乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第六章・松村沙友理の場合
2.地下闘技場
 単独捜査、三日目。
 今夜も松村は「レディースアーケード」に繰り出した。
 昨日、一昨日は空振り。
 健全な営業でクリーンな社交場になっているレズビアンバーばかりで、入る店ごとに常連らしきそっち系の女性に素早く目をつけられて、
「よかったら、私ともう一軒、場所を変えてどうかしら?」
 と話しかけられたぐらいだ。
 誘いの方は上手く断り、聞きたいことだけ聞いてハズレと分かると逃げ出すように店を後にすることの繰り返し。
 なかなかコレという手がかりは巡ってこない。
(目の付け所は悪くないと思うんやけど…)
 と思いながら、ゆうべの続きで、また新たな店を訪ねる。
 ここもまた洒落た雰囲気のバーで、カウンターには点々と妙齢の女性が陣取り、入店した松村を品定めするように見てくる。
 それらの視線をあえて無視して席につくと、早速、女が一人、近づいてきて、
「お姉さん。お一人?お隣、いいかしら?」
 と声をかけてきた。
 金髪のロングヘアーに気取ってサングラスをかけたイケイケの女。
「ええ、どうぞ」
 と言うと、その女はグラス片手に移ってきて、まじまじと松村を見つめ、
「…見ない顔ね。こういうところは初めて?」
「そ、そうやねん…」
「あら、関西の人なの?それもまた珍しいわ♪」
 女は嬉しそうに笑って、
「ここで出会えたのも何かの縁。一緒に飲みましょうよ♪」
「そうね。よろしく」
 と、話を合わせる松村。
 寄ってきてくれるのは好都合だ。
 松村に飲み物が届くと、女は、
「乾杯しましょうよ♪」
 とグラスを突き出してきた。
 乾杯に付き合って機嫌をとり、甘いカクテルを口にしながら他愛のない会話を導入に、徐々に聞き込みモードに入る松村。
「そういえば、最近、このあたりで流行ってるものがあるって聞いたんやけど、何のことか分かる?」
 と聞くと、女はなぜかニヤリと笑って、
「もしかして、あなた、“アレ”のこと知らないの?」
「“アレ”…?」
 白々しく首を傾げ、
「分からへん。教えてぇや。“アレ”って、いったい…!」
「シッ!」
 女は口に人差し指を当てて、
「あまり大きな声では言えないわ」
 と言って、急に声を潜め、
「もしよかったら、私が連れてってあげようか?」
 と言った。
 その口ぶり…ようやくアタリが出たかもしれない。
「うん。めっちゃ興味あんねん。お願い」
 と、おだてる松村に気を良くした女は、
「分かった。じゃあ、私についてきて」
 と立ち上がり、
「マスター!この娘のぶんも私にツケといて!」
 と上機嫌に言った。


 店を出た二人。
 女はチラッと腕時計を見て、
「さぁ、行きましょ♪今からならまだやってるから!」
 と松村の手を掴み、強引に引っ張って歩き出した。
(まだやってる…?)
 どういう意味だろうか?
 あまり食い入ると怪しまれると思い、ひとまず今は女のペースに任せることにした。
 女性しかいない通りを足早にすり抜ける二人。
 女が案内したのは、とあるビルの地下に降りる階段。
 看板らしきものは出ておらず、知らなければ足を止める気にもならないような薄暗い階段を、
「ここよ」
 と突き進んでいく女。
 怪しみつつも手を引かれ、降りていくと扉が現れ、その扉の前には入れ墨の入った女が番人のように立っていた。
 タンクトップから伸びる腕は筋肉が逞しく、まるでソルジャー、アマゾネスのようなその女。
 無愛想に、
「パス、プリーズ」
 と言われて困っていると、案内した女が胸元から会員証のようなモノを見せ、松村を指差して、
「この娘は私の紹介。女性にかぎり一人まで同伴可能だったわよね?」
「…イエス、オッケー」
 と頷き、門番が扉に手をかける。
 ギィィィ…と音を立てて開く扉。
 その隙間から何やら歓声のようなモノが聞こえる。
(な、何…?)
 戸惑う松村の手を引き、中へと足を進める女。
 細い通路を進むにつれ、みるみる歓声が大きくなり、同時に熱気のようなものも感じる。
 突き当たりの角を曲がると、パッと視界が広がった。
(こ、ここは…!?)



