04 4話
ぼんやりと珈琲を淹れる準備をしている深川先生の後姿を眺めているが、ここには先生と俺の二人だけ。でも、今こうして一緒にいられるのも奇跡だと思う。
卒業式の前日にも関わらずここ、生徒指導室にいるのは、受験の為に先生が開いてくれた勉強会で、受験が終わってしまった今は本来なら必要性をなくしている。でも、俺は少しでも長く先生と一緒にいたかったので、卒業ギリギリまで勉強を見て欲しい、と無理を承知で頼んで実現したものだ。本来なら先生も副担任とは言え、卒業生を担当しているのだからそれどころではないはずなのに、嫌な顔一つしないで受けてくれた。
「雪村くんはどうしてあの大学にしたの?」
「え、いや」
顔をこちらに向ける事なく、手元を動かしている先生が不意に聞いてくる。
「雪村くん?」
突然の事でなんと答えていいのか戸惑っていると心配そうな声と瞳で振り返った深川先生と目があった。
「もしかして、誰かと一緒に行くのかな?」
「え?」
「ほら、好きな女の子を追って行くってあるでしょ? あれかなと思ったんだけどね」
くすりと笑みを浮かべ、スプーンを振っている深川先生は楽しそうだった。そんな理由ではない。でも、きっと似たような理由。
俺の場合は一緒に行くわけではなく、その人が過ごした場所を知りたいだけ。ただそれだけ。
「雪村くんってさ、女子に人気あったからね。確か、クラスの人気投票も上位に入ってたでしょ?」
そんな事を言いながら笑みを浮かべている深川先生はカップを2つ持ち、俺の前へ1つ置いた。
「え、あ・・・あれ」
確かにそんな事もあった。夏前頃にクラスの女子が男子の人気投票をしたとかで俺も結構な上位にランクインしてたらしい。が、別にクラスの女子に選ばれても嬉しくはなかった。俺はただ、好きな人に相応しい男になりたいがために頑張っていただけのことだ。
「私も雪村くんに入れたんだけどなぁ」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺を見ている深川先生の言葉に不意打ちのような衝撃を受けた。恥ずかしさに顔を赤くなるのを止められなかったが、それでも嬉しい気持ちが勝っている。深川先生が俺の事を見ていてくれていた。それだけが頭の中を駆け巡り、言いようもない高揚感でいっぱいになっていた。
「え? でも・・・・・・なんで、先生まで?」
「あっ! えっと、それは、その・・・・・・そう! みんなに頼まれたからよ。でも、私がよく知っているのは雪村くんだけで・・・・・・えっと、そうじゃなくて。えっと、あのね」
これ以上ないくらいに顔を真っ赤に染め、深川先生は慌てふたきめ、しどろもどろになっている。
「も、もういいじゃないっ。それよりも、珈琲飲んでよ」
恥ずかしそうに頬を膨らませている深川先生は俺を睨みつけているが、それが妙に可愛く見えていた。まだ、小声で何かを言っているが俺と目を合わせると、恥ずかしそうに視線を逸らしていく。さすがに俺も気恥ずかしさに顔を逸らして、目の前に置いてある珈琲カップを持ち上げ、その香りを胸一杯に吸い込んだ。