寺田蘭世の災難 (序章)
性を売る夜の街。
まだまだ人気が衰える気配のない捜査官ソープ『N46』は、今でも連日、オーナー柴崎の斡旋を受けた金ヅルたちで賑わう。
そんな男たちの相手をすべく、控え室に集う囚われの女捜査官たち。
柴崎一派に加担する催眠術士・中元日芽香による暗示催眠によって、全員、捜査官としての記憶や自我は抹消され、泡姫こそが自分たちの天職であると洗脳を受けている。
おかげで逃げ出そうとする者はいない。
むしろ今の仕事に誇りを持ち、週ごとの指名された回数を仲間内で競い合っているぐらいだ。
一時は危なかった。
山崎怜奈、賀喜遥香、早川聖来の捜査官三人に怪しまれ、ガサ入れを食らった。…が、裏から手を回し、事前にその情報を知ることが出来たので逆に罠にかけて捕らえてやった。
その三人については、元・花田組幹部の片桐に処遇を任せたので行く末は知らないが、とにかく、このビジネスはまだまだ金の成る木だから連中に邪魔をされるワケにはいかない。
そして今宵も、開店早々、金を落としてくれそうな客が次々に訪れる。
せわしない控え室、そしてバックヤード。
「中田!指名だ!ボディコンに着替えて1番!」
「次、蓮加!ナース服で2番!」
とマネージャーの声が控え室のスピーカーから聞こえると、呼ばれたメンバーはせっせと衣装部屋から指定された扮装を選んで着替え、待合室で番号札を手に待っている客を迎えに行く。
現在、この店にプレイルームは3つある。
つまり客の回転一回で最大三人が指名にありつけるということだ。
それを、中田、蓮加ときて残りは一枠。
ここで名前を呼ばれないと次の回転、そこにも漏れたらまた次の回転と、どんどん待機時間が増えていく。
挙げ句の果てには、今日は一度も指名されずに終わってしまうこともあるだけに、
(来い…!来い…!)
と自分の名前が呼ばれるのを心待ちにする残りのメンバーたち。
そして…。
「…寺田!扮装ナシで3番!残りのメンバーは待機!」
とスピーカーから声が飛ぶと、呼ばれた蘭世が、小さく、
「やった…♪」
と喜ぶ一方、呼ばれなかったメンバーは揃って落胆し、
「え〜…蘭世、行っちゃうのぉ?」
「悔しい〜!」
と、蘭世に羨望の目を向ける齋藤飛鳥、星野みなみ。
そんな先輩二人を、
「すいませ〜ん♪お先で〜す♪」
と軽くあしらい、ウキウキで控え室を飛び出す蘭世。
扮装ナシは着替える手間もなくて助かる。
待合室では、番号札3番を握り締めた男が備え付けの雑誌を読みながら蘭世を待っていた。
そこへ歩み寄り、
「お待たせいたしました、お客様♪」
と声をかける蘭世だが、いつもお決まりの挨拶が、
「本日はご指名ありがとうございます。寺田蘭世と申し…ま…す…」
と、雑誌を置いて顔を上げた男と目が合った瞬間、尻切れとんぼのように失速していった。
思わず見開く目。
動揺で喉が閉まり、定型文の続きが出てこない。
硬直して狼狽する蘭世に対し、男がニヤリと笑って口を開く。
「ふふっ…やっぱり寺田さんだ…♪名前を見て、あれ?っと指名してみたけど…奇遇だねぇ、よりによってこんなところで再会できるなんて…♪」
彼の名は肝尾猛(きもお たけし)。
学生時代の同級生で、当時、蘭世に何度も告白をしてはフラれ続け、それでも諦めずに最終的にストーカー同然となって延々とつけ回していた陰キャラだ…。
(つづく)