第二話 Bルート
「━━━」
黙り込む尾形に対し、
「しらばっくれるなら結構。とりあえずそのヘルメットボックスの中を見せて」
「な、何でだよ…」
「いいから開けて。それとも何か見られたら困るものでもあるの?」
「━━━」
月夜に照らされる中、じっと見据えるあやめの眼力に負け、観念したようにキーを差して渋々ヘルメットボックスを開ける尾形。
すかさず首を伸ばして覗き込み、
「…ほら、やっぱり!」
と、あやめが手を突っ込んで取り出したのは催涙スプレー。
それをちらつかせて、
「ねぇ、これは何?こんなもの、おつかいに必要ないでしょ?」
「━━━」
煙草を買おうとしているところを見つかり、ノーヘル走行を咎められ、違法バイクだということまで看破されて、さらに不審な催涙スプレーまで見つかる…完全に八方塞がりの尾形。
まるで叱られた子供のように立ちすくむ彼の姿に、
「はぁ…」
と肩をすくめたあやめは、ひとまず先に取り上げた催涙スプレーを持って横の空き地へ入り、その真ん中で持参したガス抜きペンチを使ってスプレーを破裂させた。
プシュゥゥっ…!
とガスが漏れる音がしたと同時にその亀裂を足元に向け、飛散しないように地面の土に向かって全て出し切って戻ってくると、
「ヤっバ…少しかかっちゃった…」
と、うっすら涙目の目をこすりながらカラになったスプレー缶を自販機の横のゴミ箱に捨て、
「こんなもの、二度と使っちゃダメだよ?分かった?」
「━━━」
バツが悪そうに佇む尾形。…と、その時。
ふいに向こうの方からけたたましい走行音とともに暴走族のバイクが二、三台、連なってやってきた。
「おー、いたいた」
と先頭を行くバイクが停まり、あやめと尾形をライトで照らすと、
「おいおい、尾形。遅ぇじゃねぇかよ。いつまで待たせんだ、コラ」
と特攻服を纏ったリーゼントの男がバイクから下りてくるなり、尾形に詰め寄る。
「す、すいません…」
と怯えて半歩下がる尾形を追い詰め、
「すいませんじゃねぇんだよ。新入りのくせに規律を乱してんじゃねぇぞ、おい」
と胸ぐらを掴むその男はおそらく総長か。
「あと、お前…俺が頼んだ煙草は?」
「そ、それが…まだ…」
「ああッ!?」
苛立ち、凄む総長の前に、
「やめなさい」
と冷静に割って入るあやめ。
「誰だ、テメェ?女はすっこんでろ!」
と吐き捨てる総長に、
「私だってそうしたいけど、残念ながらそういうワケにもいかないの。彼はウチの生徒…そんな彼が暴走族に絡まれているんだから守らないと」
「何だとォ?」
掴んだ尾形のシャツを離し、すかさず次はあやめの胸ぐらを掴んでくる総長。
「俺に口答えするとはいい度胸してるじゃねぇか。悪りぃが俺は相手が女だろうと関係ねぇからよッ!」
と掴んだあやめの胸ぐらをそのまま持ち上げようとする総長だが、
「…ええ。私もその方が好都合…♪」
と好戦的な笑みを浮かべたあやめ。
すると次の瞬間、
ドゴぉッ!
「おぅッ!?」
あやめの鋭く重い膝蹴りが総長の土手っ腹にクリーンヒット。
たまらず掴んだ手を離し、蹴られたお腹を押さえてうずくまると、途端に仲間たちが、
「こ、このアマっ!」
「ウチの総長に何しやがる!」
とバイクを下りて駆け寄ってくる。
それを、
「え?相手が女だろうと関係ないって言ってたから遠慮なくやってあげたんだけど…ダメだった?」
「こ、この野郎っ!」
まんまと挑発に乗って一斉にかかってくる男たち。
それと対峙し、背後で立ちすくむ尾形に一言、
「すぐ終わるから隠れてて!」
とだけ言い、得意の武芸百般で迎え撃つあやめ。
「えいッ!やぁッ!」
と気合の掛け声とともに火を噴く拳と、キレの良いハイキック。
「ぐわっ…!」
「く、くそっ…!」
囲まれても臆することなく蹴散らす…まるで戦闘員を圧倒する仮面ライダーのようで、華奢な女子高生一人に全く歯が立たない暴走族たち。
次第に、その力の差に気付き始め、
「な、何だコイツ…!」
「つ、強ぇっ…!」
と怯み始めると、それに変わるように、
「ぐっ…こ、このアマ…調子に乗るんじゃねぇぞ…」
と悶絶していた総長が戦線復帰するも、あやめは余裕で、
「そりゃ調子にも乗るでしょ?こんなに楽勝なら♪」
「や、野郎ォ…!」
あやめの煽りにカッカして真っ向から立ち向かう総長だが、あやめは冷静に、その向かってくる力を利用して、
ガシッ…!
