乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 ANOTHER-04 殺し屋が殺られる日…松尾美佑編
2.サドに睨まれたスパイ
「くっ…!くっ…」
 ガシャガシャと地下牢に響き渡る金属音。
 細長い両手を吊り上げる手錠を懸命に揺する美佑だが、外れてくれる気配はない。
 だが、延々と続くその奮闘っぷりに、次第に見張りの男たちも、
「ガチャガチャうるさい女だ。いつになったら諦めるんだ?」
「もういい。気が済むまでやらせておこう。手錠の鍵は俺が持ってる。いくらあがいても絶対に逃げられやしねぇんだ」
 と呆れ返り、気付けばどこかへ消えてしまった。
 それでもなお続く孤独な抵抗。
 不覚をとって捕らわれてしまったが、まだ諦めるワケにはいかない。
(早く脱出して、生駒さんに報告しないと…!)
 こんな山奥で、ヤツらが何やら不穏な施設を造っているという情報を、何としても持ち帰らなければならない。
(例の強力媚薬の精製も、おそらくこの建物で行われているに違いない…!)
 真夜中にもかかわらず入り口には見張りが常駐し、建物の裏側は急斜面の雑木林、そしてさらに、その木々の間には枯れ葉に埋もれて不用意に踏み込んだ侵入者の足を狩る罠が仕掛けられているという鉄壁の守り。



 美佑も、まんまとその罠にかかってしまった一人だ。
 挟まれた脚の痛みなど忘れてしまった。
 それよりも、
(悔しい…!私としたことが…)
 という忸怩たる思いが上回った。
 特に悔やまれるのが、組織の長・生駒に報告をしようと思った矢先だったことだ。
 報告した後なら、すぐに仲間が助けにが来てくれると楽観できるが、そうではないから、尚更、一刻も早く脱出しなければならない。
「くっ…!くっ…!」
 レザースーツに包まれた長身でスレンダーな身体、細長い四肢が揺れる。
 そこに、
(…!)
 ふいに遠くから、コツ…コツ…と二人ぶんの足音が聞こえた。
 一つは革靴、もう一つはヒールということから、どうやら男女らしい。
 それが聞こえた途端、吊られた手を揺するのを止め、だらんと脱力して気絶したフリをする美佑。
 幸い、拘束されているのは腕だけで、左右の脚は拘束されていない。
 やがて近づく足音が止まり、キィィ…と牢の鉄格子が開く音がした。
 そしてまた足音。
 確実に自分の元へ迫ってきている。
 気絶したフリのまま、耳を澄ませる美佑。
 そして…。
(…今だッ!)
 研ぎ澄まされた聴覚で推し測る自分との距離。
 目の前1メートル、間合いに踏み込んできたと見るや、いきなり、その細長い脚で蹴りを見舞う美佑。
(よし、決まった…!)
 と脚を上げた瞬間から自画自賛の完璧な間合いとタイミング。
 男と女、どちらが目の前に近寄ってきたかは知らないが、クリーンヒットを確信するキックだった。…が、しかし。

 パシッ…!

