01 花は折りたし
たまにはこっちを振り返って、その手を伸ばしてくれたら。
それだけでよかったのに。
黒い革靴がカツンカツンと音を立てて歩く。
私はパタパタと急ぎ足で追いかけて、荒い呼吸に気づかれないよう小さく息を吐いた。
あなたはいつも両手をポケットに入れていた。寒いから、冷え性だからという理由ではない。それはもう癖に近いんだと思う。
だから、私はその手に触れたことすらない。
いつも急ぎ足で追いかけるその背中は今日もひたすらに無表情。
「ね、今日はどこにいくの?」
「買い物。ずっと欲しかった靴があるんだ」
背中越しの会話。
顔なんて見えやしない。
きっと私が付き合っているのはあなたの背中。
半歩後ろ。いつもの定位置。
それでも気を抜くと距離が出来てしまう。だから、いつも必死で追いかけた。
『待って』
なんて、言えなかった。ただでさえ子供なのに、その自覚もあるのに、こんなことであなたを煩わせわたくなかった。
私が好きになった人はたしかにここにいる。なのに、いつも会う度に遠距離恋愛しているような気がする。
初めてのデートでどうしてもあなたの隣を歩きたくて、必死でその横をキープし続けた。
けれど、急ぎ足に乱れた呼吸を我慢しすぎてあえなく貧血。
強制帰宅になった。
二回目のデートではその歩幅に合わせようとして靴ずれを起こし、即帰宅。
三回目のデートで足がもつれて転倒。
四回目のデートで足首を捻挫。
五回目のデートで人にぶつかる。
六回目のデートで足がつった。
今日は七回目のデート。
相変わらずあなたとの距離は縮まらない。
だから、もう追いかけることをやめようと思った。
私がいないことに気がつかなかったら、振り向いてくれなかったら。
そのまま、家に帰ってしまおうと決めた。
サヨナラを自分から言えるほど大人ではないし、あなたはきっと振り向いてくれる。そう信じている。