前編2
赤土色のオフロード。
そこにみるみる近づいてくる轟音とともに、軽く宙を飛びながら疾走していくバイクの群れ。
巧みなハンドル捌きで鋭角にクリアしていくカーブ。
スタートの横並び一線から早くも数台が離され始めた中、トップをひた走るのは紅一点の鈴花。
まだほんのわずかのリードだが、これがカーブを繰り返すたびに少しずつ広がっていく…それぐらい鈴花はカーブを大胆に攻めていた。
そして、コース全体の1/3を過ぎたあたりだろうか。
そんな鈴花に…女になんて負けてられないと思ったか、アクセルを開きすぎた一台が土に取られて浮いた前タイヤを抑え込めず、横滑りするように転倒すると、それに並走していたもう一台も巻き込まれて転倒。
その衝突音にチラッとだけ後ろを気にした鈴花。
(怪我しないでよね。後味の悪いレースにしたくないから…)
と思う一方、耳に聞こえるバイクの走行音が明らかに数台減ったことで少しだけ気が楽になる。
なおもトップ快走の鈴花。
そして次のコーナー。
(…!)
目の前に見えてきたのは、Y字のような分かれ道。
オフロードのコースで舗装が無いため、どちらが正規のコースか分岐点に近づくまで分からない。
(どっちッ!?)
せっかくノッてきたこのスピードをブレーキで殺すのは避けたい。
そして、よく目を凝らすと、ひょこっと立っていた木の看板に「➡」の矢印が見えたため、それに従って右へ。
続いて、鈴花のマシンから遅れること3秒、次のバイクも鈴花に続いて右へ。
そして、そこから少し差が開いて次のバイク…が来る直前、その看板の後ろからスッと現れたのは、銀河征服を目論む侵略艦隊ヒラガーナ海賊団の雑兵であるガーナ兵…!
そして、そのガーナ兵は、看板の矢印に手を伸ばすと、なんと、矢印の向きを「➡」から「⬅」へと反転させてしまった。
そして、再び看板の後ろに隠れるガーナ兵。
すると、その瞬間、轟音とともに疾走してきた次なるライダー。
目に見えたまま、看板に従って分岐を左へ曲がっていくと、続いて現れた団子状態のライダーたちも次々に左へ。
そちらが本来のコースで先に進めば先ほどのスタート地点に戻る。
では、誤誘導で右へ進んだ先にあるものは…?
……
時は少し遡って、この前日。
宇宙海賊ヒラガーナの侵略戦艦にて、ちょっとした騒動が起きていた。
この海賊団のトップである船長ネルネル。
そのネルネルの船室に押しかけ、
「ネルネル様っ!これはいったいどういうことですかッ!」
と少々ヒステリックに上ずった声を上げたのは、大幹部という地位を持つイグチ魔女。
しかし、いくら大幹部とはいえ、全ての権限を有する船長に比べれば、当然、格下。
そして、そんな格下からの詰問に対し、
「ん?何が?」
と、目をくれず、爪を磨く片手間に聞き返すネルネル。
「何が?じゃなくてッ!なぜ私の知らないところで、あの女が勝手に動いているのかということですッ!」
「…よく分からないけど?あの女とは誰のことかしら?」
「あの女といえばあの女です!あの鼻につく泥棒猫ッ!」
と罵り、机を叩いて猛抗議をするイグチ魔女。
それでもなお、ネルネルはそんな訴えよりも爪先のオシャレに夢中の様子だが、イグチ魔女にすれば声が大きくなるのも無理もない。
異変に気付いたのは今朝…。
ここ最近、ヒナタレンジャーに邪魔をされてネルネルからの信頼を失いつつある彼女は、名誉挽回のため、同船内にある研究室に向かった。
その部屋の管理者は、悪の科学者、Dr.アモン。
彼の手によって造られる新たなモンスターは、全て、この部屋から産声を上げる。
そこに、前々日より頼んでおいた新たなモンスターの引き取りに向かったイグチ魔女だが、そこで彼女を待っていたのはアモンの、
「あぁ。悪いが、まだ出来ておらんよ。君のは、ベースとなる生物の遺伝子の抽出すらまだ出来ていない」
の一言。
その一言によって、意気揚々としていた表情が一変し、
「なぜ、まだ出来ていないの?前々日から頼んでいたのだから、出来ていた当然の筈でしょッ!?」
と、そこでもヒステリックになって理由を問いただしたところ、アモンは、
「私は私で、頼まれた順に取りかかっておる。今、出来たのは、君の一つ前に依頼されたモンスターじゃよ」
そう反論しながら機械のスイッチを押したアモン。
起動したのは最終圧縮機。
