乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第三部 第七章・二人の女王様 ―ダブルインパクト― (橋本奈々未、伊藤万理華)
1.議事録
 本部にて、何度目かの会議が開かれた。…が、そこに、以前まで顔を出していた伊藤純奈が今回はいない。
 この「乃木坂46」きっての武闘派すら、まんまとヤツらの餌食となり、戦線離脱してしまった。
 彼女は、今、病院にいる。
 投与された媚薬の洗浄が済み、精神面も回復し次第、すぐに戦線に復帰したいと本人は言った。
「休んでる場合じゃないから」
 と純奈は言っていたそうだが、その意思を伝え聞いたリーダーの白石麻衣は心苦しかった。
 それだけ人手不足が深刻であること、それも、被害者である純奈自身が危惧するほどに、ということだ。
「純奈いわく、ヤツらは新たなクスリを精製し、大量生産を目論んでいるそうです。それから、弁護士の島崎も花田組とグルだから要注意、と」
 と、病院から戻ってきた純奈と同期の渡辺みり愛が報告する。
 今野本部長は、白石に目をやり、
「君は、何を突破口と考える?」
「3つあります」
 白石は立ち上がり、文字が躍るホワイトボードに指し棒を当て、
「まず正攻法として、花田組の事務所の監視と尾行、怪しい組員は余罪の追及、もしくは現行犯で押さえ、物理的に兵力を削いでいく方法。これは実際に、連日、行っています」
「成果は?」
「正直に言うと、成果は微々たるものでしかありません。主に下っ端の組員を検挙してますが、その程度の人間、花田組にとっては履いて捨てるほどいるという認識でしょう」
「となると、何とかして幹部クラスを押さえたいところだな」
「ええ。しかし、幹部クラスになると、下っ端と違って行動も慎重で、なかなか尻尾を出しません。それに、以前から課題の人手不足、これが、この作戦において一番の問題となっています」
「たとえば?」
「一人の幹部を捜査官2人でマークしても、そこにダミーの人間が現れて別々の方向に散れば、追う捜査官も必然的に二手に、つまり、その先は単独で尾行に当たらなければならなくなります。単独行動の捜査官、気持ちは追う側でもヤツらにとっては絶好のカモです。実際、それで新たな被害に遭うケースも起きています」
「なるほど。少ない人数での尾行は、どうしても後手に回ってしまうワケか…」
 今野は唸るように言って、
「次は?」
「純奈からの警告にもありましたが、ヤツらは今、新たなクスリを精製し、量産を目論んでいます。この密造工場となっている場所を突き止め、クスリを押収すれば、かなり戦局が変わると思います」
 クスリを押収できれば戦局が変わる━これは、以前から白石が何度も言っていたことだ。
「しかし、そんなに大きく変わるものかね?そのクスリを失うことで、花田組にどんなダメージがあるんだ?」
 と今野が首を傾げる。
「このクスリというのが、以前から申し上げている違法ドラッグ『HMR』というもので、簡単に言ってしまうと効き目の強い媚薬です。しかも速効性。加工が容易で、使用すれば女性の性感を爆発的に高める効果があります」
 白石は少し話しにくそうにして、
「ヤツらは、これまで、これを捕らえた捜査官に投与し、抵抗力を奪ってから凌辱行為に及んでます。すなわち、これまで被害に遭った者は、みんな、このクスリによって無理やり感度を高められ、主導権を奪われているのです」
「それほどの効き目があるということか」
「ですから、順番は前後しても、このクスリは必ず押さえなくてはいけません。これがヤツらの手にあるかぎり、ヤツらは手を緩めることはないでしょう」
「まるで“虎の威を借る狐”といったところだな」
「その通りです。ですから、その虎、つまりクスリを排除できれば、間違いなく戦局は変わります」
「それで、その工場の場所は分かっているのかね?」
「当然、花田組は巧妙に隠しています。尾行がついた状態でそこへ向かうことはありませんし、どうやら組員にも箝口令が敷かれているようで、検挙した下っ端を尋問しても吐きません」
「じゃあ、分からず…か?」
「ただ、目立つところじゃないのは確かです。花田組も、クスリの在り処と密造工場の存在が自分たちにとってアキレス腱だということは、当然、分かっている筈ですからね。おそらく、どこか山間の人が寄りつかない廃墟を占拠し、隠れてコソコソとやっているのではないかと…」
