乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第十二章・中村麗乃の場合
2.羞恥の周知
「んぐっ…!ぐっ…!」
 ステージ上、猿轡越しに絶えず抵抗の声を漏らす麗乃。
 四肢を自由に使えればそのスタイル抜群の体躯を活かして大立ち回りを演じるところだが、残念ながら両手首は縛られて腰の後ろ、両足首も縛られてちょこちょこと狭い歩幅で歩くことしか出來ず、キックなど繰り出そうものならそのまますっ転んでしまう。
 そんな麗乃に集まる不気味なマスク越しの男たちの下卑た視線。
 その舐め回すように目つきに悪寒を感じつつ、それよりもまず、
(こ、ここは何処…!?私の身に、いったい何が…!?)
 と、そっちの戸惑いが隠せない麗乃。
 必死に遡る直近の最後の記憶。
(…そうだ!確か、葉月が急にトイレに行きたいと言い出して…)

……

 殴られて負傷し、病院に運ばれた向井葉月。
 その彼女と同期ということもあるし、麗乃自身も警護という大役を任せてもらえたことで自然と普段以上に意気込んでいたのは確か。
 発見時、頭から血を流して倒れていたこともあって心配したが、幸い、葉月はすぐに目を覚まし、脳波も正常で命に別状はないということでホッとした。
 そして麗乃は、玲香たちが引き上げていった後からずっと葉月のベッドに張りついていた。
 葉月が襲撃された当時のことを思い出すのを待って話を聞くのが任された役目でもあったし、去り際に真夏に忠告された、

「たとえ階下や外で何か変な騒ぎがあっても絶対に病室を空けちゃダメ。それは陽動作戦で、ガードが緩んだ隙にまた葉月を狙ってくるに違いないから。だから、もしそういうことが起きた時は、病室からは一歩も出ず、ドアに鍵をかけて籠城して、すぐに私たち本部に連絡して」

 という言いつけを守って、目覚めた葉月の話し相手をしつつも、この部屋の唯一の侵入経路、病室の入り口だけを絶えず注視していた麗乃。
 なんてったって、ここは四階。
 連中も、まさかゲリラ部隊のように窓を突き破ってくるようなことはしないだろう。
 麗乃の注視の甲斐もあったのか、午前中は何も起きなかった。
 そして、お昼を過ぎたあたりで、ふいに葉月が、
「ねぇ、麗乃。ちょっとトイレに行きたいんだけど…」
「分かった。ついていくよ」
 と、同伴して一緒に病室を出た麗乃。
 これも真夏に釘を刺されたこと。
 とにかく今は、葉月を一人にしてはいけない。
 仲良く廊下に出て、そのまま突き当たりのトイレに行くのかと思いきや、葉月が、
「ごめん。この階のトイレじゃなくて一階のキレイな方に行きたい」
 と言った時に、今から思えば疑問を持つべきだった。
(どうして、昨夜、昏睡状態で搬送され、さっき目覚めたばかりの葉月が、この階のトイレより一階のトイレの方がキレイだということを知ってたんだろう?)
 というところまで頭が冴えていればよかったのだが、残念ながら麗乃は、切れ者の若月のようにその何気ない一言に不審を抱くことまでは出来なかった。
 何も違和感を感じることなく、
「分かった。じゃあ、一階のトイレに行こう」
 と了承し、一緒にエレベーターで下に降りたことが麗乃にとっては運命の岐路だったのかもしれない。
 一階のトイレ…確かにキレイだった。



 さすがに個室内まで入ることは出来ないので、洗面台のところで待っていた麗乃。
 待っている間にチラチラと鏡で前髪を直してしまうのは女性としての一面が無意識に出たのだろう。
 やがて水を流す音が聞こえ、葉月が出てきた。
 手を洗う葉月に、
「あ、ハンカチ持ってるよ」
 とポケットを探って目を逸らしたほんの一瞬の隙だった。

 …ドゴッ!

