プロローグ -転-
巨悪に立ち向かう勇気を認められ、久美に任命されてヒナタレンジャーとなった9人の女性たち。
だが、当の久美に言わせると、彼女たちは救世主の“二代目”だ。
では、初代は誰なのかというと、それはズバリ、自分である。
(あの日のことは思い出したくもない…)
ぼーっとしてれば自然と頭に浮かんでくる忌まわしき回想を、苦虫を噛み潰したような顔で消し去る久美。
それは、今から一年前のこと…。
この日向星より以前に、ヒラガーナ海賊団に狙われた惑星があった。
その惑星の名は「けやき星」。
今はこの日向星に流れ着き、この星の人間として振る舞っている久美の生まれ育った故国の星だ。
人並み外れた高度な技術を有し、近隣の惑星と比べて文明が一歩、二歩、先を行っていたその星は、ヤツらにとって格好の侵略対象となった。
そして、けやき星の暦でいうエイジ○○年○月○日、ヒラガーナ海賊団の侵攻開始…。
次々に焼かれていく町並み…その戦火の中、故国の防衛に立ち上がったのが、当時、ちょうど今の菜緒のように正義感に満ち溢れていた久美、そして久美とずっと親友だった加藤史帆。
そこに二人と同じ志を持つ仲間たちが集い、発達した文明の下、強化スーツを纏う戦士に変身するブレスレットを開発。
それを身に着けた9人の女性で結成された色鮮やかな救世主たちの誕生だった。
赤色の戦士・佐々木久美
青色の戦士・加藤史帆
黄色の戦士・佐々木美玲
緑色の戦士・影山優佳
桃色の戦士・高本彩花
紫色の戦士・潮紗理菜
橙色の戦士・東村芽依
白色の戦士・齊藤京子
黒色の戦士・高瀬愛奈
当時はまだ名乗る名もなかった。
そんなものを考えているヒマもなく、激戦が始まったからだ。
強大な力を誇るヒラガーナ海賊団と、かたや、そんな強敵に対し、9人のチームワークを武器にして互角に戦った彼女たち。
情勢は一進一退。
ヒラガーナ海賊団が次々に送り込んでくるモンスターを何とか撃破しては、次の戦いに備える毎日。
やがて激戦は長期化し、日々、目の前の戦いに没頭する久美たちだったが、ある日を境に、彼女たちに危機が訪れる。
女船長ネルネルの側近、知に長けた科学者ドクターアモン。
彼はひそかに久美たちの戦いぶりを監視、研究し、そして、ついに彼女たちの致命的な弱点を暴いたのだ。
宇宙船に戻り、早速、それを船長ネルネルに伝えたアモン。
「彼女たちの生命線は9人一体のチームワーク。このチームワークを機能させないように立ち回れば、彼女たちは戦力、士気ともに大きく低下し、到底、我々の敵ではなくなるでしょう…」
そんなアモンの助言を受け、討伐作戦を練り直したネルネル。
そして両者の明暗を分けた日…忘れもしない○月○日、けやき谷の合戦…。
アモンの狡猾な計略により、合戦の最中(さなか)、戦力が分散する戦いを強いられた久美たち。
そこで、
(ヤツらの戦術がいつもと違う…!これは…私たちのチームワークを封じるための罠だ…!)
と久美が気付いた時には既に手遅れだった。
散り散りになり、チームワークを使えないまま、ゴリラの遺伝子によって生み出されたモンスター『コング』と対峙することになった齊藤京子と高本彩花がまず敗れ、捕縛された。
続いて佐々木美玲、高瀬愛奈も二人だけでは手も足も出ず、怪力コングに惨敗して捕縛。
そして痛恨だったのは、9人の中で頭脳の役割を担っていた影山優佳の離脱。
捕らわれた四人の奪還を図った影山だが、肝心のその四人を盾にされてはさすがの秀才戦士も為す術がなく、あっけなくコングに捕縛され、頭脳を失ったのを機に戦況は一気に傾いた。
残る戦士は四人。
徐々に劣勢…焦りが実力を半減させ、とうとう、仲間内での身体能力2トップ、東村芽依と潮紗理菜までもがコングに歯が立たず、捕まってしまった。
残るは久美と史帆の二人だけ…敵の手に落ちた人質だけでも7人にのぼり、もはや絶望的な状況…。
芽依と紗理菜の身体能力コンビですら歯が立たなかった怪力コングを擁し、完勝目前で士気も高まった一味に太刀打ちできる筈もなく、最後の奮闘もむなしく森の中に追い詰められ、四方八方を完全に包囲されて万事休すの二人。
「さぁ!おとなしく投降すれば命ぐらいは助けてあげるわよぉ?そのかわり、一生、私達の奴隷として死ぬまで働いてもらうけどねぇッ!」
と無敗のコングを従え、勝ち誇ったイグチ魔女の高笑いは今も久美の耳にハッキリと残っている。
二人とも傷だらけ…久美にいたってはコングの怪力ラリアットをモロに喰らって左腕が完全に折れていた。
そして、とうとう決着の時…。
「捕らえろッ!」
と包囲するガーナ兵たちに命じるイグチ魔女。
もはや望みは潰えたかという時に、ふと史帆が久美に向かって囁いた。
「久美…走れる…?」
「え…?な、何で…?」
「私が囮になってヤツらの気を引く…だから、その間に久美だけでも逃げて…」
「ダメよ、史帆…!それなら私が囮に…!」
必死に待ったをかける久美だが、史帆の意志は固かった。
「久美、行ってッ!何とか久美だけでも生き延びて…生き延びれば必ず、次の戦士たちに出会える時が来るから…!」
という言葉を最後に、久美の目の前で一味に向かって突進していった史帆。
まさにやぶれかぶれ…だが、それによって包囲網の一角が切り崩された…!