 そこにあったのは、やや小ぶりなプロレスリング…俗に言う地下プロレスのような空間で、そのリングを取り囲んで女たちが熱狂していた。
(な、何なん、これ…!何かのイベント…?)
 松村も含め、女性しかいないこの空間。
 そして、まさに今、そのリング上で繰り広げられていることを見て、松村は唖然とした。
 リング中央に全裸で縛られた棒立ちの女がいて、その身体に、黒のボンテージ姿の女が容赦なく鞭の雨を浴びせていたからだ。
(な、何てことを…!)
 と、一瞬、本能的に助けに向かおうかと思った松村だが、我に返り、慌てて踏みとどまった。
 これは俗にいうSMプレイ。
 もしここがそういうことを楽しむための場で、なおかつ当該女性が同意の上ならば、逆に松村に止める権利がないことになる。
(危ない危ない…つい…)
 遠巻きにリングを見つめる松村。
 乾いた音が響くたびに盛り上がる観客、そして鞭を打たれた女性自身も嫌がる素振りはなく、むしろ悦びの声を上げているような状況。
 もしこれが問題視しなければならないショーだとしても、ここに割って入っていくことは非常に難しい。
 そんな中、
(あ、あれ…?さっきの人…)
 気付けば、松村をここへ連れてきた金髪の女が見当たらなくなっていた。
 リングサイドに群がる観衆に紛れたのだろうか?
 そして、キョロキョロする松村の耳をなおもつんざく鞭の音。

 ピシィィッ…!ピシィィッ…!

「ひぃっ…!んはぁっ…!」
 悶えるリング上の女に思わず目をやり、
(い、痛くないんかな…?)
 と息を飲む松村。
 少なくとも自分には、到底、理解できない性癖だ。
 それに、よく目を凝らすと、ただ鞭を打たれているだけではなかった。
 左右の胸の膨らみの先端には、それぞれ、振動する大人のオモチャがテープで貼りつけられ、さらに股ぐらにも細長いモノが突き挿さり、縄で固定されているではないか。
 鞭の痛みだけでなく、それらの刺激でも声を漏らしている様子だ。
(み、見てられんわ…)
 と思わず顔を赤らめ、視線を切る松村。
 そんな松村をよそに観衆たちが盛り上がっていることにも理解が出来ない。
 自然とそっぽを向く形になっていた松村だが、
ふと、
「さぁ…!それじゃあ、そろそろ、これを使っちゃおっかなぁ♪」
 とボンテージ女の艶かしい声が聞こえ、それとともに観衆の熱気が増した気がした。
 つられて、おそるおそるリング上に目をやる松村だが、その目の色が変わった。
 ボンテージ女が手にしたボトルの口を開け、M女の裸体にオイルをふりかけ始めたのだ。
 そして妖しい手つきで塗り込む。
 すると、ものの数分でM女が、
「んあぁっ…!?あ、熱い…!熱いですぅ…!身体が熱いのぉっ…!」
 と声を上げ始めたことに、照れていた松村の眼がみるみる本来の捜査官の眼に…!
(あの効き目…!もしや…!)
 今のオイル…さては、強力媚薬『HMR』を配合したオイルではないのか?
 すっかり捜査官の眼で、自然とリングサイドに近寄る松村。
 観衆たちの視線がM女の反応に集まる中、唯一、松村の視線だけはボンテージ女の持つボトル、そしてM女の身体を照らす光沢に向いていた。
 そっと胸ポケットに手をやる。
 そこに忍ばせてあるのは簡易分析試験紙。
 先日、戦線に復帰した秀才の後輩、山崎怜奈に開発してもらったアイテムだ。
 もし、あのオイルに『HMR』の成分が入っていれば、オイルに浸けた赤い紙が青に変色する。
 そして、そうなれば、このボンテージ女も柴ア一派の一味、もしくは何らかの繋がりがある近しい女で、柴ア一派と『HMR』を共有してると見て間違いない。
(何とか…何とか滴の一滴でも…!)
 と胸ポケットに手を入れたまま、観衆に紛れてリングを窺う松村。
 だが、M女が立たされているのはリング中央。
 その足元にはお目当てのオイルが水溜まりを作っているが、リングサイドからじゃ、いくら手を伸ばしても届かない。
 もどかしい思いをしてるうちに、
「あぁっ、イ、イクぅっ!んあぁぁっ、イクぅぅっ!」
 と絶叫して果てるM女。
 おそらく、相当な快楽を味わう強烈なエクスタシーだったのだろう。
 小刻みに痙攣した後、膝が折れ、崩れ落ちてそのまま失神してしまった。
「あ〜あ…!」
 と溜め息に包まれるリングサイド。
 ボンテージ女もヒールの先で、
「なに?もう終わり?まだお客さん見てるわよ?ほら、起きなさい。ねぇ」
 と、失神したM女を小突くも、起きる気配もない。
 プレイ続行不可能…。
 ボンテージ女は肩をすくめ、リングサイドの観衆に向かって、
「皆さん、ごめんなさいね。しらけちゃって」
 と謝り、続けて、
「あとで、たっぷりお仕置きしておくわ。お客様がいるのに失神してショーを止めるとは何事だ、ってね」
 と取り繕った。
 そしてスタッフと思われる女が二人、リングに上がり、失神したM女のぐったりした身体を抱えてリングから下ろし、裏へ捌けていく。
 その際、
「皆さん、気をつけてくださいね。今の子たちが通ったところ、オイルが垂れてるかもしれないから滑って転ばないように」
 とボンテージ女が呼びかけるのを、
(しめた…!)
 と感じた松村。
 素早く観衆の大外から回り込み、退場していくM女を追う。
 ポタ…ポタ…と床に垂れ落ちたオイルに分析試験紙を使うためだ。
 薄暗い照明と無色のオイルだから見えづらい。
(確か、このへんを通っていったと思うんやけど…)
 と目線を下げ、コソコソと滴を探す松村。
 その間もボンテージ女はリング上で喋り続けている。
「余った時間、どうしましょうか…ん〜…」
 と、中途半端になってしまったショーの埋め合わせを考えるボンテージ女。
 観衆の中から、

