1.再会
「き、貴様ら…!何者だ!」
慌てる男たち。
廃墟を利用した秘密アジトで酒盛りをしている最中に、突然、現れた二人の侵入者。
その二人、谷口めぐと福岡聖菜は、それぞれ黒のレザースーツに身を包み、
「柴崎とやらは何処?」
「怪我をしたくなかったら教えなさい」
と男たちに問いかけた。
男の一人がハッとした顔で、
「さ、さては貴様らだな?柴崎さんを狙ってる殺し屋ってのは…!」
「こ、殺し屋…!?」
騒然とする男たち。
「ち、ちくしょう…!」
と怖じけづく者。
「そう易々と教えてたまるか!」
と反発する者。
また、ある者は、
「俺たちをナメるな!返り討ちにしてやるぜ!小娘ども!」
と息巻き、襲いかかってくる。
「来るよっ…!」
「任せて!」
取り出した伸縮式の警棒をサッと伸ばし、身構える二人。
まず左右に広がり、男たちを二分する。
「この野郎っ!」
襲いかかる男を難なくかわし、カウンターで打ち込む強烈な一撃。
モハメド・アリさながらに“蝶のように舞い、蜂のように刺す”軽やかな身のこなしで男たちを叩き伏せていくめぐ、そして聖菜。
「ぐわぁっ…!」
「痛ぇっ…!」
警棒で打たれ、うずくまる男が一人、また一人と増えていく。
「く、くそっ…!」
「すばしっこいヤツらだ!」
大振りな攻撃をことごとく避けられ、殴られる一方の男たち。
「誰か、背後を取って押さえつけろ!」
と言うが、その、背後を取ること自体が難しい。
侵入者の小娘二人によもやの苦戦を強いられる男たち。
その時、ふいに、
「下がってなさい!役立たずども!」
と女の声が響いた。
反射的に目をやるめぐと聖菜。
(…!!)
冷静だった二人の顔に、初めて浮かぶ動揺。
…それもその筈。
現れた女は、二人の旧知の女だったのだ。
「な、南那…!」
「何で…!?」
大和田南那。
かつて、ともに殺し屋稼業に入門し、一緒に暗殺術を習った同世代の仲間だった。
しかし、三年前、ある要人の暗殺という任務が与えられたが、まだ腕が未熟がゆえに潜入に失敗して捕らわれ、それ以来、消息不明となっていた。
基本、捕らわれた殺し屋に生存権はない。
めぐも聖菜も、南那の失踪を聞き、「任務失敗=死」という殺し屋の掟と、その非情な現実を痛感したのを覚えている。
…だが、南那は生きていた。
それを証明するように、三年ぶりに、今、目の前に姿を現したのだ。
敵として…。
「久しぶりね。めぐ、聖菜」
南那は、二人を見比べながら笑みを浮かべ、
「どうしたの?久々の再会なのに浮かない顔ね?死んだとでも思ってたの?」
「━━━」
まだ状況が読み込めない二人に対し、南那は肩をすくめて、
「もしかして図星?縁起でもないなぁ…仲良しだと思ってたのにガッカリしちゃう」
「━━━」
と溜め息をついた後、急に目の色を変え、
「さぁ、続けましょ?ここからは私が相手になってあげる!」
(…!?)
手にした一本鞭を波打たせて身構える南那に対し、困惑して後ずさりする二人。
「…どうしたの?私とは戦えないって?そんな綺麗事を言ってたら、いつまで経っても一流の殺し屋になれないよ?」
「━━━」
「さぁ、私の相手はどっち?聖菜?それとも、めぐ?」
「くっ…!」
仕方なく身構える二人。…だが、まだ困惑が頭に残ってるからか、南那と違って弱々しい。
「じゃあ、私が決めるね?どっちにしようかな〜…?」
南那は二人を交互に見て、
「…よし、決めた!」
と言うなり、駆け出した。
(…!!)
