乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第三部 第七章・二人の女王様 ―ダブルインパクト― (橋本奈々未、伊藤万理華)
2.ベテランの奮闘
 翌日。
 前夜の会議で決まった通り、各担当が本格的に動き始めた。
 裏ビデオの線を辿る高山と松村のベテランコンビは、パソコンを前に、覚悟を決めて検索ワードを入力した。

<裏ビデオ 現職捜査官 撮り下ろし>

 で検索。
 …あるサイトがヒットした。
 商品一覧を開いた瞬間、二人の顔がみるみる強張っていく。
 パッケージには目線が入っているが、見覚えのある顔ばかり。
 タイトルも、

「西野 ●瀬 寸止め雌犬堕ち」
「堀 未●奈 失禁ハケ水車」
「中田 花● 巨乳催眠拷問」
「清● レイ レズ開発調教」
「斉● 優里 搾乳淫乱堕ち」

 という具合に隠されてはいるが、知っている名前ばかりだ。
 中には、いくつか「SOLD OUT」となっているものまである。
 そして、一番下には『NEW』と注釈付きで、

「伊● 純奈 人格矯正ドラッグ堕ち」
「西野 ●瀬 Part2 強力媚薬淫乱化」

 とあり、その下は、

「Coming Soon (近日公開)」

 となっていた。
「ふざけやがって…!」
 血が出るほどに唇を噛み締め、思わずデスクを拳で叩く高山。
 松村の方がいくらか冷静で、
「このサイトを管理してるのは…」
 と、画面をスクロールし、
「田中興業…。事務所は…東京都…練馬…」
 と復唱しながらメモをとった。
 早速、二人でそこへ向かう。
 控えた住所を訪ねると、そこはただの小さなアパートで、アダルトビデオを製作している会社にしては小さすぎると感じた。
「田中興業って名前を使った花田組の隠れ蓑にしか思えないね」
 と高山は断言した。
 だが、そこへ正面から乗り込むには人手が足らない。
 仕方なく二人は建物を監視できる場所に身を隠した。
 人手が足りないなら頭を使うしかない。
 策を練った末、二人は、再度、スマホで販売サイトを開き、注文フォームで適当に何枚か選んで注文してみた。
 支払い合計金額7万円、なかなかの上客だろう。
 注文者情報を架空の男の名前で入力し、最後の質問欄に、

「どうしても今日中に受け取りたいのですが、方法はありますか?」

 と質問を添えた。
 注文を完了して数分するとメールが来た。

「それでは本日17時に新宿で会えますか?そこで商品をお渡ししたいと思います」

 と来たので、了承し、あとはじっと時間との戦いをしながら目の前のアパートを監視した。
 怒りに燃えるベテランはしぶとい。
 数時間の張り込みも何のその、だ。
 そして予定時刻の一時間前、16時になって、ようやく男が一人、アパートから出てきた。
 高山は目を凝らして、
「小橋だ…!」
 と呟いた。
「小橋?」
「花田組の組員よ。まぁ、幹部のご機嫌とりしか出来ない下っ端だけど」
 以前まで警察庁の暴力団対策課に属していたため、花田組の内部事情に詳しい高山。
 組員の小橋の出入りが確認できたことで、やはり田中興業というのは花田組の隠れ蓑だったという確信も持てた。
 小橋は左手に紙袋を提げている。
 中身がビデオ数本だと考えれば合点のいく大きさの紙袋だ。
 足早に駅の方へと歩いていく小橋。
 二人も後に続き、尾行を開始した。
 特に高山は面が割れているので気づかれないよう細心の注意を払った。
 練馬駅に到着。
 西武線ではなく地下鉄に乗り、新宿まで約20分。
 まもなく帰宅ラッシュが始まる新宿駅は人が増え始めていた。
 人波は、はっきり言って捜査官にとって障害物でしかない。
 追う側には不利、追われる側には有利な状況へとなりつつあるが、今の二人にはそれをものともしない怒りの執念がある。
 小橋は指定した待ち合わせ場所に着くと、腕時計を気にしながらキョロキョロと周りを見渡した。
 まもなく約束の17時。
「ウチ、あっちへ回るわ」
 と、松村が小声で言った。
「それじゃ、2分後にGOするよ?」
(オッケー…!)
 松村は指でサインを見せ、さっと人波の中に消えていった。
 時間を計る。
 …2分が経った。
(よし…!)
 高山は意を決して小橋の元へと足を進めた。
 ふと目が合い、高山に気づいた小橋は、慌てて立ち去ろうと背を向けた!…が、そこへ立ちはだかり飛びかかる松村。
 もつれた二人が床に転がり、紙袋がガチャンと音を立てて床に落ちた。
「な、何をするっ!」
 と声を上げて暴れる小橋を、松村が組み伏せる。
 帰宅途中のサラリーマンや学生が呆気にとられて見ている中、高山は落ちた紙袋を拾って中身を取り出した。
 入っていたのは、さっき注文したビデオ数本と注文書。
「花田組の組員の小橋に間違いないわね?」
「━━━」
「悪いけど、このビデオについて、ちょっと話を聞かせてもらうわ」
「高山…!てめぇ、嵌めやがったな!?」
 悔しそうに高山を睨みつける男。
 高山は、それを無視して本部に連絡をとり、
「…もしもし、真夏?至急、新宿駅に車を一台、回して。…そう、例のビデオ販売の手先の一人、名前は小橋で花田組の組員に間違いなし。今、松村が取り押さえてる。…うん。帰ったらすぐに尋問するから取調室あけといて」
 と話をした。

