欅共和国の罠 ― 捕らわれた男たちの記録 ―

















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<番外編>森田ひかると井上梨名に捕まった藤吉夏鈴
1.明日は我が身
 これはまだ、田村保乃、そして小林由依が形勢逆転で捕らわれ、返り討ちの女体拷問に遭っているとは知りもしない時のこと…。

 ……

 欅共和国の官邸「欅ハウス」。
 そこに瀕死の上村莉菜を連れた尾関梨香が帰還した。
 莉菜を襲った輩の後始末は小林と田村に任せ、一足先に帰ってきたという尾関。
 傷ついた莉菜を医務室に運んだ後、すぐに菅井友香、守屋茜のツートップに経過の報告に向かう。
 話を聞き終えた菅井は、心配そうな表情で、
「それで、莉菜の容態は?」
「とりあえず命に別状なし。衰弱してるけど、それは時間が経てば回復すると思う。ただ…」
(私たちが着いた時には、既に莉菜は慰み物にされていて…)
 と言いかけるところで、
「その先は言わなくていい…!」
 と、それを察した茜が、横から、怒りの滲む低い声でシャットアウトした。
 最近、突如として現れた「復讐兵団」と名乗る謎のグループ。
 降って沸いたような不届き者の集まりだが、その暴挙は看過できる域を越えている。
 まず石森虹花の襲撃、凌辱から始まり、今日にいたるまで、渡邉理佐、長濱ねる、関有美子の三人を次々と拉致し、拷問にかけている。
 そして今度は上村莉菜が狙われた。
 この女尊男卑の国、欅共和国において、男が女に、それも国を治めるメンバーに手を出すなど言語道断、万死に値する大罪だ。
 すぐに全メンバーを集め、対策会議が開かれた。
 その席で、改めて、
「どうやら相手は脱走者や元・奴隷の寄せ集めらしい。私たちを恨み、鮫島という外部の人間の指揮の下、今まで私たちに弄ばれた仕返しをしていくのが目的の模様」
 と分かった経緯をおさらいして皆に聞かせる尾関。
「なるほど。だから“復讐兵団”って名乗るワケね」
「ふーん…上等やん」
 と好戦的な眼をする齋藤冬優花、小池美波。
 さらに、
「ぶっ殺せばよくない?そんなヤツら」
「そうだよ。殺そ、殺そ」
 と、さらっと物騒なことを言う志田愛佳、鈴本美輸。
 茜も鬼のような形相で、
「愛佳やもんちゃんの言う通り、構成員の素性を割り出し、捕らえ次第、片っ端から処刑する。抵抗したらその場で殺しても構わない」
 と怒りに満ち溢れた訓示を述べた。
 絶対上位、神格化されていた統治メンバーの看板に泥を塗った罪は命をもって償わせるということか。
 そんな茜のあまりの迫力に、他のメンバー…特に最近、新たに統治メンバー認定された大園玲、大沼晶保、遠藤光莉、守屋麗奈、幸阪茉里乃、増本綺良の六人は、まるで首振り人形のようにコクリ、コクリと頷くことしか出来なかった。