南那の振るった鞭が、めぐに襲いかかる。
反射的に警棒で打ち払うめぐ。
「くっ…!」
「ほら、どんどんいくよ!」
続けて鞭を振り回す南那に、めぐは防戦一方だ。
「めぐッ!」
加勢しようとする聖菜。
だが、そんな聖菜を男たちが取り囲み、妨害する。
「くっ…!」
「南那様のタイマンを邪魔すんじゃねぇよ!」
「お前さんの相手は俺たちだ」
「お、お前ら…!」
女一人相手に大勢で…それが卑怯なことだろうが気にせず、囲んだ輪をじりじりと狭めていく男たち。
「へへへ。一人で相手する数が倍に増えちまったなぁ?」
「これは戦況も大きく変わるかもな!」
「さぁ!さっきみたいに華麗に立ち回ってみやがれ!」
こともあろうに一斉に襲いかかる男たち。
正面から来た二人は叩き伏せるも、背後から飛びついた男に羽交い締めにされ、万事休す…!
「くらえ、おらぁっ!」
鈍い音を立て、みぞおちに容赦なく打ち込まれる男の拳。
その痛みに思わず、
「うっ…!」
と顔をしかめ、よろける聖菜だが、非道な男たちは羽交い締めにしたまま無理やり持ち上げ、
「おら、しっかり立てや!」
「さっきはよくもやってくれたなぁ?」
「サンドバッグにしてやるぜ!この野郎!」
「くっ…!うぅっ…!がはぁっ…!」
女相手にも容赦ない暴力。
そして、その惨状を横目にしたことで気が散るめぐ。
「せ、聖菜っ!くっ…!」
「よそ見してる場合じゃないわよ!ほらぁっ!」
不規則な動きで襲いかかる南那の鞭。
決定打は浴びないものの、手首、脇腹、太ももと、細かいヒットが確実に積み重なっていく。
(ほ、本気で来てる…!やらないとやられる…!)
この危機を打開するには反撃に転じるしかないが、そんな矢先、耳をつく聖菜の呻き声がめぐを惑わせる。
そして…。
「くっ…!聖菜っ!」
リンチに遭う親友を見ていられず、目の前の敵から背を向けて男たちの方へ駆け出すめぐ。
(ふふっ、バカな娘…!)
それを見てニヤリと笑って攻撃を繰り出す南那。
ビシィィィッ!!
響き渡る乾いた手応え充分の音。
「きゃあぁぁっ…!」
リンチの輪に乱入するよりわずかに早く、めぐの無防備な背中に鞭の一撃がクリーンヒットし、その強烈な痛みに脚がもつれ、悲鳴とともにもんどりうって倒れるめぐ。
「う、うぅっ…!」
「まったく、目の前の敵に無防備に背を向けるなんて、攻撃してくださいって言ってるようなものよ?」
コツ、コツ…とヒールの音を鳴らし、仕留めた獲物の元へ足を進める南那。
「め、めぐっ…!」
サンドバッグ状態で苦しむ聖菜の口からも思わず声が漏れる。
南那は、倒れためぐの背中にどっかりと腰を下ろし、手にした鞭をめぐの細い首に巻きつけて締め上げた。
「ぐっ、がぁぁっ…!」
「ふふっ…どう?苦しい?」
苦しむめぐの呻き声を聞いて愉悦の笑みを見せる南那。
やがて、聖菜に向けて掲げられ、空気を掴むようにもがいていためぐの指は、むなしくパタリと地に落ちた。
谷口めぐ、失神…。
ぐったりとしたその身体を下敷きに腰を下ろした南那は、
「ふん…口ほどにもない」
と吐き捨て、聖菜に目をやって、
「美しい友情だったわね。昔を思い出しちゃう。いいものを見せてもらったわ」
「くっ…!南那…!よくも、めぐを…!」
羽交い締めにされたまま、キッとした目をする聖菜。
だが、南那は、その目に心が痛む様子もなく、クスクス笑って、
「アンタたちの敗因を教えてあげる。それは目の前の仲間を見捨てて非常に徹することが出来ない甘さよ」
「な、何ですって…!?」
まるで、自分はそんなもの持ち合わせていない、だから遠慮なく鞭も振り回せる、とでも言うような口ぶり。
そして南那は、一言、
「さぁ、お前たち!遊びは終わり…そっちの女も、さっさと落としちゃって」
と命じた。
「へい」
返事をした男が身動きできない聖菜の首を締め上げる。
「ぐっ…!うぅっ…」
めぐに続き、失神して崩れ落ちる聖菜。
奇しくも倒れた場所は、親友めぐの隣だった。
敗北し、横たわる二人の殺し屋。
俯せに倒れる二人を順にヒールで小突いて仰向けにした南那は、
「…さ、コイツら、地下牢へ運んで」
と冷たい口調で男たちに命じるのだった。
(つづく)