そして、
プシュゥゥゥ…
という音とともにスモークのように白煙が漂い、ゆっくりと開いた巨大カプセルの中から現れたモンスターは、確かにアモンの言う通り、見た目も何もかも、イグチ魔女が頼んだモンスターではなかった。
「くっ…!」
と歯噛みするイグチ魔女を尻目に、その生まれたての新モンスターの身体を最終確認し、
「…うむ、問題ない。完成じゃ」
と一言。
そして、それとほぼ同時に、
「アモンさーん♪私が頼んでたモンスター、出来ましたぁ?」
と入ってきた女の声に、イグチ魔女の眉間に皺が寄る。
「き、貴様…!メミー…!」
現れたのは、イグチ魔女と同格の大幹部という地位を持ち、彼女とは犬猿の仲の小悪魔メミー。
そんなメミーは、イグチ魔女の姿を見て、早速、
「あら、こんなところで何してるの?失敗続きのおバカさん…♪」
と満面の笑みから、嫌味の先制パンチ。
そして、そんな安い挑発には乗るまいとどうにか今のは聞き流し、
「なぜ貴様ごときがアモンにモンスターの製造を依頼する?話し相手でも欲しかったのかしら?」
と、負けじと嫌味を言い返したつもりだが、メミーは笑って、
「話し相手ならこんな戦闘タイプのモンスターを頼むワケないでしょ?相変わらずバカね」
と、あっさり言い返され、そして、
「ギャーギャー喚くのは勝手だけど、くれぐれも私の計画の邪魔はしないでよね?」
「なに?計画?どういうこと?」
聞き捨てならず、聞き返したイグチ魔女は、続けて、
「この星の侵略計画の担当は私。勝手なマネしないでちょうだい」
と一蹴すると、メミーは笑って、
「アンタ、もしかしてネルネル様から聞いてないの?この星の侵略計画は本日付でアンタと私の共同担当に変更。より多くの計画成功を収めた方の手柄とする。…に変わったのわよ?」
「な、何ですってッ!?」
蒼白、困惑、驚愕に激昂と、いろんな感情が入り混じった表情と声。
さらに追い打ちをかけるように
「あらあら。その驚きよう…どうやら本当に知らされてなかったようね。だったら、いっそ黙っておいて、知らないまま、ひっそり失脚していった方が幸せだったかしら?」
その可愛らしい見た目で作る愛らしい笑顔の裏で、目の奥は明らかに別の意味で笑っているメミー。
それに対し、
「き、貴様…今の話、ウソじゃあるまいな…?」
まだ半信半疑のイグチ魔女だが、メミーは余裕綽々で、
「疑うのならネルネル様に確認してきなさい。まぁ、取り合ってもらえればの話だけど…♪」
と言い、そして、
「それより、たいして用も無いならさっさと出ていってくれない?早速、今からこの子に私の考えた計画を吹き込んで、実行してもらうの。盗み聞きしてマネっこしようなんてセコいことは考えないでくれる?」
そう言われて、とうとう、
「き、貴様ごときの考える作戦になど興味はないッ!この私を見くびらないでちょうだいッ!」
と声を荒げたイグチ魔女。
そして、
「ネルネル様には改めて確認しておく。その間、一度ぐらいなら思い出作りに貴様の好きにさせてやるわ。ただし、醜態を晒しても知らないわよ…!」
と精一杯の捨て台詞とともにアモンの科学室を後にしたイグチ魔女だが、結局、その後、ネルネルの船室に押しかけて確認し、メミーの言った通り、この星の侵略担当がメミーとの共同に変更されたことを知った。
しかも、その去り際には、ネルネルから、
「こうやってテコ入れで済んだだけ、まだマシだと思いなさいね?普通、ここまで失敗続きだと、とっくに…ねぇ…?」
と、いろいろ意味が深そうな一言も…。
こうして、心中穏やかでないまま、ネルネルの船室を後にしたイグチ魔女。
(お、おのれ…ヒナタレンジャーさえいなければ、今頃とっくに…)
と、八つ当たりしたくなる気持ちは分からなくもない。
……
話を戻して、モトクロスレース。
フェイクの道案内に騙されているとも知らず、道なりに疾走を続ける鈴花。
やがて耳に聞こえる走行音は自分のマシンと、背後にぴったりつけているもう一台の二台ぶんのみとなり、そこでようやく、チラッと背後を確認。
(…やっぱり!)
思った通り、競り合うことになるのはあの黒ずくめのライダーだった。
現時点では鈴花の方がわずかにリードしつつ、ぴったり張りついて追尾してくるその不気味さに、
(どこで勝負を仕掛けてくるつもり…?)
