乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第七章・山崎怜奈、再び…
2.秀才のターン
 翌日。
 怜奈は、そのチラシを胸ポケットに忍ばせて出勤した。
 ゆうべ、怜奈がようやく導きだした一つの仮説。
 ひとまず玲香や真夏に聞いてもらった上でその信憑性を問おうと思ったが、本部に顔を出すと、頼れる先輩たちの姿はなく、自分より後輩しかいなかった。
「あれ?真夏さんや玲香さんは?」
 と聞くと、残っていた梅澤美波が緊張した顔で、
「半時間ほど前に、皆さん、出て行かれました」
「こんな早くから?どこに?」
「実は…深川さんが行方不明なんです…」
 と告げた葉月。
 それが本部に伝わったのは明け方。
 別動隊として、失踪した橋本奈々未の行方を追っていた深川麻衣と昨夜から連絡が途絶え、音信不通のまま五時間が経過したところで、本部からの呼びかけに応答できない状況…深川がヤツらの罠に落ち、拉致された可能性が極めて高いという判断に至り、泊まり込み組が飛び起きてすぐに出動した。
「玲香さん、若月さん、真夏さん、高山さん、井上さん、優里さんの六人ですが、まだ見つかったという連絡はありません」
 と話す久保史緒里。
 なるほど、それで姿が見えないのか。
 重い足取りで自分のデスクに就く怜奈。
(まさか、次は深川さんがヤツらの餌食に…!?)
 という緊迫感を持ちつつも、ポケットに忍ばせた例のチラシのことを相談すべき相手がみんな出払って不在のことに溜め息をつく怜奈。
(どうしよう?先輩方の帰りを待って、それから話そうか…)
 だが、どうも、そういう空気ではないような気がする。
 何時に戻ってくるかも分からないし、戻ってきたところでナーバスな雰囲気なのは容易に想像できた。
 新たな被害者が出たか否かという有事のピリピリムードの中、仮説の信憑性の問うのも気が引けるのだが、かといって、怜奈の性格上、黙っていることも出来ない。
(仕方ない。本来なら順番が違うけど、ここは今野さんに…)
 と、怜奈は、司令官の玲香や上司の真夏を飛び越え、本部長の今野に直々に相談してみることにした。
 従来なら、それこそ玲香や真夏が、怜奈たち部下の意を汲み、本部長に話を上げて捜査方針を決めるところだが、いないのなら仕方がない。
 部長室を訪ね、戸にノックをする怜奈。

