田村真佑の学生時代 -プロローグ-
「じゃあ、行くよ…?スタート…!」
と、仲間の一人が、やや紅潮した顔でリモコンの再生ボタンを押した。
電気を消した真っ暗な部屋にテレビの明かりが灯ると、いきなり、
「あぁん♪あぁん♪」
と艶めかしい声がスピーカーから流れ、
「ちょ、ちょっとッ!ボリュームっ!デカすぎるって…!」
「下げて、下げて!」
「ちゃんと最初からにしてよっ!何でいきなりヤッてるとこから…!」
と大騒ぎの室内。
そこにいる女子高生たち四人、全員が生まれて初めて目にするアダルトビデオ…しかも裏モノ…。
兄が物置きに隠していたDVDを発見したという仲間の一人の家に集まり、その持ち主の兄と両親が留守の間に上映会だ。
なおも画面の中で繰り広げられる濃厚な無修正セックスと、スピーカーから断続的に漏れる卑猥な喘ぎ声に、
「ちょっ…声ヤバっ…」
「え…そんなとこまで舐めんの?マジ…?」
「てかさぁ…ふ、太すぎない…?男子って、みんな、これぐらい…?」
と、ヒソヒソ言い合っては全員が一様に頬を赤らめ、映し出される映像をドキドキしながら眺める思春期真っ只中の女子高生たち。
通称「コブラ」…語感だけで聞くと暴走族のチーム名のようだが、なんてことない、学校帰りに流行りのクレープ店に寄り道したり、テスト前になるとファミレスにこもってテスト勉強をしたりするだけの、ただただ平和な仲良しグループである。
それならせめてもっと可愛い名前をつけるべきだが、なぜか全員、そのコブラという名前がえらく気に入ってしまって、結局、今もそのままだ。
そんなコブラの同志として気心の知れた面々だから出来る鑑賞会。
そして、その輪の中には、近い将来、女捜査官を志す若き日の田村真佑もいた。
隣の娘と照れ隠しに手を握り、一緒に毛布にくるまってチラチラと盗み見するように画面に目をやっては、二人で、
「きゃっ…♪今、おもいっきり見ちゃった…♪」
「モロじゃん、モロ…♪」
と、わちゃわちゃしている。
やがて、画面の中で激しいピストンが始まると、
「うわっ、早い!早い!」
「え…腰の振り方、ヤバいんだけど…」
「男、必死すぎない?こんな顔して腰振られたら笑っちゃうわ、私…」
と、リアクションも賑やかに。
「てかさ…こんなに激しくされて痛くないのかな?」
という素朴な疑問をよそに、串刺しピストンに悶える女優は、そのまま、
「あぁぁっ、イ、イクっ!イクぅぅっ♪」
と絶叫とともに痙攣し、それとともに男優も突き挿していたイチモツを勢いよく引っこ抜いて、自らの手で掴み、搾り出すように高速で扱く。
ドピュッ…!ドピュッ…!
小さく口を開けた女優の口元めがけて吐き出される特濃ザーメンに、
「わぁっ!顔を出したッ!」
「え、マ、マジ…?が、顔射ってヤツ…?」
「いや、アップしなくていいって!」
「ちょっと待って…ドロドロすぎない…?」
「ヤバいよ、もぉ…夢に出てきそう…」
と、初めてのAVが大量の顔射フィニッシュは刺激的すぎたのか、さすがに少し引き気味。
そんな中、唯一、真佑だけは、その吐き出されたザーメンには目もくれず、女優の、そして男優の余韻に浸る顔をじっと観察していた。
ともに息を乱し、恍惚の表情を浮かべる当事者たち。
それを 見て、
(す、すごい…どっちもすごい蕩けたような顔してる…エッチするのって、そんなに気持ちいいんだ…)
と、好奇心が刺激され、少し身体が熱くなる真佑。
そこにさらに追い打ちをかけるように、余韻から覚めた女優が静かに指を股ぐらに移し、
「あんっ♪んっ、んっ…♪」
と自らの秘肉を弄って悶え始めた。
その模様を、再び、息を呑んで見つめる面々。
「こ、これって…オ、オナニー…だよね…?」
「そ、そうだね…オナニーだね…」
「エッチし終わったばかりでもしちゃうんだ…」
とボソボソ言い合った後、少しの沈黙を挟んで、
「み、みんなはさぁ…普段、オナニーとかする…?」
と口にした一人を皮切りに、
「…そ、そりゃ、まぁ…ぶっちゃけ、するよね…」
「うん…つーか、みんなしてるでしょ?思春期だし…」
「まぁ、まぁ…ね…?」
と言い合っては全員一斉に頬を染めるコブラの面々。
そのうち、薄暗い室内で誰からともなく、
「んっ…んっ…♪」
「あぁっ…ヤ、ヤバっ…」
「な、なんか…ちょっと興奮しちゃった…かも…」