万が一、ゴール目前で抜かれたりしたら悔しさが募る。
なので、そうはいくまいとコーナーのたびに背後の気配に身構えている鈴花。
未舗装のオフロード。
土を巻き上げながらの鋭角なドリフトでインに隙を与えない。
なおもチラチラと背後を気にしながらトップを…いや、トップだと思い込んで快走していた鈴花だが、背後への牽制から視線を進行方向に戻した瞬間、
(…!)
走路上に捉えた明らかに色の違う土の盛り上がりと、それを誤魔化すためのカモフラージュで植えられた雑草。
疾走中でも瞬時に感じた嫌な予感とともに、
「くッ…!」
コンマ何秒の判断で慌ててハンドルを切り、その雑草を避けようとした鈴花だが、どうにか前輪は回避できても後輪で踏んでしまった。
すると、その瞬間、
ドゴォォォン…!
轟音とともに一瞬で視界を覆う土埃…埋められた地雷の破裂だ。
「ちょっ…!なっ…!」
と声にならない声を上げ、爆風で振られるハンドルを必死に制御。
グラグラとバランスを崩して揺れだした車体を、どうにか必死にリカバリー。…するも、さらに続いて、
ドゴォォォン…!
ドゴォォォン…!
誘発されて次々に起こる爆発。
望まずして地雷原に迷い込んだ鈴花。
そして、
(ま、前が見えないッ…!)
ゴーグルの視界は粉塵一色。
やがて、次の爆発による爆風で前輪が浮き、それによってバランスを崩し、
「きゃッ…!」
悲鳴とともに、マシンから投げ出されるように宙を飛んだ鈴花。…だが、そこで咄嗟に身体をひねって受け身の体勢を取れたのは、戦士としての日頃の訓練の賜物。
そのままオフロードのバンクに叩きつけられて、
「痛ったッ…!」
顔をしかめつつも土の柔らかさが幸いして受けたダメージは背中を少し打った程度と最小限で、痛みよりもむしろ困惑が上回り、
「な、何ッ!?どういうこと!?」
気付くのが少し遅かったら最初の爆発を車体の真下でモロに受け、今頃、大怪我をしていただろう。
レースの夢中だった矢先の予想外すぎる展開。
そして、まだ粉塵が晴れない中、その中から近づいてくる轟音。
(ま、まさか…!)
と思った鈴花が次に瞬間に出くわしたのはそのまさか。
あの追尾していた黒ずくめのライダーのマシンが目の前の粉塵を切り裂いて現れた。
「くッ…!」
あわや接触…というところで、どうにか横に転がって回避。
そのまま再び粉塵の中に消えていったライダーだが、すかさず、その向こうでジャックナイフターンで反転した音が聞こえた。
(ま、また来るッ…!)
と察し、思わず、
「あ、危ないでしょッ!これはレースよ!何を考えてるのッ!」
と粉塵の中に声を荒げて猛抗議する鈴花だが、返ってきたのは反省ではなく走行音。
またしても粉塵の中からマシンが飛び出してきたのを、これも間一髪で回避し、たまらず、
「…やぁッ!」
気合いの入った声とともにジャンプ。
戦士の一員であるがゆえの人間離れした跳躍で、華麗な前宙とともに粉塵の中から脱出。
あっという間に土まみれになってしまったライダースーツ。
フルフェイスを脱ぎ捨て、中に押し込んでいたポニーテールの髪を靡かせながら、そのキノコ雲のような粉塵を睨みつける鈴花。
中からは、なおもエンジンをふかす音が聞こえる。
やがて、その粉塵が晴れていくと、あの黒ずくめのライダーが、マシンの頭をこちらに向け、今にもまた突進してきそうな状態で構えていた。
そこで再度、
「どういうつもりッ!?レース中でしょッ!」
「……」
鬼の形相で一喝する鈴花に対し、相手は無言。
ずっと着けているフルフェイスのせいで、表情はおろか、顔すらも見えない。
なおも膠着状態で睨み合っていると、今度は背後から複数台のバイクの轟音が聞こえ、振り返ると、なだらかな坂の上にマシンを並べて整列したのはガーナ兵のライダー部隊…!
1…2…3…4…計8体。
そこでようやく、
「ヒ、ヒラガーナ…!よくもレースの邪魔を…!」
その名前を口にすると同時に戦士モードに切り替わった鈴花の目…!
