聖なる夜は乾杯で
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 ラウンジはどよめき、息を呑み、好奇と非難の視線が俺と女に集中する。

 熱が糸引き、一息に離れる。

 俺を解放した女は得意気にどうだとばかりに胸を張ったが、羞恥にすっかり酒醒めた俺は、慌てて女の手を引き、ラウンジの外へと逃げ出していた。

「なんで出ちゃうのー」

 プリプリ怒る女を引っ張りロビーまで降りてくると、俺はこめかみを押さえながらソファーに腰から座り込んだ。

「飲み過ぎた」

 酔いが醒めると頭蓋の裏から痛みが走り、鈍い痺れがズキズキと脈打った。

「頭、痛いの?」

 女も俺の横に座り、心配そうに顔を覗き込んでくる。


――近い――


 息が触れるほどの距離に女の唇が薄く開く。触れる吐息は変わらず甘い。

「大丈夫?」

 顔を背けた俺を追って女は俺の肩に手を置き迫る。耳に吹き付く女の息の暖かさに、むず痒い震えを覚えた俺はやや乱暴に女の手を払った。

「大丈夫だ」

「顔、真っ赤」

 動揺を見透かすように女は笑顔を見せている。


――何やってんだよ――


 酒の勢いとは言え、名前も知らない女とキスをしてしまうとは。女の方からされたとはいえ、その直前の見つめ合いは本物だった。


――俺はここまで軽い男だったか?――


 身をよじるような羞恥と、苦いわだかまりが私の胸に溢れた。




 五年の付き合いだった。大学時代に知り合った彼女とは、これまでうまくやっていた。そして、これからもうまくやっていくはずだった。


――どうしてこうなったんだろうな?――


 卒業後、就職した会社で地方に配属された俺は、彼女と会えるのも月に一回あるかないかの遠距離恋愛となっていた。

 手を入れたポケットに固く触れるのは、指輪の入った箱。結婚指輪とは言わないが、仕事の忙しさに会えない詫びと将来の意志を込めたプレゼントのつもりだった。


――そう、意志だった――


 それなのに今は、別の女に触れられ、心に揺らぎを浮かべている。


――責める資格なんてないな――


 肌触れる熱の誘惑。きっと彼女も同じ熱に触れたのだろう。

 情けなさに込み上げる喉をこらえ、天井を仰ぎ見た。



鶉親方 ( 2017/11/17(金) 01:11 )