乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第二部 序章
捜査官狩りの始まり
 邸の地下室に、実は、裏の雑木林へ繋がる抜け道があった━。
 中田花奈の報告は、緊急会議の席に衝撃を与えた。
「すると、つまり鮫島は、投降を拒んで自棄になり、自ら炎に包まれて死んだと思われていたが、実はまだ生きているということかね…?」
 と、今野本部長が念を押す。
「その可能性があります」
「確率は?」
「玲香、どう思う?」
 中田は、鮫島のことをよく知る桜井玲香に質問を振った。
 玲香は即答で、
「間違いなく生きていると思います」
「理由は?」
「その“裏をかくような発想”が、いかにもアイツらしいと思います。それに、昨日、私は、あれほどまで取り乱す鮫島の姿は初めて見ました。その時は、敗北を受け入れられずに発狂したと思っていたのですが…」
「それも全て演技だったというのか?」
「あまりの迫真さに、我々は全員まんまと騙されてしまいました」
 玲香は、さらに続け、
「今から思えば、あんな地下室にガソリン入りの一斗缶が山積みに置いてあったこと自体も妙なんです。ああいう状況を作るために置いてあったとしか思えません」
「しかし、生きているとしても、いくつか疑問もあるぞ」
 今野は、まだ半信半疑の様子で、
「実際に、現場から焼死体が見つかっているじゃないか。中田くんいわく、それは下っ端の男たちの遺体というが、その隠し通路を使えば、全員、生き延びることも出来たんじゃないのかね?なぜ死者が出たんだ?」
「…もしかしたら、その四人は、隠し通路があるとは知らされていなかったのかもしれません」
「仲間を欺き、見殺しにしたというのか?」
「頭の切れる鮫島に対し、金で雇っただけの素人ですからね。昨日も、拳銃を向けられただけで立ちすくんでいました。あの様子だと、たとえ脱出できても、その後いつ裏切るか分かりません。となれば、顔を見られている以上、生かしておくのは危険です」
「まるで虫ケラのように扱うじゃないか」
「所詮は素人のゴロツキ、代わりなんて街に掃いて捨てるほどいます。足手まといは切り捨てる。…ヤツはそういう男です」
 と、玲香は言った。
「なんというヤツだ!」
 今野は舌打ちをして、
「そもそもヤツが、そんな大芝居を打った目的は何なんだ?」
「もちろん、一番は追い込まれたからだと思います。唯一の出口である階段は我々が塞いでいたし、捜査員全員が拳銃を持っていました。部下も素人ですし、どうあがいても突破は不可能です。となると、あの場から脱出するには、あの方法しかありません」
「じゃあ、昨日、君たちの突入してくることも折り込み済みだったというのか?」
「いえ、それはないと思います。しかし、何せ、頭の回る男ですから、そんな状況も想定して、前々から、その抜け道は準備してあったんだと思います」
 玲香の断言に、今野は脱帽というような表情をして、
「君たちは、そんなヤツを相手にしていたのか?」
「とにかく、ヤツがまだ生きている以上、動向を調べなければなりません」
「ヤツは、いったい何処に消えたと思うね?」
「分かりません。が、ヤツは、元々、裏社会の住人。頼まれて匿う人間も多いと思います」
「何とか追っていけないものかね?」
「努力は尽くします。…が、時間はかかると思います」
 と玲香は正直に言った。

 ……

 一方その頃。
 都内にある某高級料亭。
「失礼します」
 奥の座敷に通された男は、女将が退くと、帽子とマスクを取り、ぺこりと礼をした
 首筋と手の甲から覗くサソリの刺青。…だが、それよりも目に引くのが皮膚の赤さだ。
 所々に火傷があり、水ぶくれも多い。
 迎えた恰幅の良い男は、その様を笑って、
「これは珍しい。お前ともあろう者が、なかなか酷い目にあったようだな?」
「えぇ…まぁ…」
 鮫島は言いにくそうに肩をすくめた。
 男は、料理を口に運びながら、
「それで、俺に用ってのは何だ?金か?」
「いえ、金じゃありません。手を貸してほしいんです」
「手を貸す…?何をやらかすつもりだ?」
「沈めたい女がいるんです」
 鮫島は、胸ポケットから写真を取り出す。
 被写体は、もちろん、独立組織「乃木坂46」の室長、桜井玲香だ。
「ほぅ。なかなかいい女じゃねぇか」
 と男は笑ってから、写真と、鮫島の火傷だらけの顔と見比べ、
「なるほど。そのツラは、この女にやられたってワケか」
「……」
「しかし、女一人に仕返しするのに俺の手を借りにくるとは、そんなに手強い女なのか?」
「ええ。それに、今までは街のゴロツキを金で雇って手駒にしてたんですけど所詮は素人、いまいち動きが鈍いんですワ」
「なるほど。確かにヤクザと素人じゃ、天と地の差がある」
「アニキも好きでしょう?女を泣かせるのは」
「そりゃあ、嫌いじゃねぇよ」
 と男は笑って、
「ウチの若い連中も女に飢えてるのはわんさかいる。そいつらにも回してやってくれるか?」
「もちろんです。それに…」
 鮫島は一冊の手帳を取り出した。
 裏表紙に「Y.Wakatsuki」と書かれている。
 先日、若月佑美を拉致した際に、こっそりくすねておいた手帳で、中には、現在の「乃木坂46」および前職の警察庁にいた頃から若月と親交のある女捜査官の名前が、現役からOBまで、全て載っている。
「なるほど。獲物は選び放題ってワケか」
 男は嬉しそうに笑い、
「“捜査官狩り”とは面白い遊びだ。俺も、前々から女捜査官ってのは気に食わなかったんだ。ああいう高慢な女は虫酸が走る。堕としてなんぼだ」
「おっしゃる通りで」
「よし、そうと決まったら乾杯しようじゃねぇか」
 男は上機嫌にグラスを合わせた。
 そして、ほくそ笑む鮫島。
(さぁ、桜井。第二幕と行こうか。次は、金で雇ったゴロツキとは違う本物のヤクザが相手だ。一筋縄ではいかないぞ?…ククク)

鰹のたたき(塩) ( 2019/12/16(月) 19:48 )