それと同時に、ライダー部隊が一斉にアクセルをふかし、鈴花めがけて斜面を駆け下りてきた。
一台、二台…と突進してくるバイクを社交ダンスのように身体を返して避ける鈴花。
こうして部隊を構成するだけあって、見た目は同じでもただのガーナ兵ではなく、バイクの運転技術に特化した者たち。
それだけに、なかなかのライディングテクニックを持っており、突進をかわされても即座に車体を倒して反転し、再度、鈴花めがけて突進してきて、それも失敗に終わると、今度は挟み撃ちを狙って二台一組のコンビネーションで攻めてくる。
それも続けて回避しつつ、
「くっ…うざったいなぁッ!もぉッ!」
そう吐き捨てるとともに、ひとまず数を減らすことが先決と判断した鈴花。
まず一台目の突進をかわし、そのバイクが反転して再び向かってくるのを背後に確認。
そして、もう一台が正面から突進してくるのを寸前まで引きつけ、あわや…というタイミングで、
「やぁッ!」
とジャンプ。
すると、挟み撃ちを目論んだ二台は、すんでのところで視界から標的に逃げられ、そのまま止まりきれずに正面衝突。
激突音とともにバイクは大破し、双方のマシンから投げ出されたガーナ兵たちは、
「イーッ…」
という断末魔とともに宙を飛び、そのまま地面に叩きつけられ、横たわって動かなくなると消滅…。
さらに、もう一組も同じ作戦で正面衝突させて返り討ちにし、これでひとまず相手の数を半分に減らした鈴花。…だが、連中も負けてはいない。
同じ手は食わんと、今度は隊列を組んで鈴花を取り囲むと、そのまま渦を巻くように周回。
身構え、右…左…右…と目をやる鈴花だが、たちまち、
(くっ…目が回るッ…)
これはいかんということで再びジャンプ。
宙へと逃げ出した鈴花だが、連中はそれを待っていた。
その瞬間、それぞれがブレーキをかけてマシンを停めると、そのうちの2体が、
「イーッ!」
掛け声とともに、どこから取りだしたのか、次々に放り投げたチェーン。
それが宙に跳んだ鈴花の左右の腕にぐるぐると絡みついた。
「し、しまった…!」
と思った瞬間、その巻きついたチェーンをグイッと引っ張られ、
「わぁッ…!」
宙でバランスを崩し、墜落するような形で地に落下した鈴花。
なおも、それぞれのチェーンをしっかりと握り、鈴花の両手の自由を奪う2体のガーナ兵。
「くっ…!くっ…!」
もがく鈴花。
わずかに焦りが見えだしたのは、このままだと腕をクロスできない…すなわちヒナタパープルに変身が出来ないからだ。
そして、残る二体がバイクを降りて駆け寄ってきて、挨拶代わりに交互に腹パン。
「うっ…!ぐっ…!」
厚手のライダースーツのおかげでいくらか痛み軽減とはいえ、ガードできずにモロに食らうせいでダメージゼロとはいかない。
すかさずキックを繰り出して反撃する鈴花。
そして、その2体も一掃したところで、依然としてだんまりの黒ずくめライダーの方に目をやると、そのライダーはバイクに跨ったまま、まさに今、鈴花がしたいと思っている両腕のクロスを一足先に披露。
すると、その瞬間、黒い閃光とともに漆黒のライダースーツがみるみる人外の身体へと変化。
フルフェイスを突き破るように2本の触覚が飛び出し、ギラリと目が光って正体を現したのはバッタをモチーフにして生み出されたモンスター・グラスホッパーだ
そして、その出で立ちを見た瞬間、
「ヒ、ヒラガーナの新手…!」
と瞬時に理解した鈴花。
すると、グラスホッパーは何も言わず、黙ってスッと手を上げた。
それを見て、一瞬、何か攻撃を仕掛けてくると思って身構えた鈴花だったが、違った。
次の瞬間、
グンっ…!
「きゃッ!」
ふいに両腕をものすごい力で引っ張られ、体勢を崩して前につんのめった鈴花。
鈴花の両腕をチェーンで絡め取ったガーナ兵たちが再びバイクを駆り、鈴花を引きずり回しにかかったのだ。
「きゃぁぁっ…!」
ズザァァァ…!
と土の上を引きずる音とともに響く鈴花の悲鳴。
必死に脚をバタつかせて立ち上がろうとするも、引きずられながらだと上手く立てないし、無論、変身もままならない。
お似合いだった筈のライダースーツがみるみる土まみれに…。
なおも直線とカーブを繰り返し、鈴花を土の上で引きずり回す2体のガーナ兵。
そして、その光景をじっと眺めるグラスホッパー。
まだ一度も声を発していない無口なモンスターだが、そのかわり、バイク二台で引きずり回されて苦しんでいる鈴花の姿を捉えてご満悦に頷くなど、その性格はいたって残忍である。
(つづく)