乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第四章・鈴木絢音と伊藤純奈の場合
3.牙を剥いたドーベルマン
 夜の繁華街。
 客引きと酔っ払いが行き交う大通りを二人の女性が行ったり来たりを繰り返していた。
 眼光鋭く、時に狼のような視線を向けるのは捜査官集団「乃木坂46」きっての武闘派、伊藤純奈。
 そして、その隣で、純奈とは対照的に、精密機械のような冷静な眼で周囲を見渡す鈴木絢音。
 静と動が合わさる、一見、不釣り合いなコンビにも思える二人だが、実は同期。
 正反対というよりは、お互いの足りないところを補う間柄といえる。
「チッ…!いねぇなぁ…!」
 苛立った様子で舌打ちをして口悪く吐き捨てる純奈と、そんな彼女を、
「まだ分からないよ。もうすぐ0時、日付が変わる頃に動き出す人もいるから」
 と、なだめる絢音。
 絢音は続けて、
「私は、むしろ、これからが注視すべき時間だと思ってるよ」
「だといいけどさ。いつもいつも悪質キャッチの野郎ばっかり、もう飽き飽きだよ」
 と肩をすくめる純奈。
 ここ数日、熱心に夜のパトロールを続けている二人。
 木を隠すのは森の中というように、怪しい人間が身を隠すのは、いわくつきの人間も多くいる繁華街に違いないと踏み、都内いくつかの繁華街をマークしているが、世の中そう甘くはなく、なかなかアタリは出ない。
 時折、立ち止まっては、旧・花田組の残党で、現在、行方が分からない者のリストを見直す。
 前から来るパッと見いかつい顔の男、もしかして……いや、違う。
 目つきは似ているが、そういう顔もよく見受けるし、何より輪郭がまるで別人だ。
「くそっ…!」
 と吐き捨てる純奈に、
「落ち着きなよ。そんなカリカリしながら生きてたら早死にするよ」
 と声をかける絢音。
 そして、すぐに、
「まぁ、純奈の気持ちも分かるよ。分かるけどさ」
 という一言も添える。
 同期であり、親友でもある純奈。
 自分がそこまで感情豊かなタイプではないだけで、彼女の身になれば、そんな苛立つ態度も決して分からなくはない。


 伊藤純奈。
 その精悍な瞳の奥には誰にも負けない正義感が燃えている。が、そんな彼女の強い心も、一度は獣たちに踏みにじられた。
 忘れもしない、あの凌辱…。
 どんな悪にも正々堂々と対峙するその男気ある性格を利用され、呼び出され、罠に嵌められた。
 捕らわれた彼女に待ち受けていた結末は、屈辱の強制潮吹き、媚薬レイプ、そして無修正ビデオの撮影…。
 捜査官になって初めて味わった完全敗北は、武闘派と謳われた女の瞼に大粒の涙を誘発した。
 そして、全裸に剥かれ、姦されて大量の精液を浴びせられて横たわる身体に、

「へへへ。これぐらいで勘弁してやるか」
「ここまでの一部始終、しっかりビデオに収めたからな」
「これに懲りたら、もう二度と、俺たちの周りをウロウロするんじゃねぇぞ?分かったな?負け犬の純奈ちゃんよ」

 と嘲笑を浴びせて立ち去った男たち…。
 そんな悪夢の夜から、まもなく二ヶ月が経つ。
 齋藤飛鳥、西野七瀬、山下美月、生田絵梨花…同じ目に遭い、その忌まわしい過去と恐怖を払拭できず、現場復帰のメドがつかないまま姿を消した者も少なくない中、彼女は違った。
 ズタボロにされて折れかけたプライドを支え、再起を促したのは人一倍の負けず嫌い、そして復讐心。
 自身を犯した男たちの顔は今でも忘れていない。

(アイツら…絶対に許さない…!必ず捕まえて、ブタ箱に放り込んでやる…!)

 それを糧に再び立ち上がり、リハビリも最短で終え、不屈の闘志を引っ提げて戦線に復帰したのだ。
 それ以来、今日に至るまで、まるで何事もなかったかのような立ち振る舞いを見せる純奈。
 もちろん、そんな筈はない。
 決して消えない大きな傷を負ったことは間違いないのだが、純奈は、そういった悲壮感を一切見せず、むしろ、同じく戦線復帰組の梅澤美波や久保史緒里ら、後輩に指針を示す灯台のように、以前にも増して捜査に熱を入れる。

「私はもう二度と負けません。この抗争にケリがつくまでは、絶対に…!」

 と、復帰した初日、上司の秋元真夏の前で力強く宣言した純奈。
 そんな復讐の鬼は、今宵も、ヤツらの尻尾を掴むため、繁華街で目を光らせている…!

