1.消えた後輩たち
音信が途絶え、消息を絶った山崎怜奈、賀喜遥香、早川聖来の三人。
仲間たちの懸命の捜索も虚しく、所在が一向に掴めない。
このタイミングでの失踪…柴崎一派が関与しているというのは火を見るより明らかだが、当の柴崎は行方が分からず、その仲間たちも次々に潜伏してしまって手がかりを手繰れない。
時間が経てば経つほど、
(もしや、三人とも既に殺されてしまったのでは…?)
という最悪の想像に行き着いてしまう。
今日もまた、会議でそんな話が出た。
(まさか、そんなことは…)
陣頭指揮を執る桜井玲香にも不安の色が浮かぶ。
これまでヤツらが捕らえた仲間を殺害した事例はない。
ヤツらの目的は、あくまでも凌辱。
巧みな性技に強力媚薬を合わせれば、それだけでたちまち強き女を屈服させ、意のままに手なずけることが可能だということを証明しながら女体嬲りを愉しんでいる悪趣味で非道な連中だ。
(だが…)
そうは言っても相手は裏社会の住人、そして暴力団の残党たち。
もし三人が抵抗をすれば、また、監視下から脱走を試みたとすれば、強行手段に出ることも考えられる。
首を絞められ…ナイフで刺され…凶弾に射抜かれ…そして、横たわって動かない血まみれの三人は、そのまま樹海に放置され、やがて三人の上には枯れ葉が積もり、そのまま誰にも見つかることもなく…。
そんな嫌な映像が次々に浮かぶたび、
(やめなさいっ!)
と思わず自分を叱る。
悲観的な想像ばかりしていると、いずれそれは現実になるという。
古い迷信だが、今は、万に一つもそんなことになっては困る。
再び、ホワイトボードに貼った都内23区の地図を眺める玲香。
赤いマグネットを置いているのは晴海埠頭。
三人が駆り出したと思われる車が無人の状態で見つかったところだ。
(晴海埠頭で何らかの一悶着があった末、別の車に移され、運ばれた…?いや、でも…)
晴海埠頭の周辺で聞き込みでは、依然、気になる目撃情報は上がってこない。
怪しい車も人影も、騒ぎが起きた様子も目撃されていないのだ。
玲香は、申し訳ないと思いながらも、もう一度、今野本部長に対して、
「…部長。山崎が言った行き先は本当に“晴海埠頭”で間違いないですか?」
と聞いた。
もう既に五回は聞いている質問。
今野も、いいかげん、うんざりした様子で、
「しつこいなぁ、君は。そうだと何度も言ってるじゃないか!」
と口を尖らせ、
「晴海埠頭にヤツらの隠れ家がある、奇襲をかけたい、と山崎くん本人が私に言ったんだ。私は危険だと言って止めた。だが、気持ちが猛っていた山崎くんは、私の制止を無視して独断で、賀喜、そして早川を連れて出て行ったんだ。晴海埠頭なんて地名は他にないんだから聞き間違える筈がないだろう!」
「ですよね…」
つい溜め息をつくと、今野はムッとした顔で、
「それとも何か?君は、私がウソをついているとでも言う気かね?」
「い、いえ…!そんな気は一切…」
と、慌てて取り繕い、ホワイトボードに向き直る玲香。
それ以上は聞けなかった。が、依然、疑問が残る。
(どうも三人が晴海埠頭に行った形跡がないんだよなぁ…)
あるとすれば乗り捨てられた捜査車両。…それだけだ。
それに、
(山崎は、いったい何のキッカケで晴海埠頭にヤツらの隠れ家があると分かったんだろう?そして、それならそれで、なぜ真っ先に私や真夏に報告しなかったんだろう?)
三人の失踪には不可解な点が多すぎるのだ。
……
その頃…。
避暑地、軽井沢のとある別荘。
著名人の別荘が建ち並ぶエリアでも、ひときわ威光を放つその大豪邸に、賀喜と早川の二人はいた。
無論、生きている。
衰弱している様子もない。
この別荘の持ち主は大企業「仮屋崎コンツェルン」の創始者にして現・会長の仮屋崎。
春夏秋冬、年に四回、長期休暇をとって、この別荘に滞在するのが通例で、その際、裏社会で密かに開かれる人身売買オークションで競り落とした女を、滞在中の愛人として連れてくることも通例。
今春は残念ながら好みの女を買えず、仕方なく代わりのグラビアアイドル崩れと十日間をともにした。
そんなこともあって、この夏は是が非でも好みの女を買って例年以上に楽しみたいと思って挑んだ先日のオークション。
この世の中には思いのほか悪党が多く、オークションに女を出品する組織も一つや二つではない。
そんな中、今回、仮屋崎の目に留まったのは、初めてお目にかかる「柴崎一派」という組織。
各組織それぞれ、ギャル、人妻、熟女…冷酷な組織なら女子○学生と、いろんな女を調教してきて出品する中、その新顔の組織が出品したのは、なんと“媚薬漬けにした女”だった。
名前は賀喜遥香と早川聖来。
品定めとしてステージに上げられた時点から息が荒く、まっすぐ立つことも出来ずにクネクネと太ももを擦り合わせていた二人。
そんな、いわば変化球を引っ提げて現れたニューカマーに他の常連たちが訝しげな表情を見せる中、仮屋崎は、その組織に興味を持った。
ありきたりな女には飽きていたし、幸い、今回その組織が出品した女が、二人とも、なかなか好みの女だったからだ。
結果、仮屋崎のみが入札し、落札決定。
二人まとめてということで決して安くはなかったが、好奇心も込みで考えると、いい買い物だと思っている。
オークション終了後には、常連同士で、
「仮屋崎さん。一度に二人も買うなんて珍しいですねぇ」
と感心の声も上がれば、
「あの柴崎一派っての、今回が初でしょ?よくそんな、どこの馬の骨かも分からない組織から二人も買えますねぇ」
と冷やかしの声も上がったが、そんなものは聞き流し、逆に、
(年増好きやらデブ専やら私には理解できないような悪趣味なアンタらにとやかく言われる筋合いはないね)
と、内心、見下して笑っていた。
そして待望の夏休み。
落札した賀喜、早川を従え、軽井沢でひとときのバカンスを楽しむ仮屋崎。
そして彼は知った。
媚薬漬けで快楽人形と化した女の魅力を。
(つづく)