乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第十章・山下美月、みたび…
3.看破
 面接を終えて、ぞろぞろと出てきた一つ前のグループ。
 その先頭を歩くのは紛れもなく先輩の寺田蘭世だった。
(な、何で…何で蘭世さんがここに…!?)
 本部では、山崎怜奈と同様、失踪扱い。
 敵の手に落ちたものとして、目下、行方を捜索中だ。
 他人の空似かと思い、すれ違いざま、もう一度、よく見てみた。
 確かに美月の知っているメイクや髪型ではない。が、どこからどう見ても間違いなく蘭世だ。
 驚きのあまり声が出ず、その間に横を通り過ぎられて声をかけるタイミングを逃した美月。
 蘭世の方も、順番待ちをしている美月には目もくれず、神妙な面持ちで廊下を歩いて去っていく。
 瞬時に頭を巡らせる美月。
(確か蘭世さんと怜奈さんは同期…となると、怜奈さんの失踪を知り、私と同じようにこのAVメーカーに目をつけた…?)
 と考えたが、すぐに、
(…違う。先に失踪したのは蘭世さんだ。怜奈さんが失踪したのはその後。…ということは…?)
 その間にも蘭世は淡々と遠ざかっていく。
(蘭世さんが失踪したのはさくらちゃんと同じタイミング。そして怜奈さんが失踪したのは、ついこないだ…確か、かっきーと聖来も一緒に消えた。…もし、この五人を連れ去ったのが同一犯だとすると…)
 考えていくと、だんだん頭が痛くなる…失踪した仲間が多すぎるのだ。
 そして、
(…そ、そうだ!ひとまず追わなきゃ…!)
 と、我に返り、後を追いかけようとした美月だが、振り向いて目をやった瞬間、
(…!)
 立ち上がりかけた脚がすくみ、顔が強張った。
 なんと、スタジオの入口にいたあの不気味な醜男がいつの間にか中まで入ってきているではないか。
 そこへ向かって歩みを止めない蘭世。
 そして次の瞬間、美月は衝撃の光景を目の当たりにする。
(えっ!ちょ、ちょっと…!)
 なんと、二人が鉢合わせした瞬間、こともあろうに蘭世の方から手を伸ばし、仲良く手を繋いだ上、その醜男に身体を寄せたのだ。
(ら、蘭世さん…?え…ど、どういうこと…?もしかして…彼氏…?)
 意外な展開に思わず目が点…まるでヘビに睨まれたカエルのごとく、中腰のままフリーズする美月。
 とりあえず、あの場違いな醜男があんなところで佇んでいた理由だけは分かった。
 おそらく、恋人(?)の蘭世が面接が終わるのを待っていたのだ。…にしても異様な光景。
 これこそ“美女と野獣”という言葉がぴったりな組み合わせだが、お世辞にもお似合いとは言い難いし、美月にとっては絶対に惹かれないタイプの男。
(ら、蘭世さんって…あんなのがタイプなの…?)
 と、少々、失礼なことまで考えてしまう美月。
 百歩譲って恋人だとしても、彼氏に付き添われてAVの面接を受けに来るというのも異様だ。
(お、おかしい…何か、いろいろとおかしい…)
 そんな美月の怪訝な視線など気にすることもなく、
「どうだった?面接」
 とニヤニヤしながら聞くその醜男、肝尾に対し、
「緊張したぁ…♪最初ね…って聞かれて…だったから…」
 と面接の感想を打ち明けている蘭世だが、小声すぎてよく聞き取れない。
 それよりも美月の耳に入るのは肝尾の声。

「大丈夫。必ずデビューさせてもらえるから…♪」

 と、まるでデビューすることが既に決まっているかのようなことを言って、最後は見るに堪えない濃厚なキスまで見せつけて仲睦まじく帰っていった。
(くっ…!)
 再度、追いかけようとする美月だが、そんな時にかぎって、
「では次にお待ちの四名、順に中へお進みください!」
 と声がかかり、追いかけようにも追えなかった。
(ど、どうしよう…!)
 と思ったが、ふと頭に“二兎を追うものは一兎も得ず”という諺(ことわざ)が頭をよぎり、
(ひ、ひとまず今は怜奈さんの安否が先決だ…さっきの感じだと、今のところ、差し迫って蘭世さんが危険だという様子もなさそうだし…)
 と自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えて今から行われる面接に集中することにした。