 ……

 二日後。
 この日も二人は、同じように夜の街のパトロールに就いていた。
 今日、マークするのはS区にある一大繁華街。
 そのメインストリートの入口周辺は、まだ、飲食店やカラオケ、気軽に入れるバーなどが乱立して若者の姿も見受けられるが、中ほどに行くにつれてクラブやキャバクラなどに様変わりし、行き交う人の年齢層も上がる。
 そして、そのさらに先には風俗店やラブホテルが固まる歓楽街のエリアがあり、その一角は、夜が深くなればなるほど活発化する。
 そんな繁華街の入口に車を停め、シートを少し倒した状態で、じっとフロントガラス越しに眼を光らせる二人。
 若者のグループやカップル、サラリーマンの集団が、そのメインストリートに次々と飲み込まれていく。
 そして、監視を開始して一時間が経過すれば、次第にホスト風の男や、いかにもキャバ嬢という派手なメイクの女も目につき始める。
「…どう?いる?」
「…いや、いない…」
 ともに双眼鏡を覗きながら、短く会話を交わす二人。
 まだ、これといって怪しい人物は見つかせない。
 それから、さらに一時間が経過。
 食事を済ませた若者やサラリーマンたちが帰路につく頃になって、ふいに絢音が、
「…ん?」
 と声を上げた。
「なに?どうした?」
「あそこ…!コンビニの前!」
 と絢音が早口で言うので、純奈も急いで視点を合わせる。
(…!)
 一瞬、見間違いかと思い、もう一度、双眼鏡に目を凝らす。
「あれは…蓮加…?」
 まさかと思い、さらにもう一度、見直すが、いくら見ても、間違いなく二人の双眼鏡が捉えた女は、後輩である岩本蓮加の姿だった。
 そのまま、こちらの視線など気付く様子もなく、コンビニへと消えた後輩の姿に、
「間違いない!今の、蓮加だよ!ちょっと雰囲気は変わってたけど…!」
「でも、何で蓮加がこんなところに…?」
 二人が困惑したのは、彼女が、現在、自分たちの中で消息不明という扱いだったからだ。

 発覚したのは一ヶ月ほど前になるか。
 先輩の星野みなみとペアを組んで捜査に出ていったのを最後に、行方が分からなくなっていた。
 こちらで行動を把握できているのは、その日の夕方、

「今から電車に乗って、一旦、本部に戻ります」

 という連絡までで、それっきり…。
 不審に思って、鉄道会社に問い合わせたり、実際に駅や沿線にも出向いて捜索したが、結局、分からず、まるで神隠しのような状態だった。
 それを受け、本部では、みなみと蓮加の二人が本部への帰路の途中、ヤツらに襲撃されて拉致されたという結論を出し、それ以来、捜査と並行して捜索を続けているが、依然、進展はない…。
(まさか既に二人とも殺され、どこかの樹海に埋められている、なんてことは…)
 と、時に最悪の想像がよぎることもあったが、ひとまず蓮加に関しては、その心配は取り越し苦労だったようで、命は無事だった。が、だからこそ異様な事態ということに変わりはない。
「…行こう!」
 と声を上げ、車から降りる純奈。
 絢音も続いて車を降り、蓮加の消えたコンビニへ足を進める。が、酔っ払いのサラリーマンや客引きのホストが邪魔で素早く進めない。
「すいません…すいません…」
 と人を避ける絢音に対し、
「ちょっと…どいて!どいてってばっ!」
 と強引に突き進む純奈。
 だが、あと少しというところで、一足先に蓮加がコンビニから出てきてしまった。
 そのまま、近づくこちらに目をやることもなく、繁華街の奥へ奥へと進んでいく蓮加。
 その距離、約20メートル。
 思わず、
(蓮加ッ!!)
 と声を上げようとした純奈に、
「しっ!」
 と立てた人差し指を口に当てて制する絢音。
「絢音…!」
「少し様子を見よう。今までの間、ずっと音信不通でどこで何をしていたのかが気になる」
 と冷静に言って、尾行することを選択した絢音。
 確かに一理ある判断に、しぶしぶ純奈も続く。
 距離をとり、バレないように後を尾ける二人。
 途中、
「ねぇねぇ、お姉さんたち。もしよかったら…」
 と寄ってきて行く手を遮るホストは、
「うるせぇ!今、忙しいんだよ!向こう行ってろ!」
 という苛立つ純奈の一喝で追い返す。
 その後も繁華街を突き進む蓮加。
 この先は、風俗店などの歓楽街エリアとなる。
「こ、こんなところに、いったい何の用が…?」
「分からない…でも、ただ単に近道やショートカットで歩いてるってワケでもなさそうだよ。この先に何か目的があることは間違いないみたい」
 戸惑う純奈に対し、相変わらず冷静な絢音。
 やがて蓮加は、風俗街へ足を踏み入れ、その一角のとある雑居ビルへと消えていった。
 一瞬、迷ったが、目を見合わせ、気色ばんだ表情で後に続く二人。
 なぜかエレベーターを使わず、非常階段を使う蓮加。