(…!?)
 返ってきたのは、人間を蹴り上げた際の鈍い衝撃ではなく、その振り上げた細い脚をいとも簡単にキャッチされた予想外の感触だった。
「…なっ…!」
 思わず目を開けると、そこには、浅黒い屈強な男が、美佑の会心の蹴りをいとも簡単に受け止め、
「へへへ…なかなかいい蹴りだ。寝たフリでギリギリまで引きつけるクレバーなところも見事だな」
 と、ニヤニヤ笑っていた。
「くっ…は、離せっ…」 
 脚を持たれ、自然とY字バランス状態になってしまった美佑。
 そんな、軸足がぷるぷる震える様子を、男の背後でクスクス笑う妖艶な女の視線が急に恥ずかしい。
 やがて、掴んだ手を離され、ゆっくりと下りていくミスショットの右足。
「今の蹴りのキレ…やはり、ただの迷子の女じゃねぇな?てめぇ…」
 それまで笑っていたその男、只野の目つきが急にギロッとした眼に変わる。
「ボスには、お前さんの素性から何から、洗いざらい、全て白状させるように言われている。場合によっては快楽漬けにして狂わせてもいい、とのことだが…」
 と言って、只野は品定めをするように顎をさすりながら歩み寄り、
「お前…誰だ?例の『乃木坂46』の仲間か?」
「━━━」
 美佑が黙秘の態度を取ると、只野は肩をすくめ、背後にいる女、橋本奈々未に、
「おい、奈々未。どうなんだよ?」
「…いいえ。こんな娘、私は一度も見たことがない」
 と答える奈々未。
 その口ぶりは、すっかり快楽に溺れ、捜査官集団の一員から只野の娼婦に寝返った女の発言だ。
「なるほど。つまりコイツは、少なくとも『乃木坂46』の連中ではないってことだ。となると、尚更、お前は何処の誰だ?」
「━━━」
「…耳ついてんのか?てめぇ、コラ」
「ぐっ…!」
 いきなり乱暴に美佑の顎を掴み上げる只野だが、美佑も負けてはいない。
 すぐさま、
「ぺっ…!」
 と、至近距離の只野の顔にツバを吐きかけ、キッと睨み返す美佑。
 それが見事に右目に直撃し、
「チッ…!」
 と、掴んだ手を離す只野。
 主人に対する無礼に、奈々未も、思わず、
(なんてことを…!)
 という顔で、慌ててハンカチを取り出し、手渡そうとするが、只野は怒るどころか不敵に笑みを浮かべ、
「へへっ…いいねぇ、その気の強さ…上等だよ。それぐらいの感じでいてくれなきゃ、こっちも楽しめねぇからよ…♪」
「━━━」
 その笑みから滲み出る生粋のSっ気は、初対面の美佑でも戦慄を感じたほど。
「へへへ…さぁ、それじゃ尋問を始めようか。その威勢の良さを、せいぜい最後まで貫いてくれよ。根性試しと行こうじゃねぇか!」
 という只野の声で、ドサッと手に持っていたバッグを地べたに下ろす奈々未。
 その開いたファスナーの隙間から覗くのは、数々の大人のオモチャとSMグッズだ…。

