02 梢は高し
パタパタと追いかけていた速度をゆっくりと落とす。
半歩から一歩。
距離は広がり、更に遠ざかる背中。混雑する歩道の真ん中で私は完全に足を止めた。
人ごみの中に紛れ行く見慣れた背中。
声も出さず振り向いてくれるのを待った。
「ばか」
あなたは振り向かない。
なんとなく、心のどこかでそう思っていた。
あんな人どこかにいってしまえばいい。一人で歩いていることにも気付かず、後ろに話しかけて、恥ずかしい目にあってしまえばいい。
雨でもないのに徐々に視界が歪んでアスファルトに染みを作る。
私ばっかりがいつも必死。
答えてくれるのはあの無表情のつめたい背中。
私が好きになったのは背中じゃない。
こんなところで泣いたって、もう届かない。
下を向いて嗚咽を堪える。
歯を食いしばって手を硬く握る。
帰ろうと思っているのに、体が言うことをきかなくて、ポタポタ涙ばかりが落っこちてきた。
ハンカチを使うことすら億劫で目をこすろうとしたその時。
宙に浮いた手は正面から掴み取られた。
「こするな」
聞きなれた声に顔を上げれば、あなたがそこに立っていた。
先に行ったはずなのに、どうしてここにいるんだろう。
掴まれた手はとても熱く、じっとりと汗ばんでいた。
「なん、で」
「それはこっちのセリフだ。なんで泣いているんだ」
「とな、り、歩き、たい」
「それなら、手を繋げ。俺にはお前の歩く速度がイマイチつかめない」
泣きじゃくる私の手を掴んだままに指を絡められ、涙が止まると同時に顔に火がついた。
腕を引っ張るように歩き始めたたあなたの隣を手を繋いだまんま並んで歩く。
横を見上げれば、あなたの横顔。背中じゃない、私の好きなひと。
繋いだ手と反対側でネクタイをゆるめるのが見えた。
やっぱり、走って戻ってきてくれたらしい。
嬉しさと恥ずかしさが頭の中が混ざり会う。
未だしゃっくりの止まない私の隣から、やさしい声が降ってきた。
「俺さ、お前が必死に後ろからついてくるの。かわいいと思ってたんだ」
あなたは照れくさそうに微笑んだ。つまり、私の必死な行動に気がついていたわけだ。
「い、いじわる!」
思わず隣のあなたを見上げて睨みつけると目が合った。
「けど、隣で歩いている姿も悪くないな」
笑いながら言われた。また更に体の温度が上がった。