 カン…カン…

 と頭上から聞こえてくる鉄板を踏むヒールの音。
 一方、純奈と絢音は音を立てないよう、忍び足で続く。
 ふいに音が止み、扉を開ける音がした。
 その扉が閉まったのを確認して駆け上がると、そこにあったのは重厚な鉄扉。
 蓮加が中に消えた後、まだ施錠がかかる音はしていない。
 よって、今ならまだ開けられる。
 お互いが、
(どうする…?)
 という眼をして、お互いが、
(行ってみよう…!)
 という眼をした。
 取っ手に手を伸ばし、ふうっと息を吐く純奈。
 中に何があるか見当もつかない。
 ただ、蓮加がいることは確かだ。
(3…2…1…!)
 勢いよくドアを開け、中に雪崩れ込んだ二人。
 だが、入った瞬間、先頭を行く純奈の足が止まり、続いた絢音は、純奈の背中にまともにぶつかった。
(痛った…!)
 なぜ止まるのか!…という眼で純奈を見るも、すぐに絢音も足が止まった。
 まず蓮加と目が合い、次に、その蓮加の周囲にいた女たちと次々に目が合う。
「か、花奈さん…!?蘭世…!」
「樋口さん!…み、みなみさんも…!?」
 中の部屋、そこに巣食うように固まっていたのは、なんと、目下、行方不明になっている仲間たちだった。
 先輩、同期、後輩と、まぜこぜ。
 そんな彼女たちが、ナースやチャイナドレス、メイドなどの扮装で待機していた。
「な、何これ…!?」
「どういうこと…!?」
 理解が追いつかない二人。
 純奈は、傍にいた蓮加に目をやり、
「蓮加ッ!説明してっ!」
 と叱りつけるように声を上げた。が、なぜか反応は薄い。
 よく見ると、瞳がくすんで、心ここにあらずというような眼をしている。
「蓮加ッ!」
 と、もう一度、名前を呼ぶ純奈を制し、
「様子がおかしい…蓮加だけじゃない。みんなも」
 と口にする絢音。
 その時、ふいに、
「誰だ!誰かいるのか!」
 と、奥の扉から怒鳴り声がした。
(し、しまった…!)
 退散して出直そうにも、ここにいるみんなを放っていくワケにはいかない。
 迷っているうちに、奥の扉から、異変に気付いた男女が蹴破るように入ってきた。
「誰だ!貴様ら!」
 と凄む男を見て、純奈の目の色が変わった。
「お、お前は…あの時の…!」
 甦る悪夢の夜の記憶とともに、一瞬にして沸き上がる怒り。
 そんな純奈の顔を見て、男の方はニヤリと笑い、
「ほぅ…誰かと思えば、お前さんか。久しぶりじゃないか。“あの夜”以来だなぁ?」
「くっ…!」
「まったく、令状もなしに裏口から不法侵入とは、捜査官の風上にも置けんヤツらだ。…で、何の用だ?次はお友達も連れて、さては“もう一度”俺と裸の付き合いがしたくなったか?俺の腕の中で何度もビクンビクンと痙攣しまくったあの夜がそんなに忘れられないか?えぇ?」
「て、てめぇっ…!」
 因縁の相手からの、あの悪夢を蒸し返すような煽り。
 絢音の手前、さすがに純奈の頬も少し赤らんだ。
 その恥じらいを隠すように、
「せ、説明しろよ!これはいったい、どういうことだよ…!」
 と男勝りの口調で問う純奈。
 だが、男は肩で笑って、
「残念だが、教えるワケにはいかんな。話せば長くなる」
「だったら半殺しにして聞き出すまでだ!」
 と拳を握り、臨戦態勢に入る純奈。
 同じく懐に忍ばせた携帯警棒を抜き、構える絢音。
「みんな!下がって!」
 と、立ち尽くした仲間たちに呼びかける。…が、なぜか、誰一人として動こうとしない。
「み、みんな…?いったいどうしたの…!?」
 戸惑う絢音に、男の横にいた女が微笑する。
「ふふっ…無駄よ。この娘たちは既に私の言いなり。貴女のことなんて、もう、覚えちゃいないから」
 と、その女、中元日芽香が妖しく笑う。
「い、言いなり…?」
「そう。ここにいるみんなにはちゃんと首輪がついてるからね。貴女たちには見えない“私にしか外せない首輪”が」 
「な、何をゴチャゴチャ、ワケの分からないことを…!」
 と睨む純奈に、
「仕方ないなぁ。それじゃ、もう少し分かるように教えてあげる♪」
 と日芽香はニコッと笑い、突然、声を張って、
「さぁ、みんな!悪い人たちが来たわ!みんなで協力して、この二人をやっつけて!」
 と叫び、パンッ!…と手拍子を打った。
 すると、次の瞬間、今までぼんやりした顔をしていた彼女たちが、次々に目を光らせ、じわりじわりと二人を取り囲み始めたではないか…!
「なっ…!」
「み、みんな…!何で!?」
 まるで追い込み漁のように部屋の隅に追い込まれていく純奈と絢音。
 迫る仲間たちを見比べ、呼びかけるも、相変わらず、こちらの声には何の応答もない。
 まるで他人のようなその反応に、思わず、
「ま、まるで催眠術でもかけられてるみたい…!」
 と呟いた絢音の一言を聞き逃さず、
「ピンポーン♪ご名答!」
 と嬉しそうな声を上げた日芽香。
 そして、そろそろ本題とばかりに、ニヤリと悪い女の顔になって、
「さぁ、みんな!おとなしくなるまで痛めつけちゃって!」
 と声を上げた。
 その声と同時に一斉に二人に襲いかかる日芽香の傀儡たち。
「くっ…!」
 まず絢音が対峙したのは後輩で、先日、行方不明になったばかりの遠藤さくら。
 その長い手足のリーチのせいで相手をしづらい。
 そして、さくらに気を取られている隙に、いつのまにか背後に回った中田花奈に羽交い締めにされた絢音。
「さぁ、やっちゃえ!やっちゃえ!」
 と鼓舞する花奈の声で、無防備になったみぞおちに与田祐希、岩本蓮加の膝蹴りが次々と左右から襲いかかる。
 軽くて手数の多い与田の膝蹴りも効くが、それよりも威力抜群なのが蓮加のむっちりした脚から繰り出される、

