2.淫蟲ver.2.0
鉄格子を開け、地下牢の中に足を踏み入れると、
「ア、アンタは…鮫島…!」
と、逆さ吊りで視界が天地逆転したまま、ハッとした表情を見せたひかる。
そして横にいるねるに目を移し、
「ね、ねるさんっ!これはいったい…!何でねるさんがそいつと一緒に…?」
と戸惑いの目。
寝返ったことの説明など面倒とばかりに一笑に付し、
「じゃあ、あとは焼くなり煮るなりご自由に…♪」
と鮫島に告げ、その去り際、
「あなたの部屋でシャワー浴びて待ってる…♪私と楽しむぶんの体力はちゃんと残しておいてね…♪」
と甘えた声で囁き、一足先に地下牢を後にするねる。
鮫島はニヤリと笑って見送り、一方のひかるは唖然として言葉が出ないようだ。
二人きりになったところで、
「ククク…ざまぁねぇな。気分はどうだ?なぁ、チビ」
「う、うるさいッ…!くっ…!」
確かに小柄だが、そんな彼女に『チビ』呼ばわりは御法度。
これまで、その禁句を迂闊に口にした男たちを、何人、改心させてきたことか…。
無論、口頭注意なんて甘っちょろいものではない。
それこそ、全裸にひん剥き、今の自分みたく逆さ吊りにしてミミズ腫れになるまで鞭を打ち、ケタケタ笑いながら生意気な男根を焦らし責めにして、男が泣きながら射精を懇願してくるまでいじめ抜くハード拷問。
そのチャーミングな顔立ちの裏に秘めた根っからのSっ気は、狂犬こと小林由依が一目置いて可愛がるほどだ。
当然、ひかるも小林のことを慕っている。
だからこそ、この目の前にいる男が許せない。
あの小林を無惨に陵辱した外道だからだ。
「くっ…!くっ…!」
怒りを原動力に身体を揺するも、仲間だと思っていたねるの裏切りに不覚を取り、気絶させられた隙に脚をガチガチに結ばれたロープが緩む気配がない。
鮫島も、
「ククク…無駄なことはやめた方がいい。揺れて変な酔い方をするだけだぞ」
と一蹴し、
「さーて、どうしてやろうかねぇ…お前さんにはまんまと一杯食わされた恨みがある。忘れたとは言わさんぞ?」
前に立ち、足元のひかるの顔をジロリと見下ろす悪魔…。
おそらく彼が言うのは、先日の、我らがリーダー、菅井友香が陥落寸前まで追い込まれた時のこと…。
(※「菅井友香の陥落物語」の正解ルートである17〜18を参照)
それまでに捕らえてあった人質を盾に、菅井をねぐらにしていた洋館に連行した。
尾行すれば人質を殺すと牽制し、追っ手を足止めしていたから、余計な邪魔は入らない。
そこで狡猾なゲームに誘い込み、媚薬オイルを全身に塗りたくって菅井を陥落寸前まで追い詰めた。
いくらこの国を統治するリーダーといえど、媚薬+鮫島の焦らしテクという合わせ技の前では全くの無力。
あの時の菅井の半泣きの嬌声は今でも耳に残っている。…が、彼女自身の口で絶頂を懇願させ、大勝利を得るまであと一歩というところでサブリーダー守屋茜をはじめとした救出部隊に急襲され、菅井の陥落宣言を聞けないまま撤退を余儀なくされて辛酸を舐めたあの日…全ては、この小娘がファビ丸という手なづけた鷹を使ってひそかにアジトを突き止めたことがキッカケだ。
おかげでこちらは九死に一生…守屋茜に顔の前でライフルを突きつけられて危うく撃ち殺されるところだったし、仮に命だけは助かって捕縛、連行されようと、壮絶な拷問に遭わされていたことは間違いない。
万が一のために造っておいた脱出口…あれがなければ完全に詰んでいただろう。
「それも全て、お前が原因だ。お前が出しゃばったマネをしなければ今頃は…」
恨み節とともに、つま先で足元のひかるのおでこをコツコツとサッカーボール扱いで小突く鮫島。
「い、痛ッ…痛いって…!このぉ…!」
さすが根がS…ぞんざいな扱いにムッとして睨みを利かせるひかるだが、自由を奪われた逆さ吊りの状態では迫力も半減以下。
「お前のせいで、せっかくいい具合まで追い詰めた菅井友香の肉体を味わい損ねた…責任を取ってもらうとしようか。代わりにお前のその身体で…♪」
と口にする鮫島。
その不穏な囁きに、思わず逆さ吊りのまま身構えたひかるだが、
「ククク…そうだ。いいモノを持ってきてやる。お経でも唱えて待っているがいい」
と言い残して、一旦、地下牢から出ていく鮫島。
ひとまずホッとしたひかるだが、ヤツの言う“いいモノ”が、まさか紅茶やケーキの筈がない。
抜け出すなら今しかないということは分かっているが、おそらく、ねるが相当きつく結んだであろうロープはびくともせず、後ろ手にくくられた両手も使い物にならない。
仲間を呼ぼうにも、気絶してる間に運び込まれたのでここが何処かも分からないし、そもそもこの薄暗い地下牢から叫んでもその声は外まで聞こえないだろう。
最悪、自分はどうなってもいい。
それよりも、
(ね、ねるさんが…ねるさんがひそかにヤツの手先になっていることをみんなに伝えないと…!)
