聖なる夜は乾杯で
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「泊まってく?」

 突然の囁きに胸が跳ねた。

「辛そうだから」

 ショールを落とした女の肩がはだけ、やわい白肌に寄せ触れる。


 女の顎が上遣いに伸び寄って、しとりと耳に誘惑を吹き掛ける。

「慰め合おうよ」

 俺は立ち上がった。

「あっ」

 女を押しのけエントランスへと足を向ける。


――最低じゃないか、最低じゃないか、最低じゃないか!――


 悔しさと悲しさと歯痒さと憤りとがごちゃ混ぜになった苛立ちを衝動に立ち上がらせていた。


――恥を知れよ。お前の意志は結局そんなものだったのか――


 しかし、大理石の床をカツカツと鳴らす靴音は突然の後ろ引く抵抗に止んだ。振り向くと女の手が俺の服の裾を掴んでいる。

「イヤ」

 女の目はすがる様な目は、俺の視線と重なる瞳は、何かに怯えるように揺らいでいた。

「一人にしないで」

 女は俺が立ち止まるとその場にくたりとしゃがみ込み、私の足を抱いて呟いた。

「怖いの」

 すがる女の白い肩がかすかに震え、野風に凍える子猫に見えた。


――くそっ――


 俺は頭を抱えながら、この名前も知らない女の手を引き立ち上がらせた。



 ホテルを出た俺と女はイルミネーションに輝く街をあてどなく彷徨っていた。

「綺麗だ」

 澄んだ夜空に張り詰める空気は透明で、街の灯りはキラキラと鮮明な色彩を放っている。

「寒い」

 街路樹を飾り付けるイルミネーションは明々と光り、クリスマスを楽しむ人々も多く行き交っているけれど、それらはまったく俺たちの温もりにはならなかった。

 俺の少し後ろをついてくる女はロングコートを羽織っていたが、肩抱く寒さにふるふると細く震えに耐えていた。

「何も食べなかったな・・・」

 ディナーは結局ワインだけを飲んで終わり、一切れの料理も口にしてはいなかった。空っぽの腹は切なく鳴き、身体の芯の熱は弱く、コートも保つ熱を失って、寒さは染み入るように肌から温もりを奪っていった。

「ケーキ、食べたい」

 女がぽつりと呟いた。

「クリスマスなんだし」

 そう言って女はふらふらとコンビニへと入っていった。

「コンビニで?」

「いいの」

 女は小さいチーズケーキを手に取ると、後は酒をバカスカ買い物カゴに投げ入れた。俺は肉まんを二つ買った。

「美味し」

 広場のイルミネーションが眺められるベンチに座り、肩を並べて女はケーキを、俺は肉まんを食べていた。

 青い光の絨毯が明滅に波走る。美しいイルミネーションに集まる人影は絶え間無く、立ち止まっては流れていって立ち止まり、また流れて過ぎていく。

「一口食べる?」

 女はプラスチックのフォークにケーキの欠片を載せ俺の口元に運んできた。

「はい」

 少しだけ躊躇いながらも、退けられる気配のないファークにかぶり付くと、甘いケーキの冷たさが肉汁のあたたかさに混ざる。

「肉まん食べます?」

「食べる」

 女は肉まんをほぐほぐと、俺も残りの肉まんをはぐはぐとほおばる。肉まんのぬくもりはじんわりと胃から全身に染み込んでいった。

「温かいね」

 肉まんを食べ終えると後は酒だけだった。


――こんなことをしていていいのか?――


 すがる女の消え入りそうな弱々しさについ手を差し出してしまった。


――どうするつもりなんだよ、俺は?――


「はい」

 女は俺にワンカップを手渡した。いっそもう一度酔ってしまえば悩むこともないかと、俺はぐっと酒をあおった。



鶉親方 ( 2017/11/21(火) 02:46 )