(ど、どうしよう…!)
久美は迷った。
玉砕覚悟で史帆に続いて友情を再確認しながら未来を失うか、それとも史帆に背を向けてわずかな希望に懸けてみるか…。
そのコンマ数秒の迷いを、すごく長い時間に感じたのを今でも覚えている。
逃げ出すか、史帆と運命をともにするか…悩んだ末、久美は、史帆が託してくれた希望を無駄には出来なかった。
(史帆…ごめん…ありがとう…)
断腸の思いでその崩れた一角から包囲網を抜け出し、木々の中に飛び込んだ久美。
「お、おのれぇぇぇッ!」
追い詰めた筈の獲物の片割れを逃がして憤るイグチ魔女の怒声を背中で聞きながら、久美は痛む身体を丸め、木の葉の傾斜を止まるところまで転げ落ちた。
それからは、まさに死を賭した鬼ごっこ。
森の中に放たれたハンターの目をかいくぐり、計二日を要して満身創痍の身体で辛くも秘密基地「けやきベース」へ逃げ帰った久美。
そして彼女は、仲間がいなくなり、広い機内に一人きりとなったけやきベースで静かに宇宙へと飛び立った。
あてはない。
とにかく今は、この傷ついた身体を癒し、なおかつヤツらに再び立ち向かうための力を蓄えることが出来る平和な星を探し、そこを目指す。
窓の外でみるみる遠ざかる故国。
チラッと目をやり、
(みんな…ごめん…私が不甲斐ないばっかりに…)
という悔しさと同時に、
(私は負けない…いつか必ず…必ず、みんなの仇を討ってみせる…!)
と決意を固めた。
そして悪夢の敗走から三日後、久美一人を乗せたけやきベースは、銀河の辺境で見つけた「日向星」という小さな星に静かに着陸した。
腕に巻いたままのボロボロのブレスレット。
他の8つはヒラガーナ海賊団に捕らわれた仲間たちとともに失ってしまったが、文明が発達したけやき星に育った久美なら、こうして一つ、オリジナルが手元にあれば、これを複製することも可能だ。
(あとは戦える人材を…そして、その新たな戦士たちには私たち以上の力をつけてもらわないと…)
と、流れ着いた小さな星で、虎視眈々と憎きヒラガーナ海賊団へのリベンジの筋書きを描いた久美。
そして彼女は、それから一年の月日をかけ、ブレスレットを強化、複製し、自分たちに代わる二代目の戦士たちを集った。
うってつけの人材がいるとの噂を耳にすればスポーツ強豪校へ自ら出向いてスカウト。
もちろん、身体能力だけではダメだ。
かつての影山のように冴え渡る頭脳を持つ者や、いついかなる時も冷静な判断が出来る人材も必要。
こうして久美が各地を探し回り、希望を託すと決めたのは以下の9名。
小坂菜緒
渡邉美穂
金村美玖
松田好花
宮田愛萌
富田鈴花
丹生明里
河田陽菜
濱岸ひより
もし次も敗れれば、もう後はない…その覚悟から、彼女たちには自分たちがしたものより何倍も辛い訓練を課した。
そのハードなトレーニングの賜物で9人の結束も固まり、久美たち先代の後継に恥じない戦士へと成長した彼女たち。
そして先週、いよいよ戦いの時が来たことを久美は悟った。
けやきベース、改め、ヒナタベースのレーダーが、ヒラガーナ海賊団の宇宙船の接近をキャッチしたのだ。
久美は、9人の戦士に、
「頼んだわよ、みんな。あなたたちがヒラガーナに対抗できる最後の戦士、この星の希望だから」
と、自身のいろんな思いとともに新たに造った8色のブレスレットを、そしてリーダーに任命した菜緒には自身がつけていた赤色のブレスレット授け、新たに『ヒナタレンジャー』と名乗る名を与えた。
残念ながら自分たちの代では負けた。
だから、次は負けない。
逃げ延びた戦士が、二代目の戦士たちを指揮する司令官となり、今、まさに因縁の敵を迎え撃つ。
激闘の第二章の幕開けだ。
(つづく)