 コンコン…

「…はい」
「山崎です」
「うむ。入りたまえ」
「失礼します」
 堅苦しく礼をして部屋に入ると、今野部長は少し身構えたような表情で、
「まさか、退職願いでも懐に忍ばせているんじゃあるまいな?」
「いえ、違います」
 と言うと、今野はホッとして、
「よかった。今、君みたいな有能な人間に辞められては困るからね」
「大丈夫です。ご安心を」
 と怜奈は言ってから、まず、今、玲香たちが不在だから仕方なく直談判に来たことを説明し、その後、例のチラシを見せ、昨夜一晩、考えてきた仮説を懇々と話し始めた。
 怜奈なりの核心に近づくにつれ、今野の表情が渋くなっていく。
 そして、全てを話し終えると、今野は、苦虫を噛み潰したような表情で、
「つまり君は、現在、行方不明になっている数名の仲間たちは、皆、その『N46』という風俗店に集団で監禁されていて、それを何らかの偶然で伊藤くんと鈴木くんが知ってしまった。だから襲われた。…そう考えるワケか」
「そうです。そう考えれば、二人の記憶が何故か消されてしまった理由も説明がつきます。監禁場所であるその店の存在が知られ、我々にマークされては困るからです」
「うむ…」
 それは確かに一理あるという表情の今野は、デスクの引き出しから資料を取り出し、パラパラとめくって、
「これは、一昨日、君たちが開いた会議の議事録だが、これによると、襲われた二人が、なぜ本部への連絡を怠ったのか…これが争点になって、結局、答えが出ないまま終わっているね?この点についてはどう考えるね?」
「はい。それも、昨晩、私なりに考えてみました。これも仮説ですが、おそらく二人は、直接、監禁場所に踏み込んだのではなく、その直前、失踪しているメンバーの誰かと、あの繁華街で、ばったり出くわしたのではないかと思います」
「おいおい、待ちたまえ。連絡の途絶えた仲間たちは、その『N46』という風俗店に監禁されていると君は言った筈だ。監禁されている人間が自由に出歩ける筈がなかろう」
 と今野は即否定したが、怜奈は首を振って、
「部長。ヤツらの一味に、催眠術に長けた人間がいることは、返された二人の事件当夜の記憶が見事にすっぽり消されていることからも明らかです。私自身、そちらの分野に精通してるワケではありませんが、おそらく、催眠術を巧みに駆使すれば、一種の帰巣本能のようなものを植えつけることも可能だと思っています」
「帰巣本能…?」
「簡単にいうと『元いた場所へ戻れ』といったような暗示です」
「なるほど。つまり外出しても自ら監禁場所に戻ってしまう催眠をかけられていたワケか」
「そうです。そうすれば放っておいても逃げられることはありません。暗示に従って自ら戻ってくるんですから。そして、おそらく純奈と絢音の二人は、そのメンバーが帰巣するところ…つまり、今も言ったように、監禁場所に自ら戻ろうとしているところに出くわしたのではないかと思うんです。それなら、周りに敵の姿もなく、失踪した筈の仲間が一人でフラフラと街を徘徊しているだけに見えます。本部への連絡を後回しに後を尾けた可能性は充分に考えられます」
「だが、そのメンバーが向かった先は監禁場所、つまり、敵のアジトだったというワケだ」
「そうです。まんまとヤツらの巣窟に誘い込まれた形になり、そのまま脱出できずに捕らわれてしまったと考えれば、二人が本部への連絡を怠った…いや、怠ったというより、したくても出来なかった。その疑問もクリアできます」
 ここまでくると仮説とは思えないほど、次から次へと自信満々に説明していく怜奈。
 今野は小さく唸り、少し間を置いてから、
「二人の記憶を消した理由は、マークされないようにするためと言ったね?」
「はい。それ以外ありません」
「しかし、それなら、別に、その二人も他のメンバー同様、そこに監禁してしまえば済んだことじゃないのかね?もしくは、その場で口を封じればもっと簡単だ」
 と今野は言ってから、さすがに不謹慎だと思ったのか、慌てて、
「あ、いや、別に変な意味じゃない。二人が命まで奪(と)られなかったのは不幸中の幸い。今のは、たとえばの話だよ。たとえば」
「ええ、分かっています。殺して口を封じた方が手っ取り早いという部長の指摘もよく分かります。が、ヤツらは捕らえた二人を殺すことまではしませんでした。監禁メンバーに加えることもさしませんでした。それぞれに理由があると思います」
「うむ。では、まず、なぜ二人を殺すことはしなかったのか、そっちから聞かせてもらおう」
「これは単純に死体の処理が面倒だということだと思いますし、そんな簡単に殺す残酷さがあれば、これまで捕らわれた仲間も、みんな、口封じに殺されてる筈です。しかし、現時点で仲間の死体は誰一人として発見されていません。凌辱は楽しんでも殺しにまで手を染める気はない証拠です」
「うむ…」
 物騒な分析を飄々と語る怜奈だが、確かに事実だし、説得力もある。
「では、監禁メンバーに加えなかったのは?」
「この二人が失踪することは、逆に、彼らにとって不都合だからです」
「不都合とは?」
 今野が聞き返すと、怜奈は肩をすくめて、
「部長、よく考えてください。あの繁華街をパトロールしている最中に失踪したら、不審に思った私たちは、あの通りの風俗店を一軒ずつ徹底的に調べます。それをやられて困るのは連中ですよ」
「あ、なるほど」
「だから、ヤツらは記憶を消して二人を返した。二人が行き着いた場所を隠すために」
「では逆に、あの一帯の全ての風俗店を店内までしらみつぶしに調べることが出来れば、ヤツらのアジトを炙り出せるということだな?」
「ええ。ただ、現時点ではおそらく令状も取れないし、任意となれば風俗店なら大半の店が断るでしょう」
「そうか…」
 と落胆する今野だが、怜奈は、
「とはいえ…」
 と話を続け、チラシを手に、
「この『N46』という風俗店が気になるのも事実です。一度、向こうの出方を見る意味で、試しに行ってきたいと思うのですが…」
 窺うような口調は、
(許可してください)
 と言っているように聞こえた。
「うーん…」
 今野は、少し考え込むように唸ってから、
「…分かった。許可しよう。ただし、万が一、君の推理が当たっていたとしたら、それは相手を刺激することにもなる。一人では危険だ。チームを作って行くんだ」
「はい、もちろんです」
 と頷く怜奈。
 とっさに頭に浮かんだのは、
(ウメと久保ちゃん。この二人がいれば心強いかな)
 現在、本部にて居残り組になっているメンバーの顔ぶれは、さっき見ている。
 頭に浮かんだ二人以外だと、賀喜遥香、早川聖来、北川悠理ら、まだ訓練生上がりで未熟なメンバーが多かった。
 フレッシュなメンバーに他意はないが、もしかしたら危険が伴うかもしれないだけに、同じ連れていくなら少しでも長く経験を積んでいる後輩を選びたい。
 そして、そういう理由で選んだのが梅澤と久保だ。
(この二人がいれば、万が一、何かあっても対処できるだろう)
 と、そこまで考えていたが、予想に反し、今野は、
「よし!じゃあ、早川と賀喜、この二人を連れて、三人チームで行ってきたまえ」
 と言った。


(つづく)

■筆者メッセージ
れなちキレッキレ回。
何ですか、この十津川警部ばりの名推理は(←笑)

※だいぶ時系列がねじれてしまってますが、純奈&絢音→この章→ここで深川の拉致られが発覚(※松村の身に起きた出来事は、この時点ではまだ誰も気付いてない)…ってことにしときます(←笑)
鰹のたたき(塩) ( 2021/07/24(土) 23:50 )