 ……

 一方その頃。
 部下の一人が敵の手に落ちたことを焦る生駒に吹っ掛けられた無理難題によって、『乃木坂46』の捜査本部は騒然としていた。
 こうなると、もう、玲香と若月の二人だけの秘密にしている場合ではない。
「みんな、落ち着いて聞いてほしい…」
 と前置きをした上で、第三極として登場した生駒の存在と、その経緯、そんな生駒の一味に賀喜と早川を人質に取られている現状などを駆け足で話す玲香。
 聞き終えた仲間たちの反応は様々だった。
 生駒がまだ警察庁の性犯罪対策課の一員で同胞だった頃を知るベテランメンバー、秋元真夏や井上小百合は一様に表情を曇らせたし、その当時を知らず、生駒とも面識がない柴田柚菜や矢久保美緒らの若い面々は、かつて目の前の先輩たちとともに捜査官をしていた女が復誓のために職を退き、殺し屋の集団を形成したというあたりから非現実的な話すぎてポカンとしている。
「と、とにかく…」
 と真夏自身も動揺を抑えきれない中、ひとまず話を整理するように、
「今のところ、まだ賀喜ちゃんと聖来は無事ってことでいいワケね…?」
「あくまでも今のところは、だよ。…で、それも、さっき、今日の正午まで、と言われた」
 と吐き捨てる若月。
 一斉に壁の時計に目をやる面々。
「正午って昼の12時ですよね…?残り二時間を切ってますよ…!」
 と息を呑む田村真佑。
 それまでに柴崎の居場所を突き止めて教えろというのが条件だが、いまだ手がかりもない状態…はっきり言って不可能だ。
 高山一実も真剣な表情で、
「玲香個人としてはどう思う?もし、そのタイムリミットを過ぎれば、生駒ちゃんが本当に人質の二人を見せしめに殺すと思う…?」
「……」
 玲香は少し黙って考えた後、
「これは私の希望的観測でもあるんだけど…」
 と前置きをした上で、
「私は、殺しまではしないと思う。生駒ちゃんが立ち上げた組織の理念は世の女を食い物にしている下衆な男たちへの復讐。それで賀喜ちゃんや聖来を殺すのは筋違いだし、復讐という理念にも背くことになる…」
「じゃあ、脅し文句に過ぎないと?」
「いや、そこまで断定は出来ない。所詮、人間なんて、追い詰められれば気が動転して判断を誤る生き物。私もそういう経験がある…」
「……」
 押し黙る仲間たちの中、唯一、若月だけは、
(それ以上、言わなくていい…!)
 という顔をした。
 玲香はデスクに座り直し、
「さっきの電話で生駒ちゃんは『仲間の一人と連絡が取れなくなった』と言ってた。私の予想では、おそらくその仲間はヘタを打って柴崎たちに捕まってしまったんだと思う。もし、その捕まった人間が拷問にかけられ、万が一、自分たちの素性やアジトの場所について口を割ってしまえば、生駒ちゃんたちは報復の対象としてこれからは柴崎たちから追われる立場になる。それを察して生駒ちゃんが焦っていることは間違いない」
「じゃあ、そんな精神状態の中で、冷静な判断をしてくれることを祈る…ってこと…?」
「━━━」
 玲香が答えに窮して黙り込んだのを引き取って若月が、
「別の心配もある」
「別の心配…?」
「玲香の言う通り、生駒ちゃんとその組織の存在が柴崎に知れるのはもはや時間の問題…今に生駒ちゃんも狙われる側になってしまう。もし、柴崎たちから急襲を受けた場合、その人質の二人を時間稼ぎに使うことも考えられる…」
「時間稼ぎ?たとえば?」
「たとえば…」
 若月は、少し言いにくそうにして、
「二人を囮にして、その間に逃げる…とか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!それってつまり、かっきーと聖来をまるで生贄のようにして柴崎に差し出すってことですか!?ひどいですよ、そんなのッ!」
 とんでもないという顔でバンッ!とデスクを叩いて立ち上がる二人の同期、田村真佑。
 だが、そちらに目を移した若月はいたって冷静に、
「それで自分が少しでも生き長らえるなら悩む理由なんてないでしょ?だって別に生駒ちゃんには、その二人に対する情が何もない。貴女みたいに二人と同期という間柄でもない」
「…た、確かに…」
 ぐうの音も出ないという表情で上げた腰を下ろす真佑。
 それは確かに若月の言う通りなのだ。
 見せしめに殺されることはないにしろ、正義に背いて裏稼業に染まった生駒にどう利用されるか分からない。
 だからこそ、早く手を打たなくてはならない。
 だからこそ、悔やまれる未央奈と葉月の尾行失敗。
 葉月は負傷し、未央奈は失踪…こちらもこちらで、ハッキリ言って他所の組織の行方不明者に構ってる余裕など無いのが本音。
「未央奈の不可解な消え方すら、まだ何も解明できてないのに…こりゃあ、冗談抜きでネコの手でも借りないと追いつかないよ。家でネコ飼ってる娘は今から連れてきてくれない?」
 と苦笑する高山。
 重い空気をどうにか和らげようとする彼女なりの優しさの反面、それが本音でもある。
 明らかな人手不足…生駒の横槍があるから尚更だ。
(せめて花奈…万理華…松村でもいてくれれば…)
 と、失ったベテランたちを悔やむ玲香。…と、その時。

 カチャ…

 と本部のドアが開き、現れた人物を見て全員が驚いた。
 大園桃子。
 そして、その後ろにいるのは、なんと…!