「んんっ…んっ、ああっ…♪」
「ね、ねぇ…みんな、周り見たりするのはナシね…?」
「う、うん…」
「これはさ…私たちコブラだけの秘密だよ…?」
「も、もちろん…」
「わ、分かってるよ…あぁんっ…♪」
すっかり触発されたのか、各々、熱くなった身体をまさぐっては次々に嬌声を上げ始める。
ここで、あえてもう一度、記述する。
この中には、近い将来、女捜査官を志す若き日の田村真佑もいた。
仲間内でも、人一倍、性に対する興味が強かった彼女。
その証拠に、彼女が最も流暢な指遣いで自らの興奮をなだめていたぐらいだ…。
……
コブラで裏ビデオの鑑賞会をした翌日の放課後。
真佑は、昨日のむっつりスケベ顔から一変、凛々しい顔をしてグラウンドで部活に汗を流していた。
所属するのは女子ソフトボール部。といっても、まだ創設されて歴史が浅く、真佑も含めて部員全員、素人に少し毛が生えた程度だが、それでも打ち込むものがあるのは学生生活が彩られて楽しい。
そして真佑はセカンドの守備位置につくと、
「コーチっ!お願いしまーすっ!」
「よーし、行くぞぉっ!」
カキーンっ!パシッ!
「オッケー!いいねぇ!」
真佑の華麗なグラブ捌きに笑顔を見せてくれるコーチ。
彼の名は誠(まこと)。
この学校のOBで現在は大学生、なおかつ、元・当校野球部のエース。
野球部は昔からわりと強く、最近でこそ甲子園からは少し遠ざかっているが、以前は春夏連続で出ていた時期もあったし、最高でベスト4まで進んだこともある名門である。
残念ながら誠の代では甲子園には届かなかったものの、その野球部で培ったノウハウを注入すべく、大学に通う傍ら、時間が空いた時はわざわざ母校まで来て女子ソフトボール部でコーチを務めてくれる母校愛に溢れる好青年だ。
誠のノックはなおも続き、
「行くぞ、それっ!」
カキーンっ!パシッ!
「おぉッ!よく捕った!いいよ、今のフィールディングっ!」
「ありがとうございますっ!」
褒めて伸ばすタイプの誠の指導は、褒められて伸びるタイプの真佑と相性も抜群。
それもあってか、誠は部員の中でも真佑のことを特に気にしてくれるし、逆に真佑も積極的に寄っていっては、
「すいません、コーチ」
「ん?どうした?田村」
「バッティングのことなんですけど」
と、臆せずにアドバイスを貰いに行ける。
誠は、真佑の悩みを親身に聞いて、
「お前のクセは、高めの球が来た時に上体が前に突っ込んでしまうところだ。それを我慢して引きつけて打つためには、まず、この軸足をこうして…」
「…こうですか?」
と、実際にバットを構える真佑に、
「そう。ここをこうして…この脚でタメを作るんだ。そして、腰を入れて、こういう軌道でバットを出せば…」
と、熱が入るあまり、べったり背後に貼りつき、実際に真佑の腕に手を添えたりしながら理論を説く誠。
世間では時折こういった指導におけるボディタッチまでセクハラだと大騒ぎする人もいるが、真佑は別にそうは思わず、むしろ分かりやすく教えてもらえてありがたいと思っている。
そして、そんな師弟関係がしっかり構築された二人は、自然と良い雰囲気になっていくもので…。
「ふぅ…」
この日のコーチとしての仕事を終え、一息つく誠。
先月に比べて日が落ちるのも少し早くなり、気付けば空も薄暗い。
帰路につく前に、一度、職員室を覗き、顧問の先生に、
「では、お先です。また明日も今日と同じぐらいに来れると思いますので」
と挨拶をして、駐車場へ足を向ける誠。
誠は、いわば外来コーチという立場。
この学校の教職員ではないので、一応、気を遣って、車を停めさせてもらうのも駐車場の一番奥の隅っこを定位置にしている。
そこに、コツコツ貯めた貯金で買った中古の軽自動車を停めているのだが、いつもここに戻ってくるたび、つい苦笑してしまう。
(はぁ…毎度毎度、ホント公開処刑なんだよなぁ…)
教師というのは思いのほか金を稼げる商売のようで、横に連ねられた他の教職員の先生たちの車はどれも華やか。
クルマ好きで有名と聞く先生の愛車はBMWだし、他の先生でも最新のプリウスだったりイケてる四駆だったりと車種も多彩。
それを見た後に、ぽつんと場違いな自分の軽自動車を見ると、やけにチンチクリンで一瞬ミニカーに見えてしまう。
(なんかムカつくな…片っ端からボンネットに落書きでもしてやろうか…)
