プロローグ
都内某所。
ネオンの明かりがまばゆい繁華街にある個室ビデオ店。
個室ビデオ…それは、利用客が個人空間でDVD鑑賞を楽しめる店のこと。
一応、ドラマや洋画なども含まれるが、そういった大衆向けの作品を目的とされることは稀で、基本的にはアダルト作品がメイン。
よって、客層は男性ばかりで、そもそも女性入店不可の店にしている店も多く、それゆえにヘビーユーザーからは「男の楽園」とまで言われているところだが、そんなところに、今宵、女が一人、おそるおそる入店した。
彼女の名は秋元真夏。
捜査官集団『乃木坂46』で室長補佐を務め、組織の屋台骨の一人であることは間違いないベテラン格。
そんな女性が、今宵、手がかりの便箋を手に、男の楽園といわれるところに一人で足を踏み入れた。
入店早々、ちょうど楽しみ終えて奥から出てきた中年男性とすれ違うと、その男性が思わず二度見して振り返るぐらい、女性一人の利用は珍しいこと。
真夏は、アダルト作品がズラリと並ぶ棚に目もくれず、足早に受付へと進み、そこで店員に、一言、
「マイネームイズ、マナツ、アキモト」
と便箋で指示された合言葉を口にすると、その店員は急にニヤリとして、
「これはこれは…いよいよ決心がついたんですね…♪ここ二日ほど音沙汰なかったもんだから、てっきり、怖気づいて後輩を見捨てて逃げたのかと思いましたよ…♪」
「……」
とニタニタ笑みを浮かべる店員だが、それに対して、一瞬、恐い目でジロリと下から睨みつけた真夏の顔を見るや、
「おっと…この場で僕を締め上げたりしないでくださいよ?もし、そんな手荒なマネをしたら…分かりますよね?」
「……」
この煽るような対応…明らかに一味の仲間が店員に化けていることは明白だが、それゆえに手出しが出来ない。
二日前、タッチの差で夜逃げされてもぬけの殻となった疑惑のソープランドで見つけた地獄への招待状…中の便箋には、
<秋元真夏に告ぐ。久保史緒里と田村真佑を預かっている。無事に返してほしければ、こちらが提示するミッションを、仲間の助けを借りずに一人でクリアし、自ら迎えに来ること>
とあり、その下に、
<ミッション@:○○三丁目にあるYという個室ビデオ店にて、受付で名前を告げよ>
それに従い、仲間に内緒で、一人、こうして店を訪ねてきた真夏。
ふいに背後を目当てのDVDを物色する一般客が通る。
店員の男は、怪しまれないように振る舞いは事務的な接客を装いつつ、真夏にしか聞こえない声で、
「表で仲間に見張らせたりしてないでしょうね?」
「…してない…ちゃんと一人で来た…」
真夏も、店員にしか聞こえない声で返すと、
「…よろしい。では、早速、ミッションをクリアしてもらいましょうか」
と言ってカゴに個室番号のブレート、そして手元から取り出したブルーレイディスクを二枚入れて差し出され、同時に、あたかもマニュアルっぽく、普段通り利用客に注意点を説明しているように振る舞いながら、
「これからその指定された個室に入り、お渡しした二本のビデオを鑑賞してきてもらいましょう。約二時間のが二本だから計四時間…この間の人質の無事は約束しますが、そのかわり条件があります。まず早送り禁止。途中退室も禁止…そして、もう一つ。一人でするのは絶対に禁止…これを必ず守ってください」
「━━━」
「もし、今言った3つの掟を破ったら、その瞬間、人質二人の命は保証しません」
と警告しながらカゴを押しつけるように渡す店員。
仕方なく受け取った真夏は、うらめしそうな顔をしながらも従う他なく、ゆっくり受付を後にして奥へ。
どんな過酷なミッションを与えられるかと思いきや、待っていたのはアダルトビデオを鑑賞させられるという奇妙なミッション。
(そんなことさせて、いったい何のつもり?)
と呆れるばかりだ。
そのまま廊下の突き当たりで角を曲がると、そこにはズラリと並ぶ個室のドア。
しっかり防音されていて、どの部屋からも中の声は一切聞こえない。
一部屋ずつ番号を確認しながら進み、ようやく自分に充てられた番号のドアを見つけ、意を決して入室するや、先客のものと思われる男臭さと、そこにほのかに残る栗の花に似た“アレ”のニオイが鼻につき、顔をしかめる真夏。
空気清浄機を見るや、いの一番に設定「強」で起動し、急いで換気。
それをしてから改めて眺める個室ビデオの部屋。
まず目を引くのは、やはり壁に掛けられた大きなモニター。
そしてサイドテーブルの上にはブルーレイのプレーヤーがあり、それと一緒にリモコン、ヘッドホン…そして何かを後始末するためのボックスティッシュが揃えて置かれてあった。
気乗りしないまま、ひとまず椅子に腰掛ける真夏。
入室こそしたものの、なかなか気乗りしない…何ならこのまま、見たことにして四時間ずっと座っておこうか…などと考えていると、突然、部屋の壁掛けの内線電話が鳴り、受話器を取ると、
「何してるんですか?さっさと再生して鑑賞を始めてくださいよ。…あ、それから、見る時はモニターの真っ正面に座ってください。ちなみにヘッドホンはしてもしなくてもどちらでも結構です」
と受付の男の声。
それを言われて、反射的にモニターに目をやる真夏。
(くっ…カメラか…!)