「ま、麻衣…!」
「白石さんっ…!」
 
 姿を見せたのは、なんと、今もまだ病院で療養している筈の白石麻衣ではないか…!
「麻衣っ…早くても復帰は来月じゃなかったの?出てきて大丈夫なの?」
 と駆け寄る真夏に対し、
「うん、もう大丈夫。ありがとう、真夏」
 と笑顔で返し、他の仲間たちにも、
「みんな、ごめん。迷惑かけて」
 と頭を下げる白石は、そのまま玲香と若月にも目を移し、
「二人も、ありがとう。もし、あの時、二人がいなかったら私は今頃、柴崎に…」
「ううん、気にしないで」
「私たちこそ、麻衣がこうして立て直してくれたおかげで、今も何とか戦えてるんだから」
 と、励まし、称えて迎える玲香と若月。
 まるでSOSのテレパシーが届いたかのよう。
 戦線離脱した二代目司令官が、深刻な人手不足の中、これ以上ないグッドタイミングで戦線復帰だ。
「よしっ!麻衣が帰ってきてくれたら百人力!ネコなんかとは大違いだね!」
 と喜ぶ高山。
 とはいえ、白石が離脱している間にも、いろいろなことが起きた。
 その都度、見舞いに通う桃子が移り変わっていく戦況を伝えていたが、最新情報でもある生駒の登場については、桃子も含め、またイチから説明しなくてはならない。
 思った通り、若月から経緯を聞いた白石も、一言、
「…生駒ちゃんが?」
 と怪訝そうな顔を見せた。
「とにかくッ!生駒ちゃんからプレッシャーもかけられてるし、人手も足りないからてんやわんやしちゃっててさ」
 と肩をすくめて見せる高山に、白石は持ち前の決断力で、
「だったら、いっそ部隊を二つに分けるのはどう?生駒ちゃんへの対応も含め、賀喜ちゃんと聖来の救出を担う班と、消えた未央奈を追う班。私が後者を指揮すれば、玲香と若月も少しは負担が減るでしょ?」
「さすがだね。そう言ってくれる人を待ってたんだよ」
 と思わず本音と笑みがこぼれる若月。
 こうして白石の復帰により、司令塔が二つ、晴れて二面作戦を組めるようになった乃木坂46。
 協議の結果、玲香と若月は、そこにさらに気心が知れたベテランの井上小百合と斉藤優里、そして若月の愛弟子である梅澤美波と阪口珠美の四人を加え、いわば生駒への対応をメインに。
 残りのメンバーは戦線復帰した白石の指揮の下、本筋として柴崎一派と対峙しながら、未央奈をはじめとする失踪した仲間たちの行方の捜索。
 そして、その二つの部隊を繋ぐ連絡係として真夏がバランサーになるという布陣に決まった。
 早速、本部の端と端…二つの輪が出来て議論が始まる。
 そんな中、指揮官に返り咲いた白石が、まず着目したのは、やはり未央奈と葉月の不可解な尾行失敗だった。
 改めて経緯を説明する高山。
 彼女は問題の車を追尾していた当事者でもある。
 そんな高山が、
「正直、私にもよく分からないんだ。追尾してたのは私とウメ、久保ちゃん、そして中村。全員があれだけ注視していたのにその四人全員がまんまと見過ごしたなんてことは絶対にありえないと思ってる。でも、かといって、煙になって空に消えたワケでもあるまいし、いったい何が何だか…」
 と肩をすくめるように、話を聞いても彼女らの一連の追尾に何ら不備はない。
 だが現に、進展を期待した尾行が一転、突然の逆襲に遭った葉月と未央奈。
 その手際の良さから見て、白石は、まず、
「尾行していたつもりが罠のある方へ誘い込まれていた…としか考えられないわね」
 ということを断定した。
「じゃあ、二人が柴崎の尾行を開始したこと自体がそもそも罠だったってこと…?柴崎が、自ら二人を罠へと誘導する囮になったと?」
 怪訝そうな顔をする高山。
 そして白石は、ふと考え込むような顔をして、

「その時の無線のやり取り、今、聞き直すことって出来る?本部の真夏と、尾行していた葉月のやり取り…」

 と口にした。

 ……

 運び込まれたソファーに腰掛けてくつろぐ只野。
 そして、その目の前では、これより拷問にかける女スパイ、松尾美佑の緊縛が着々と進んでいた。
「くっ…!うぅっ…!」
 レザースーツに食い込む麻縄の痛みに、時折、顔をしかめて唇を噛む美佑を、
「動かないの…」
 と静かに叱る女、橋本奈々未。
 そんな彼女が、仕上げに、グッ、グッ…と引っ張る力を加えるたびにみるみるきつく締まっていく麻縄。
 その模様を眺めながら、
「へへへ…どうだ?俺の女、なかなか手際がいいだろう?そいつぁ、元・SMクラブのナンバーワン女王様なんだぜ。といっても俺の前では可愛らしい仔猫だがな…♪」
 と、どこか自慢げな只野。
 その間も、着々と緊縛は進み、
「それにしても、培ったスキルってのは何年か経っても身体が覚えているものだな。手際も良くて感心するぜ」
 と只野も笑み。
 やがて、背後で小さく、
「よし、完成っ…♪」
 と囁いた奈々未。
 そして手にした縄の先をグッと引っ張れば、
(あっ…!)
 それに合わせて美佑の細い脚がゆっくりと持ち上がっていく。
「くっ…!くぅっ!」
 必死に踏ん張るも強制開脚は止められず、そのまま膝の裏に通された縄によって、意に反して上昇する右脚。
「ふふっ…♪ひとまず最初はこのへんで留めておこうかしらね」
 と妖艶に耳元で囁き、そこで縄の高さを固定する奈々未。
(や、やだ…こんなカッコ…!)
 それは何とも滑稽で無様な光景。
 黒のレザースーツを纏うスレンダーな身体を麻縄に絡め取られ、フラミンゴのように片足立ちを強いられる。