「なるほど。では、その工場の捜索にも、より一層、力を入れるとしよう」
 と今野は言って、
「君は、突破口は3つと言った。あと一つは?」
 と聞いた。
「今も言ったクスリの工場ですが、いくらコソコソ隠れてやっているにしても、それなりの費用がかかる筈です。ですが、調べたところ、花田組は、それほど資金が潤沢とはいえません。当然、資金繰りに困っていると思われます」
「しかし、花田組から詐欺や脅迫の噂は聞こえてこないが…」
「それらの方法は手っ取り早い反面、目立つからでしょう。それに、ヘタを打てば、そっちから足がついて工場の存在がバレてしまう危険があります」
「しかし、そういったことには手を出さずに、どうやって費用を捻出しているんだ?何か別の資金源があるのか?」
「ええ。調べたところ…」
 白石は、さっき以上に話しにくそうにしながら、ヤツらの裏稼業、裏ビデオ販売について話した。
 当然、話の内容から、会議の空気が一気に重く、殺伐としたものとなる。
「ひどい…!」
「許されへん…!」
 と、秋元真夏、松村沙友里らが口々に怒りを漏らす。
 今野の口調も重くなって、
「…それで、君はどう考えているんだ?」
「この裏ビデオ販売業を取り仕切っている人間、おそらく花田組の幹部クラスの誰かだと思いますが、この人間を押さえ、資金繰りの流れを遮断するか、もしくはビデオの入手経路から先ほど言ったクスリの密造工場まで辿れないかと考えています」
「なるほど。しかし、その線を当たる人間は、なかなか覚悟がいるんじゃないか?」
「確かに、見たくないものが出てくる可能性があります。…ですが、これも、先を辿れる糸の一つだということは間違いありません」
 と白石は言った。


 会議後、白石の挙げた3つの線に、それぞれ捜査官を振り分け、担当が再編された。
 これまで通り、監視と尾行については変わらず、若手メンバーが二人一組でチームを組んで当たる。
 それに並行し、白石と秋元で、引き続き、復員の説得に駆け回り、戦力の補充を目指す。
 一方、密造工場の捜索は、別動隊となっている橋本奈々未、深川麻衣、伊藤万理華、川後陽菜で担当する。
 この四人は、まだ、花田組の連中に面が割れておらず、怪しまれずに動けるメリットがあるからだ。
 そして、茨の道となりそうな裏ビデオから辿っていく線は、高山一実、松村沙友里のベテラン二人が担当し、ダークサイドに足を踏み入れる覚悟を決めた。
 さらにもう一つ、白石は、花田組と蜜月の関係にある曲者の柴崎弁護士の監視役に、同じくベテランの樋口日奈と和田まあやを任命した。
 どうも花田組の連中は、これまで、こちらの動きを先読みして、用意周到に罠を張っていたフシがある。
 何故そんなことが可能なのか、白石は以前から不思議だったが、この悪徳弁護士が一枚噛んでいたと考えれば、それも合点がいく。
 今回の伊藤純奈が拉致された件で、ようやく、この弁護士の存在が浮上したが、それまで、こんな男はまったくのノーマークだった。
「多分、こいつが私たちの動きを探る情報収集役だったんだと思う」
 弁護士の情報収集力は侮れない。
 得た情報を、逐一、組長の花田に伝え、先回り策を練っていたに違いない。
「どうする?捕まえて懲らしめよっか?」
 と、空手経験者の和田が拳を鳴らして息巻く。が、白石は少し考えて、
「しばらくは監視だけにしておいて。そのかわり、堂々と姿を見せて、びたっと張りついていいから」
「え?そんなことしたらバレちゃうよ?」
「バレていいのよ。むしろ、あからさまにやってほしい」
「どうして?」
「組員の監視と尾行は、これまで通り、何も変わらない。ただ、密造工場の捜索と裏ビデオの線、この2つに私たちが着手したことは連中に知られたくないの。油断させておきたいからね。だから、おおっぴらに尾行して気を引いてほしい」
 と白石が真意を説明すると、樋口は理解して、
「なるほど。明るいところに留めておいて、影の部分を覗き込めなくするってことね?」
「そういうこと。頼んだわよ」
「任せて!」
 樋口は頼もしく頷くと、
「まあや、行こう!」
 と言って、早速、飛び出していった。
 他の者も、次々と持ち場に当たる。
(さぁ…どこが最初にアタリを出すか…)
 白石は、各担当の活躍に期待した。

鰹のたたき(塩) ( 2020/05/19(火) 11:51 )