モニター上部に妙な付属品…どうやら、この室内の模様は受付で丸見えらしく、だからこの個室に入れられたということか。
逃げ場はない…。
それを悟った証拠に、返事もせずガチャ切りした内線電話…。
そしてモニターの正面に座り直し、意を決してカゴの中のブルーレイを一枚手に取り、ケースから出して目の前のプレーヤーにセット。
プレーヤーからディスクをロードする音がしている間に、そっとヘッドホンを装着する真夏。
そしてロードが終わり、映像が始まった。
真っ黒だった画面が明るくなり、まずはメーカーロゴ。
<immorality>
という文字が画面に示されてキラリと煌めき、そしてメインメニューへ移動。
それを見た瞬間、
(なっ…!?)
思わず絶句する真夏。
まず映し出された作品タイトル。
『前職は捜査官!?いわくつき新人が濃厚SEX三連発でAV debut!』
とあり、その下の出演女優の名前のところに「山崎怜奈」の文字が…。
そして、各シーンに飛ぶキャプチャーメニューが並んだ画面の背景に、全裸でポーズを取る女は、紛れもなく、現在失踪中の後輩、山崎怜奈ではないか。
(ど、どういうこと…?何で山崎が…?)
戸惑いに包まれる真夏だが、ミッションをこなすことが今は至上命題。
かすかに震える指で、メニューの中の「ALL PLAY」を選び、決定ボタンを押すと、一度、画面が暗転し、次に明転すると、久々に見る山崎が、画面いっぱいに映し出された。
そっくりさんではない…顔立ち、声、髪型、振る舞い…間違いなく山崎本人だ。
受付で警告された通り、早送りは禁止…途中退室も禁止…。
そして、この監視用のカメラの前の位置から動くことも禁止。
よって、目の前に映る映像を、おとなしく見るしかない真夏。
(ごくっ…)
と息を呑みつつ、冒頭インタビューから鑑賞。
初体験の年齢や性感帯を聞かれ、恥じらいつつもカメラに向かって答える山崎…それはまるで、今、その映像を鑑賞する羽目になった真夏に語っているかのようだ。
そんなのは聞き流し、ただただ、
(ウ、ウソだ…何で山崎がAVに…?さては、脅されて無理やり…?)
しかし、そのわりには時折、笑顔が垣間見え、嫌がっている様子がないのが妙だ。
やがて山崎は、指示される形で、カメラに向かって自慰行為を見せつけ始めた。
「…んっ…んっ…」
ヘッドホンから直で耳に飛び込む後輩の息遣い…反射的に目を背けかけた真夏だが、カメラの存在を思い出し、そして思い出したからには、目を逸らすことも、映像を停止することも出来ない。
真夏の困惑など届く筈もなく、シャツとジーンズの中に手を入れ、より積極的に見せつけオナニーを展開していく山崎。
再び、
(ごくっ…)
と息を呑む真夏だが、困惑で息を呑んださっきと違い、これは性興奮の始まりを告げる息…。
失踪中の仲間が…それも後輩が、いつの間にやらAVを撮られ、そしてそのAVを、今、自分が鑑賞させられている…。
そんなことを考えると、つい、否が応でも目の色を変えてしまう…なおもモニターを凝視しながら、ふと、
(…い、いけない…私ったら、何を…)
山崎の悩ましい指の動きに、緩みかけた口を慌てて閉じ、だらんとソファーに置いていた手を膝の上に。
なおもミッションクリアのために黙って画面を凝視していると、みるみる山崎が自慰で声が大きくなり、やがて男優が背後を陣取り、お手伝いと称してシャツとジーンズを取り去り、山崎の胸を鷲掴み。
そして先端の桃色の突起をいじられ、
「ち、乳首っ…♪乳首、弱いのぉ…♪」
と悦んだ顔で白状する山崎。
普段…少なくとも真夏が知ってる山崎怜奈という後輩は決してこんな娘ではなかった…むしろ仲間内で一番の秀才であり、頭脳明晰なぶん、少しお堅いイメージがある方のメンバーだった筈…。
そんな娘が嬌声を上げている映像を見せられている真夏。
やがて、心なしか脚が少し開き、
「はぁ…はぁ…」
と、かすかに息が乱れてきた真夏だが、ふと、受付での警告を頭に思い出した。
「そして、もう一つ。一人でするのは絶対に禁止…これを必ず守ってください」
それと同時に、カメラで室内を監視されてている意味が分かった真夏。
なるほど…視覚と聴覚から否応なしに得る性興奮…それをじっと堪えるミッションだということを今ようやく理解…。
「くっ…げ、下衆なマネを…」
受付で見せたうらめしそうな顔を、もう一度する真夏。
まだ二枚あるうちの一枚目の冒頭たった数分…ミッションクリアまでの道はなかなか長そうだ…。
(つづく)