 その夜…。
 侵入者警戒のため、欅ハウス内を見回る森田ひかると井上梨名。
 以前まで見回り当番は一人だったが、復讐兵団という敵組織の目的や背景が明らかになったことで警備が強化され、今晩から二人一組体制に変更されている。
 廊下の窓、裏口の扉など、とにかく開くところの施錠を全て調べ、セキュリティーを入念にチェックする他、現在の奴隷を収容している地下牢などもしっかり二重ロックになっていることを見て回る。
「…よし、異常なし!」
 と指差喚呼する井上。
 その閉ざされた扉の向こうからは呻くような声で、
「た、助けてくれぇっ…」
「反省している…!もう二度と楯突かないと約束するから、逃がしてくれ…!」
 とすがる奴隷の声が漏れ聞こえてくるが、そんなものは無視。
 逃がしたところで、彼らが問題の復讐兵団の一員に成り変わる可能性は高い。
 下手な情けは自らの、ひいてはこの国の危機を招く恐れもあるだけに情けは無用、当然の判断だ。
 地下牢の見回りを終え、再び一階に戻った二人。
 そこで、突然、森田が、
「…あれ?」
 と声を上げた。
 視線の先にはキョロキョロと周囲を見回しながら忍び足で玄関に向かう女の姿があった。
 スレンダーな身体に小動物のような顔。
 二人と同時期に統治メンバー認定を貰った仲間、藤吉夏鈴だった。
 反射的に、
「夏鈴ッ!」
 と、井上が声を上げると、藤吉はビクンと飛び上がって、こちらに目をやり、
「い、井上…!ひかるも…!」
「どうしたの?こんな時間に?」
「あ…い、いや…別に…!」
 やけに挙動不審な藤吉。
 それに、よく見ると、全身黒ずくめで重そうなリュックサックで背負っている。
「こんな時間にどこへ…?」
 とひかるが聞くと、藤吉はさらに目が泳いで、
「ひ、秘密…!別に何もないから…!」
「そのリュックは?」
「べ、別にいいでしょ!何でもないってば…!」
 と、そっけない。
 そんな藤吉の態度に顔を見合わせ、ニッと微笑む井上と森田。
 その慌てっぷりから、何か、見られたら恥ずかしいものが入っているに違いないと読み取った二人は、
「ほらぁ、見せろ〜!」
「何を隠し持ってるんだぁ?」
 と、おちゃらけたテンションで藤吉の手を掴み、リュックのチャックに手をかける。
「ちょっ、ちょっと!やだっ!バカっ!や、やめてっ!」
 慌てふためく藤吉。
「夏鈴、なに焦ってんの?」
「ええやん。仲間やろっ!」
 と、完全にただのいたずらっ子と化して無邪気に攻め立てる二人だが、当の藤吉の慌て方は真剣そのもの、みるみる顔が青ざめていく。
 そんな表情には目もくれず、
「はい、オープン!」
 と、あくまでも仲間同士の馴れ合いのテンションで、勢いよくガバッとリュックを開く森田。
 すると、

 ガチャン、ガチャン…!ドサッ…!

「え…?」
 リュックの中から飛び出した物の落下とともに、井上と森田は、笑みが消えてきょとんとしてしまう。
 藤吉のリュックから出てきたもの…それは、ペットボトルの水に乾パン、缶詰といった非常食の山だ。
「━━━」
 足元を転がる缶詰を拾うことも出来ず、立ち尽くす藤吉。
 そんな藤吉に、ようやくおちゃらける場面ではないと気付いた二人がおそるおそる口を開き、
「か、夏鈴…?こ、これって、もしかして…」
「…脱走…?」
「━━━」
 黙り込む藤吉。


 欅共和国からの脱走…。
 藤吉がそれを決意したのは今日の緊急会議の時だった。
 理由はもちろん、最近、身の回りで起き始めた不穏な出来事の数々。
 石森虹花、渡邉理佐、長濱ねると、先輩が次々と何者かに襲撃され、先日、とうとう同期にあたる関有美子まで…。
 これまで、密入国者や反逆者など、捕らえた不貞の輩を相手に、まるで自身の性技を磨くかのように拷問にかけていたメンバーたちが、いつのまにか復讐の標的になっていた。
 同期の有美子がやられたことで、目の前にいる森田や井上は憤慨していたし、同じく同期の松田里奈、武元唯衣も、
「タダじゃ済まさない…!」
 と報復に前のめりだったが、そんな中、唯一、顔を強張らせていたのが藤吉だった。

(こ、怖い…!)

 もしかしたら次は自分が同じ目に遭うかも…と考えると気が気じゃなく、他のみんなのように好戦的な受け止めは出来なかった。
 だが、彼女が身を置く欅共和国は女尊男卑の国。
 国家として、当然、そのような脅威に屈するワケにはいかないし、中でも副リーダーの守屋茜は「受けて立つ!」と徹底抗戦の構えで、その負けん気に同期たちも引っ張られている印象だった。
 その空気に置いていかれてる、いや、ついていけないと温度差を感じ始め、だんだん騙し騙しの毎日になっていたのが藤吉。
 そして今日、また新たな被害者が出た…先輩として慕う上村莉菜だ。
 医務室に運び込まれた莉菜の治療に携わった藤吉は、その小柄で白い身体に刻まれた凌辱の爪痕を目の当たりにした瞬間、今晩の脱走を決意した。
 こんな弱気ではみんなの邪魔になるし、何より、恐怖が頭に取り憑いて離れない。
 そして、今夜、非常食などの荷物をまとめ、静まりかえった欅ハウスを後にしようとしたのだが…。


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2021/04/13(火) 16:26 )