齋藤飛鳥、恋をする (プロローグ)
ソープランド『N46』。
西野七瀬…星野みなみ…遠藤さくら…以前までは女捜査官として下衆な性犯罪者たちと対峙していた女たちが、戦いに敗れ、快楽拷問に屈し、身も心も泡姫へと生まれ変わって男を性技でもてなすために流れ着く場所。
依然として経営は上々。
完全会員制という安心感と、元・女捜査官の泡姫たちという、いかにも男心をくすぐるコンセプトが常連客の財布の紐を握って離さない。
そして、これは、ある日の開店前の控え室での話。
この日の出勤は、西野七瀬、樋口日奈、与田祐希、そして齋藤飛鳥の四人だった。
女ばかり、しかも開店前というリラックスムードも相まって自然と女子会のような雰囲気になる控え室で、
「なぁ、今日って何曜日やっけ?」
と誰にともなく聞く七瀬。
「今日は…木曜日」
と樋口が答えると、聞いた七瀬は急にうなだれて、
「木曜かぁ…」
「なに?どうしたの?」
「いや…木曜やったら、ほら…アイツが来る日やんか」
「…あぁ。あの“アナル舐めたいオジさん”のこと?」
と、女だけの控え室ゆえ、アイツ呼ばわり、そして仲間内でひそかに命名している下品な別称が飛び交う。
「あー、確かに!あの人、いつも木曜日ですよね」
と、その会話に与田も参加し、
「こないだ私も指名されましたよ」
「そうなん?どうやった?」
「もうヤバかったです。延々お尻の穴を舐められて…」
「そうなのっ!あの人、本当にアナルが大好きだから。私も指名された時ずっと舐められてた」
と肩をすくめる樋口だが、かと思えば急にニヤニヤして、
「さぁ、今日は誰のアナルが狙われるかな〜?」
と面白がり、そこに与田も乗っかって、
「この中だったら、やっぱり西野さんじゃないですか?」
「えー、やめてぇや。私、Sやから、あーゆーことされるの、あんまり好きちゃうねん…」
泡姫に転身し、日々、業務に励む彼女たち。
勤めていれば自然と固定客がつき、固定客がつけば、当然、こういったことも起こりうる。
とはいえ、お客様は神様。
指名されれば喜んで相手をし、要求されればどんなことであろうと二つ返事で応えるのがこの店に勤める嬢の掟だ。
「はぁ…憂鬱やわ…」
そのげんなりした表情…どうやら今夜は七瀬にとって笑顔が少ない夜となりそうだ。
そして、そんな控え室の会話を、早々に着替えを終え、背中で黙って聞いていた飛鳥。
(そっか…今日は木曜日。ってことは…)
今しがた言ったように、勤めていれば自然と固定客がつくもの。
その変態オヤジではないが、飛鳥にも、一人、頭をよぎる常連客がいた。
先月ぐらいから、きまって木曜の夜に来店しては飛鳥を指名する若い男…。
最近、イメクラ要素にも力を入れているこの店の特性上、指名を貰えば、やれCAだとか、やれミニスカポリスだとか、マニアックなコスチュームを要望され、そして、いざプレイルームに行けば、秘めていた性癖を開放したような欲望剥き出しの荒いカラミを強いられることが多い中、その男は違った。
扮装の注文は無くノーマルで、そしてプレイもシンプルなソーププレイ一択。
他の客が振り切れているだけに、一見、味気ない男にも思えるが、それが逆に、飛鳥からすれば妙に印象に残る。
そして何より、
(あの人、ちょっとカッコいいんだよな…)
変態オヤジが多い中、おのずと差別化されてしまう爽やかなイケメン。
プレイ中の所作も優しさと温かみがあって、飛鳥自身も、内心、彼のことを気になっていた。
(今日も来てくれるかな?あの人…)
そんなことを考えたら、なぜか自然と高揚してしまい、ふと後ろを通りがかった樋口から鏡越しに、
「どうしたの?飛鳥。一人でニタニタしちゃって…」
「えっ…?い、いや別に…ニタニタなんてしてた?普通じゃない?」
と動揺を隠す飛鳥に対し、
「すごくニヤけてたよ?今。まるで、今日、何か嬉しいことがあるような顔してた」
「そ、そう?別に何もないんだけど…」
と言って、最後は赤面で会話を切り上げた飛鳥。
そして樋口の姿が遠のいていったのを確認してから、
(ふぅ…危ない、危ない…)
と溜め息をつき、目の前の鏡台を見つめる飛鳥。
確かに周りから見ればニヤけているように見えたのかもしれない。
そして、その笑みの理由を、飛鳥は一人、自問自答する。
(私、もしかして浮かれてる…?)
浮かれた笑み…それが、いったい、何を意味するか…。
(これって…これって、もしかして…恋…?)
そう。
シャイで奥手な性格ゆえ、これまで一度も恋愛経験のなく、大事なバージンすら拷問の中で散らしてしまった飛鳥。
今ではすっかりセックスの快感を覚え、それを生業に変えてしまったが、いまだ、恋愛感情を含んでの性行為は人生一度もしたことがない。
これは、そんな恋愛処女の彼女が初めて恋をした物語である…。
(つづく)