欅共和国外伝 女王陥落物語 ― 悪魔の襲来 ―










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渡邉理佐の陥落物語
2.握られた主導権
 河口湖の湖畔のペンション『セゾン』に辿り着いた理佐。
 時刻は23時半。
 ちゃんと約束の0時までに着くことができた。
 他のペンション群から少し離れたところにぽつんと佇む西洋風の洋館というところが、いかにも過激派の根城という感じがする。
 中の電気は点いていた。が、カーテンが閉められていて室内の様子までは分からない。
 取り急ぎ、用意できた武器はスタンガンだけ。
(これだけで、果たして、どれだけ対抗できるか…)
 仲間がいれば裏に回ったり、いろんな手を打てるが、一人ではそういったことも出来ない。
(正面から行くしかない…!)
 理佐を迎えるように門灯の明かりが揺れている玄関で、意を決してインターホンを押す。
 …反応はない。
 迂闊にドアノブに手を伸ばしかけたところで、理佐は慌てて手を引いた。
(もし、このドアノブが電気が蓄えられた状態だとしたら…?)
 相手の素性が分からない以上、どこにどんな罠があるか分からない。
 それぐらい細心の注意が必要だ。
 ゴムのグローブを取り出し、それをつけてドアノブを掴む。
 実際に電気が溜めてあったかは分からないが、ひとまず最所の関門は突破した。
 ドアノブを回すと、鍵は開いていた。
(は、入ってこいってこと…?)
 中は、外観を見て沸いたイメージ通り、洋風仕立ての別荘風。
 人の気配がないので、そのまま廊下を進む。
 後ろ手に固く握りしめたスタンガン。
 トイレ、浴室、物置にワインセラーと、扉があるたびに警戒するが、開いて中から人が飛び出してくることはなかった。
 何事もないまま廊下を抜けてリビングへ。
 大広間とも呼べる広いリビングにも人はいなかった。が、唯一、大画面のテレビが砂嵐の状態でつきっぱなしになっていた。
 そして、しばらくすると、ふいに砂嵐から、手足を縛られて座らされた虹花の姿に画面が切り替わる。
(…!)
 思わず画面を注視する理佐。
 依然、目隠しに猿轡で、背景は夜の帳が下りた湖面。
 たまに、ゆらゆら画面が揺れることから、どうやらボートの上にいるようだ。
(くっ…!)
 人質の虹花が、この建物の中ではなく、既に別の場所に移動させられていたことに唇を噛む理佐。
 これでは、とりあえず虹花を救出し、ひとまず脱出…ということが出来ない。
 すると、突然、サイドボードの上のスピーカーから、
「ようこそ、渡邉理佐」
 と、さっきのテレビ電話と同じ声がした。
 ぎょっとして部屋を見渡すと、今まで虹花だけが映っていたテレビに、目出し帽をした男が割って入り、同時に、
「まずは、そこのソファーに座りたまえ」
 とスピーカーから声がする。
 理佐が警戒していると、相手は苦笑して、
「大丈夫だ。座った瞬間に電気が流れたり、そういう姑息な仕掛けはない」
 と言った。
 それでもまだためらいながら、ゆっくりソファーに腰を下ろす理佐。
 確かに何も仕掛けはなかったが、代わりに、目の前のテーブルに定点カメラと集音マイクがあるのに気付いた。
(なるほど…そういうことか)
 どうやら向こうは、このカメラの映像を見ながら遠隔的に理佐の到着を確認し、話しかけてきたようだ。
「臆せずによく来たな」
「大事な仲間を…虹花を返してもらうためよ」
「なるほど。クールな見た目のわりに、仲間思いなんだな」
 男はクスクス笑う。
 理佐はムッとして、
「虹花を返しなさい」
「あぁ、返してやるつもりさ。ただし、それが叶うかどうかは、全て、君の態度次第だ」
「態度…ですって?」
「あぁ、そうとも。何てったって、こっちには人質がいるからな。もし言うことを聞かないと、その時は…」
 画面の向こうで、男が、縛られた虹花の身体を掴み、無理やりボートの外に押し出そうとする。
 虹花の半身が湖上で躍り、猿轡の下からくぐもった悲鳴が響く。
「や、やめてっ!」
 慌てて声を張り上げる理佐。
 すると男は、虹花の身体をボートに引き戻し、ニヤニヤ笑って、
「分かったか?言うことを聞かないと、こうなるからな?手足を縛られてる上に身体中に重石をつけてある。この状態で湖に突き落とされたらどうなるか…言わなくても分かるな?」
「━━━」
「ちなみに今のはデモンストレーションだが、次は躊躇なく突き落とす。待ったはナシだから注意しろ」
(くそっ…!)
 窓の外に広がる湖の上にいることは分かった。
 ボートがあれば今すぐにでも漕ぎ出して助けに向かいたい。
 だが、そうしようにも、理佐がこのカメラの前から離れた瞬間、おそらく男は虹花を湖に突き落とす筈…。
 よって、理佐は、今、ここから一歩も動けない。
(ど、どうすれば…!)
 とにかく今は、男の指示に従うしかないと悟る理佐。
「…分かった。どうすればいいの?」
 平然を装って聞く理佐。
「そうだなぁ。じゃあ、まずは…」
 目の前の大画面に映る目出し帽の男の口元が、ニヤリとした気がした。
 そしてスピーカーから飛んでくる最初の指示。
「まずは小手調べだ。そのカメラの前で“オナニー”でも披露してもらおうか!」

鰹のたたき(塩) ( 2020/07/29(水) 08:56 )