柴田柚菜の素顔 -プロローグ-
休日の渋谷。
「ねぇねぇ、お姉さん。何してるの?一人?」
駅前に佇んでいるだけで、その容姿に釣られて馴れ馴れしく声をかけてくるチャラい男…。
そんなのは無視してシャットアウト、背中を向けているにもかかわらず、話を止めるどころか、
「ちょうどお昼時だし、よかったらゴハンとかどう?俺、このへんのおいしいお店とかいろいろ知ってるし、案内できるけど」
としつこい。
どうやら、こちらが完全に心を閉ざして聞き流しているのを、あと一息、断れない性格だから強引に攻めればなし崩しでイケると勘違いしているようだ。
とんだポジティブ野郎…。
しまいには、
「行こうよ、ほらっ」
と、軽々しく手を握ってきたところでようやく、
「いいかげんにしてくださいっ!行きません!私、彼氏いますからっ!」
と掴まれた手首を振り払い、大声を上げたその女、柴田柚菜。
その声で周りの人たちが何事かと一斉に振り返り、その冷ややかな視線に晒されたチャラ男はバツが悪そうにそそくさと逃げていった。
こうして邪魔者が消えたところで、
「はぁ…」
と溜め息をつき、
(あーゆーの、ホントやだ…柚菜って、そんなにチョロく見えるのかなぁ…?)
見ず知らずの男にそんな風に思われていたかと考えたらうんざりする。
もっともナンパしてくる若者だって無差別に声をかけているワケではない。
勝負を仕掛けるか否かの最終的な決め手はやはり容姿だろう。
要は柚菜がそれだけ男を惹きつける魅力を持っているということだが、当の本人は、そういう遊び人のような男との出会いは一切お断り。
追われるより追いかけたいタイプの柚菜は、ナンパされて出会うより、今の彼氏みたく、知人の紹介で会った際に一目惚れし、自分がのめり込む方が性に合っている。
そして、それから数分、何食わぬ顔で、
「お待たせっ!」
と駆け寄ってきた柚菜の恋人。
会うなり柚菜は頬を膨らませて、
「もぉ!遅いよっ!」
「遅い?待ち合わせ、12時でしょ?ちょうどじゃん」
きょとんとして腕時計を示す彼に、
「時間は確かにそうだけど…あともう少し早く来てくれたら、柚菜、変な男にナンパされずに済んだのっ!」
と言うと、それを聞いた彼は笑って、
「ハハハ。なるほど。待ってる間にナンパされたんだ?そりゃごめん。次からは待ち合わせ3分前に着くようにするよ」
「うん、そうして…約束ね?」
「あぁ、約束だ。…じゃあ、行こうか」
と、柚菜の手を取る彼。
この手は、さっきのナンパ男みたく血相を変えて振り払ったりしない。
いや、むしろ引き寄せられるままに身を預け、彼の肩にもたれかかる柚菜。
周りを行き交う人の目も気にせず、くっつき虫のように密着するその顔はすっかり恋する乙女…。
女捜査官でもある柚菜をそんな顔にさせてしまう罪な彼の名はフミヤ。
付き合ってまもなく二ヶ月になる柚菜の大事な恋人だ。
フミヤと知り合ったキッカケは知人の紹介。
そして、その二人の架け橋となった知人、お膳立てをした恋のキューピッドは同期の田村真佑だった。
真佑と柚菜は、以前、ともに卑劣な罠に嵌まって最悪のひと時を経験した者同士。
その時のことは未来永劫タブーとしつつ、一日も早くその黒歴史を記憶の中から抹消するため、戦線復帰して二人でペアを組むことが増えて以来、
「早く新しい恋でもして忘れなきゃ…!」
を常に合言葉にしていた二人。
女にとって恋とは魔法。
苦悩や絶望を見事に消し去り、キレイさっぱり忘れさせてくれるマジックだ。
ただ、交友関係が広く、社交的で何でもソツなくこなせる真佑と違って奥手な柚菜は、普段の日常の中では上手く異性との出会いのキッカケを掴めず、なかなかその魔法をかけてもらえずにいた。
そこで見かねた真佑が柚菜に紹介してくれた彼がフミヤ。
初めて会った席で、最初はお互い緊張していたが、話していくうちに徐々に意気投合していった二人。
積極的に話せたことは、普段、奥手の自分にしては珍しかった。
フミヤの人柄に惹かれたというのももちろんあるが、一番はやはり柚菜自身が次の恋に飢えていたからだろう。
その夜に連絡先を交換し、一週間もしないうちに次は真佑を抜いて二人きりで会った。
その時も楽しかった。
そして三回目のデートを機に二人は交際を始める。
(早くあの悪夢を忘れたい…それぐらい夢中になれるような恋がしたい…!)
という柚菜の願いがようやく叶ったのだ。
申し分のない人間性。
優しいし、気が利くし、話していて面白い。
そして何より、常に柚菜のことを一番に想ってくれる。
まさに非の打ちどころがなく、こんな理想的な男性を紹介してくれた真佑には感謝しかない。
ただ…。
そんなフミヤに対し、しいて挙げれば一つだけ、柚菜が少し我慢をして合わせていることがある。
それは、フミヤが少しだけ…少しだけ変態なこと…。
(つづく)