 前の女に続いて、
「失礼します…!」
 と、四人一組の四人目として部屋に入る美月。
 並べられたパイプ椅子に腰掛け、グループ面接のようにしてオーディション開始。
「では、まず名前と年齢を言ってもらおうか」
 と偉そうに言う面接官を、美月は、じっと観察した。
 率直な感想は、一言、
(胡散臭い男…)
 だった。
 ロン毛にグラサン、首にカーディガンを巻き、肘をつくことで高そうな腕時計を見せびらかす絵に描いたような業界人気取り。
 見た目はともかくとして、美月の勘が正しければ、おそらくこのAVメーカーのバックに柴崎がいる…すなわち、この面接官も柴崎一派の一員か、もしくは息がかかった男の筈だ。
(もちろん相手だって、そう簡単に尻尾を出すとは思えないけど…)
 と考えたところで自己紹介の順が回ってきたので、一旦、観察は中断。
 椅子から立ち上がり、
「水崎ツバメ、22歳です」
 と今日一日かぎりの偽名を名乗ると、面接官は美月の立ち姿を舐め回すように見て、
「水崎さん…学生時代の部活は?」
「え、えっと…さ、茶道…です」
 と答えながら、内心、
(な、なに緊張してんのよ、私…!これはあくまで潜入捜査…!まさかホントにAVデビュー狙って来てるワケじゃないんだから…!)
 と赤くなる。
「なるほど、茶道ね…」
 とメモしていた面接官にも、
「…どうかしました?」
 と聞かれ、慌てて、
「い、いえ…すいません。ちょっと緊張しちゃって…」
「あー。大丈夫ですよ、リラックスしてくださいね〜」
 と面接官は軽くいなして、
「では、応募したキッカケを教えてください」
「キッカケ…」
 美月は少し考えた末、
「山崎怜奈さんに憧れて、同じお仕事をしてみたいと思ったからです」
「ほぅ…ウチの山崎に憧れて?」
「はい。ぜひ会って、直接お話してみたくて」
 と美月は面接官の目を見て、反応を窺いながら言ってみた。
 もし彼らが怜奈を絶えず監視下に置いているとしたら、かなりきわどい回答になっている筈。
「…なるほど。分かりました。では次に…」
 と質問を切り上げたところを見ると、どうやらあまり掘り下げたくはないようだし、逆に美月は面接官のその態度で、
(やっぱり何か後ろめたいことがあるんだ…!)
 と確信した美月。
 その確かな手応えに潜入捜査の意義を感じた。
 感じたまではよかったのだが…。


 同じスタジオの二階にある一室。
 メーカー社長の片桐は、側近の男とともにそこにいた。
 痛々しく包帯ぐるぐる巻きの右脚…壁に立てかけられた松葉杖。
 橋本奈々未にライフルで射抜かれて不自由となった右脚は、今後、一生の付き合いになるかもしれないと医者に言われている。
 そんな彼の目の前のモニターには面接している部屋の映像。
 面接官の腕時計に仕込まれた極小高性能ビデオカメラからの目線だ。



 これでリアルタイムで階下の模様を確認、それを眺めて片桐自身もモニタリングという形で面接に参加していたが、一人の女が、

「山崎怜奈さんに憧れて、同じお仕事をしてみたいと思ったからです」

 と志望動機を述べた瞬間、
「…おい」
 と隣の側近に声をかけ、
「連中の名簿があったろ?そん中に、この右端の女と似た顔がねぇか調べろ」
「へい!」
 と頷き、連中…捜査官集団『乃木坂46』の名簿をパラパラとめくる側近。
 30秒ほどして、手元の名簿とモニターを何度も見比べた後、
「…アニキ。コイツと似てませんか?」
 と、ある女のページを示した。
「どれどれ…」
 片桐は名簿を受け取り、目の前のマイクで、
「おい。その右端の女の顔を、もう少しよく見えるようにしろ」
 と指示を飛ばした。
 このマイクで飛ばした指示は、階下の面接官のロン毛のカツラの下に潜ませたイヤモニによって伝わる。
 見せびらかすように時計を示すことでモニターの映像も動き、右端の女がより鮮明に映る。
 その映像と名簿に添付された顔写真を見比べ、
「山下美月…か。なるほど、化粧や髪型で誤魔化しているが、首筋のホクロが一致している。確かにコイツだ。間違いねぇ」
 と、片桐は同一人物と断定した。