「てやぁぁぁっ!」
と闇夜に映える豪快な一本背負い。
「うぉぉっ!?」
飛びかかった総長の身体が軽々と浮き、そのまま宙で反転して背中からアスファルトに叩きつけられる。
「がぁぁっ…!」
腰を強打し、エビ反りでのたうち回る総長。
その胸部をローファーでグッと踏みつけ、腕組みをして、
「どう?総長がこのザマだけど、アンタたちもまだやんの?」
と残る仲間たちに余裕の笑みを投げかけるあやめ。
これは勝ち目がないと悟り、
「くっ…」
「お、覚えてやがれっ…」
と総長を置いて逃げ出す族たち。
それを見て、あやめの眼下の総長も、
「ま、待て!おい、こら…く、くそっ…」
と、あやめの足の下から身体を抜き、すたこらさっさと逃げ出していった。
その背中を眺めて思わず苦笑いのあやめ。
「弱っわ…そんなんでよく暴走族なんて言えたものね…」
と吐き捨て、辺りが静かになったところで、
「尾形くん。もう大丈夫だよ」
と声をかけると、自販機の陰から尾形が再登場。
今しがたの暴走族を一網打尽にする光景を見ていたようで、
「す、すげぇな…女一人で、よくも、まぁ…」
と、さっきまでのバツの悪さも忘れて素直に感心している尾形。
あやめはクールに乱れた髪をヘアゴムを取り出してポニーテールにすると、ポケットから小銭入れを取り出し、煙草の隣のジュースの自販機の前へ。
「何か飲む?尾形くん」
「え?お、俺…?」
「うん…ちょっとジュースでも飲みながら話そうよ。といっても、時間も遅いからあんまり長くはいれないけど」
「━━━」
尾形は、数秒、何か考えるような顔をした後、
「いや、だったら俺が出すよ。恥ずかしながら助けてもらったから、せめてそのお礼ぐらいさせてくれ」
「へぇ…そんなこと言ってくれるんだ?そんなの、素直に甘えちゃうよ?私」
「いいよ、ジュースぐらい…ど、どれがいいの?」
と自販機に小銭を入れながら聞く尾形。
「じゃあ…これ♪」
と缶のコーンスープを指すあやめ。
自分でボタンを押すのではなく、指して尾形にボタンを押してもらうあたりが、よく同じ風紀委員のレイから、
「あやめって、たまに、ナチュラルにあざとい時あるよねぇ…」
と言われる理由だろうか。
そんなつもりもないまま、出てきたコーンスープの缶をカイロ代わりにして温まりながら、
「あっちに小さな公園があったからさ、そこ行って喋ろ?」
と誘うあやめ。
尾形も自分の飲み物を買い、移動する。
ベンチに並んで座ると、尾形は、あやめに恩を感じたのがキッカケか、それまで貝のように口を閉ざしていたのが打って変わって、暴走族の仲間入りをした経緯を話し始めた。
それを黙って聞くあやめ。
そして父親のリストラをキッカケにどん底に落ちた家庭環境を聞かされると、
「そっかぁ…それは確かに辛いね。ましてや一人だと…ね…」
と同情しつつも、
「でも、やっぱりダメだよ。暗くなる気持ちは今のを聞いてよく分かったけど、だからといって、それをぶつける場所とやり方を間違えてるよ。尾形くん」
「う、うん…そうだな…」
恐縮するように背中を丸め、飲み干したジュースの缶を握りしめる尾形。
おそらく、それは分かっているが他に何が…?といった心情だろう。
あやめも、非難こそ出来ても、いざ代案のを挙げるとなると難しい。
聞いているうちにだんだん感情移入してきて、軽はずみに無責任なことを言っちゃいけないという思いも出てきたから尚更だ。
一番は酒乱の父親に更正してもらうことだが、それはさすがに、いくら風紀委員のあやめでもどうすることも出来ない。
出来るとすれば、せめて現実逃避の助言ぐらい…。
(嫌なことを忘れるぐらい没頭できること…何だろ?)
