あなた。 - 三毛猫
03
ちょっとの沈黙がビルの屋上を支配した。まだ日付が変わったばかりの時間だ、この高い、二人だけのスポットライトもない舞台の下では人々が騒ぎ明かしているはず。それでも確かに、この場所は静かに、ひっそりと、次の言葉を待ち構えていた。
「ごめんなさい、お客さんっていっぱい来るから覚えてなくて…」
不意打ちを入れられたかのように彼女はさっきまでの取り乱した様子から一変、少し驚いたと言った顔をして戸惑っていた。
「そうですよね、覚えてもらえてるわけないですよね。あ、でもここで会ったのも少し縁があるじゃないですか、一回落ち着いて僕と話しませんか?」
我ながら幼稚な説得だと思った、こんな誰でも言えそうなことを辿々しく震えて言うのだから格好悪いはずだろう。
「…そうね、ちょっとお話ししましょうか。」
相手も同じことを思ったのか、少し笑いながら柵に寄り掛かった体勢を直し、そこから離れて僕のそばに来た。

12月の初め、冬の寒さが感じられないほどに僕は安心したのを忘れないでいる。

愛生 ( 2014/06/22(日) 14:27 )