 この女が『乃木坂46』のメンバーとなると、当然、専属女優にした山崎怜奈とも接点がある。
 組織を挙げてAV堕ちした仲間を取り戻しに来たと考え、
「チッ…早くも嗅ぎつけられたか!くそっ…!」
 と舌打ちをする側近。
 それに対し、片桐は少し考えて、
「…いや、そうとも限らねぇよ」
「なぜです?」
「見ろよ」
 片桐は、ボスの柴崎があらゆる手を尽くして調査し、作成した捜査官名簿の仔細な概要欄を示し、
「これによると…山下美月。コイツぁ、過去、既に二回も快楽拷問にかけられ、どちらも健闘むなしく陥落してるとのことだ。一回目はサメの野郎が思う存分やったらしいし、二回目はラリって童貞を喰い散らかすほど堕ちたらしい。一度ならず二度も陥落したヤツが、すんなり普通の女に戻れる筈はねぇ」 
「なるほど…」
「それに、俺たちが扱うのはアダルトビデオ。裏ではないとはいえ、18禁ビデオを街頭で大々的に宣伝してるワケじゃねぇ。自分からすすんで調べねぇかぎり、お堅い女捜査官の連中に嗅ぎつけられる筈はねぇんだ」
「となると…?」
「さしずめ、昔やられた快楽を忘れられず、オナニーのオカズでも探してた時に、コイツが、偶然、見つけたんだろうぜ。それに、写真を見るとプライドだけは一丁前って顔をしてやがる。オカズ探しの途中で見つけたなんて、そんなことを仲間に相談できるタマじゃねぇ」
「では、つまり…」
「おそらく単独の潜入捜査だろう。コイツが誰にも喋ってねぇかぎり、まだ嗅ぎつけられたとは限らねぇよ」
 と、まるでその時からずっとモニタリングしていたかのように、見事に経緯を看破する片桐。
 そんな兄貴分の名推理には相当な説得力があったのか、側近も安心したようで、
「チッ…ビビらせやがって。連中にバレたんじゃねぇかとヒヤヒヤしたぜ」
「もっとも、このまま逃がすと連中に知れ渡る可能性は当然ある。帰すワケにはいかなくなったな…くっくっく」
 と不敵に笑みを浮かべる片桐。
 この瞬間、今回のオーディションの合格者が決まった。
 山下美月…そして、柴崎の推薦状付きで来た寺田蘭世…この二人だ。
 後者は、柴崎自身が経営に関わる例のソープランドの女らしく、そこの常連客の一人が、

「僕の推しの嬢でAV撮ってくださいよ!」

 とうるさいので仕方なく推薦状をつけたと聞いている。
 そっちの女は既に腑抜けているから、また後日ここに呼びつけて撮影すればいいとして、“直談判”が必要なのは山下美月、この女だ。
 直談判といっても、さして難しい話は必要ない。
 契約書とプロの男優…これさえあれば山崎怜奈の時と同様、“契約交渉のテーブル”を作れる。
 そうこうしているうちに時間が過ぎ、このスタジオを後にしなくてはならなくなった。
 オーディションを最後まで見れないのは心残り…ということもなく、既に合格者は決まったから未練もない。
 この後はボスの柴崎も含めた幹部連で大事な首脳会議があり、夜には専属女優・山崎怜奈の新作の撮影も始まる…。
(まったく…社長ってのも楽じゃねぇな…)
 片足が不自由だから尚更だ。
「おい」
 帰り支度をしながら、片桐は、再度、側近に声をかけ、
「こうやってノコノコ潜入捜査しにくるようなヤツだ。終わった後も帰らずにどこかに潜んで、ネズミみてぇにコソコソと調べ回るに違いねぇ。ちゃんと捕まえておけよ?」
「…へい。分かりやした」
 ニヤリとする側近。


 それから二時間後。
 都内某所で秘密裏に開かれた柴崎一派の首脳会議。
 一旦、小休止に入ったところでケータイを確認すると、側近からメールが一通、届いていた。
 早速、確認する片桐。
 まず本文。

「ネズミの捕獲成功」

 とあり、続いて、その捕らえた“ネズミ”の写真が添付されていた。




(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2022/01/21(金) 23:42 )