 ……

 本部に戻り、取調室に入れられた小橋。
 高山、松村に加え、白石と秋元まで部屋に来てベテラン揃い踏みになったものだから、まだ修羅場を経験した数が足りない下っ端にとっては針のむしろだろう。
 それを示すように尋問開始後、当然のように小橋は黙秘した。
 だが、松村が内ポケットを探ろうとした時、異様に暴れたので、全員で取り押さえ、中を探った。
 出てきてのは手帳。
 中をめくると、それが実質、顧客名簿となっていた。
 これまでビデオを横流しした人物の名前とそれと引き換えの受領額が全て記されている。
 中には目を見張るような高額で名前が書かれている人間もいた。
(つまり、このお金が花田組の資金となって、例のクスリの密造工場に流れているってことか…)
 白石は、その手帳を見て納得した。
「く、くそっ…!」
 舌打ちした小橋は、その後も意地を張って黙秘を続けた。が、別に、閉じた口を開かせてまで聞き出す必要はなかった。
 暴力団対策課にいた高山が、ある程度、この男の素性を知っていたからである。
「コイツは昔から幹部に媚びることしか能がない下っ端。おそらく今回も誰か幹部に言われて配達係をやらされただけ━」
「こ、殺すぞ、てめぇ…!」
 と一丁前に凄んで見せる小橋だが、やはり下っ端は下っ端、迫力に欠ける。
「コイツを舎弟にしている幹部は?」
 と白石が聞くと、高山は少し考え、小橋を見つめながら、
「おそらく…新田じゃないかなぁ?」
 と言った。
 分かりやすく、小橋の表情がぴくっと動いた。
 どうやら図星のようだ。
 早速、幹部リストで素性を割り出す。

 幹部クラスの新田、40歳。
 気性が荒く、過去に恐喝と傷害の前科がある。
 組長の花田とは付き合いが長く、信頼も厚い。
 愛車はベンツ。
 ここ最近、組事務所には姿を見せず、行方不明。