「私を縛ってぇー!」

 と、ふざけ半分に誰かが叫び、ひと笑い起きたが、ボンテージ女は、
「んー…考えておくわね♪」
 と軽くいなし、
「せっかくリングがあるんだし、キャットファイトなんてのはどうかしら?お客さんの中から二人、それぞれリングに上がって、対戦する相手を先にイカせたら勝ち。負けた方はお仕置きとして私が軽く相手をしてあげて、勝者はそれを一番近くの特等席で見れる。…どうかしら?」

「名案っ!」
「見たーい!」
「賛成ーっ!」

 と声が上がり、同時に、

 バチパチパチ…!

 と期待の拍手がリングを包んだ。
 まるで教祖と信者…ボンテージ女の持つカリスマ性が、集まったレズビアンたちの心を掴んで離さず、そんな馬鹿げた話でも一体感を作る。
「じゃあ、決まり!残りの時間は、キャットファイトにしましょう♪」
 とボンテージ女は言い、
「それじゃあ、挑戦者を募るわね。自信あるって人いる〜?」
 と問いかければ、ちらほら手を挙がった。
 冗談半分か、それとも本気か。
 本気だとしたら、同性をリングの上で痛めつけるのに快感を覚えるサドな性格であったり、勝利後にボンテージ女が敗者に施すお仕置きプレイを間近で見たい信者のような人間だろう。
「ん〜…そうねぇ…♪」
 ボンテージ女はリングサイドをゆっくり吟味していたが、急にニヤリと笑って、
「それじゃ、そこのお姉さん!リングに!」
 と一点を指差した。
 指されたのは手を挙げてもいない、やっと見つけたオイルの垂れ跡に分析試験紙を浸け、しめしめと顔を上げた矢先の松村だった…!
(え…?)
 一瞬、目を疑った。
 自分の後ろにも人がいるのかと思ったが、見ると誰もいなかった。
 観衆たちも一斉に立ちすくむ松村に視線を向ける。
「わ、私…?」
 きょとんとする松村に、リング上から微笑みかけ、
「そう、あなたよ」
 と声をかけるボンテージ女。
 そして、次の瞬間、彼女の口から驚愕の一言が…。

「さぁ!コソコソしてないで早く上がりなさいよ、潜入捜査中の松村沙友理さん…♪」


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2021/06/20(日) 02:55 )