欅共和国の罠 ― 捕らわれた男たちの記録 ―

















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序章編 田村保乃と関有美子に捕まった男
1.殺し屋、捕まる
 彼の名は五郎。
 裏の世界では金を貰えれば親友でも手にかける非情の男、冷酷の殺し屋として名を馳せている。
 今回、彼に舞い込んだ依頼は『欅共和国』の中で要塞と化している『欅ハウス』に潜入し、統治者『ヒラテ』を暗殺すること。
 成功したあかつきにはハワイにでも移住して一生遊んで暮らせる程度の報酬を約束され、五郎は、早速、その『欅ハウス』とやらに潜入した。
 最初は難なく事が進んでいた。
 雲行きが怪しくなったのは隠し階段を見つけ、その先の地下室に入ってからだ。
 暗い通路を歩いている時に、急に意識が薄れ、目眩がした。
 ほんのり異臭がする。
 閉じかけの瞼を見開き、目を凝らすと、天井のダクトからスモークが吐き出されていた。
(催眠ガスだ…!)
 と気づいた時には既に、五郎の身体は冷たい床に這いつくばっていた。
 その後の記憶は曖昧だが、うっすら覚えているのは、誰かに身体を起こされ、どこかへ連行されたこと…。


「うぅ…」
 五郎は目を覚ました。…が、動けない。
 視界に映ったのは見覚えのない部屋。
 ほどなくして、自分が今、その部屋の真ん中で手足に枷をつけられ、大の字で台の上に寝かされていることに気がついた。
 それに、いつのまにか服を脱がされてパンツ一丁なことも…。
「こ、ここは…!?」
「…気がついた?」
 声をかけられ、ハッとしてそちらに目をやると、長身の女が二人、立っていた。
「だ、誰だ…?」
 会ったことのない女。
 ただ、その顔立ちが、どことなく、事前に依頼人から渡された資料の写真で見覚えがある。
(確か…)
 田村保乃と関有美子。
 ともに統治者ヒラテの侍女として仕える女だった筈だ。
「ちっ…!」
 手足の拘束が外れない。
「無駄です。絶対に外れません」
 有美子が、あまり感情の起伏のない声で言った。
 一方、保乃は、
「あのなぁ〜。さっき、アンタのポケットから、こんなん見つけてんけどぉ〜」
 と、ユルい関西弁で話しながら、五郎が用意してきた斬奸状を取り出した。
 いわば、暗殺完了を告げる置き手紙である。
 ヒラテを殺して、その遺体に添えるつもりだった。
「書いてあることの意味はよく分からんかってんけどぉ…」
  保乃は、斬奸状をペラペラと靡かせて、
「要するに、アンタ、ヒラテ様を殺しに来たってことやんなぁ?」
「━━━」
「そんなこと絶対にさせませんわ。ヒラテ様および我が国を脅かす国賊の輩には私たちが戒めとして天罰を下して差し上げます」
「国賊…?戒め…?ん〜…関ちゃんの言うこと、難しいわぁ…」
 と、頭を掻く保乃。
 同じ侍女でも堅い女とユルい女で妙なコンビだった。
 そんな二人が、寝かされた五郎の両脇に立つと、何やらビンをちらつかせた。
 一見、ジーマのビンのように見えたがラベルが違う。
「何だ、それは?」
 五郎が訝しげに問うと、有美子がクスッと笑って、
「これは、我が国に伝わる拷問用のオイルです」
「拷問用のオイル…?」
(何だ、そりゃ?)
 言ってる意味がよく分からない。が、その間にも、保乃が、五郎の胸、腹、腕、脚へとそのオイルを垂らしていく。
 少し冷たい。
 それを二人がかりが塗り広げていく。
「何だか分からないが、気味が悪いからやめてくれないか?それに、見ず知らずの女にベタベタと身体を触られるのも不愉快だ」
 戸惑う五郎に対し、有美子が、
「みんな、最初は強がります。最初は…」
 と意味深な言い方をして、続けて保乃が、
「もう塗っちゃったしなぁ。どうなっても知らんで…?」
 と言った。
 何やら妖しげに笑みを浮かべる二人に困惑する五郎。
 

 物心ついた時から殺し屋稼業一筋で生きてきたこの男は「媚薬」というものをよく知らなかった。
 そして、この後、このオイルによって地獄を見ることになる五郎。
 その地獄絵図の一部始終をこれからここに記す…。

鰹のたたき(塩) ( 2020/04/19(日) 05:05 )