 写真を見ると、コワモテで、いかにもヤクザというような男だった。
「裏ビデオの件はコイツが糸を引いていると見て間違いなさそうね」
 とリストを回し見しながら納得し合う四人。
「どうする?練馬のアパートに乗り込んで押さえる?」
 と松村が打診すると、白石は少し考えて、
「いや…ここは一晩、待とう」
「どうして?」
「慌てさせてプレッシャーを与えたい。うまくいけば向こうからボロを出す」
 と言う白石の提案で、突入には、一晩、待つことになり、その間、小橋もこちらで勾留しておくことになった。
 もちろん携帯電話は取り上げ、外部との連絡を遮断している。
 夜になって、再び練馬にUターンしてアパートの監視に戻った高山から連絡が入った。
「麻衣の言った通り、騒がしくなってきたわ。呼びつけられたと思われる若い組員が次々に押し寄せてる」
「小橋が戻ってこなくて焦ってるのよ」
 と白石は得意げに言い、同時に、
(となると、やはり新田は練馬のアパートにいる)
 と考えた。
 小橋が捕まったと気づいたか、それとも逃げたと考えているかは分からない。
 捕まったと判断したら、こちらに探りを入れてくるだろうし、逃げたと判断したら口封じをしようとする筈だ。
 どちらにしろ、小橋には大事な顧客名簿の手帳を持たせている。
 小橋の行方よりも手帳の行方で焦っているのは間違いない。
 ほどなくして、柴崎弁護士の尾行にやった樋口から連絡が入った。
「今、青山にいる。柴崎だけど、ついさっき、誰かからケータイに電話が入って応対した。けっこうな長電話で、内容は分からないけど、その電話の後から妙に焦っている」
「やっぱりね」
「やっぱり…?」
 樋口は聞き返してから、
「今も、誰かに電話をかけようとしてる。相手は分からないけど緊張した顔をしてるから何か大事な用件が━」
「その電話がかかってきたみたい。ちょっと待っててね」
 と白石は言って、次はそっちの受話器を取った。
「柴崎ですが」
 と、相手は堅い口調で名乗り、
「本日、検挙した組員がいたら名前と罪状を教えていただきたい」
 と言った。
 やはり探りの電話だ。
「今日、検挙した人間はいません」
「…本当にゼロですか?」
 柴崎が窺うように聞くので、白石は逆に、
「どうしてゼロじゃないと思うのですか?」
 と聞き返した。
「…別にそういう意味ではないんですがね」
 少し間を空けてから、ぼそっと言うだけの柴崎。
 妙なことを言って揚げ足をとられないように言葉を選んでいる様子だ。
 白石は、この曲者にも少しプレッシャーをかけておこうと思い、
「柴崎さん、今、どちらにいらっしゃるんですか?」
「…なぜです?」
「できれば会ってお聞きしたいことがあるんですが」
「残念ですが会っている時間がありませんね。私も忙しいですから」
 と柴崎は言って、
「現在地については、私に聞くより、あなたの部下にお聞きになったらどうですか?私に張りついている優秀な部下の方がいるでしょうに」
「……」
「ちょうどいい機会なので聞いておきますが、私に何か疑惑があるんですか?疑惑もないのに尾行されても困るのですが?それも、あんなあからさまにやられては恥ずかしくて街も歩けない」
「実は、うちに伊藤純奈という部下がいるのですが、その部下が、先日、あなたに乱暴されたと言ってます。それについて話を聞かせていただければと思いまして」
「伊藤純奈…?はて?」
「喫茶店で会っている筈ですよ。覚えていませんか?」
「そんな漠然と言われても…どこの喫茶店です?」
「青山の“今、あなたがいるところの近く”の喫茶店です」
「……」
「店の名前もお教えしましょうか?」
「…あぁ、思い出しました。しかし会って話をしただけですよ。暴力団員にも人権はあるという話をしてすぐに別れました」
「では、本人の主張と、だいぶ話が違いますね」
「本人以外に私が乱暴するところを見たという目撃者はいるのですか?」
「今のところ、いません。証言能力の高そうな店主の男性も、残念なことに、現在、行方知れずですから」
「なるほど。それじゃあ証拠はないということになりますね?いくら捜査官でも本人の弁だけではねぇ…」
「さすが、ぬかりがありませんね」
「え?何ですって?」
「いえ、こっちの話です。とにかく会ってくれませんか?」
「申し訳ないが、その程度なら会ってまで話す必要はないでしょう。証拠がないんだから」
「そうですか」
「それに私は弁護士ですよ。弁護士が、そんなことをすると思いますか?」
「まぁ、普通の弁護士ならしないでしょうね。普通の弁護士なら、ね」
「……」
 柴崎は何かを言いかけたが思いとどまった様子で、
「それにしても大変ですねぇ、捜査官さんは。所詮、証拠がなければ無意味な鬼ごっこしかできない。貴重な時間を無駄にして…ご苦労様ですよ、本当に」
「とんでもない。証拠さえあれば車をぶつけて事故らせてでも身柄を拘束し、とことん追及したいところです。命拾いしてますよ、あなたは」
 と白石は言ってやった。
 そして電話が切れると、すぐに受話器を持ち替え、電話口で待たせていた樋口に、
「少しプレッシャーをかけたから動き出すかもしれない。引き続き、尾行よろしく」
 と伝えた。


