それでも君を
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 樹の言葉を眞衣にはすぐ理解することができなかった。

 美月が付き合ってるのはマスター。

 頭の中で樹の言葉を反芻し声を上げた。

「え? 違うでしょ、だって・・・」

 眞衣は未だ混乱する頭で思い出していた。あの時、桜庭に彼女かと聞いたが『誰の彼女か』とは聞かなかった。対して桜庭も主語を省いていた気がする。そして美月も『彼』という表現しか使っていなかった。つまり、恋人関係にあるのが『桜庭と美月』ではなく『樹と美月』だと思い込んでいただけだった。

 眞衣はゆっくりと額に手をあてた。

「私、勘違いしてた?」

 樹は大きく頷いた。そして、何かを思いついたようにはっとして、急に笑顔を見せた。

「ね、もしかして・・・嫉妬してた? 俺が結婚するって思って」

 そう言われた刹那、眞衣は自覚した。美月から話を聞いて、妙に腹立たしくなったり、気分が暗くなったりしたのは、美月に嫉妬したからだったから。そう思い至りなんだか急に恥ずかしくなる。顔中に熱を感じた。

「し、してないわよ。嫉妬なんて」

 自覚したのに口からは否定の言葉が漏れた。そんな眞衣の手を樹はゆっくりと手を伸ばし握る。小さかった手はいつの間にか眞衣の手よりも随分と大きく、逞しくなっていた。

「俺はいっぱいしたよ。眞衣ちゃんが誰かと付き合う度に、今度こそ取られるんじゃないかって不安だった。だって、眞衣ちゃん惚れっぽいし」

「それは、お姉ちゃんが取られると思ったからでしょ?」

 眞衣が樹を見上げると、樹はゆっくりと首を横に振った。

「昨日も言ったろ。俺、眞衣ちゃんのことお姉ちゃんだって思ってないって。俺は、眞衣ちゃんが好きなんだ。お姉ちゃんとかそう言うんじゃなくて、一人の女性として好きなんだ」

 眞衣は大きく目を見開いた。樹がいつになく真摯な瞳を向けてくる。驚きすぎて言葉が出てこない。

「そんな驚いた顔しなくていいじゃん。俺、結構アプローチしてるつもりだったんだけどな。全く気づかなかった?」

 その問いに眞衣は大きく首を縦に振ると樹は苦笑を浮かべた。そして、また抱き締められた。

「眞衣ちゃん、俺じゃダメ?」

「だって、私、もう二十七になったんだよ」

「知ってるよ」

「六歳も年上なんだよ」

「分かってるよ」

 本当に分かっているのだろうか。誰が見たって、きっと恋人には見えないだろう。樹が恥ずかしい思いをするのは目に見えている。

「昔に言ったはずだけど。大きくなったら結婚してって。眞衣ちゃん言ったよね。大きくなっても気持ちが変わらなかったら結婚してくれるってさ」

 それは、眞衣も憶えていた。憶えているが、それは幼い日の他愛無い口約束。樹が憶えているなんて思ってもみなかった。

「好きなんだ、眞衣ちゃん。俺と付き合って」

 抱きしめられているせいで樹の言葉が眞衣の体に響いた。

 本当にいいのだろうか。本当に。

 眞衣の心は揺れる。年が離れすぎているとか、似合わないとか。そういう口実を作って、自分の思いに蓋をしていたのではないか。大切な弟だと思っていた。でも、樹に向けている気持ちは本当に弟への思いだったのか。

 眞衣は息をついた。一度目を瞑って、自分の気持ちを再確認する。

 答えは決まっていた。

「私でいいの?」

 そう聞くと、樹は泣き笑いのような表情をつくる。

「眞衣ちゃんでいいんじゃない。眞衣ちゃんがいいんだよ」

 より一層、背に回された腕に力が込められた。少し痛い。でも、心地いい痛みだ。

 眞衣はもう何も言わず、ゆっくりと樹の大きな背に腕を回した。



■筆者メッセージ
珈琲の話とか一週間の話とかは書いてて楽しかったですね。で、いいのが書けたって思ったのは酔っ払いのクリスマスの話とか歳の差カップルの話とかですかね。

読み手サイドとズレがあるんでしょうね。ま、そういうのも面白いと思いますけどね。


worldさん
ありがとうございます。そんなストレートな言葉、すごく嬉しいです。そして、励みにもなります。


今の話はそろそろ終わります。長編はまだ先になりそうですね。では、またお願いします。

鶉親方 ( 2018/01/25(木) 02:15 )