1.女尊男卑の国
彼の名は五郎。
インターポールから派遣されたエリート捜査官だ。
今回、彼に課せられた任務は、最近、日本国内に密輸入された禁止薬物の一大マーケットになっていると噂の『欅共和国』への潜入捜査。
独立国家を謳う謎の一味だが、そこで薬物売買の現場を押さえ、首謀者と目される統治者『ヒラテ』を逮捕することが今回の至上命令だ。
五郎は、早速、パートナーの女捜査官、今泉佑唯と二手に分かれて、そのマーケットの会場になっていると睨んだ『欅ハウス』という官邸に潜入した。
最初は難なく事が進んでいた。
見事な変装で怪しまれることもなかったし、集音マイクで壁越しの会話を拾い、次にマーケットが開かれる日時をテープに録音することにも成功した。
だが、そこで、ピンチは突如として訪れた。
別行動していた今泉が下手を打ち、敵に見つかって捕まってしまったのだ。
任務第一とはいえ、パートナーを見捨てるワケにはいかない。
捕らわれた今泉は地下牢に移され、そこに幽閉されていると分かり、救出に向かう五郎。
見張りを倒し、牢屋のカギを奪う。
鉄格子を開けると、今泉は手を吊るされていた。
「今泉…!おい、今泉ッ!」
「せ、先輩…?」
「助けにきたぞ。しっかりしろ」
急いで手を吊るす鎖を解いてやる。
そして五郎は、自由の身になった今泉の頭をポンと叩いて、
「ヘマしやがって…油断禁物だぞ」
と、先輩らしく苦言を呈した。
そのまま二人で駆け出そうとしたが、いつのまにか出口の扉の前に女が立ちはだかっていた。
「そこまでよ、侵入者!」
と、その女、小林由依がドスの利いた声で牽制する。
「チッ…!」
新手の登場に舌打ちをする五郎に対し、小林は好戦的な笑みを見せ、
「捜査官かしら?単身、乗り込んでくるのは良い度胸してるじゃないの」
「単身…だと?」
横に今泉もいるのに何を言ってるのかと聞き返した時、ふいに背後に冷たい鉄の感触が当たった。
(…!?)
五郎の背中に突きつけられた銃口。
「…何のつもりだ?今泉…!」
今泉は、クスクスと笑って、
「先輩、油断禁物ですよ?今、自分で言ったばかりじゃないですかぁ〜」
「お前…!」
まさかの今泉の裏切りに愕然とする五郎。
そして、目の前の小林も拳銃を取り出し、五郎に銃口を向けながらツカツカと近寄ってくる。
前後を包囲され、身動きのとれない五郎。
クスッと笑った小林は、五郎の額に銃口を突きつけ、
「これでチェックメイト。おとなしくしてれば命までは取らないであげる」
と、静かにそう告げた。
……
「うぅ…」
五郎は目を覚ました。…が、動けない。
しばらく眠らされていた。
今泉の裏切りによって前後から銃を突きつけられ、クロロホルムを嗅がされたところから記憶がない。
ぼんやりと視界に映ったのは見覚えのない部屋。
ほどなくして、自分が今、その部屋の真ん中で両手を吊られて立たされていることに気がついた。
そして、いつのまにか服を脱がされてパンツ一丁なことも…。
「こ、これは、いったい…!?」
「…気がついた?」
声をかけられ、ハッとしてそちらに目をやると、小林と今泉が、立っていた。
「━━━」
黙って今泉を睨みつける五郎。
今泉は苦笑して、
「そんな怖い顔しないでくださいよ。先輩」
「…なぜ、そっちについたんだ?」
五郎は怪訝そうな表情な表情で聞くが、当の今泉はあっけらかんと、
「知ってどうするんですか?知らなくていいこともあるんですよ?」
と言うだけだ。
結局、真相は分からないままだが、おそらく、今泉とその横にいる小林という女、ともに女同士で歳も近そうだから、もしかしたら二人は旧知の間柄で、そこから徐々にミイラ取りがミイラになっていったような話なのかもしれない。
何にせよ、まんまと裏切られ、窮地に陥っていることに変わりはない。
小林は、五郎の警察手帳をちらつかせて、
「驚いたわ。どこの回し者かと思えば、インターポールなんですって?」
と身分を暴き、次に五郎の愛用の拳銃を手に持って、
「こんな物騒なものまで持ち込んで…危険だから、これは没収させてもらうわね」
と言った。
(くっ…!)
警察手帳と拳銃。
どうやら、眠らされ、服を脱がされた際に見つかってしまったらしい。
「さぁ、先輩。何して遊びますか?」
なぜか妙に楽しそうな今泉。
小林の細い指が、すぅ〜っと五郎の胸板をなぞる。
「さすがインターポール。良い身体してるじゃん」
と、ご満悦の小林。
「な、何をする気だ…!」
「あらあら、インターポールのくせに勉強不足ね」
小林は笑みを浮かべると、急に説明口調になって、
「ここ『欅共和国』は気高き女性の国。この国において女性は神々しいもの、すなわち神である」
今泉も続いて、
「この女性上位の国で、下等な男たちが生きる術は、主の女に従順に仕えること、それだけ」
「つまり、主の奴隷となることで、ようやく男は生きる権利を得る。今、この国に、主のいない男など存在しない…そして、お前も、既にこの国に足を踏み入れている。生かして帰すにも、とりあえず誰かの奴隷になってもらわないことにはねぇ…?」
(な…に…!?)
「主のいない男は、いかなる場合でも、この『欅ハウス』から出すワケにはいかない」
「ど、どういう意味だ…?」
「…これ以上は時間の無駄ね」
呆れた小林が、ふいに五郎の髪を鷲掴みにした。
「ぐっ…!」
「つまりっ!…ここに来た以上、まずは目の前にいる私たちの奴隷になるしかないってこと。たとえアンタがインターポールのエリートであっても…たとえそれが潜入捜査という名目で来た密入国者であっても!」
(……!?)
「奴隷は、しっかり調教しないとねぇ…」
「ふふっ。先輩をオモチャにできるなんて楽しみだなぁ〜」
無邪気に笑う今泉。
男尊女卑の真逆をゆく狂信的ともいえる独自のルール。
そして囚われの五郎も、まさに今から、そのルールに無理やりあてはめられようとしている。
「恨むなら自分に課された任務を恨みなさい。相当なM男じゃないかぎり、この国に足を踏み入れること自体が間違いなのよ」
「さぁ、始めましょ。立場逆転ですよ、先輩♪」
声高らかに言葉を放つ小林、そして今泉。
インターポールのエリート捜査官、五郎。
彼の身に、この『欅共和国』のパスポート取得の受難が、今、降りかかろうとしている…!