1.因縁
別荘の大広間。
外道の男たちが勝利の祝杯を上げる。
「いやぁ、なかなかいい女だったな」
「あぁ、やっぱり気高い女を嬲り物にするのはたまらないぜ」
と、下っ端たちが笑う。
しかし、鮫島は、そんな下衆の会話には耳も貸さず、ずっと宙を仰いで何かを考えている。
(これで、こちらの人質は四人。今頃、ヤツら…いや、桜井は、相当、切羽詰まっている筈だ…)
桜井玲香。
これまで幾多の捜査員の手を撹乱しては高笑いしていた自分を、過去、最も追い詰めた捜査官だろう。
それと、同僚の若月佑美、こちらの女はもう既に捜査官の職を退いたそうだが、当時、この二人の女の執念は凄まじかった。
生まれながらのワルで、常に日の当たらない陰を歩き、裏社会を生き抜いてきた自信家の自分が、初めて、逮捕されるかもしれないという恐怖を感じた。
このままでは捕まる。全てを失う。…そう思ってフィリピンへ逃げ出した屈辱のフライト。
その時も、二人は、空港まで来ていた。
(あの時は本当に危なかった…)
と回想する。
人生で初めての敗走、しかも相手は幾人も堕としてきた筈の女という皮肉。
辛くも逃げきることはできた。…ただ、プライドはズタズタだった。
鮫島が、桜井のことを意識したのはそれからだ。
(この借りは必ず返す!あの女を鼻をへし折り、心身ともにズタボロにして堕とし、俺の足元にひざまづかせて屈服させてやる!)
そのためには、一度、消息を絶ち、一旦マークを解く必要があった。
だから鮫島は、自身がフィリピンで事故死したという誤報をでっち上げ、それからも、使いの者を差し向け、あの二人の、特に桜井の行動を常に探った。
やがて、二人は警察庁を離れ、若月は引退、一方の桜井は「乃木坂46」という独立組織を作ったと聞いた。
話によると、女捜査官ばかりの性犯罪撲滅組織だという。
(おもしろい)
と思った。
感心ではない。
まだ正義ヅラしているアイツをその組織ごとぶち壊して、あのプライドの高そうな顔を屈辱に染めてやろうと思った。
自分が味わった敗北感を、アイツにも味わわせてやろうと思った。
そして、一年ぶりに、ひっそりと帰国した鮫島は、その組織にマークされていた歌舞伎町のクラブの悪党どもと秘密裏に接触した。
ちょうどその時、幸運にも、男たちは潜入した女スパイ・山下美月を運よく捕縛することに成功したところだった。
鮫島は金でその男たちを買収し、山下を人質にして罠を張るよう、知恵をつけた。
思った通り、次は梅澤美波という女が罠にかかった。
そして人質が二人になったところで、いよいよ鮫島は宣戦布告の時だと思った。
まず、桜井が踏み込んでくると予想した廃病院に生きたサソリを残してヒントを与え、同時に、男たちに指示して捕らえた捜査官・齋藤飛鳥の身体にサソリの刺青を刻み、送り返した。
案の定、桜井は、それを見て、バックにいる自分の存在に気付いたらしい。
あとは、首を絞め上げるように、じわじわと時間をかけて壊滅に追い込んでやるだけだ。
(次は、どの女をターゲットにしてやろうか?)
自分が恨みを買ったせいで、可愛い部下が酷い目に遭う。
桜井が日頃から目にかけている女なら、なお良い。
そんな矢先、幸運にも、バカな女が二人、向こうから飛び込んできた。
しかも、そのうちの一人、与田祐希は過去に一度、調教済みの女だった。
二度目の快楽責めで簡単に堕としてやったし、連れの伊藤理々杏という女にいたっては、独学で会得した催眠術の練習台にしてやった。
こうして人質は計四人になった。
そして、今、男たちが目の前で祝杯を上げている。
騒ぐ男たちを尻目に、鮫島は、冷静に今後の戦略を考えていた。
人質がいる以上、依然として状況は優位だ。
しかし、それが四人もいると、かえって邪魔で、正直、少し持て余していた。
(どうしたものか…)
殺すのは簡単だが、手荒なことは好きじゃない。
となると、結局、解放するしかないのだが、せっかく快楽で堕として得た、いわば戦利品の人質を、ただ解放するのはつまらない。
どうにか利用できないかと考える。
そんな折、懇意にしている情報屋が、
「耳寄りな情報を得た。アンタがいかにも飛びつきそうな話なんだがね」
と言って、ファックスを送ってきた。
その報告書の冒頭に、
<桜井玲香の元相棒、若月佑美について>
と書かれている。
鮫島にとっては、いかにも興味深いタイトルだった。
そして、報告書に目を通した鮫島は、読み終わると自然と笑みをこぼした。
(これは使える…!)
回転の早い鮫島の脳が、次なる作戦を素早く思いついた。