 取調室に戻ると、真夏が肩をすくめて首を振った。
 小橋は、依然として黙秘のままだ。
 白石は椅子を替わり、机の上にテープレコーダーを置いて再生ボタンを押した。

「柴崎ですが…本日、検挙した組員がいたら名前と罪状を教えていただきたい」
「今日、検挙した人間はいません」
「…本当にゼロですか?」

 と、先ほどの柴崎弁護士との会話が流れる。
 小橋の表情が少し動く。
 白石は停止ボタンを押して、
「誰かの指示があったのは明白、明らかに探りを入れているわ。どうやら組の人間も、アンタのことを探し始めたみたいよ?」
「━━━」
「まぁ、そりゃ気になるでしょうね。だって…」
 白石は取り上げた手帳を胸ポケットから出してちらつかせ、
「こんな大事な物を持たせた組員と急に連絡が取れなくなるなんて、捕まったか、逃げたかしか考えられないもんね」
「か、返せッ…!」
 小橋は手帳を白石の手から奪うと、そそくさとポケットにしまった。が、白石は平然と、
「もう私たちには必要ないわ。中身は全部、書き写したから」
「くっ…!」
「手帳より自分の身を心配した方がいいわよ。既に若い組員が善後策を練るために駆り出されたと聞いている。そんな状況で下っ端のアンタの帰りを悠長に待っていてくれるかしら?世話になっている金主の名が載った手帳を奪われ、中身を見られたなんてことが組に知れたらどうなるか…アンタの方がよく分かることでしょ?」
「━━━」
「裏ビデオの販売を仕切っている幹部は誰?組長の花田の居場所は?」
「━━━」
「あと、これはどうしても聞きたい。クスリを持ち込んだ工場の場所は?」
「━━━」
「はぁ…」
 白石は溜め息をつくと、真夏に目をやり、
「やっぱりダメね。ここまで頑として黙秘じゃ、どうしようもない。このまま勾留しておくのも時間の無駄だし、一旦、釈放するしかないわね」
 と言った。
 青い顔で何か言いたげな小橋。
 白石は、その目に気づきながらも、あえて無視し、
「…何よ?帰って自慢すれば?手帳は見られたけど自分は無罪放免で済んだって」
 と、突き放すように言い、
「ほら、立って。黙秘する人間にいつまでも付き合ってるほど、私たちもヒマじゃないから」
「ま、待ってくれよ…い、今、放り出されたら、俺、殺されちまうよ…!」
「誰に?」
「だ、誰かなんて分かるワケないじゃないか!アニキに命じられた誰かに殺られるんだ…!」
「そう。気をつけてね」
 白石に冷たい態度に、小橋は目を吊り上げて、
「守ってくれないのか?」
「ヤクザの内輪揉めは私たちの管轄外よ」
「お前らが俺を捕まえて手帳を見たからだ!」
「捕まえるのは仕事。じゃあ、手帳の中は見られてないって言えば?」
「そんな子供でも分かるようなウソが通じるものか!それに、俺が見られてないと言っても、お前たちは調べ始めるじゃないか!結果バレて殺されてちまう!」
「でも、得た情報を元に捜査を進めるのは当然よ」
「な、なぁ…!助けてくれよ…!」
 泣きべそをかいたような声で窮状を訴える小橋。
 白石は、ふぅっと溜め息をつくと、真面目な顔に戻り、
「だったら洗いざらい知ってることを全部ここで言いなさい。もう自分でも分かってる筈でしょ?助かるには私たちに全てを話して保護してもらう以外にないってことを」
 と現実を突きつけた。

 結局、身の保証を選び、小橋は自供した。
 その中で、白石が知りたかったことのうち、しっかり聞き出せたことと、小橋自身が知らなくて聞けなかったことがあった。
 たとえば、裏ビデオ販売を仕切っているのが、やはり、新田という幹部の男だったこと。
 これは、おおかたの予想通りだった。
 練馬のアパートを隠れ家に田中興業と名乗り、捜査官を手にかけたビデオを仲間に持ち込んできてもらっては、それをDVD化して販売していたのだ。
 その顧客が先ほどの手帳にあった人間たちということらしい。
「明日、名簿の上から順に押しかけて、一つ残らず押収しよう!」
 と真夏は訴えた。
 それが、犯された後もなお恥辱に晒される仲間たちに対するせめてもの誠意だ。
 次にドラッグ密造工場の所在地。
 白石が最も知りたかったこれについても、小橋の自供で判明した。
 アクアラインの向こう、木更津にある小さな町工場で、倒産した繊維工場を花田組長が安く買い上げたらしい。
 白石は、早速そのことを、密造工場殲滅を担う橋本らに伝えた。
 一方、花田組長の居場所や隠れ家は小橋程度の下っ端では把握できていないという。
 そして柴崎弁護士の関与についても証言は得られなかった。
 小橋自身が伊藤純奈の凌辱劇に参加しておらず、どのような手筈で行われたか全く知らなかったからだ。
「俺は、ただ、持ち込まれたビデオをDVDに焼いて、それをお得意様のところへ届けていただけさ。そこに映された女の名前すら知らねぇよ」
 というのが小橋の弁。
 これでは柴崎弁護士はまだ証拠不十分で拘束できない。
 あの男の自由に動ける立場と頭脳は、敵として厄介この上ない。
(あの曲者弁護士を早く押さえたいんだけど…)
 というのが尋問を終えた白石の本音だった。

鰹のたたき(塩) ( 2020/05/23(土) 18:14 )