と思うが、無論そんな勇気はない。
(…いいんだよ。どうせ家の近所とここぐらいしか行くところないんだから。ちゃんと走りさえすれば別に見てくれなんて何でもいいんだ)
と自分に言い聞かせ、さらに、
(軽には軽の良さがある…小回りが利くし、燃費もいいし…)
と暗示のように繰り返す。
そして、肩に提げたショルダーバッグを先に積もうと後部座席のドアを開けかけたところで、
「はぁ…」
と溜め息をついて肩をすくめ、車の陰に向かって、
「今日は何だよ?また、家まで送ってくれ、ってか?」
「ふふっ♪あったりーっ♪」
と車の影から満面の笑みで飛び出してきた真佑。
上手く隠れていたつもりかも知らないが、すっかり鼻が覚えてしまった特徴的な甘いニオイで近くに潜んでいることは一目瞭然だった。
誠は、今さら特にリアクションすることもなく、せっせとバッグを積みながら、
「お前なぁ…練習終わってまっすぐ帰ってりゃ、こうやって俺を待ってる間にとっくに家に着いてるぞ?時間の無駄だと思わないのか?」
「だって、練習で疲れたんだもん。誰かさんが右へ左へノック打って走らせるから…♪」
「よく言うよ、あんな身体の正面で処理できる打球ばっかの優しいノックでさ」
と苦笑いをして、
「いいよ。とにかくさっさと乗れ」
と言ったはいいが、発言の隙を与えないよう、すかさず、
「言っとくけど今日はどこも行かないからな。家の前まで送るだけ。いいな?」
「えーっ!何でよぉ!マック行こうよ、マック…♪」
「行かないよ。明日は朝から必修の講義があるから早く帰って寝たいんだよ、俺は…」
と肩をすくめながらキーを回しエンジンをかける誠。
動線上、駐車場から出る車は、職員室の前を通過して正門から表の道に出る。
もう日も暮れてるから大丈夫だとは思いつつも、念の為、
「しゃがんでろ」
と助手席に座る真佑を屈ませ、何食わぬ顔でサッと職員室の前を通過し、正門から出た頃合いで、
「…ねぇ、もういい?」
「あぁ、いいぞ」
身体を起こした真佑は、
「ねぇ。冗談抜きでマック行かない?私、お腹すいちゃった♪」
「だから行かねーっつーの!家で食えよ、家で!」
「えー…つまんなーい…」
と膨れっ面を作る真佑に、
「そういうのは彼氏でも作って彼氏と行けよな」
「だって、イケメンいないんだもん。ウチのクラス…」
「だいたい、何で俺が、毎回、お前を家まで送り届けなきゃいけねぇんだよ。高校生だろ?保育園じゃねぇんだぞ…」
と、ぶつくさ言ってる途中にもかかわらず、横でスマホを触り始め、
「…あっ!ほら、クーポン出てるよ♪マコちゃんの大好きなビッグマックあるじゃん♪」
「マコちゃんって言うなッ!やめろって言ったろ、その呼び方は…!」
顔を真っ赤にして声を張り上げる誠。
マコちゃん…最近、部活以外で真佑が誠を呼ぶ時のアダ名。
なぜ4つも年下で母校の後輩でもある真佑に、そんなアダ名で呼ばれなくてはならないのか。
(子供の頃、マコちゃんって呼ばれてたことをコイツの前で口を滑らしたのが一生の不覚だな…ずっと言いやがる…)
と、マコちゃんイジリが来るたび、いつも後悔している。
なおも車を走らせながら、誠は、
「とにかくッ!マックは行かない。行くとしてもまた別の日。今日はまっすぐ送るだけ。…いいな?」
「はーい…」
と叱られた子供のように口を尖らせる真佑を横目に見て、
(ったく…俺たち、別に付き合ってるワケでもねぇのにさ…)
と内心ぼやく誠。
最初は、学校近くのコンビニに寄った時にたまたま鉢合わせし、暗くなりかけていたこともあって、少しカッコつけて乗せて帰ってやっただけ。
それがいつしかスタート地点が学校になり、会話も、部活中こそ誠の顔を立ててコーチとして接してくれるが、ひとたび部活が終われば年の差も無視して当たり前のようにタメグチ、そしてマコちゃん呼び…。
そろそろどこかで歯止めをかけないと、こんな馴れ馴れしい微妙な関係が学校や他の部員に知れたら危険な気がする。…が、かといって、別に一線を越えるようなことはしていないし、それで急に突き放すのも可哀想な気もする。
(さーて…どうしたもんかね…)
と信号待ちで停まったところでじっと考える誠に、ふいに真佑が、
「ねぇ、マコちゃん…」
「だから、マコちゃんはやめろっつーの。…で、何?」
「マコちゃんってさ…エッチ好き…?」
(ぶっ…!)