 ドスンっ!

 と身体にめり込む膝蹴り。
 絢音が華奢だから尚更だ。
 そのコンビネーションによる鈍い音とともに、
「うぅっ…!ぐっ…!」
 と呻き声を上げ、苦しむ絢音。
「あ、絢音っ…!くそっ…!」
 サンドバッグ状態の相棒が気になる純奈だが、人の心配をしている余裕などなかった。
 多勢に無勢。
 しかも相手が、催眠をかけられているとはいえ自身の仲間とあっては手を出すのも憚られる。
 野蛮な男が相手なら躊躇なくグーパンチに金蹴りでノックアウトしているところだが、そんな威勢はどこへやら、伸びてくる手をただ叩いて払うだけ。
「くっ…!」
 やがて、
「ほーら、捕まえた♪」
「おとなしくしなよ!」
 樋口日奈と星野みなみによって、とうとう左右から手首を掴まれ、そのまま腕を広げられたところで、西野七瀬のボディブローが見事に入った。
「あうッ…!」
 痛みに顔をしかめ、前のめりになる純奈。
 その靡く髪を掴んで持ち上げ、
「ほら、ちゃんと立ちぃや。ナナのパンチ、効くやろぉ?」
 と無理やり立たせて、そのまま、こちらもサンドバッグのように、次々とパンチを打ち込む七瀬。
「ぐっ…!があぁっ…!」
「へへへ。どうした?俺を半殺しにするんじゃなかったのか?えぇ?」
 高みの見物の男がせせら笑う。
「う、うるせぇ…!くそっ!ぐぁぁっ…!」
「あうッ…!ぐぅっ…!」
 それは、まさしく地獄絵図。
 女が女を寄ってたかってリンチ…!
「さぁ、あと何発、耐えれるかなぁ?」
「ストレス発散だぁ♪」
 その後も続く鈍い打撃音の応酬。
 やがて弱ってぐったりした二人に、
「さーて、そろそろとどめさしちゃおっか!それじゃ、よ・ろ・し・く♪」
 と笑みを見せる日芽香。
 その命を受けた齋藤飛鳥、寺田蘭世が手に持つのは高圧改造スタンガン…!
「覚悟しなよ?」
「行くよぉ?」

 バチバチッ…!