数日前、小池美波が欅ハウスの中庭で通りがかりの松田、井上に愛犬自慢の会話を交わしたのを最後に忽然と姿を消したのも、今から考えれば、おそらく、ねるの仕業…。
寝返った理由までは分からないが、このまま彼女を野放しにしていれば、たちまち我が欅共和国が内部から崩壊させられてしまう。
「くっ…!くっ…!」
必死に身体を揺するも、遠心力がついて振り子時計になるだけ…。
そして…。
コツ…コツ…
(チッ…!)
足音が戻ってきた…せっかくのチャンスが何も出来ないまま無に帰してしまい、思わず舌打ちをしてしまうひかる。
そして再び姿を見せた鮫島は、さっきよりも一段とニタニタ笑っていて、
「どうだ?少しは覚悟を決めたか?」
「う、うるさいッ…!」
下からキッと睨むひかるだが、その視線が鮫島の手元で留まった。
さっきまでしていなかった執事のような白い手袋を着けた手で提げる物々しいジュラルミンケース。
どうやら、これが先刻、彼の口にしていた“いいモノ”らしい。
鮫島もその視線に気付いて、
「ククク…中身が気になるか?」
「な、何よ。それ…」
緊張した面持ちで聞くひかるに、
「仕方ないな。見せてやるか」
と、逆さ吊りのひかるの顔の前…つまり地べたに置かれたジュラルミンケース。
それが、カチッ…と音を立てて開かれた瞬間、ひかるは、思わず、
「なっ…!?」
と驚く声を上げてしまった。
開いたケースの中身…レッドカーペットの真っ赤な裏地を、見たことない色をした蜘蛛が一匹、元気に這っていた。
それを手袋をして手で優しく掬い上げる鮫島。
どうやら、この蜘蛛を触るために手袋を着けている模様。
その時点で、
(な、なに?どういうこと…?まさか毒蜘蛛…?)
という懸念を抱くひかる。
女性では珍しく虫の類は平気なひかるだが、それでも得体の知れない種類で、ましてや毒持ちとなると表情が強張るのも致し方ない。
なおも元気に這う蜘蛛を両手で包むように手の中に秘めながら、
「今の蜘蛛…なんという名前がついていると思う?」
「そ、そんなの知るワケないでしょ…な、なに…?」
「ククク…サメジマグモ。何を隠そう、俺様が品種改良で生み出した、まだ世界にこの一匹しかいない稀少な蜘蛛だ」
「は、はぁ…?」
一瞬、何を言ってるのかよく分からなかった。
こんな蜘蛛に自分の名前をつけて、バカなのかとも思った。
だが、当の鮫島の顔はいたって真面目で、
「先日、俺が中国から持ち込んだ淫蟲…ねる、それから関有美子を堕とすのに使ってやったものだが、それを、ちとパワーアップさせたのがコイツさ」
「くっ…!」
不意に名前が出た関有美子とは普段から親しい間柄…さらに怒りが増し、
「よ、よくもユミちゃんを…!」
また暴れだすひかるだが、鮫島は笑って、
「聞けよ。苦労したんだぜ?面倒くさがりの俺が、毎日、媚薬のエキスを吸わせ、飼育環境にも気を配って手塩にかけて育てたんだ。その甲斐あって、毒の効果、持続性ともに倍以上に増し、女体拷問により特化した生物兵器が生まれた。これを早速、お前の身体で試してやる…!今後、さらに繁殖させるか否か、データを取るのに協力してもらうとしよう」
そう言って、蓋をした両手を逆さ吊りのひかるの首元に持っていく鮫島。
「くっ…や、やめろっ…!やぁっ…!」
開かれた手の平の蓋から這い出た「サメジマグモ」こと、淫蟲ver.2.0。
ひかりの首筋へと渡るなり、逆さ吊り女体の崖を登り、わずかにはだけた襟元から服の中に潜り込んで一目散に胸元へ。
「やぁっ…くっ、んんっ…」
地肌の上を這う蜘蛛…そのくすぐったさと嫌悪感に身震いするひかるをよそに、蜘蛛が潜っていった襟元から覗く白い肌を美味しそうに眺めながら、
「ククク…改良ポイントその1。潜在的にまず獲物の胸から狙うように習性づけてあること。まるでラジコンのごとく、胸に一直線で向かっていくぞ」
と得意げに解説を始める鮫島。
その言葉の通り、浮き出る鎖骨の膨らみや左右の腕への分岐点には目もくれず、まっすぐ胸の膨らみだけに向かって女体クライミング。
そして膨らみの反り返りもなんのその、爪をブラの繊維に引っかけて器用に登ると、次の瞬間、
チクッ…!