「うっ…!」
 油断をついて見事に決まった葉月の拳、みぞおちへのクリーンヒット。
(は、葉月…な、何を…)
 そのまま身体を支える力を失い、脚が折れ、へなへなと床に崩れ落ちた麗乃。
 訓練生時代から仲間内でもパンチ力の強さで一目置かれていた葉月の不意打ちは、完全に油断していた麗乃を気絶させるには充分な威力だった。
 そして、ぐったりし動かなくなった麗乃の身体をじっと、感情の死んだ目で見下ろしている時に、新たな客がトイレに入ってきた。…が、その客は用を足しに来た客ではない。
 海外旅行何日ぶんという大きなキャリーケースを手に引く、醸し出す妖艶さのわりに顔立ちが童顔で頬にえくぼを浮かべる女。
 黙ってキャリーケースを開くと、中はほぼカラッポ。
 唯一、入っていたのは上着とカツラで、それを葉月に手渡して、一言、
「早くしなさい」
 と急かすその女、葉月に催眠術をかけて操った張本人の中元日芽香。
 葉月は言われるがまま上着を羽織り、カツラを被って雰囲気をガラリと変えると、次はカラッポになった大型キャリーケースに麗乃の身体を詰め始めた。
 長い手足を半ば無理矢理に折りたたみ、何とか詰め込んだところで日芽香が一言、
「行くわよ」
 そして、何事もなかったかのようにキャリーケースを押し、こっそり裏の救急通用口から表に出ると、そこには準備よくコワモテでガタイのいい男が二人、待ち構えていたように立っていた。
 その男たちも手伝って乗りつけたライトバンに麗乃を詰めたキャリーケースを積み込み、続いて自分たちも乗り込む。
 スライドドアを閉じてようやく、
「ふぅ…ご苦労様♪」
 と、特徴的なアニメ声で、暗示のシナリオ通りに動いた葉月を労い、微笑む日芽香。
 そして、その車内、助手席にはキャップを目深に被る柴崎もいた。
「へへへ…うまくいきましたね、ボス」
 と、ご満悦の舎弟には返事もせず、
「開けろ」
 とキャリーケースを開けることを命じる柴崎。
 開かれたキャリーケースを覗き込み、詰め込まれていた女の顔を見ると、
「チッ…阪口珠美じゃない。コイツは中村麗乃ってヤツだ」
 と、喜ぶ舎弟とは対照的に、眉を寄せて舌打ちをした柴崎。
 狙っていた獲物ではない…アテが外れたという表情…。
 彼が狙っていた本命は阪口珠美、それか次点で梅澤美波あたりでもいいと思っていたが、その二人ではなく、今回、罠にかかった女は中村麗乃だった。
(もしコイツが阪口珠美だったら、戦況が大きく動いたんだがな…)
 と計画自体は大成功だが、心なしか残念そうな柴崎。
 今、柴崎が執拗に狙っている女、阪口珠美…連中の中でもとりわけ手強い参謀役、若月佑美を捕らえるためには是が非でも必要な女。
(おのれ、若月…やはり自分の生命線でもある女を独りにはしないか…)
 中元に催眠を掛けさせて言いなりにした向井葉月を殴りつけ、昏倒させた状態で放置すれば、発見した連中が病院に運び込むことは猿でも分かるし、そこに誰かしら監視役をつけることも想定の範囲内。 
 だが、さすがの柴崎も、連中の中でいったい誰がその役を担うかまでは読めない。
 まさか桜井玲香や若月佑美、秋元真夏といった指揮官クラスが病院に残るとは思えないので、誰か若い部下を呼びつけて交代するに違いないと踏んでいたし、その点、向井葉月と同期という点で、阪口珠美や梅澤美波がそれを任される可能性も充分にあると期待していたが、蓋を開けてみれば意外な伏兵、中村麗乃だった。
(そういや、コイツも向井葉月と同期だったか…)
 この女、そして、吉田綾乃クリスティー…失礼ながら、この抗争において、まだ一度も血祭りに上げられたことがなく、実直に捜査官をまっとうしているような影が薄いメンバーは柴崎にとっては完全にノーマークだった。
(まぁいい。お楽しみを先延ばしにするのも一興だ)
 阪口珠美を捕らえ、それを餌に若月佑美を、そしてさらにその若月を餌に桜井玲香をおびき寄せて『乃木坂46』のトップ2をまとめて血祭りに上げるというこの抗争における自分たちの勝利を決定づける計画は、なおも継続し、次なる罠を張る次第。
 そして、アテが外れたとはいえ、こうして新たに連中の一人を捕らえたことで、少なからずヤツらの戦力ダウンに直結することもまた事実。
 狙っていた獲物ではなかったからといって手もつけずに解放するのはもったいない。
 それならば何らかの利用価値を無理やりにでも見出すのが柴崎の流儀。
(…ソープだな)
 ちょうど今晩、特級会員向けの感謝祭と銘打った集いを行うつもりだった。
 予定では、中元の催眠術によってふたなり化した中田花奈を見世物にして楽しんでもらおうと段取りしていたが、思いがけず、いいタイミングで新たな獲物が手に入ったので、どうせならコイツを使うとしよう。
「よし、とにかく出せ。もうここに用はない」
 と運転席の舎弟に発進を命じ、病院の敷地を出たところで、柴崎は携帯電話を取り出し、自身が経営する会員制ソープランド『N46』のマネージャーに電話をかける。
「…はい、もしもし」
「私だ」
「あぁ、オーナー」
「今夜のイベントだが、少し内容を変更する。こちらで新たに獲物が手に入ったので、そいつを使うことにしたい」
「かしこまりました」
 と、オーナーの提案に対して文句ひとつ言わないマネージャー。
「ちなみにどういった感じで?」
「そうだな…衆人環視の中で快楽漬けにして、自らの口でソープ堕ちを宣言するまでの一部始終をショー形式で特級会員の皆様に鑑賞して頂くというのはどうだろう?」
「なるほど。いいですねぇ…♪」
「とにかく獲物をそっちへ運ぶ。あと半時間ほどで着くよ」
「かしこまりました。こちらで何か用意するものは…?」
「そうだな…」
 柴崎は車に揺られながら、一度、宙を仰いで、
「どうせなら何の変哲もない男より、テクニシャンの男がネチネチ責め落とす方がショーとして見応えがある。片桐に連絡して夜までに腕の良いAV男優を寄越すように頼んでおけ」
「かしこまりました。では、お待ちしております。道中お気をつけて」

