出てきた」
と仲間たちに切り出し、そして、先ほど宣言してきた通り、菜緒と好花、そして絶えず鈴花のマシンの整備に携わっていた陽世の三人を、早速、レース後のコース内の調査へ向かわせた。
そして自分は、
「おたけ。そのカメラを持って私と一緒に来て」
と、まずはカメラを首から提げた彩花を。
そして、さらに史帆と高瀬も誘い、その二人には、
「身体、なまってないよね?」
と暗に今から戦いが起きることを示唆。
それに対し、
「もちろんっ!」
「やったんでぇ!」
と意気込む二人。
そして、今度は四人で再び本部テントに出向くと、案の定、先ほどのスタッフは逃げだしたように姿を消していた。
すぐさま別のスタッフを捕まえ、
「さっきまでここにいた少し小太りの人、どこ行きました?」
と聞くと、
「多分、向こうのプレハブに休憩しに行ったんだと思いますが」
「どうも」
そして、その、スタッフが小休止に使うとされるプレハブへ。
プレハブが見えてきたところで、ちょうど、その尋ね人の小太りスタッフを発見。
明らかに周囲を警戒しながらプレハブに入っていったのを確認し、アイコンタクトで散らばる四人。
そして数分。
スタッフTシャツの上からウインドブレーカーを羽織り、まるで自分がスタッフであることを隠し、ギャラリーの中に紛れ込むためのような変装をして出てきたその小太りスタッフの前で、
「あ、いたいた。探しましたよ。お兄さん」
と、わざとらしく声をかける久美。
彼のぎょっとした顔を無視して、
「さっき言ってた写真、持ってきましたよ。ほら…ゼッケンを着けた私たちの仲間が出走する瞬間…」
とカメラのモニターに映る当該写真を突きつけた瞬間、
「…チッ!」
舌打ちとともに、その小太りスタッフが久美の前から逃げ出すように駆け出した!…が、その前に、
「行かせないよッ!」
プレハブの陰から飛び出して進路を塞ぐ彩花。
「くっ…!」
ならば反対側と振り返った先でも、
「こっちもアカンで!」
と高瀬が通せんぼ。
「お、おのれ…!」
「逃げ出そうとするってことは、ますます怪しいわね」
こうしてプレハブを背に、久美、彩花、高瀬にトライアングルで囲まれた小太りスタッフ。
そして最後は、
「とぉッ!」
とプレハブの屋根から颯爽と飛び降りてきた史帆が小太りスタッフを羽交い締めにして捕獲完了。
「くっ…は、離せッ…」
必死にもがくも、史帆の馬鹿力には敵わない。
そして、男を囲む輪をどんどん狭め
「さしずめ変装したガーナ兵でしょ?モトクロスのレースに紛れ込み、コソコソと裏で何を企んでるのか、洗いざらい喋ってもらうわよ…!」
強い眼差しで男の顔を見据える久美。
さすがは先代の戦士たち。
実に鮮やかな一幕である。
……
一方。
レースが行われていたコースを歩く菜緒、好花、そして陽世。
足元には、ついさっき二周にわたって駆け抜けたバイクのタイヤ痕が無数に残っている。
未舗装ゆえに土でデコボコしているし、コーナーも自然のバンクとなっていて、
「こんなとこ、鈴花じゃないと走れないね」
「確かに」
と、ついつい、そんなことも漏らしていた菜緒と好花だが、やがて分岐となるポイントに到着。
傍らの立て看板の矢印で順路を示してあるが、かといって、もう一方のコースにロープなどが張られているワケではない。
つまり、走りながら看板の矢印の向きを確認し、その方向に進まないと自然にコースアウトとなってしまう。
その矢印が左に向いているのを確認し、
「左やってさ」
と、従って歩きかける好花だが、そこですかさず、
「待って!」
と呼び止めた菜緒。
その声で立ち止まった好花が振り返ると、菜緒は身を屈めて、じっと地面を見ていた。
「どうしたん?」
と聞くと、
「見て、好花。ほとんどのタイヤ痕が矢印に従って左に向かってるのに、2本だけが右に向かってる…」
確かに菜緒の言う通り、2本のタイヤ痕だけが進路ではない右に曲がっている。
さらに陽世も身を屈め、そのタイヤ痕をじっと眺めて、
「この2本のタイヤ痕…1本は鈴花さんのバイクかもしれません…!」
出走直前まで整備していた彼女の証言には説得力も充分だった。
さらに好花が立て看板を調べると、
「あ!見て!この看板、ネジが外れてるわ!」
駆け寄って確かめると、確かに一箇所、柱の木に板を留めるネジが外れていて、板がブラブラしている状態。
その板を難なく反転させて、
「こうやったら、一見、右を指してるようにも見えるなぁ」
「で、標的を誤誘導した後、矢印を元の方向に戻しておけば後続のライダーは予定通り左へ進む。レースを止めずに、標的だけをまんまとレースから離脱させられる…ってことね」
と、それらしきことが実際に行われたと、ほぼ確信の状態で話し合う二人。…と、そこに、
「イーッ!」
奇声とともに小高い丘の上から現れるガーナ兵たち。
その出現に、
「どうやら今の私たちの予想は当たってるみたい…!」
「こんなに分かりやすい答え合わせはないね…!」
スッと戦士の目になって戦いの構えを取る二人。
奇襲をかけてきたガーナ兵たちと交戦開始だ。
「やぁッ!」
「とぉッ!」
群がるガーナ兵たちを軽快に薙ぎ倒していく二人。
そして好花は、華麗な身のこなしを見せながら、内心、
(ここでコイツらが襲ってきたということは、私たちにこの先に行かれたら困るということ…つまり、時間稼ぎ…!鈴花が危ないッ…!)
それを察すると同時に、
「菜緒ッ!ここは私に任せて!」
「OK!」
雑魚の相手を好花に任せ、陽世とともに誤誘導の道の先へ駆け出す菜緒。
今のワンラリーのやり取りで意思を汲み取れる抜群のチームワーク。
そして好花は、取っ組み合ったガーナ兵を蹴散らしたその流れで、
「ハッピー…オーラっ!」
腕のクロスとともに緑色の発光。
瞬時にヒナタグリーンに変身し、さらに身のこなしも軽やかに。
そして、先へ向かう菜緒と陽世の後を追おうとするガーナ兵に、
「グリーンウィップ!」
と専用武器のムチを投げ、駆ける脚を絡め取って転ばせる。
足を取られ、土の上を転がるガーナ兵。
さらに、続いて駆け出そうとするガーナ兵がいるので、
「とぉッ!」
華麗に宙返りで進路に先回りし、そして手を広げて通せんぼし、
「お前たちの相手は私。ここから先は行かせないッ!」
と戦士らしい見栄を切ったグリーン。
こうして、足止めに現れた筈のガーナ兵たちは、気付けば逆にヒナタグリーンに足止めをされていた。
(つづく)