あなた。 - 三毛猫
04
話はできるだけ明るいものを選んでいった。相手はさっきまで死ぬ気だった人だ、ちょっとのことでまた死ぬとか言い出さないかが怖かった。
「…聞いてこないんだね。」
「えっ、何がですか」
「何で死のうとしてたか、ほんとは気になってるでしょ」
一番聞かれたくないことを言われた、図星だった僕は突きつけられた言葉に対して何も言い返せない。
「でもね、聞かれても言わないんだけどね。だから聞かないでくれてちょっと安心してたの。」
下を俯きさっきとは違う笑顔を見せている彼女は、悲しげで寂しげな表情をしていた。雲ひとつない空から月が彼女を美しく照らし出す。
「でも…」
絞り出すように声を出した僕に彼女は視線を向ける。
「でも、死ななくてよかったです。僕、初めてあったときにかわいい店員さんだなって思ったんで。何て言うか…僕は、その、…やっぱりうまく言えないけど、あなたが死ななくてよかったって思います。」
どう伝えればいいのか解らない言葉を必死に伝えようと試みるも、うまく文字が繋がらない。
「あはっ、なにそれー」
恥ずかしくて下を向いていたら明るい笑い声が耳に届いた。
「あー、なんかちょっと気持ちが楽になった。」
彼女はゆっくりと立ち上がると階段に向かって歩いていった。
「大丈夫、とりあえず今のところはもう死のうとなんて思ってないから。君もありがとね!」
笑顔でここ去ろうとしている彼女に状況が理解できなくなった僕はただ黙って彼女を見ている。
「早く帰んなきゃ風邪引いちゃうよ、そんな格好なんだし。じゃあ私は帰るね!」
ばいばいと手を振りここを去っていく彼女を見届けると徐々に状況を掴んできた。しかし腑に落ちないのは、死のうとしてたのは彼女のはずなのになんで僕の方がシリアスな心持ちで終わり、彼女は明るく去ったのかということだ。考えるほど馬鹿らしくなって、彼女の飛ぼうとしていた柵のそばまで行き街並みを見下ろした。眠らない町は月明かりなどを寄せ付けないほどに自ら光を放っている。ここ屋上から下に行けばさっきまでの月明かりに照らされた人の表情を見ることはないのだろう。
「ん、なんだこれ?」
そう思い下を見るとなにか落ちていることに気づく。拾い上げ中身を確認するとさっきの彼女の落とし物だとすぐに解った。

愛生 ( 2014/06/22(日) 14:50 )