 と弾けるような音とともに、まず絢音が、そして続いて純奈も、小さな悲鳴とともにピクッと跳ね、膝から崩れ落ちた。
 そのまま捕らえられた兵士のように、両脇を抱えられたまま首が垂れた二人。
「ふぅ…」
 まるで自分が一仕事終えたように溜め息をついた日芽香は、
「…で、どうするの?この二人」
 と、男に判断を委ねる。
「うむ…ひとまずボスに相談するが、おそらく、すぐに口を封じろと言われるだろうな」
「殺せ、ってこと?」
「いや、殺せとまでは言わないだろう。殺せば死体の処理など、かえって面倒だ。それよりも、もっと楽に口を封じる方法があるからな」
 と言ってニヤリと笑う男。
 こういう時のために、彼らは女体拷問という遊びの精度を、日々、上げている。
 不本意な快楽以上の苦痛はない。
 これまでの捜査官同様、快楽の沼に突き落とし、意地もプライドも全て溶かしてやれば、言うことを聞くようになる筈だ。
「ちなみに、言っておくが…」
 と前置きをして、男は、失神した純奈の折れた脚をつま先で小突きながら、
「こいつは俺がやる。どうも前回程度じゃ、お灸が足りなかったみたいだからな。今度こそコテンパンに泣かして、二度と戦線復帰なんて出来ないようにしてやるぜ」
 と息巻く。
「ふーん…じゃあ、私はこっちの娘ってこと?」
 と気絶した絢音の前に足を進める日芽香。
「あぁ、そっちの女はくれてやるよ。お前さんの得意の催眠術で、たっぷり遊んでやったらどうだ?」
「そうねぇ…」
 と、こちらも満更でもない表情で絢音の髪を捻り上げ、品定めをするように眺めては、
「さっきの冷静な態度は鼻についたけど、こうしてよく見ると、なかなか可愛い顔してるじゃない。嫌いじゃないよ、こういう顔の娘も♪」
 と、早くもバイセクシャルな性格を滲ませる日芽香。
 その頭の中では、早くも、彼女の冷静な顔が快楽に歪むのを想像し、みるみる鼻息を荒くしていた。


 捜査官ソープ「N46」。
 快楽拷問に屈して性奴隷と化した敗者たちの流刑地となっているが、オーナーの柴崎は、オープン当初、まだ少し不安があった。
 それぞれ、完膚なきまで叩きのめしたとはいえ、いつ、何の拍子で、捜査官としての使命とやらを思い出して我に返るか分からないからだ。
 泡姫として仕えさせる、それはすなわち飼育することと同じ。
 万一、脱走などされては困る。
 そこで柴崎が白羽の矢を立てたのが、催眠カウンセラーの中元日芽香だ。
 一見、街のクリニックの美人女医として振る舞う彼女だが、実は裏では、気に入った患者を催眠術で弄ぶ悪徳変態女医だという噂を耳にした。
 それに目をつけ、先日、ひそかにアプローチをかけ、巧みな強請りで仲間に引き入れたのだが、ここにきてようやく、スカウトした甲斐があったということだ。
 彼女に催眠をかけてもらうことで、女たちが、今後、支配下からの脱走や、改心して逆襲に転じるといった不安要素は一切なくなった。
 いまや従順な飼い犬、いや、今回のように、いざとなれば侵入者を撃退、捕獲するドーベルマンにもなれることが分かった。
 褒美は、引き続き、快楽を与えてやればいいのだから世話も楽だ。
 こうして鉄壁の要塞と化した「N46」。
 今回の二人に続いて、飛んで火に入る夏の虫が他にもいれば大歓迎だ。


 そして…。
 突然、目の前に現れた蓮加の姿に気をとられ、深追いしすぎた結果、捕らわれてしまった純奈と絢音。
 突然の出来事に、
「少しでも異変があれば、すぐに本部に連絡を…」
 という秋元真夏からの言いつけを二人揃って完全に失念し、そして、その失念を境に、これより、二人の運命が大きく変わろうとしている…!


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2021/04/02(金) 23:41 )