 たまらず、
「ちょ、ちょっと…!下ろしなさいよ…くっ、こ、このっ…」
 不安定なつま先立ちでよろけながら声を上げるも、奈々未は聞く耳を貸さず、主人の只野に対して一言、
「準備、完了です」
 と告げるだけ。
「よーし…」
 脚を組み、宙に向かってタバコの煙を、蒸気機関車のように吐き出す只野。
 そのまま美佑の目を見て、
「さぁ、女スパイさんよ。吐くなら今のうちだぞ。ここから先は、途中で音を上げても行くところまで行っちまうからなぁ?」
「━━━」
「おら、どうなんだよ?ここですんなり吐くのか、それともつまらん意地を張って俺たちを楽しませてくれるのか」
 ニヤニヤしながら伺う只野に一言、
「ア、アンタに話すことなんて何もないわ…!」
「ほぉ、そうかい。じゃあ、とっとと始めるとしよう。生意気な女スパイさんを手なづける調教遊戯をなッ!」
 と、いよいよ拷問の幕開け、開戦を告げた只野。…といっても、彼自身はソファーに腰を下ろしたまま。
 まだ自分の出る幕ではないといったところか。
 そして、そんな彼に代わって美佑の身体に手を伸ばすのは奈々未だ。
「さぁ、まずは私が相手をしてあげる…♪」
 と囁きながら示す、いつの間にか手にした無数のローターのコード。
 それを、まるで釣り上げた魚のように持ち、グレープフルーツほどの大きさになるローターの集合体を美佑の眼前でユラユラと揺らす。
「こういうのは普段よく使うのかしら?」
 とクスクス笑いながら聞いてくる奈々未に対し、答える義理などないと無言を貫く美佑。
「…まぁ、使わずとも、これがどういうモノかぐらいは知ってるでしょ?」
 と言いながら、そのコードの先についているコントローラーで、次々スイッチを入れていく奈々未。

 ブィィィィン…!

 ブィィィン…ブィィィン…!

 ブィィン、ブィィン、ブィィン…!

 一つ、二つ、三つ…と、振動を始めるローター。
 やがて、けたたましい振動で接触し合いながら妖しく宙を漂うローターボールの完成。
 それをグイッと鼻先まで近づけられ、咄嗟に、
「くっ…やぁっ…やめて…!そんなの使ったところで、私は何も口にしないっ…!」
 と啖呵を切る美佑だが、奈々未は怯むどころかクスッと笑って、
「んー?まだ当ててあげるなんて一言も言ってないのに、なに一人で勝手に話を進めちゃってるのかしら?」
「━━━」
 一枚上手の奈々未は、美佑の震える肩に顎を乗せ、
「もしかして…今から当ててもらえると思って期待しちゃったの?」
「なっ…!だ、誰が期待なんかッ…!」
 見事に揚げ足を取られ、かァッと頬を赤らめて否定する美佑に、すかさず、
「ほぉ…ただの生意気かと思いきや、そういう乙女チックな反応もちゃんと出来るじゃないか。今のお前、なかなか可愛らしい顔をしているぞ。へへへ♪」
 と、目の前のソファーから美佑の赤面を眺め、羞恥心をいたぶる只野。
 そう…それはまるでショータイム。
 ソファーに腰掛けた只野の前で、緊縛された美佑。
 その背後から迫る奈々未のネチネチと意地悪な囁きが、美佑の頬をみるみる赤く染める。
 そして奈々未のセクシーに吐き出す吐息が耳にかかり、ピクッと身体を跳ね上げたところで、

「私のご主人様の調教を受けられるのは敏感な女の子だけ…おっぱいだけでイッちゃうような敏感な娘じゃないと、ご主人様には触れさせられないわ。だから、まずは私が感度チェック…♪貴女の身体を、今に、ご主人様に見合う感度に変えてあげる…♪」

 と、妖艶な息遣いで囁いた。


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2022/07/21(木) 01:25 )