あやめなりに真剣に考えてはみるものの、なかなか名案が出てこない。
すると、そんな悩むあやめの助け舟となるべくなのか、
「おーい、あやめぇー!」
と手を振りながら自転車で公園に入ってくる女子の登場。
その聞き馴染みのある特徴的な声に、
「え…や、矢久保ちゃん…?」
声だけでは半信半疑で夜の闇に目を凝らし、だんだん近寄ってくる姿を確認しても、やはりそうだ。
同じ風紀委員の矢久保の突然の登場に戸惑うあやめ。
そして矢久保は、二人の腰掛けるベンチの前に颯爽と自転車を乗りつけると、
「あ、私だけ飲み物ないじゃんッ!私も自分の買ってくるから待ってて♪」
と、一旦、公園の外へ駆け出していった。
その後ろ姿に、思わず、
「ぷっ…」
と小さく吹き出した尾形を見逃さず、
「分かるよ…あの走り方だよね?私もいつも笑っちゃうんだよね、矢久保ちゃんの走ってる姿…」
と、すかさずあやめも共感。
それと同時に、今、ほんの少しでも尾形の笑顔が見れたことにホッとした。
そして、相変わらず笑いを誘う走り方でジュース片手に戻ってきた矢久保。
ここからは彼女も加えて三人で輪になり、尾形の救済策を議論。
ついでに、なぜ急に現れたのかを矢久保に聞くと、
「私、尾形くんと同じクラスだからさ。何か私も力になれることないかなと思って、家の手伝い終わらせて飛んできたっ♪」
「そっか。矢久保ちゃんのお家、お店やってるんだもんね」
「そう。中華料理屋♪今、ちょうど人手が足りないからさぁ…」
と矢久保が言ったのでピンと閃き、
「あっ!だったらさ、矢久保ちゃん家の中華屋でアルバイトするってのはどう?」
と提案するあやめ。
「え…ア、アルバイト…?」
きょとんとする尾形だが、矢久保も同調して、
「いいじゃん、それ!名案だよ、あやめ!どう?尾形くん。その気があるなら私がお父さんに掛け合ってあげるよ、マジで」
「で、でも…アルバイトなんてしたことないよ。俺…迷惑かけちゃうかも…」
「大丈夫、大丈夫!私でもどうにかなってるんだから。しかも、ウチ、まかない付きだよ?味は私が保証するからさ♪」
と勧める矢久保と、
「いいじゃん。暴走族なんかと仲良くするより全然いいと思う」
と、あやめも後押し。
「そ、そうかな…」
「そうだよ、最初はお試しでもいいからさ!」
「とにかく、イヤなこと忘れられるぐらい夢中になれること探そうよ!」
と本人を差し置いて意気投合の風紀委員たち。
結局、迷う彼を強引に引き込む形で、実家の中華屋の新人アルバイトとして目星をつけた矢久保。
早速、次の日、誇張でも何でもなく腕を引っ張って連れ帰り、親に会わせれば、実娘の口添えもあって履歴書いらず、面接もパスで採用決定。
それどころか、
「同級生なんて嫁の貰い手としても最高じゃないか!」
なんて言って喜んでる始末らしい。
そして一週間後…。
あやめは、どんな具合か知りたくて、風紀委員の仲間たちを誘って矢久保の実家の中華屋を訪れた。
「はい、いらっしゃーいッ!」
と厨房から威勢のいい矢久保父の声。
小上がりの座敷を用意してもらい、全員が席についたところで、
「ご、ご注文は…」
と、胸元に「矢久保軒」と書かれた白一色の制服を着た尾形が注文を取りに来る。
「えー、すごい!ちゃんと店員さんやってる♪」
「制服、似合ってるじゃん♪」
「サマになってるよ、尾形くん!」
と持ち上げる柚菜、レイ、沙耶香。
「そ、そう…?あ、ありがとう…」
と、照れ臭そうに俯く尾形だが、あやめはその姿を見てホッとした。
同じく店内を切り盛りしている矢久保母に聞いても、
「いやぁ、よく動いてくれて助かってるのよ。マジメだし、何より若いから吸収が早い!主人もすっかり気に入っちゃって、来週からは厨房もやらせてみるって張り切ってるわ。ウチの娘よりも、全然、見込みがあるってさ!」
と大絶賛で、実際、厨房の矢久保父に注文を通す所作もすっかり慣れていて見直してしまうが、それに比べて矢久保は…。
「はーい…お水だよぉ♪」
と、お盆に人数分のグラスを乗せて持ってきたまではよかったが、既にその盆を持つ手がグラグラ…そして当然のように小上がりの段につまづき、
「わっとっと…!」
と、お盆を持つ手が滑った瞬間、あやめたちの悲鳴とともに座敷は大惨事に…。
「ちょっとぉ…ウソでしょぉ?」
「ねぇ!髪も制服もビショビショなんだけどぉ…」
「何やってんだよ、矢久保ぉッ!」
と、一瞬にして水も滴るいいオンナになったあやめたちと、それに対し、
「あちゃ〜…またやっちゃった〜…」
と憎めない苦笑いで頭を掻く矢久保。
「コラァ!気をつけろって何回言ったら分かるんだ、このバカーっ!」
と、カンカンの父に絞られ、結局、翌日から客に水を配るのも尾形の仕事になったとか…。
(ハッピーエンド 第三話へ つづく)