突然の直球質問に、まだ赤なのに思わずアクセルを踏み込みそうになるのを慌てて抑え、
「な、何だよ。急に…」
「いや…好きなのかな?と思って」
「そんなの聞いてどうすんだよ」
「だって気になるじゃん…♪私より年上だし、もう成人してるし…ねぇ、教えてよ」
「バーカ。そういうのは人に話すことじゃねーんだよ。もっとポップな話題にしろよ」
と笑って誤魔化そうにする誠だが、真佑は話を続け、
「実は昨日ね、人生で初めてエッチなビデオ見たの。…あ、別に私一人でじゃないよ?友達みんなで見たんだけどっ…」
と変な誤解をされないようにしながら、
「あれさ…なかなかすごいよね。しかも、私が見たの、けっこうエグいヤツでさ」
「…ま、まぁ…エグいっつってもモノによるけどなぁ…」
と、曖昧な返事になる誠に、
「マコちゃんも、あーゆーエッチなビデオ、好きなの?」
「え?お、俺…?バ、バカ…俺は別にそんな…」
目に見えてあたふたしだした誠。
それもその筈…実際は近所のアダルト作品の品揃えに特化したレンタルショップでスタンプカードが三周目に突入しているほどの常連。
そして、そのあまりにも分かりやすい動揺で、案の定、
「あー♪絶対ウソだ、その反応っ!ホントはエッチなビデオ大好きなんだぁ!」
「ち、違うよ、バカ…!」
と慌てて否定するも時すでに遅し。
「わぁ…スケベだぁ…変態だぁ…エロエロだぁ…」
と、からかうように言葉を羅列する真佑。
制服姿の女子高生に言われる恥ずかしさったらない。
助け舟を出すように信号が青に変わったことで、苦し紛れに、
「バ、バカなこと言ってんじゃねぇ…ガキのくせに…」
と吐き捨ててアクセルを踏む誠だが、その顔はさっきの赤信号のように真っ赤。
そして話を反らすように、
「ほら、もうすぐ着くぞ。降りる準備しとけよ」
と声をかけるも、真佑は準備どころか深々とシートにもたれたまま、
「ねぇ…今からマコちゃん家、遊びに行こうよ…♪マコちゃんが好きなエッチビデオ、どんな内容か知りたいなっ♪」
「バカ。行くワケねーだろ。帰って寝るんだよ、俺は。…ほら、もう着くからっ」
と、あと曲がり角ひとつで真佑の家だというのに、依然、降りる準備をしようとしない真佑。
それどころかニヤリと笑って、
「家に連れてってくれないなら、マコちゃんが実はエッチビデオ大好きマンってこと、明日、ソフト部のみんなに広めちゃおっかなぁ…♪」
「バカっ!やめろよ、おい!脅迫じゃねーかっ!」
いっても年頃の女だらけの部活だけに、そんなことをされたあかつきには完膚なきまでに糾弾されそうな気がして本気で慌てる誠。
そこに、とどめに、一言、
「今の、けっこう本気で言ってるよ?私…♪」
と大人を手玉に取るような意地悪な笑みを見せられては、誠も、これ以上、強くは言えない。
「わ、分かったよ…」
と折れるも、すぐに、
「そのかわり、すぐ帰れよ?それだけは約束だからな?」
と言って、停まりかけた車を再発進。
再び産業道路に出て、真佑の家からどんどん離れていく。
隣でニコニコしている真佑とは対照的に、
(はぁ…さっさと一発ヌイてゆっくり寝たかったのに…)
とハンドルを握りながら肩を落とす誠。
まったく、厄介な教え子に気に入られたものだ。
(つづく)