……

 …という、そんなゲスいやり取りが行われた末とは露知らず、目覚めたと同時に自由を奪われた身体で無理やりステージに上げられた麗乃。
 無論、何も知らない彼女は、この状況的に自分が何らかの罠に嵌められて柴崎一派の連中に捕らわれたのだということは薄々勘づいても、背後にいる男が女体を知り尽くした相当なテクニックを有する現役AV男優だとは知る由もない。
(くっ…は、離しなさいよ…私をこれからどうするつもり…?)
 と、身を揺すって無駄な抵抗を続ける麗乃を無視して、進行役の男が、
「では、皆様!まもなく開演の女体陥落ショーに先立ちまして、まず、今宵の生贄のプロフィールを軽く紹介しておきましょう!」
 と、手に持つファイルを開き、マイクで読み上げる。

「まずは彼女の名前から。名前は中村麗乃、麗乃ちゃんでございます。華麗の“麗”に乃木坂の“乃”で麗乃。そして、ご覧の通り、スタイル抜群、身長167センチの長身でございます。続いてスリーサイズですが上から…」

(なっ!?)
 思わず、ぎょっと目を見開く麗乃。
 初めて見る男にもかかわらず、スラスラと読み上げたスリーサイズは、全て当たっていた。
(さ、さてはコイツ…!私が眠っている間に勝手に計測を…!)
 それは、すなわち知らぬ間に身体に触れられたということだ。
 すかさず、
「んーっ!んーっ!」
 と、猿轡越しに抗議の声を上げる麗乃だが、ふいに背後の男に髪を捕まれて一言、
「静かにしたまえ。皆さん、君のことを熱心に聞いているんだ。余計な雑音は邪魔になる」
「ぐっ…!」
 頭皮の痛みに顔をしかめる麗乃。
 そのまま背後の男をキッと睨んだのも束の間、続いてスピーカーから会場全体に向けて発表された次なる紹介に麗乃は思わず絶句する。

「そして、皆様っ!これはすごく耳寄りな情報ですよッ!ある人からの情報なんですが、なんと、彼女…今はこうして女捜査官の顔をしていますが、驚くなかれ!こんな堅そうな顔をして、実はプライベートではかなりの経験人数を誇る男喰い大好きヤリマン、いわゆる“マンイーター”だそうです!」

(…!?)

「さらに、ある筋からのタレコミによると、なんでも、大人のオモチャ、野外プレイにプレイベート3P、疑似痴漢プレイに縛りプレイ…さらには、なんと、酔った勢いそのままに後輩を交えた乱交経験まであるというツワモノっ!そして極めつけは、この娘…こう見えてアナルセックス、二穴挿入まで既に経験済みだそうです!特にアナルセックスはすっかり目覚めてしまい、セックスをする時は必ず男にねだってアナルファックもしてもらうというのが本人の弁…♪これは、ここからの乱れっぷりに期待が持てますねぇッ!」

 と流暢な喋りで会場を盛り上げる司会者と、それを聞いて歓喜に沸く会場。

「なんだ、可愛い顔して実は変態ちゃんなのかぁ…♪」
「いいねぇ、嫌いじゃないよ。そういう娘も…♪」
「どれだけ性に貪欲なのか、ぜひ確かめてみたいですなぁ…♪」

 と、男たちがテンションを上げて囃し立てれば囃し立てるほど、みるみる顔が紅潮していく麗乃。
(な、何で…!何で、私のこと、全部知ってんの…?)
 戸惑い、思わず変な汗をかいてしまう麗乃。
 混乱する彼女は、この恥ずかしい情報のリーク元が、先に捕らわれて拷問にかけられた日頃から目にかけている妹分…ともに女捜査官のわりに性欲が強く、セックスにも奔放という共通点を持つ後輩の金川紗耶だということに、まだ気付く様子はない…。



(つづく)

■筆者メッセージ
(追記)
ここの伏線となったやんちゃん回でも、さすがにそこまではバラしてなかった気もしますが、まぁ、ノリで足してみました。
こういう過去にアップした章との細かな齟齬は華麗にスルーしてくだされば幸いです(←笑)
鰹のたたき(塩) ( 2022/08/01(月) 16:28 )