「んっ…!」
ブラの中の突起に刺されたような微弱な痛みが走って眉をひそめたひかる。
それを合図に、
「ククク…改良ポイントその2。ハチのように収納式の毒針は下着の繊維をものともしない硬さと鋭さで、下着の上からでも毒の注入が可能になった。よって脱がせる手間が省け、着衣のまま毒が回っていく様が拝めるというワケだな」
「くっ…!」
いちいち癇に障る講釈に苛立つひかるだが、その間にも蜘蛛は器用に反対の側の膨らみへと渡り歩き、そこでも毒針を出して、
チクッ…!
と、ブラ越しにまだ小粒の乳首をひと刺し…。
そして再びクライミングを再開し、次に目指すは当然、股ぐら。
「んっ、んんっ…!」
へその上を這うくすぐったさに悶えているうちに、あっさりパンティの上に陣取られ、的確に割れ目の亀裂の中心、そしてまだ静かに眠っているクリトリスの包皮にも同様に毒針を刺す。
チクッ…!チクッ…!
「んんっ…♪」
と小さく吐息を漏らしてから、思わず、
(し、しまった…!)
と唇を結ぶひかる。
平然を装ったつもりだが残念…鮫島は今のをしっかり見ていて、ニタニタしながら、
「どうした?クリトリスがチクッとして、思わず声が出たか?えぇ?ドSと聞くわりには敏感なんだなぁ?クリトリスが…♪」
「だ、黙れっ…!」
図星で顔が赤くなるひかる。
そして蜘蛛は、股ぐらを離れると、そのまま一旦ひかるの左の内ももを登り、膝のあたりまで来たところで急にUターンして股ぐらに戻り、そのまま右の内ももを登り直す。
(…?)
妙な二度手間の動きを不審がるひかるに対し、その利用を説明するように、
「改良ポイントその3。実は、もう一種類、別の毒を持ち合わせている。この毒の出処は爪の先…よって注入の時には、さっきのような痛みすら感じない。それを今、お前の左右の内ももに注入して回ったワケだな」
「ど、どんな毒…?」
と怪訝そうな顔をするひかるに、鮫島はニヤリと笑って、
「俺はな。昔から内ももが性感帯の女が大好きなんだ。内ももをなぞられてピクピク反応する姿がたまらんのだよ。よって、内ももには、たちまち熱を持って疼きだし、ゆくゆくはそこが性感帯になってしまう毒を注入させてもらった」
「くっ…!」
唇を噛み、なんという悪趣味な男だと睨みつけるひかるだが、そんな彼女をよそに、仕事を終えた蜘蛛は、美脚を登りきり、手を伸ばした鮫島の手の平の上に大役を全うして帰還した。
それを再び丁重に手で包み、ジュラルミンケースに戻す鮫島。
そして、そのケースが閉じられたところで、
(…!)
ふと、眉をひそめ、悪寒がしたようにピクッと身体を震わせたひかる。
心なしか熱くなってきた左右の胸、股ぐら…それと同時に何だかムズムズしてきた左右の内もも…!
その変調の序章に気付いていながらも素知らぬ顔で、
「さーて…では、これを一旦、部屋に戻してくるから、その間、またもう少し待ってろ」
とジュラルミンケースを手に立ち上がり、背を向けた鮫島は、去り際にチラッと振り返り、ニヤリと笑いながら、
「ほんの数分で戻ってくるが…戻ってきた時にそのキツい目がどう変化しているか、楽しみだな…♪」
と、あえて聞こえるように呟いて出ていった。
悪魔の品種改良により、より脅威を増した淫蟲ver.2.0…そして、今まさにその毒を全身に注入されてしまったひかる。
遠ざかる足音と入れ替わりに、地獄の疼きの始まりだ…。
(つづく)